作品タイトル不明
セシリアのお願い
いったいどういった理由があるというのか。
セシリアはソファのクッションに隠していた物をそっと取りだす。
テーブルの上に置いて、私の前に差しだしてきた。
それは――〝神学校・真なる兄弟の絆〟という題名が書かれている。
「陛下、こちらは?」
「アインホルン聖国の神学校をモデルにした、恋愛小説よ」
この本がいったいどうしたというのか。
「小説内に兄弟という意味の、ブリューダーと呼ばれる関係があるの」
「 兄弟(ブリューダー) 、ですか?」
「ええ」
神学校はすべての生徒が 優等生(シュトレーバー) と 劣等生(フェアホルガー) に振り分けられているという。
成績が劣る生徒を優秀な生徒が助ける関係が〝 兄弟(ブリューダー) 〟だと呼ばれている。
「 兄弟(ブリューダー) を選ぶのは、 優等生(シュトレーバー) しかできないみたいなの」
優等生(シュトレーバー) に選ばれた劣等生は、一目置かれる存在になるという。
「その中でも 高潔なる兄弟(エーデル・ブリューダー) と呼ばれる極めて特別な存在があるのよ」
その関係は実の兄弟よりも、親子よりも、夫婦よりも強く濃密な関係にあるという。
高潔なる兄弟(エーデル・ブリューダー) になった 優等生(シュトレーバー) と 劣等生(フェアホルガー) は同室となり、常に二人ひと組で行動する。
通常の〝 兄弟(ブリューダー) 〟とはまったく異なる、一目置かれるような存在となるようだ。
「小説内では、恋人同士になれば、 高潔なる兄弟(エーデル・ブリューダー) になれるというの」
アインホルン聖国の神学校は男性しか入学できない。
そのため、 高潔なる兄弟(エーデル・ブリューダー) になれる者は同性だということになる。
愛にはさまざまな形がある。
その愛に、セシリアは興味があるようだった。
「 高潔なる兄弟(エーデル・ブリューダー) なる関係が本物なのか、調べてきてほしいのよ」
それは単なる好奇心だという。
「陛下、その、そういうのは作り話では?」
「あなた、夢がないわ!!」
セシリアは拳を握りながら訴える。
その顔は真剣そのものだった。どうやら冗談でなく、本気のようである。
「一応、頭の隅に覚えていきますので」
「お願いね。あと、この本のアインホルン聖国にあるオリジナルの初版が欲しいから、買ってきてちょうだい」
古本でもいいから、と付け加えられた。
わかったと言うと、セシリアは重々しく頷いた。
話はこれで終わりと思いきや、そんなことはなかった。
「余談はこれくらいにして、本題へ移るんだけれど、アインホルン聖国の神学校で、ラウル叔父様について、調べてほしいの」
その発言を聞いて、こちらが本命だったのか、と信じがたい気持ちになる。
「わたくしの叔父が不可解な状況で亡くなったのはご存じ?」
「え、ええ」
不審な死を遂げたセシリアの叔父、ラウル枢機卿はアインホルン聖国の神学校の卒業生である。
「どうして神学校で枢機卿について調べるのでしょう?」
「実はラウル叔父様、アインホルン聖国の神学校を訪問したい、と何度もわたくしにおっしゃっていたの」
懐かしい校舎を見たいとか、生徒に対し告解の聴聞をしたいとか、いろいろ理由があったらしい。けれども数年にわたって顔を合わせるたびに何度も繰り返し言っていたので、セシリアは引っかかりを覚えていたという。
「どうしてすぐに行かなかったのでしょう?」
「枢機卿という身分はとんでもなく忙しい身分なのよ」
日々のミサに説教、部下の指導、王族や貴族の告解を聞くことなどなど、挙げればきりがないという。
「あそこまで行きたいと言っていたから、アインホルン聖国の神学校に何かあるように思えて。亡くなってしまった理由にも繋がっているような気がするのよ」
どうしてラウル枢機卿の心残りが、死因の究明に繋がるのか。
そう問いかけると、セシリアは私を手招きし、耳元で囁く。
「アインホルン聖国の神学校を卒業した聖職者の中に、不審な死を遂げた人達や行方不明になった人達が何人かいるみたいなの」
セシリアが熟読していた本、〝神学校・兄弟の絆〟にもあったという。
「それは〝 神の裁き(ディヴァイン・ジャッチメント) 〟とも呼ばれていて、裏切り者に対する制裁なのだとか」
〝 神の裁き(ディヴァイン・ジャッチメント) 〟を受けた聖職者は命を奪われた挙げ句、その身も焼け焦げて 塵(ちり) のひとつすら残らないという。
「そんなことがありえるのでしょうか?」
「まあ、そう思ってしまうわよね」
けれどもセシリアはラウル枢機卿の亡骸が消失した理由は、それくらいしか思いつかないという。
「だから、調べてきてほしいの」
「わかりました」
「あら、物わかりがいいわね」
「陛下に関する噂話を、払拭したい気持ちがありましたから」
〝血まみれの 女王(ブラッティ・クイーン) 〟――それはセシリアに対する不名誉な二つ名である。
伯父である国王や父親であるユーグ大公、叔父であるラウル枢機卿を手にかけてまで玉座を得た、血も涙もない女王だと噂されているのである。
「そういえば、そんな噂話があったわね。気にしているのは、あなたくらいだろうけれど」
「いえ、そんなことはないかと……」
ラウル枢機卿の死の謎を解明すれば、それらの疑惑もなくなるかもしれない。
そのためには、なんとしてでも神学校に潜入し、調査する必要がある。
「あなたの親族にも、迷惑をかけるわね」
「いえ、そんなことは……」
私が潜入任務に選ばれたのは、母がアインホルン聖国の出身者であることも理由の一つだろう。
伯父一家に養子縁組でもすれば、違和感なく神学校に入学できる。
そういう事情もあったのだ。
「他に質問は?」
「えー、そのー、んんー」
「何よ、はっきり言いなさいよ」
「では、遠慮なく。陛下はどのような男性を王配としてお望みなのでしょう」
神学校に通う者の中でも、性格はいろいろだろう。
清貧を愛する者もいれば、野心を胸に抱く者もいる。
「王配になるとなれば、ラウル枢機卿のように控えめな性格だけでは務まらないと思うのですが」
「ええ、わかっているわ」
セシリアは紙を取りだし、ペンを握ってさらさらと書き始める。
そこには十条くらいの条件が書かれていた。
受け取ってすぐに読み上げてみる。
「その一、筋肉質でないこと。その二、女遊びを好まないこと。その三、できれば次男以下。その四、傲慢でないこと。その五、女兄弟がいること。その六、優しいこと。その七、几帳面であること。その八、他人にも自分にも厳しく律していること。その九、極めて優秀であること。その十、読書が好きなこと」
読み終えたあと、「いますか!?」と聞きたくなる。
望みなんて聞かなければよかった、と後悔してしまった。
すべての条件を満たしている男なんて、私が知りうる限りラウル枢機卿しかいないのでは? と思ってしまった。
「そういうわけだからアルヴィエ、一生懸命探してきてね」
「は、はあ」
一気に自信がなくなってしまう。
どうしてこうなったのか、と思わず天を仰いでしまった。
セシリアの執務室から出ると、エレナ王女が気遣うようにこちらを見ていた。どうやら一連の計画について、セシリアから聞いていたらしい。
「アルヴィエ様、お茶を、お淹れしましょうか?」
「ありがとうございます」
エレナ王女に茶を淹れてもらうなんて、と思ったものの、好意だと思って受け取ることにした。
セシリアの側近が出入りできる部屋で、紅茶をいただく。
香り高い茶葉の匂いをかいでいると、気持ちが落ち着きを取り戻し始めた。
「異国の地で暮らすというだけでも大変ですのに、男装までしなければならないなんて」
テンペスタ大国出身のエレナ王女はオブリガシオン王国の言語まで習得していたのだ。アインホルン聖国での言語は共通語なので、その辺の苦労はない。
エレナ王女の苦労を思えば、男装して男所帯で生活することなんて、普段していることと変わりはないだろう。
「どうか、お気を付けて。健康にだけはご留意くださいね」
「はい、そのお言葉、肝に銘じておきます」
エレナ王女の激励と共に、紅茶を飲み干したのだった。
◇◇◇
それからというもの、アインホルン聖国の神学校への留学準備は着々と進められた。
私は神学について猛勉強する。入学試験があるからだ。
裏口入学とかあればいいのに、そんなことは許されないらしい。
神の教えに頭を痛めつつ、丸暗記していった。
セシリアは母方の実家があるバルテル家にコンタクトを取り、養子縁組の話をまとめてくれたようだ。
両親にだけは、セシリアの婿探しをするためにバルテル家の伯父一家に男として養子縁組を結び、神学校へ潜入するという話を打ち明けた。
もちろん、セシリアにも許可をもらった上での報告だった。
父は名誉なことだと言っていたが、母は「本当の男になるなんて……!」と涙してしまった。
まさか泣かれるとは……。
そんな母に、帰国できたらドレスを着てどこかに出かけようと言うと、嬉しそうにパッと表情を綻ばせる。
長年ドレスを着ることを拒否していたので、母が喜ぶことは目に見えていたのだ。