作品タイトル不明
ユリウスが決めたこと
ユリウスが早朝の教室で話をしたいと言っていたのだ。
急いで身なりを整え、朝食を食べて教室へと急ぐ。
ユリウスを待たせてはいけないと思って、昨日よりも早く登校したつもりだった。
けれどもすでにユリウスの姿があったのだ。
教室の壁に背中を預け、本を読んでいる。
窓から朝日が差し込んで、銀色の髪がキラキラ輝いていた。
その姿は芸術品のように美しい。
もしも私が画家だったら、その姿を描いていただろう。
そういえば、セシリアと出会ったときも私はこんな感じになっていた気がする。
とことん美しい生き物に弱いようだ。
と、見とれている場合ではなかった。
教室に入ると、ユリウスは目を細め、挨拶してくれた。
「おはよう」
「おはようございます」
朝日よりも眩しく思ってしまう。
「すみません、お待たせしました」
「いいや、今来たところだ」
今来たようには見えなかったが、彼の優しさだと思うようにしよう。
「これを、今日は渡そうと思って。受け取ってくれ」
ユリウスは革張りの木箱を私に差しだしてくる。
「こちらは?」
「神学校に入学したさい、 優等生(シュトレーバー) 全員が貰えるものだ」
いったい何をくれたのだろうか。
見てもいいというので、蓋を開いてみた。
「なっ――!?」
眩い輝きを前に、目が眩みそうになる。
木箱に入っていたのは、銀の 十字架飾り(ローゼン・クランツ) 。
中心には青いガラスではなく、サファイアみたいな青い宝石が填め込まれていた。
十字の先端は鋭利で、まるでナイフのようである。
入学式の日に貰った劣等生の 十字架飾り(ローゼン・クランツ) とは、造りが大きく異なっていた。
「あの、ユリウス、こちらはいったいなんでしょうか……?」
「何って、 兄弟(ブリューダー) の証に決まっているだろう」
「 兄弟(ブリューダー) の、証!?」
いったいどうしてそんなものを、私に手渡すのだろうか。
理解できず、頭上から 疑問符(はてな) がいくつも降り注いでいる気がした。
「昨日、話しただろうが。二人で行動したほうが、不審に映らないから、アルヴィが 兄弟(ブリューダー) になったほうがいいと」
「私、そこまで言っていましたか?」
「言った」
本当にそんなことまで言っていただろうか?
昨日の会話を振り返ってみる。
――神学校内で何か探るのであれば、二人で行動したほうが、不審に映らないかもしれませんし。その、昨日の裏庭でのことのようにやりすごすこともできるでしょうから……。
――しかし、本当にいいのか?
――それは私の台詞です。決めるのはあなたですから。
――私が決めても問題ないと?
――ええ。
――わかった。
「……」
裏庭にいたのは、逢瀬を楽しむ〝 高潔なる兄弟(エーデル・ブリューダー) 〟だった。
昨日の言葉を改めて思い出してみると、最初の発言は調査のために悪目立ちしないように、ユリウスと私が 兄弟(ブリューダー) になったほうがいいと、私のほうから提案しているように聞こえる気がする。
ユリウスは本当にいいのか、と確認してくれた。
それに対し、 兄弟(ブリューダー) の決定権は 優等生(シュトレーバー) にある。ユリウスが決めてほしいと訴えるような言葉を口にしていたのだ。
これではユリウスが勘違いしてしまうのも無理はない。
「あの、ユリウス」
発言を訂正しようとしたら、ユリウスは 十字架飾り(ローゼン・クランツ) を手に取り、もともとかけていたものを外したあと、チェーンを私の肩にかける。
ずっしり重たい。本物の銀と宝石で作られているからだろう。
ユリウスは私の首からぶさ下がる十字架を手に取り、にっこりと微笑んだ。
「アルヴィが 兄弟(ブリューダー) になる決意を固めてくれてよかった。本当に、困っていたから」
なんでもユリウスはクラスメイト達に留まらず、他の一学年の生徒や二学年の先輩からも 兄弟(ブリューダー) にしてほしいとアピールされていたらしい。
「ただ、誰でもいいわけではなかった。 兄弟(ブリューダー) の立場に媚びるような者では、面倒なことになりそうだったから」
真剣な眼差しで見つめられる。
思わず後退りそうになったが、チェーンで繋がった十字架を握られているので、逃げることはできない。
まるで鎖で繋がれた飼い犬みたいだ。今の私の状態を示しているようにも思える。
ユリウスはあろうことか、私が首から提げた十字架を口元に近づけ、唇を落とした。
まるで恋人にキスするような、熱烈な行為に思えてドキッとする。
「アルヴィ・フォン・バルテル、誓ってくれ。私を絶対に裏切らないと」
「――誓います」
ただただ、彼の美しさに見とれてしまい、深く考えずに答えてしまう。
セシリアを前にしたときも、こんなふうに自我を失うようなことなんてなかったのに。
私の答えを聞いたユリウスは、艶やかに微笑む。
そんなユリウスを、世界一美しいと思ってしまった。
それからユリウスと何を話したのか、あまり記憶にない。
ただユリウスが、私が 兄弟(ブリューダー) になったことを酷く喜んでくれたことしか覚えていなかった。
我に返ったのは、ホームルームのあとにブラザー・マテオから昼休みに職員室に来るように、と言われた瞬間だったのである。
何かやらかしただろうか?
なんて思っていたら、ユリウスが私の耳元で小さな声で囁く。
「おそらく 兄弟(ブリューダー) になった件だろう。私も一緒だから、心配するな」
ユリウスの美貌が、美しい声がすぐ近くにある。
心臓に悪いので止めてほしい。
もちろん、本人に言えるわけがなかったが。
午前中は座学で移動教室はなかった。
私が席を立ったのはお昼休みになってから。
職員室に行こうと立ち上がると、近くにいたクラスメイトがギョッとして叫んだ。
「 兄弟(ブリューダー) の 十字架飾り(ローゼン・クランツ) だ!!」
皆の注目が私に集まる。
「もう 兄弟(ブリューダー) に選ばれたのか!?」
「いったい誰の!?」
「どうやって 兄弟(ブリューダー) になったんだ!?」
なんて答えればいいものか、迷っていたら私の前にユリウスが立つ。
「アルヴィは私の 兄弟(ブリューダー) だ。これ以上、詮索することは許さない」
有無を言わせないような、強い口調だった。
クラスメイト達が言葉を失っているうちにユリウスは私の腕を掴み、教室を出て行く。
この前と立場がすっかり逆になってしまった、と思ったのだった。