軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第212話「番外編『トールとルキエと「神聖なるけん玉」』

「なにを悩んでおるのじゃ。トールよ」

ある日の午後。

部屋で資料に目を通していたら、ルキエがやってきた。

「古ぼけた紙を見つめているようじゃが……むむ? その紙は、もしや……」

「はい。先々代の魔王陛下の隠し部屋で見つかった紙です」

数日前、ライゼンガ領で先々代の魔王陛下の隠し部屋が発見された。

この紙は、その中にあったものだ。

勇者世界の書物の表紙だった。

保存状態が悪く、消えかけている文字もある。

しかも書物本体は失われている。あるのは表紙だけだ。

それを見ながら俺は、本に書かれていたアイテムのことを考えていたんだ。

「この書物は、とあるアイテムについて、詳しく解説していたようです」

表紙を指でなぞりながら、俺は言った。

「書かれていたのは、たったひとつのアイテムの情報みたいです。よほど重要なものだったんですね。アイテムの解説だけで、書物1冊を 費(ついや) やすんですから」

「そのアイテムは、すさまじい能力を備えておったのじゃろうな……」

ルキエは腕組みしながら、つぶやいた。

「表紙にはなんと書かれておるのじゃ?」

「『最強! けん玉攻略法。88の技でライバルに差をつけよう!』です」

「最強……か。まさしく勇者世界の資料じゃな」

「ですよね」

俺とルキエはうなずきあう。

まっさきにこの資料を回収したのは『最強』って書いてあったからだ。

戦闘民族である勇者世界が『最強』と断言するからには、よほど強力なアイテムについて書かれていたのだろう。表紙しか残っていないのが残念だ。

ただ、写真はある。

小さな子が、木製のアイテムを手に、にっこり笑っている写真だ。

おそらく、子どもが手にしているそれが『けん玉』なのだろう。

『けん玉』は十字の 形(かたち) をしている。

上方には槍のような尖った部分があり、反対側には持ち手がある。さらに、十字の左右は皿のような形状をしている。

子どもは空いた手に、深紅の球体を握っている。

球体は 紐(ひも) で、十字型のアイテムに接続されている。その意味はわからない。

これが勇者世界の最強アイテムのひとつ、『けん玉』らしい。

「それでトールよ。この『けん玉』とはどのようなアイテムなのじゃ? なにやら、神秘的な形状をしておるようじゃが……」

「おそらく、これは武器と移動を兼ねたアイテムだと思われます」

「武器はわかるのじゃが、移動用とは意外じゃな」

「俺も予想外でした。でもここに大きく書かれている文字があるんです」

俺は表紙の隅を指さした。

「なんとここには『初級の技「世界一周」をマスターしよう!』と書いてあるんです!」

「世界一周が初級の技……じゃと!?」

ルキエが目を見開いた。

気持ちはわかる。

俺も、この紙を目にしたときにびっくりしたから。

『世界一周』……つまり、世界のすべての国を 巡(めぐ) るということだ。

それがこの『けん玉』を使う者にとって、初級の技らしい。

正直、打ちのめされたような気がした。

俺は魔王領に来て、いくつかの勇者世界のアイテムを作ってきた。

勇者世界のことが少しはわかったつもりでいたんだ。

でもそれは、たった1枚の資料でくつがえってしまった。

俺はまだまだ、勇者世界のすごさを理解していなかったんだ……。

「そこのアイテムで、どのように『世界一周』するというのじゃ……?」

「『けん玉』には、上方に赤い球体がついています。おそらく、それが浮遊能力を備えているのでしょう。使用者はそれにつかまった状態で、世界をふわふわと旅をするのではないかと……」

「いや、無理があるじゃろ」

「でも……それ以外に思いつかないんですよ……」

このアイテムは手に握って使うものらしい。

十字型の下の方を持って、上方の球体を動かしているような写真もある。

それと『世界一周』が、なかなか結びつかないんだ。

「トールよ」

「はい。ルキエさま」

「お主はすばらしい想像力と発想力を備えておる。じゃが、そのせいで、常識的な捉え方ができぬことがあるようじゃ」

「そうなんですか?」

「うむ。常識的に考えれば、こんな小さなアイテムで世界一周などできるわけがなかろう」

「……ですよね」

「世界一周とは、この『けん玉』を使った技を指すのじゃろう?」

「はい。ですから『けん玉』で空を飛ぶのだと……」

「それが、常識がないというのじゃ」

ルキエは、俺の額をつん、と、突っついた。

「常識的に考えればわかるはずじゃ! 『世界一周』とは、このアイテムを持って、技を振るいながら、世界を 巡(めぐ) るという意味じゃと!!」

「──はっ!」

盲点(もうてん) だった。

たしかに、それなら意味が通る。

ということは、初級の技『世界一周』とは……まさか。

「『世界一周』というのは、この『けん玉』を手に、世界を 巡(めぐ) りながら武者修行をする……そういう意味ということですか!?」

「うむ。それに 相違(そうい) あるまい」

「確かに……それなら意味は通ります」

「おどろくべきは、それが初級ということじゃな」

「世界を 巡(めぐ) る武者修行が初級ということは、中級は『宇宙一周』でしょうか」

「上級は『異世界一周』かもしれぬな」

「……さすが勇者世界です」

「……おそるべき場所じゃな」

俺とルキエはため息をついた。

そして──けん玉を片手に武者修行をする勇者をイメージしてみる。

──ぶつかり合う深紅の球体。

──飛び散る火花。

──尖った部分で敵の心臓を狙う勇者。

それはまさに、血で血を争う戦いだった。

球体で遠距離攻撃を行い、 紐(ひも) で相手の動きを封じる。

接近したら、相手の急所を刺す。

『けん玉』とは、攻防一体の武器のことだったんだ。

しかも、写真に写っているのは子どもだ。

つまり、勇者世界では子どもでさえ、けん玉を握りしめて『世界一周の武者修行』をするってことか。

いくら勇者でも、やりすぎじゃないかな……?

「……小さなころから武者修行をしていたなら、勇者が強いのもわかりますよね」

「……武器ひとつで世界一周など、帝国民でも無理じゃろうに」

「……それで生き残った者こそが、勇者と認められるのかもしれません」

「……子どもに試練を課すにもほどがある。我らの子どもにはそんな重荷を──いや、なんでもない」

「……ルキエさま?」

「……なんでもないと言っておるのじゃ」

真っ赤になったルキエは、横を向いてしまった。

……うん。今は追求しないでおこう。

「つまり、この『けん玉』は武器というわけじゃな」

「おそらくは、紐のついた玉で相手の動きを封じ、剣先でとどめを刺すのでしょう。皿のようになっている3カ所は、敵の攻撃を受け止める場所だと思います」

「じゃが、写真の『けん玉』の剣先は丸まっておるぞ?」

ルキエは『最強! けん玉攻略法』の紙をのぞき込む。

「紐も短すぎる。見たところ、ただの糸のようじゃ。これでは敵を攻撃できぬし、紐もすぐに切られてしまうのではないか?」

「それは、この『けん玉』が練習用だからですね」

「練習用じゃと?」

「下の方に書いてあるんです。『巻末のはがきをお送りいただくと、プロおすすめの練習用けん玉をプレゼント』と」

「なるほど……ここに映っておるのは練習用の木剣のようなものか」

「そうですね。それを殺人剣のプロが、子どもたちにプレゼントするということは……」

「勇者世界では『けん玉』を使った、戦いの英才教育が行われていたのじゃなぁ」

「俺はこれを魔王領に普及させるつもりはないのですけど……『けん玉』を使った戦い方は、知っておくべきだと思うんです」

俺は深呼吸してから、ルキエを見た。

「そうじゃなかったら、対策も立てられないですからね。まずは試作品を作って、どんなふうに戦うのか調べる必要があると思うんです」

「うむ。納得じゃ」

ルキエはうなずいた。

「わかった。作ってみるがよい。いや……トールのことじゃから、すでに試作しておるのではないか?」

「わかりますか」

「夫の気持ちが読めずに、妻はつとまるまいよ」

「ルキエさまには 敵(かな) いませんね……」

俺とルキエは顔を見合わせて、笑い合う。

「それでは、こちらが試作品1号になります」

「うむ。じゃが、思考コントロールで球体を操るのは駄目じゃぞ? あれは操作が難しいからの。事故が起こらぬようにせねばならぬから──」

「それでは、こちらが試作品 2号(・・) になります」

「…………」

「…………」

「……トール。どうして上着のポケットに試作品1号を戻したのじゃ?」

「そういえばルキエさま。最近、ソフィアは裁縫にはまっているようですよ?」

「……いやいや、それでごまかせると──」

「いえいえ、俺はポケットが気になっただけです。なんといっても、ソフィアが 繕(つくろ) ってくれたんですからね」

「ほほぅ」

ルキエは目を細めて、にやりと笑って、

「そうかそうか。ソフィアがなぁ」

「はい。ソフィアが最近、メイベルから 裁縫(さいほう) を教わってるというので、ポケットを 繕(つくろ) ってもらったんです。でも、初心者らしいから、ちゃんと 修繕(しゅうぜん) されているか気になってチェックしました。ポケットを触ってたのは、そのせいです」

「そうかそうか。余は、勘違いしておったようじゃ」

「ちなみに、どんな勘違いをしたんですか?」

「うむ。トールが『試作品1号』の球体を、思考コントロールでぐるんぐるん動かせるようにしたのではないかと勘違いしてしまったのじゃ。それを余に指摘されたので、素早く戻したのかと思ったのじゃよ。じゃが、勘違いだったのじゃな。トールが 懲(こ) りずに思考コントロールのアイテムを作りたがると勘違いしてしまったのじゃなぁ。まったく、余はまだまだ妻として 未熟(みじゅく) で──」

「すみません。思考コントロール型の『けん玉』を作ってました!」

俺は素直に頭を下げた。

ルキエの言う通り『試作品1号』は思考コントロール型だったからなぁ。

でもなぁ。自由にコントロールできる球体というと、どうしても『思考コントロール』が頭に浮かんじゃうんだよな。ロマンがあるし。勇者世界の『精神感応砲台』にも似てるし。

でも、とりあえずこの『けん玉・試作品1号』はしまっておこう。

『試作品2号』は安心・安全なアイテムだから、そっちで実験した方がいいよね。

「ところで……ソフィアは本当に、メイベルから 裁縫(さいほう) を教わっておるのか?」

ふと、ルキエは、そんなことを 尋(たず) ねた。

「確かにメイベルは 裁縫(さいほう) が得意じゃが。なんでソフィアまで?」

「ソフィアは絵を描くのが好きみたいで、帝国産のドレスのイラストを描いたりしていたんです」

「帝国産のドレスを……?」

「そしたら、実際に作ってみたくなったそうです。でも、イラストだと 縫(ぬ) い方がわからなくて、メイベルに確認しているうちに、裁縫を学びたくなったみたいですね。ドレスは無理ですけど。普段着の 繕(つくろ) いくらいはできるようになりたい、って」

「……帝国産の……ドレスか」

「自分のことで、魔王領のみんなに手間をかけさせたくないとも言ってました。水くさいですよね。ソフィアはもう、俺たちの家族なのに」

「そ、そうじゃな」

ルキエは、こくこくこくっ、とうなずいた。

「そんな水くさいソフィアとは、話をせねばなるまい。魔王領での生活と、帝国のドレスについて。あと、トールがどんなドレスを好むかについても」

「あ、あの。ルキエさま?」

「ゆくぞトール。どのみち『簡易倉庫』の中で『けん玉・試作品2号』の実験をすることになるのじゃ。ついでに皆で集まり、色々と話をしようではないか。ついてまいれ!」

「引っ張らなくても大丈夫です! 行きますから。落ち着いてください!」

──ことん。

「……あれ? なにか落ちたような」

「なにをしておるのじゃ! 早く来い! トールよ!」

「待ってください。ルキエさま……」

──その後、魔王城の 廊下(ろうか) で──

「……おや、妙なものが落ちていますね」

宰相(さいしょう) ケルヴは、床に落ちていたアイテムを拾い上げた。

「不思議な形をしています。深紅の球体……これは、太陽を表しているのでしょうか? それを支える台座……? これは一体……?」

「えーん。えーん」

「待ってなさい。すぐにエルフさんを呼んできますからね」

ケルヴがアイテムを観察していると、城の中庭で声がした。

見ると、背の高い庭木の下で、子どもが泣いていた。

ドワーフの子どもだ。隣には母親がいる。城で働く 服飾係(ふくしょくがかり) の女性だ。

「なにか事件ですか?」

「これはこれは 宰相閣下(さいしょうかっか) 。いえ、宰相閣下のお手をわずらわせるようなことでは……」

「お母さんたちが作ってくれた帽子が……風で飛ばされちゃったの……」

恐縮(きょうしゅく) する母親の代わりに、小さな女の子が説明してくれる。

ドワーフの女の子は、職場見学のために城に来たらしい。魔王城ではよくあることだ。

職場の皆は彼女を歓迎して、余った布で帽子を作ってあげた。

それを 被(かぶ) って歩いていたら、突風で飛ばされた帽子が、木の枝に引っかかってしまったそうだ。

「あとでエルフの知人にお願いして、風の魔術で帽子を落としてもらいますからね。それまでお待ちなさい。ね?」

「……うぅ。せっかくみんなが作ってくれたのにぃ」

なだめる母親。幼いドワーフの女の子は涙目だ。

その姿を見たケルヴは、前に進み出て、

「待っていなさい。私が氷の魔術で足場を作りましょう」

「い、いえ。宰相閣下にご迷惑をかけるわけにはまいりません!」

「構いませんよ。むしろ、放っておくと、気になって仕方がないですからね」

泣いている子どもを放置するのは気分が良くない。

というよりも、泣き声を聞きつけて 羽妖精(ピクシー) がやってくるかもしれない。そうなれば帽子は少女の手元に戻るだろうけれど……羽妖精たちはトールと仲良しだ。きっとトールにも帽子のことを伝えるだろう。となるとトールが『飛ばされた帽子回収用ロボット掃除機』を作り始めてそれが魔王城内を 縦横無尽(じゅうおうむじん) に飛び回るようになって城の中が大変なことになってケルヴはその処理に追われて……。

「 宰相閣下(さいしょうかっか) !? 帽子が引っかかった木はあちらですよ? どうして廊下に氷の柱を作られるのですか!?」

「失礼しました。少し我を忘れていたようです。すぐに足場を作ります」

ケルヴは『アイス・ピラー』を解除して、中庭に出る。

そうして、木の下に足場を作ろうとしたところで──

ひゅーん。ぱすっ。

ひらりん。

──ケルヴの手元から深紅の球体が飛び出して、帽子をたたき落とした。

「…………え?」

「わーい! ありがとうございます。宰相さま!」

「まぁまぁ、宰相閣下。新たな魔術を使ってくださって……」

「え? え? え?」

ぽかん、と口を開けるケルヴに向けて、ドワーフの親子は何度も頭を下げた。

そうしてドワーフの親子は去って言ったのだった。

「……い、今、なにが起きたのですか? このアイテムは一体……?」

ケルヴは握ったままのアイテムを見た。

木製の握り棒に、深紅の球体がついたものだ。

さっき球体が自動的に動き、木の上の帽子を落としたのを見た。

ケルヴの『帽子を落としたい』という願いに反応して、勝手に動いたのだ。

これはトールが作ったマジックアイテムに間違いない。

内部には『精神感応素材』が使われているのだろう。ケルヴの意思に答えたのはそのためだ。

けれど──

「本当に、それだけなのでしょうか?」

ケルヴは、錬金術師トールをみくびってはいない。

びっくりどっきり錬金術師ではあるが、トールは才能にあふれる、優秀な人物だ。

トールはこれまで、目の前の問題を解決するためにアイテムを作ってきた。

例えば、メイベルの冷え性を治すために『フットバス』を。

例えば『魔獣ガルガロッサ討伐戦』のために『レーザーポインター』を。

「けれど、これはどんな問題を解決するためのアイテムなのでしょう? わかりません。まさか本当に、枝に引っかかった帽子を落とすための作られたわけではないでしょうし……」

トールの技術は常に進化している。ケルヴの常識を置いてけぼりにするスピードで。

そのトールが、ただ『精神に反応するだけのアイテム』を作るとは思えないのだった。

「どうされたのだ。ケルヴどの。難しい顔をして」

気づくと、近くにライゼンガが立っていた。

不思議そうな顔で、ケルヴを見ている。

「難しい顔をされているな。城でなにか問題でもあったのか?」

「不思議なアイテムを拾ったのです」

「トールどののアイテムだな」

「おそらくは。ただ、使用目的がわからないのですよ」

ケルヴは、木製のアイテムを、ライゼンガに見せた。

「十字の形をしたものに、深紅の球体がついております。球体と十字形は、細い 鎖(くさり) で 繋(つな) がれています。鎖は自由自在に伸びて、球体をコントロールすることができるようです。私は、これで木の枝に引っかかった帽子を落としたのですが……」

「気になるのであれば、トールどのに聞いてみればいいのではないか?」

「問題は、私がこれを使ってしまったことです」

ケルヴはため息をついた。

「もし、これが使用回数に限度があるアイテムだった場合……私はとんでもないことをしてしまったことになります。ですから……まずはアイテムの目的を推理しておきたいのですよ」

「そこまで心配することもないと思うが」

「そうでしょうか?」

「我も、以前『ロボット掃除機』に大量の魔石を詰め込んだことがあるが、館の一部が吹き飛んだだけで済んだぞ」

「『サイクロン戦記』の話は聞いております! そんな事態にならないように、私は頭を悩ませているのです!」

「……う、ううむ」

ライゼンガは考え込むように、 顎(あご) をなでた。

「では、ケルヴどのは、どんな事態を心配されておるのだ?」

「たとえば、この球体が接触した樹木が、大爆発する可能性ですね」

「……いや、あり得ぬだろう?」

「言い切れますか?」

「…………う、ううむ」

「それに、このアイテムの形も気になります。なにか神聖なもののようにも見えるのですよ」

「これは……十字のかたちか」

ケルヴとライゼンガは、目の前にあるアイテムを見つめる。

十字の形。

一方に、槍の 穂先(ほさき) のように 尖(とが) った部分。

残りの3方は、皿か、 杯(さかずき) のような形をしている。

「十字形には、いささか引っかかるものがあるな」

「 奇遇(きぐう) ですね。私もです」

「ケルヴどのは覚えておるか? 2人1組で、『ジャイアントクロスアタック!』という技を使っていた勇者を」

「仲間と腕を十字に 交差(こうさ) させてから、魔術を使っていたのですね」

「別に魔術の威力は上がらなかったようだが」

「帝国では『腕を交差させる勇者と、クロスマジックの関係について』という論文が書かれているそうですよ」

「勇者時代から200年経ったが、今も研究が続いておるらしいな」

腕組みをして考え込む、魔王領の高官ふたり。

「やはり、勇者世界では十字の形に、なにか神聖な意味があるのかもしれぬな」

「それに……ご覧ください。十字の先端は、一方が剣や槍のように 尖(とが) り、残る三方は 杯(さかずき) のようになっております」

「剣は……勇者にとっての力の象徴だったな」

「 杯(さかずき) といえば……勇者世界には神の血液を受けた、聖なる杯があるという話を聞いたことがあります」

「そんな話を言い残した勇者がおったな。『ファンタジー世界なら 聖杯(せいはい) くらいあるだろ』と言っておったのだった」

「本当にこのアイテムが、剣と、3つの聖なる 杯(さかずき) を 象(かたど) っているのだとしたら……」

「いや、待て。この球体は、太陽を象徴しているのではないのか!?」

「剣と杯と太陽……」

「神聖なものが組み合わされておるな……」

「…………」

「…………」

ケルヴとライゼンガの顔から、血の気が引いていく。

十字のかたち──勇者が好んで使っていた『クロスマジック』。

剣のかたち──勇者にとっての、力の象徴。

杯(さかずき) のかたち──勇者世界の、神に関わるもの。

深紅に塗られた球体──太陽、あるいは 日輪(にちりん) を象徴するもの。

それらのイメージを組み合わせたものが、目の前にあるアイテムだとすると──

「これはもしや、勇者世界の神を召喚するためのアイテムなのでは!?」

「うむ。そうやって巨大な力を引き出すのかもしれぬ」

「お待ちください! 私は、これで樹上の帽子をたたき落としましたが……」

「それはおそらく、勇者世界の神に声が届いたというサインであろう。あの球体は太陽に似ている。つまり、太陽を動かすほどの力で、ケルヴどのの願いを叶えられるという意味なのではないか?」

「な、なんですと────っ!?」

ケルヴが絶叫する。

真っ青になった彼は、思わず十字形のアイテムを取り落とす。

反射的にライゼンガはヘッドスライディング。地面の直前で、謎アイテムをすくい取る。

「気をつけるのだケルヴどの。お主は世界を 滅(ほろ) ぼすつもりか!?」

「も、申し訳ありません。ですが……ああ、トールどの。あなたはなんと恐ろしいアイテムを作られたのですか!?」

「ま、待て、落ち着くのだケルヴどの」

ライゼンガは震えながら、謎アイテムを捧げ持つ。

「このアイテムは強い感情に反応するのかもしれぬ。い、今は心をからっぽにするのだ。また勇者世界の神に声が届いてしまったら、なにが起こるかわからぬぞ!!」

「わかりました。今は、とるにたらないことを考えることにしましょう」

「う、うむ。それがよかろう」

「では……ライゼンガどの。今日はどうして魔王城に?」

「アグニスの様子を見にきたのだ」

「ご息女は、陛下やメイベル、ソフィア殿下と仲良くされておりますよ」

「それはわかっておる。だが、最近は肩が 凝(こ) っていてなぁ。いつもなら『健康増進ペンダント』で強化されたアグニスが、我の肩を叩いてくれるのだが……」

「ご息女は、魔王城で暮らしていらっしゃいますからね」

「無論、それは良いことなのだが……少し寂しくてなぁ。常に願ってしまうのだ。アグニスが我の肩を叩いてくれぬかと。『健康増進ペンダント』で強化した 拳(こぶし) で、肩をほぐしてくれぬかと……」

ひゅーん。

──ケルヴの手の中で、アイテムが反応した。

どすどす。どすん。

──赤い球体が動いて、ライゼンガの肩に 激突(げきとつ) した。

「そうそう。こんな感じで…………む?」

「……あ」

「「あああああああああああ──────っ!?」」

──トール視点──

「……まいったな。まさか上着のポケットに穴が空いてたなんて」

「……申し訳ありません。だんなさま。私の 技量不足(ぎりょうぶそく) でした」

「ソフィアのせいだけではない。余もトールも、『けん玉バトル』に夢中じゃったのじゃから」

俺とルキエとソフィアは、魔王城の 廊下(ろうか) を走っていた。

さっきまで俺たちは『簡易倉庫』の中で『けん玉・試作品2号』の実験と、ソフィアが描いた帝国流行のドレスについて話をしていた。

ちなみに『けん玉・試作品2号』は、スポーツ用に改良してある。

球体は柔らかめで、身体に当たっても痛くない。本体とは 鎖(くさり) で繋がれている。

その鎖を魔力で動かして、球体の軌道を変える仕組みだ。

「でも、すごかったですね。ルキエさまの『けん玉・ダークサイクロン』って」

「なんの。ソフィアの『ライトニングフラッシュ』を打ち返すのは大変じゃった」

「だんなさまは十字のかたちを利用して、素早く地・水・火・風の属性を切り替えていらっしゃいました。その判断力には 敵(かな) いません」

白熱した戦いだった。

もっとも、俺はルキエとソフィアに負けっぱなしだったけどね。

でも、この世界の『けん玉』は武器にするより、スポーツにした方がいいんじゃないかな。

「まぁ、それは思考コントロール型の『けん玉・試作品1号』を回収してからだな」

「だから思考コントロールはやめろと言っておるのに」

「陛下。だんなさまのロマンも理解してさしあげるべきでは」

「ソフィアは……あまりトールを甘やかすでない」

「承知いたしました。だんなさまを甘やかすのは、お風呂で……」

「待て待て待て待て! よく聞こえなかったぞ。もう一度申してみよ……!」

そんなことを話しながら、俺たちは廊下を進んでいく。

『けん玉』は……落ちてない。誰か拾ってくれたのかもしれない。

玉座の間に行ってみよう。今の時間は、ケルヴさんがいるはずだ。

ケルヴさんは 城内(じょうない) のことに詳しいから、なにか知っているかもしれない。

そう思った俺たちが、玉座の間の扉を開けると──

「「魔王陛下とトールどのにお 詫(わ) び申し上げます!!」」

宰相ケルヴさんとライゼンガ将軍が、 平伏(へいふく) してた。

「──勇者世界の神の力を使ってしまったこと……いかようにも罰を受けましょう」

「──す、すべては我の罪。アグニスが責めを負うことだけはないように……ひらに、ひらにお詫びを…………」

「「「…………一体……なにがあったの (じゃ) (ですか)?」」」

『けん玉』を床に置いて震え続けるケルヴさんとライゼンガ将軍。

ふたりを前に、俺とルキエとソフィアは、 呆然(ぼうぜん) とするばかりだった。

その後、俺たちはケルヴさんとライゼンガ将軍に『けん玉』の真実を伝えた。

あのアイテムが、勇者世界の武器であること。

勇者世界の子どもは、あの武器を手に、世界一周の武者修行を行っていること。

その話を聞いたケルヴさんと、ライゼンガ将軍は──

「「………………はぁぁ」」

──ため息をついて、座り込んでしまった。

「……勇者世界の神が 顕現(けんげん) したら、どうしようかと思いました」

「…… 我(われ) にはまだ『けん玉』が神聖なアイテムに見えるのだがなぁ」

それが、ふたりの感想だった。

その話を聞いた、俺とルキエとソフィアは──

「『けん玉』を武器にするのは無理みたいですね」

「皆は『けん玉』の形状に、なにかの意味を感じてしまうようじゃな」

「このアイテムは 遊具(ゆうぐ) にするのがよろしいかもしれません。それなら事故も起こりませんし、使っているうちに、皆さまも慣れてくるでしょう」

そして、話し合いの結果、この世界の『けん玉』は遊具となったのだった。

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『 遊戯用(ゆうぎよう) けん玉』 (レア度:★☆)

属性:地・水・火・風

勇者たちが武者修行に使っている武器『けん玉』を、 遊戯用(ゆうぎよう) にアレンジしたもの。

十字形の持ち手に、深紅の球体がついている。

球体は、長さ数メートルの細い鎖によって、持ち手に接続されている。

使用者は鎖に魔力を注ぐことによって、自在に球体を操ることができる。

球体を十字形の剣先に触れさせることで、火属性が付与される。

球体を十字形の右側に触れさせることで、水属性が付与される。

球体を十字形の下方に触れさせることで、地属性が付与される。

球体を十字形の左側に触れさせることで、風属性が付与される。

それぞれの属性と魔力によって、小さな火を噴き出したり、水を発射したりできる。

ただし、それらはエフェクトのようなもので、攻撃力はまったくない。

また、球体はやわらか素材で作られているため、当たっても怪我をすることはない。

新しい遊具なので、試合の勝利条件は決まっていない。

審判者であるトール・カナンが「相手のけん玉を弾き飛ばした」「相手の球体を地面に落とした」「なんかいい動きをした」「ぶつかったとき、いい音がした」などの判定をすることで、勝敗が決まる。

物理破壊耐性:★ (遊具なので、それほど強くありません)。

耐用年数:1年未満。

備考:あくまでも遊具です。世界一周はできません。

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そんなわけで、『遊戯用けん玉』は、魔王領で大流行することになり──

「 鎖(くさり) の長さは4メートル。これを魔力で動かして、球体をジグザグに飛ばすのが『ライトニングフラッシュ』ですね!」

「さすがはメイベルなので。だったら、必殺『トルネードフレイム』!!」

「なんの! 球体を剣先に3回当てて火属性3倍! さらに右側の皿に2回当てて、水属性を追加じゃ!!」

「それは反則です魔王陛下! ああっ。球体がものすごい 水蒸気(すいじょうき) を噴き出して……!!」

ぽこぽこばんぽん!

どっかんどっかんぶぉんぶぉん!!

──今日も城内では、ぶつかり合う『けん玉』の球体が、火花を散らしているのだった。