軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第208話「ソフィア皇女を迎えに行く」

──数日後『ノーザの町』で──

「魔王領に……いえ、俺のところに 嫁(とつ) いで来ませんか? ソフィア殿下」

「はい。 参(まい) ります」

即決(そっけつ) だった。

ここは『ノーザの町』にある、ソフィアの 宿舎(しゅくしゃ) 。

俺はソフィアを魔王領に迎えるために、ここに来た。

文官のエルテさんも同行してる。彼女は馬車の中で待機中だ。

まずはソフィアの意思を聞いて、それから手続きを進めるつもりだった。

でも、ソフィアに迷いはないみたいだ。

「魔王陛下はソフィア殿下に『城に来い。魔王ルキエが、お主の望みを叶えてやる』とおっしゃっていましたけど……意味は同じですね」

「そうですね。同じことです」

「ソフィア殿下が魔王領にいらっしゃるに当たって、なにか問題はありますか?」

「ございません。私は帝国にとって『不要姫』で、皇位継承権もございません。それに、今は大公カロンさまの部下として、『ノーザの町』の領主の任を与えられております。すでに 皇籍(こうせき) から離れたようなものです」

「では、大公カロンさまの許可を取れば問題ないですね?」

「その通りです。すぐに許可をいただきますね」

そう言ったソフィアは、部屋に大公カロンを見た。

「大公さま……私は、トール・カナンさまの元に嫁いでもよろしいでしょうか?」

「う、うむ。それは構わぬ」

大公カロンはうなずいた。

「……錬金術師どのには、リカルド殿下から救い出していただいた 恩義(おんぎ) がある。錬金術師どのがソフィア殿下との婚儀を望まれていて、ソフィア殿下が同意しておるのであれば、私は全面的に協力させていただく。だが……ソフィア殿下」

「はい。大公さま」

「側室でよろしいのか? 魔王領の人々を差し置いて、自分が正室になることはできない……ソフィア殿下はそうおっしゃっていたが、本当にそれでよいのですかな?」

「むしろ、望むところです」

ソフィアは 穏(おだ) やかな笑みを浮かべて、

「皇帝陛下の子として生を受けてから……私はずっと兄さまや妹たち、その背後にいる者たちが争うのを見てきました。兄弟姉妹が父上の 寵愛(ちょうあい) を奪い合うところも。高い地位を得るために、双子の妹を利用しようとする高官も」

「リアナ殿下と、ザグランどののことですね」

「はい。トール・カナンさまのおっしゃる通りです」

俺の言葉に、ソフィアはうなずいた。

「私は……自分の子を、同じような目に 遭(あ) わせたくないのです。地位や権力など欲しくはありません。側室として、大切に思える人の近くにいられれば十分です。そして、親愛と情愛の元で……子どもを育てたいのです」

「わかりました。俺がソフィア殿下の願いを叶えます」

俺は言った。

「俺はソフィア殿下を大事にします。それと……いつか生まれるかもしれない、子どもも。俺は父親に結構ひどい目に 遭(あ) わされてましたからね。自分の子どもは大事にするって決めてます」

「……トール・カナンさま」

「それに、俺もソフィア殿下のお気持ちはわかります。俺も 公爵家(こうしゃくけ) では苦労してますし……あの 継承権(けいしょうけん) を放棄してますからね」

「はい。わかってくださると思っていました」

「おほめに預かり光栄です。ソフィア殿下」

「これからはソフィアとお呼びください。だんなさま」

「……うん。ソフィア」

「はい。だんなさま」

俺とソフィアは視線を交わして、うなずきあう。

それからソフィアは、大公カロンの方を見て、

「ということです。ソフィア・ドルガリアは、主君である大公さまに、魔王領へ嫁ぐ許可をいただきたく存じます」

「……若者の情熱に水を差すなど、私にできるわけがあるまい。許可しよう」

大公カロンは肩をすくめた。

「帝国側の説得は、この大公カロンが引き受けた。ソフィア殿下はすでに大公国の預かりである。その上、皇太子ディアスどのは魔王領には借りがあるはず。そこを突いて説得すれば、 婚儀(こんぎ) の許可を取るのは難しくないだろう。後のことは私に任せて、魔王領に向かうがいい」

「ありがとうございます。大公さま」

「ところで、ソフィア殿下」

「あら、大公さま。私はもう、殿下ではありませんよ?」

「……ソフィアどの。あなたはこうなることを予想していたのかな?」

探るような視線で、大公カロンは、

「ディアス殿下の会談のあと、あなたは私とリアナ殿下に『国境地帯を観光しませんか』と 勧(すす) められた。私はそれがリアナ殿下のためだと思っていた。留学生として魔王領に行くことになる殿下に、国境地帯を体験していただくためだと。殿下の安全ために、私が同行するのだと……そう考えていたのだよ」

「おっしゃる通りです。大公さま」

「だが、私が『ノーザの町』に残ったことで、ソフィアどのの婚儀は一瞬でまとまってしまった。仮に私が大公国に戻っていたら、もっと時間がかかっていただろう。帝都にも話が伝わり、高官たちが国境地帯に来ることになっていたかもしれぬ」

「そうですね。そうなっていた可能性もございます」

「最悪、高官たちに止められて……駆け落ち同然で魔王領に向かうことになっていたかもしれぬ」

「そうならなくて幸いでした」

ソフィアは穏やかな表情で、

「大公さまがここにいてくださったのは、素敵な偶然です」

「ふふ。素敵な偶然か……そういうことにしておこう」

大公カロンは苦笑いして、頭を 掻(か) いた。

「……本当に偶然なんですか? ソフィア」

俺は小声でソフィアに 尋(たず) ねた。

ソフィアは賢い。

思い切りが良くて、たまに思いもよらないことをする。

そのソフィアが、リアナ皇女が魔王領の留学生になるという話を聞いて、なにも考えないわけがない。

リアナ皇女は魔王領に不慣れだ。

魔王領での世話役が必要になる。

ケルヴさんの言葉通り、それはたぶん、俺が担当することになっていただろう。

でも、リアナ皇女の世話役なら、ソフィアでもいい。

彼女は魔王領の人たちとも仲がいい。

ソフィアなら十分、リアナ皇女の世話役が務まる。

だから、ソフィアが魔王領に嫁ぐことは、帝国にもメリットがある。それを 帝国側に(・・・・) 伝えてくれる(・・・・・・) 誰か(・・) がいれば、ソフィアは安心して、魔王領に来ることができる。

例えばソフィアの事情を知っていて、味方になってくれて、皇太子からも信頼されている人物が。

ソフィアはそれに気づいていたのかもしれない。

だから彼女は、大公カロンに『ノーザの町』に残ってもらうように頼んだ……そう考えれば、ソフィアがあっさり、魔王領に来ることに同意したのもわかるんだ。

しかも……よく見ると、荷物の用意もしてるよね。

ソフィアにはこうなることが、完全にわかってたんじゃないんだろうか。

──と、そんな話を、俺はこっそりソフィアに伝えてみたんだけど。

「いえいえ、いくらなんでも、そこまでは」

「でも、部屋の隅に荷物をまとめてあるよね? あれは?」

「リアナが魔王領に留学するときに必要になるものを、試しにまとめただけです。でも、ちょうどいいですね。あれを持って、だんなさまに嫁ぐことにいたしましょう」

ソフィアはいたずらっぽい表情で、笑っただけだった。

……敵わないな。ソフィアには。

「結局、帝国はまた、貴重な人材を失うことになったわけか」

大公カロンは困ったような顔で、

「トール・カナンどの。そしてソフィアどの。最高の 錬金術師(れんきんじゅつし) と、皇帝一族に生まれた知恵者を失うこととなった。 自業自得(じごうじとく) といえばそれまでだが……ディアス殿下が気の毒ではあるな」

「兄さまのことは、大公さまが支えてあげてくださいませ」

「そうだな。私くらいは味方になってやらねば、ディアス殿下が気の毒であろう」

「リアナもですよ」

ソフィアはテーブルの向かい側に視線を向けて、告げた。

「 呆然(ぼうぜん) としている場合ではありませんよ。あなたはこれから大変なのですから、しっかりと準備を整えてからいらっしゃい。ね?」

「…………」

あ、リアナ皇女、 固(かた) まっちゃってる。

実は、部屋に入ったときから、ずっとリアナ皇女は同席してた。

ただ、俺が用件を切り出して、それにソフィアがうなずいた瞬間に、 硬直(こうちょく) しちゃったんだよな。

ソフィアの婚礼話は、あまりに予想外だったみたいだ。

それからずっと、リアナ皇女は身動きひとつしない。完全に固まっちゃってる。

「姉君がご自分の未来を選択されたのだ。祝福して差し上げなさい。リアナ殿下」

「は、はいぃ」

大公カロンが言うと、リアナ皇女はやっと、声を発した。

それから彼女はゆっくりと、俺とソフィアの方を見た。

「あ、あまりに思いもよらないことだったので、頭がカチコチです。なのに心はボヨヨーンのフヨヨーンで、どうしたらいいのか……わからなくて」

「落ち着きなさい。リアナ」

「で、でもでも……」

「ソフィアのことは、俺がちゃんと責任を持ちます」

俺はリアナ皇女に向かって、告げた。

「魔王領でソフィアが幸せになれるようにします。実は、そのためのマジックアイテムも用意してあるんです。こんなこともあろうかと、前もって」

「ソフィア姉さまと錬金術師さまは……いつも『こんなこともあろうかと』なのですね」

「俺は弱いですからね。なにかあったときのために、準備しておかないと」

「私も同じです。弱い者は考えて、対策を立てておくものなのですよ」

俺とソフィアは手を取り、そう言った。

「だから、安心してください。リアナ殿下」

「私は魔王領で、幸せになります」

「は、はい。錬金術師さま……ソフィア姉さま」

リアナ皇女は──少し、涙ぐんでいただけど──うなずいてくれた。

ソフィアは、そんな妹姫の手を取って、

「魔王領で待っています。準備を整えたら、帝国の正式な留学生として訪ねていらっしゃい」

「……ソフィア姉さま」

「私はお世話係として、あなたの面倒を見ますから」

「…………はい」

「帝国の者の目が届かないところで、たくさんお話ができますよ。私が病弱だったせいで、幼いころはできなかったこともできるでしょう。一緒に本を読んだり、散歩したり──」

「それは楽しみですね!!」

あ、立ち直った。

リアナ皇女は目を輝かせて、双子の姉を見つめている。

「ドキドキしてまいりました。ワクワクズキューンです! 必要なものをサクサクスパスパッと抱えて、ソフィア姉さまの元へ参りましょう」

「リアナ殿下が魔王領にいらっしゃるのは、一度、帝都に戻ってからですよ?」

俺は言った。

「『サクサクスパスパッ』とおっしゃいましたが、それじゃ駄目です。着替えと食料だけじゃ足りません。それから、聖剣は持ってこられません。帝国から留学生として派遣されることの証明書類も忘れないでください」

「は、はい。わかっております」

こくこく、とうなずくリアナ皇女。

ソフィアと大公カロンは、びっくりした顔で俺を見て、

「……だんなさま」

「……今ので、リアナ殿下がなにを用意されるのかがわかったのですか?」

「錬金術師ですから」

まぁ、なんとなくだけど。

俺は感覚派の、風の 羽妖精(ピクシー) さんとも仲良くしてるからな。

リアナ皇女って、あの子に似てるんだ。

だから、なんとなく言いたいことはわかる。

「では、共に帝都に戻るとしますかな。リアナ殿下」

大公カロンは椅子から立ち上がり、伸びをした。

「ソフィアどのは私の責任で、魔王領へと送り出すのですからな。皇帝陛下とディアス殿下にも、説明をしなければなりません。高官会議の皆にも」

「お手数をおかけします。大公さま」

「ありがとうございます」

俺とソフィアは、大公カロンに頭を下げた。

「気にすることはない。若い者の手助けをするのは、私の趣味だ」

大公カロンはそう言って、笑った。

「それに、おふたりのおかげで、時代の変化に立ち会うことができた。大公として、これほどうれしいことはないよ」

「俺は、大公さまと出会えてよかったです」

「私はもう少し早く、貴公と出会いたかったがな」

俺と大公カロンは握手を交わした。

大きな手だった。

俺が生まれる前からずっと剣を振ってきた、最強の戦士の手だ。

この人が帝国最強だってよくわかる、力強い手だ。

「あらゆるものを創造する、温かな手だな」

ふと、俺の手を握ったまま、大公カロンは言った。

「だからこそ貴公は、あらゆるものを受け入れることができるのだろう」

「……え」

帝国の人から、そんなことを言われたのは初めてだ。

父公爵からは『やわな手』『力ない弱者の手』って言われ続けてきたのに。

でも、大公カロンは感心したように、

「貴重な……得がたい手だよ。これは。力でねじ伏せるのではなく、貴公はすべてを受け入れて、この手で様々なものを作り出してきた」

「……大公さま」

「帝国がこれを失ったのは惜しいことだが、仕方ないのだろうな。貴公はこの手を、大切にされるとよい。これからも、多くのものを作り出してくれることを願っておるよ」

「ありがとうございます。大公さま」

俺は大公カロンに頭を下げた。

「大公さまもお身体と……最強の力を、大切になさってください」

「力には、さほど価値があるとも思えぬがな。まぁ、やるだけやってみよう」

俺と大公カロンは顔を見合わせて、笑った。

いい人だった。

この人が皇帝だったら……帝国はもっと、違う国になっていたかもしれないな。

「では、行かれるがよい。ソフィアどの。後のことはこの 老骨(ろうこつ) に任せよ」

「はい。大公さま!」

「よろしくお願いします。大公カロンさま」

「…………姉さまぁ」

「さて、我らは帝都に戻る支度をいたしましょう。リアナ殿下」

「………………はい」

いい笑顔の大公カロンと、泣きそうな顔のリアナ皇女に一礼して、俺とソフィアは部屋を出た。

そのまま、宿舎の前で待っていたエルテさんの馬車へ。

馬車の前ではエルテさんと、アイザックさんが待っていた。

アイザックさんの手には魔王ルキエの親書がある。

ソフィアの婚儀について書かれたものだ。

すでにアイザックさんは、それを読んだらしい。

「事情は、理解いたしました」

アイザックさんは俺とソフィアに向かって、頭を下げた。

それから、顔を上げて、2階の部屋に視線を向ける。

部屋の窓からは大公カロンとリアナ皇女が顔を出していた。大公カロンはアイザックさんに向かってうなずきかける。

それでもう、アイザックさんと『オマワリサン部隊』は、納得したようだった。

「お止めはしません。 小官(しょうかん) は大公領の兵士ですからな。大公カロンどのには逆らえませぬよ」

苦笑いしながら、アイザックさんは肩をすくめる。

「ソフィア殿下。これまで『ノーザの町』を治めていただいたことに感謝いたします」

「こちらこそ、お世話になりました。アイザック・オマワリサン・ミューラ」

ソフィアは言った。

「私はこれから、魔王領に参ります。大公カロンさまの許可はいただいております。帝国側の説得についても、すべて、請け負ってくださいました」

「いつかは、このような日が来ると思っておりました」

アイザックさんは真面目な顔で、

「国境地帯に来てから……小官も様々な、見知らぬものに出会いましたからな。自分には思いもよらぬことが、世の中にはあるのだと理解しております。ですから、わかるのですよ」

「とおっしゃいますと?」

「勇者世界の『オマワリサン』なら、こんなとき、どうするかを」

アイザックさんが手を挙げる。

それを合図に、『オマワリサン部隊』が左右に分かれた。

彼らは皆、軽く頭を下げたまま、馬車を守ろうとしているように、列を作る。

「『オマワリサン』の名において、ソフィア殿下の旅立ちを見送らせていただきます。正義と栄光、それこそが守護精霊である『オマワリサン』を動かすものなのですから」

「……アイザック」

「ありがとうございます。アイザックさん」

「どうかお幸せに。トール・カナンどの。ソフィア殿下をお願いいたします」

「「「オマワリサンの名にかけて、祝福を!!」」」

「ありがとう。アイザック!」

「ソフィアはしっかりと、魔王領でお預かりします」

そうして、エルテさんの指示で、馬車が進み出す。

なにかを察したのか、『ノーザの町』の人たちも、道に出てくる。

動き出す馬車を、じっと見てる。

そんな彼らが馬車に近づかないように、『オマワリサン部隊』が制してくれる。

本当にいい人たちだな。『オマワリサン部隊』は。

「ソフィア」

「はい。だんなさま」

俺とソフィアは、それぞれ『防犯ブザー』を手に取った。

魔石を外して、音だけが鳴るようにして、それから──

『オマワリサーン!』

『ノーザノ町ノ、オマワリサーン!!』

『アイザックヲフクメタオマワリサーン!!』

『──アリガトウ! オマワリサーン!!』

そして『ノーザの町』に、『オマワリサン』を 讃(たた) える声が響き渡ったのだった。