軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第172話「帝国領での出来事(11)・前編」

──ドルガリア帝国 帝都──

「これが『例の箱』の中身か」

執務室で、皇太子ディアスは資料を手にしていた。

ひとつは、『例の箱』に入っていた、異世界の紙。

もうひとつは、技術者と学者が書いた報告書だった。

「このような結果になり、申し訳ございません。殿下」

新任の魔術大臣はディアスの前で 膝(ひざ) をつき、頭を下げた。

彼は前任のアジムが解任されたあとに、皇帝直々に任命された者だ。

その彼の主導で、『例の箱』の調査が行われていたのだった。

だが──

「異世界の箱は本体も、錠も頑丈でした。扉は固く閉ざされており、帝国の技術では 解錠(かいじょう) することはできず……」

「結局、破壊するしかなかった、ということか」

「申し訳ありません!」

大臣の隣には、『例の箱』があった。

無残な姿だった。

ダイヤルがあった場所には大穴が空き、扉を本体に繋いでいた部品も 壊(こわ) れている。

勇者世界の箱は 頑丈(がんじょう) だった。

学者たちはダイヤルを決められたやり方で回すことで、ロックが外れるのだろうと予測していた。

だが、どちらに何回回せばいいのか、手がかりがなかった。

彼らは錠を破壊するしかなかったのだ。

「 解錠(かいじょう) には時間をかけても構わないと言ったのだけどね」

「承知しております。ですが……皇帝陛下のご命令がありまして……」

「父上から?」

「『我々はすみやかに、勇者世界について知らねばならぬ。手段を選ばず、その箱を開け』と」

「それで貴重な箱を破壊したというのか」

「申し訳ございません!」

大臣の言葉を聞きながら、皇太子ディアスは唇をかみしめる。

『例の箱』は貴重なものだ。

解錠には何年かかっても構わないと思っていた。

まさか父皇帝の命令で破壊してしまうとは、思ってもみなかったのだ。

あの箱が勇者世界のものだということは確定している。

中に入っていた紙に書かれていた文字と、勇者が書き残していった文字が、同じ種類のものだったからだ。

帝国には、勇者が書いた手紙や文書が、国宝として残されている。

技術者たちはそれを駆使して、箱に入っていた紙を訳すことができたのだが──

「陛下も君たちも、少し急ぎすぎたようだね」

「お言葉ですが、箱のロックを解除する手がかりがない以上、開けるにはこれしか……」

「ソフィアより連絡が来ている。箱を入手した場所に、謎の紙が落ちているのに気づいたと。それには箱の解錠方法が書かれている可能性があると」

「な、なんと!?」

「ソフィアは交渉を持ちかけてきている。その紙を渡すのと引き換えに、大公国の利益を引き出そうとしているのだろうが……」

交渉には応じるしかない。

『例の箱』の情報を、他者に渡すわけにはいかないからだ。

「『例の箱』は破壊したとはいえ、部品は残っているのだろう?」

「は、はい」

「では、魔術大臣に命ずる。ソフィアから『謎の紙』が届き次第、それを元に分析をしてくれたまえ。技術者を率いて、箱の正しい解錠方法を調べるのだ。次に同じような箱が現れたときの対策としてね」

「は、ははっ!」

「まさか勇者世界のアイテムや資料が続けざまに見つかるとはね。帝国はマジックアイテムを分析できる者が少ないのが難点だ。優秀な技術者がいればいいのだが……」

ディアスはふと、魔王領に送り込まれた少年のことを思い出す。

錬金術スキルを持つ少年──確か、トール・リーガスと言ったはずだ。

彼は当時 公爵(こうしゃく) だったバルガ・リーガスの希望で、魔王領に送り込まれている。

もしも、彼がまだ帝国にいたら、状況は変わっていたのだろうか。

(難しいな。当時は異世界の魔獣や箱が現れるなど、予想もしていなかったのだから)

トール・リーガスを呼び戻すのは難しい。

彼は魔王領の者たちの前で『自分は家を捨てる。これからはトール・カナンと名乗る』と明言してしまっている。

魔王領の者たち──おそらくは魔王も、それを受け入れている。

彼を無理に連れ戻せば、外交問題に発展する。悪くすれば、 戦(いくさ) になる。

もちろん、戦えば帝国が勝つだろう。

だが、今は時期が悪い。南方での戦いは、まだ終わっていない。

その状態で、北方の魔王領と戦いを起こすのは避けたいところだ。

それに、ダリル・ザンノーの一味の問題もある。

リカルドによると、彼らは『帝国に取り憑いた亡霊』と名乗っていたらしい。

その彼らを排除するまでは、魔王領との戦いなど不可能だ。不確定要素が多すぎる。勝利までどれだけの時間と資金、兵力が必要になるか──

(──いや、これは考えすぎか)

トール・カナンを 巡(めぐ) る戦いなど、起こるはずがない。

彼にそれほどの価値はない。

『錬金術』スキルを持つ者のひとりやふたり、すぐに見つかるだろう。

それを雇い、育てればいいのだ。

(間に合うのだろうか)

皇太子ディアスの脳裏に、ふと、不安がよぎる。

魔王領は、新種の魔獣との戦いで強力な力を見せている。

あれがマジックアイテムによるものだとしたら、彼らは、帝国のはるか先を行っていることになる。

今から技術者を育てて間に合うのだろうか?

帝国が人を集めて、育成している間、魔王領はさらに先に行っているのでは──

「……皇太子殿下?」

「なんでもない。それよりも箱の中身だが、本当にこの紙だけだったのかな?」

「数人でチェックいたしましたが、他にはなにも」

「魔法の武器と魔術で錠を破壊したとき、失われてしまったということは?」

「箱の破壊は、皇帝陛下立ち会いのもとで行われました」

魔術大臣は不満そうな口調で、

「お疑いなら、どうぞ陛下にお尋ねください」

「いや、疑っているわけではない。その勇者世界の紙を 翻訳(ほんやく) したものがこれだね?」

「勇者研究の専門家が10人がかりで訳しました。内容に誤りはないかと」

「疑ってはいないよ。だが……これは……」

皇太子ディアスは異世界の紙片と、その対訳が書かれた羊皮紙に目を通す。

そこには、こう書かれていた。

『この世界は強力な魔獣たちの 脅威(きょうい) にさらされている。

皮膚がおそろしく硬いその魔獣たちを「ハード・クリーチャー」と呼ぶ。

その魔獣たちが、突然、消滅するという現象がある。

学者たちは、別の世界に移動したのではないかと推測している。

以前、この世界の人間 (帰還した彼らにより「勇者」とされている)が、同じように消滅した事例があるからだ。

ハード・クリーチャーが異世界に消えてくれるのは幸いである。

あと、爆発する。

異世界召喚について考えると、頭が割れそうに痛む。

勇者は爆発する。ハード・クリーチャーも爆発する。

危険である』

──以上だった。

「『ハード・クリーチャー』……つまり『魔獣ガルガロッサ』のような魔獣は、勇者世界から来たということか……。これは……事実なのだろうか」

だとすれば『勇者召喚』を行うのは危険すぎる。

勇者が来るか。『魔獣ガルガロッサ』のような『ハード・クリーチャー』が来るかの二者択一だ。

後者の場合、被害が大きすぎる。

しかも、現状では後者の可能性が高い。

これまで砦の指揮官ゲラルト・ツェンガーが召喚は、すべて魔獣を呼び出しているのだから。

しかも──

「勇者が爆発するとは……」

「翻訳した者たちも 呆然(ぼうぜん) としておりました」

「他の部分はともかく、ここだけが異常だ」

「伝承では、勇者が巨大な爆発を起こす魔術を使ったとあります。そのことではないでしょうか?」

「怒りを爆発させて魔術を暴走させた者もいたね」

「そういう意味での爆発ならよいのですが……」

「勇者そのものが爆発するとしたら、『勇者召喚』はおそろしく危険だということになるね……」

皇太子ディアスと魔術大臣はため息をついた。

彼らは知らない。

この文章が、魔王領の宰相ケルヴの手紙を参考に書かれたものだということを。

『召喚魔術』を止めるための文書を依頼されたケルヴは、思考に思考を重ね、うっかり『頭が爆発しそう』という言葉を書いてしまった。

それを参考に、トールが勇者世界の言葉に直した文書を作成した。

結果、皇太子ディアスが手にしている文書が完成したのだった。

「もしや、勇者世界には爆発する勇者と、しない勇者がいるということか?」

「そうなります。ですが、仮に爆発する勇者がいた場合、どれほどの被害が出るのか、想像もつきません」

「おそらくは『メテオ』の数倍……十数倍。下手をすると帝都が吹き飛びかねない」

「皇帝陛下はおっしゃっていました。『勇者召喚を行った場合、今後は勇者に「お前は爆発するか?」と 訊(たず) ねる必要があると』」

「さすがは陛下だ」

「こうもおっしゃっていました。『爆発する勇者を閉じ込めるための結界と、特別な召喚施設が必要だと』」

「父上は勇者召喚をなさるつもりなのか?」

「我々には、陛下のお考えはうかがい知れません」

魔術大臣は深々と頭を下げた。

「わかった。父上とは私が後で話をしよう」

「ご賢察と考えます」

「また、この書物のことは極秘とする。それと──」

ディアスは、少し考えてから、

「今後は……魔王領との国交についても、考え直すこととする」

「魔王領との国交? まさか、国境を完全に閉ざすと?」

「逆だ。ソフィアを窓口として、魔王領との外交ルートを開く」

国境地帯にはダリル・ザンノーと、その一味がいる。

彼らがどれほどの力を持っているのかは、まだわからない。

だが、現に奴らは『召喚魔術』が行われた砦に入りこみ、『例の箱』を奪い取った。その際に、『召喚魔術』が流出した可能姓もある。

いずれにせよ、奴らが油断できない相手であることは間違いない。

だが、幸いにも魔王領は、奴らと敵対関係にある。

箱を入手したリカルドは、ダリル・ザンノーの部下たちの会話を書き留めていた。その後、奴らには逃げられてしまったが、ある程度の証言は残っている。

それによると、ダリル・ザンノーの部下を捕らえたのは、ソフィアの部下と亜人たちだったそうだ。

つまり、ソフィアと魔王領は協力して『例の箱』を手に入れたということになる。

魔王領の者たちは、国境地帯の治安を乱す者を許せなかったのだろう。

となれば、魔王領とダリル・ザンノーたちは敵対していると考えるべきだろう。

だが、今後はわからない。

ダリル・ザンノーが魔王領を味方につけようとする可能性もある。

その前に手を打っておく必要があるのだ。

「魔王領と正式に国交を開く。それと魔王領との『不戦協定の更新』を行うこととしよう。その際に私の弟妹を立ち会わせる。皇帝一族が同席して、そのことを周辺各国に公開する。それで帝国と魔王領とが敵対していないことがわかるだろう。ダリル・ザンノーたちへの抑止力にもなるはずだ」

「魔王領がそれに乗ってきますでしょうか?」

「窓口はふたつある。『ノーザの町』にいるソフィアと、魔王領にいるトール・カナンだ」

「トール・カナンはすでに『帝国を捨てる』と明言しているようですが」

「ならば、再び拾わせてやればいいのではないかな?」

皇太子ディアスは不敵な笑みを浮かべた。

「トール・カナンは実家を捨てた。ならば、新たな 爵位(しゃくい) を差し出せばいい。一代限りの爵位を与え、国境近く──『ノーザの町』の側に、小さな領地を与える。そこを『ノーザの町』と同じように、魔王領への窓口にすればいい。それは魔王領の利益にもなるだろう?」

「なるほど。それならば、彼も断りにくいかと」

「自分を捨てた父親を見返すこともできる。彼も帝国で生まれた者なら、興味を示すはずだ」

「父親より強い権力を持つということを、皆に示すわけですからな」

「まずは魔王領に使者を送ることにしよう」

言いながらディアスは腕組みをして、

「だが、あの国は得体のしれない場所だ。時を選び、相手が使者を受け入れやすい時期を選ばなければいけないね」

「魔王領が警戒をゆるめる日、ということですな」

「祝祭日が望ましいだろう。建国記念の日。祭りの日。あるいは、魔王の誕生日などだな」

それはソフィアに調べさせよう──ディアス皇子は心を決める。

魔王領と国交を開くことは、『ノーザの町』の利益にもなる。

ソフィアにも、断る理由はないはずだ。

もちろん、魔族と亜人が治める魔王領を、信頼などしない。

ただ、窓を作るだけだ。異境を覗くための窓を。

なにかあったときに、すぐに対応できるように。

「さっそく皇帝陛下に申し上げよう。使者を誰にするかも、決めなければいけないからね」

「リカルド殿下が、再度国境地帯に行くことを望んでいらっしゃいますが」

「知っている。失点を取り戻したいのだね」

皇太子ディアスは 頭(かぶり) を振った。

「気持ちはわかる。だが、功を 焦(あせ) っている者を、他国の使者にはできない」

「リカルド殿下は魔術省にもいらっしゃっています。『例の箱』に関わりたい、と」

「しばらくは放っておくしかない。敗北の悔しさは時間でしか──」

言葉を切るディアス。

一瞬、彼自身が大公カロンに敗北した姿が、脳裏に浮かぶ。

──相手は剣聖。

──自分も本調子ではなかった。

──まさか大公の左腕が動くとは予想外。

──敗北しても、やむを得ない。

言い訳と、苦い感情がわき上がってくる。

ディアスは思わず吐き気をこらえるように、口を押さえて──

「どうなさいましたか、皇太子殿下」

「……なんでもない。リカルドには私から、 自重(じちょう) するように言っておこう」

ディアスはうなずいて、

「使者には他に適任がいるからね」

「御意」

「彼女には私から伝えるよ。いずれにせよ、魔王領は得体の知れない場所だ。関わる者は、少ない方がいい。すでに関わってしまった者を使うのがいいね」

(大公カロンの左腕も、あるいは魔王領に関わったために動くようになったのかもしれない)

皇太子であるディアスが、魔王領に関わる必要はない。

担当者を決めて、その者だけに関わらせる。それだけだ。

(私は次期皇帝、ディアス・ドルガリアだ。魔王領に関わるべきではない)

ディアスは自分に向けて宣言する。

そのためにも不確定要素は排除しなければいけない。

ダリル・ザンノーのような亡霊たちは、消し去る。

魔王領への対策は担当者に任せる。

『不戦協定の更新』『皇帝一族が立ち会う』『諸外国に公開』──この3つををエサにすれば、魔族たちも食いつくだろう。

それで対処は終わりだ。

皇太子であるディアスが、あの国について考えることもなくなる。

ディアスは満足そうにうなずいた。

大臣に退出を命じて、皇帝の元へと向かう。

自分の心の奥底に、魔王領への恐怖があることには──気づかなかった。