作品タイトル不明
第154話「魔王領・『ノーザの町』合同調査チーム、暗躍する(2)」
それから俺たちは、宿の部屋に入った。
場所は、2階の隅にある大部屋だ。ベッドが4つ並んでいて、窓からは町の様子が見える。
宿は町の大通りに面していて、まわりは人通りが多い。でも、その分だけ治安がいい。お客が多いのもそのせいだろう。そして、お客の出入りが多ければ、俺たちは目立たずに済む。
エルテさんとドロシーさんはそこまで考えて、この宿に決めたんだろう。
さすがはケルヴさんの 姪御(めいご) さんと、『レディ・オマワリサン部隊』の隊長だ。
その判断に間違いはないんだけど──
「……隣の部屋……うるさいですね」
「……他に空いている部屋がなかったそうですから、仕方ありません」
「……酒盛りでもやってるんでしょうか」
俺とソフィーとメイベルは顔を見合わせた。
隣の部屋からは、絶え間なく大声が響いてる。
かなりうるさい。本当なら文句を言うべきなんだろうけど、俺たちは極秘の調査に来てる。トラブルを起こして、目立つわけにはいかない。
それに、うるさいと言っても、我慢できないほどじゃないからね。
「……よいしょ」
俺とメイベルとソフィーは窓側のベッドに移動して、できるだけ隣の部屋から距離を取る。
でも──
「……うぅ」
『レディ・オマワリサン部隊』のミサナさんは自分のベッドの上で、つらそうな表情をして、震えていた。
「ミサナさまは、ドロシーさまの側近で、『気配察知』能力にすぐれていらっしゃいます」
ソフィーが説明をはじめた。
「そのため、ミサナさまは聴覚が敏感で──」
「隣の部屋の大声が、頭に響くってことですか?」
「はい。それに、ここは慣れない場所ですから、どうしても緊張や警戒をしてしまいます。それで隣の部屋の騒音に、意識が向いてしまうのでしょう」
「わかりました。それじゃ、俺がなんとかします」
対策は考えてある。
たぶん、10秒くらいで解決できるはずだ。
「ミサナさん、ちょっといいですか?」
「は、はいっ」
俺が声をかけると、ミサナさんが顔を上げる。
小柄な人だ。
栗色の髪を三つ編みにして、後ろに垂らしてる。
戦闘中は髪の先端に武器を結びつけて、不意打ちようの暗器にするらしい。
彼女は隠密行動を得意とする『レディ・オマワリサン部隊』のエリートだ。
でも、まさか隣からの騒音に悩まされるとは思ってなかったんだろうな。
「ミサナさん。試しに、『ノイズキャンセリング・コート』を裏返しに着てみてくれませんか?」
「う、裏返しにです?」
「はい。その状態で、魔力を注いで起動してください。 騙(だま) されたと思って」
「……よ、よいですか? ソフィーさま?」
ミサナさんが、ソフィーの方を見た。
ソフィーがうなずくのを確認して、ミサナさんはコートを裏返しにする。
身につけて、フードをかぶって、魔力を注ぐと──
「──音が消えたです!?」
ミサナさんが目を見開いた。
「あれだけうるさかった雑音が、まったく聞こえません! すごく快適なのです……」
「よかったです」
「でも、どうしてこんなことが……?」
「え? だって、それは『ノイズキャンセリング・コート』ですよ?」
「は、はい。説明は受けました。身につけると、その内側の音を消してくれるコートですよね?」
「そうです」
俺はうなずいた。
「だから裏返しに着ると、外の騒音が消えるんです。内側の音を消すコートを裏返しに着れば、外の音を消すに決まってるじゃないですか」
「え、ええええっ!?」
「これが『ノイズキャンセリング・コート』の第2の能力なんです」
このコートは通常状態だと、コートの内側の音を消してくれる。
それを裏返して使うと、外側の音を消してくれる。
布地に当たった音を消すようになってるんだから、当たり前なんだけど。
内側の音を消すか、外側の音を消すかの違いでしかないんだから。
(本当ならこの機能は『ヘッドフォン』で実現したかったんだけどな)
俺の技術ではそこまで小さくはできなかった。
身体全体をコートで 覆(おお) って、布に触れる音を消すのが精一杯だったんだ。
まだまだ勇者世界には及ばないな。俺は。
「で、ですが……外部の音が聞こえなくては、護衛の役目が果たせないです……」
「今は調査に備えて、体調を整えておくべきですよ。ミサナさま」
ミサナさんの言葉に、ソフィーが答える。
ソフィーもコートを裏返しに身につけて、ミサナさんに近づく。
あわててベッドから立ち上がる彼女のフードと、自分のフードをくっつける。
これで、お互いの声が通じるようになったはずだ。
「それに、 騒音(そうおん) に気を取られている状態でも、お役目は果たせないでしょう? まずは落ち着くことです。いつでも音を 遮断(しゃだん) できることがわかれば、コートを脱いだ後でも、安心してお役目と向き合えるでしょう?」
「そ、そうですが……」
「大丈夫です。コートを着たままでもお役目は果たせます。両手と両脚を、ドアにくっつけるのはどうですか? そうすれば、振動で誰が近づいてきたかわかるのでは?」
「た、確かにそうです! 自分は、そういう訓練を受けているです。殿下は……ご存じだったのですか?」
「護衛してくれるお方のプロフィールを、見逃したりはいたしません」
それから、俺たちは椅子を抱えて、ドアの前へと移動させた。
ミサナさんはそこに座り、靴を脱いで、手の平と足の裏を、ドアにくっつけた。
これで、誰かが近づいてきたら振動でわかるらしい。
「でも……この状態では、部屋の中が見えないです」
「そちらは私とカナンさま、メイベルさまが 警戒(けいかい) いたします。大丈夫です」
「よろしいのですか?」
「今の私はソフィーです。あなたと同じ、捜索チームの仲間です。それでも納得いかないようなら、これは私の命令ということにしてくださいませ」
「……は、はい。わかりました」
それでミサナさんは、納得したみたいだった。
表情も落ち着いてる。騒音が消えて、安心したみたいだ。
『ノイズキャンセリング・コート』が役に立ってよかった。
夜になったら隣の部屋も静かになるだろう。
ならなかったら──『ノイズキャンセリング・コート』を裏返しにして、壁際に吊しておけばいい。
6人分を並べて『ノイズキャンセリング・カーテン』にすれば、騒音を防いでくれるから。
「それではお話をしましょう。私も、そちらに行ってよろしいですか?」
ふと、ソフィーは言った。
俺とメイベルがうなずくと、ソフィーは床に降りて、こちらのベッドへと移動する。
それから、俺の隣に腰を下ろした。
旅先の固いベッドの上。
俺たちは3人並んで座り、壁に背中を預けてる。
「……カナンさま」
「あ、あの。カナン……」
ソフィーとメイベルが、同時に俺を呼んだ。
俺は反射的に、メイベルの手を握った。いつもそうしてるみたいに。
それを見たソフィーが、不思議そうな顔になる。
「カナンさまとメイベルさまは、とても仲がよろしいのですね?」
「メイベルとはいつも一緒ですから」
「……同じおうちで暮らしてらっしゃるのですよね?」
「こ、婚約者ですから」
不意に、メイベルが声をあげた。
「私とカナンは、魔王陛下の方の許可を得て、婚約をしていますから……」
「そうでしたね。私と、おそろいですね」
ソフィアはメイベルの手を握った。
メイベルに手が届くように、俺に寄りかかって、体重をかけて。
「私もカナンさまとの婚約を目指しております。いずれ、大公カロンさまに間に立って頂いて、正式に手続きを進めるつもりでいます。私も、メイベルさまと同じですね」
「え? いえ……婚約者といっても……ソフィーさまと私では身分が……」
「そんなものは関係ございません。それに、今の私は使命を果たすため、メイベルさまと同じ立場でここに来ているのです。ミサナさんも見ておりませんし……」
ちらりとドアの方を見るソフィー。
ミサナさんは裏返しにした『ノイズキャンセリング・コート』を着て、ドアに両手と両足をくっつけてる。こっちには背中を向けてる。コートのおかげで、部屋の音は聞こえないはずだ。
それを見て、ソフィーは満足そうにうなずく。
「というわけで、今の私とメイベルさまは対等です」
「そ、そうなんですか?」
「そうなのです。ですから、カナンさまも私とメイベルさまを対等に扱ってください」
ソフィーが目を輝かせて俺を見た。
というか、いつの間にかメイベルとソフィーは、俺を間に挟んで手を繋いでる。
ふたりとも、今は対等の立場、ってことにしたらしい。
でも──
「そもそも俺にとっては、メイベルと同じくらいソフィーさまも大切な存在なんですけど」
「──!?」
ぶんっ。
急にソフィーが顔を 逸(そ) らした。
あれ?
「な、なんでもありません。不意打ちだったのでびっくりしただけです」
「そうなんですか?」
「そうなのです。お続けください」
「俺は、ソフィーさまを仲間みたいに思っていますから」
「……私もカナンさまと同じように、帝国を追われた身……だからですか?」
「……そうです。こんなふうに考えるのは、失礼かもしれないですけど」
「そんなことはありません!」
ソフィーは俺の手を握って、声をあげた。
「カナンさまが帝国でどのような目に遭っていたのか想像がつきます。帝国は錬金術師は不当に扱われておりますし、カナンさまは、公爵家のご子息でありながら、人質に出されてしまったのですから……」
「……ソフィーさま」
「私なんて、カナンさまに比べれば、たいした苦労はしておりません」
俺の目をじっと見つめながら、つぶやくソフィー。
「私は離宮でただ、閉じ込められていただけです。それに、妹のリアナもおりました。けれど、カナンさまには誰もいらっしゃらなかったのでしょう?」
「役所には、それなりに仲のいい人もいましたけどね」
「……当時の私が、カナンさまのことを知っていればよかったのに」
「ソフィーさま?」
「……そうすれば、さみしい思いなどさせることはありませんでした。離宮で私づきの錬金術師として、思う存分、力を振るっていただくこともできたでしょう……」
ソフィー専門の錬金術師か。
それはそれで楽しかったかもしれないな。
もっとも、それじゃ俺がルキエやメイベルと会うこともなかったし、『創造錬金術』スキルに目覚めることも、勇者世界の『通販カタログ』と出会うこともなかったわけだけど。
「ありがとうございます。ソフィーさま」
俺は言った。
「やっぱり、ソフィーさまと出会えてよかったです。ソフィーさまのおかげで……妹君やアイザックさんやドロシーさんのように……帝国出身の人にも、いいひとがいるってわかりましたから」
「そ、それは私の手柄ではありません!」
ソフィーは俺の手を握りしめた。
「カナンさまが、私の身体を 癒(い) やしてくださったことで、私の世界は広がったのです。だから、私は色々なことができるようになりました。皆が私の話を聞くようになってくれたのもそのおかげです。今の私を作ったのはカナンさまです!」
「じゃあ、お互いさまってことにしましょう」
「……もう」
あれ?
なんでまたそっぽを向くんですか。ソフィー。
なんだか、首筋が赤くなってるけど……。
「とにかく、俺はソフィーのおかげで、帝国で過ごした時間を、それほど嫌わなくて済むようになったんです。あの時間も、魔王領に来るまでの貴重な時間で、あの国にも、ソフィーのようないい人がいるんだって、わかりましたから」
「…………うぅ」
「カナンはこういうお方ですよ。ソフィーさま」
メイベルがソフィーの耳元でささやく。
「私も、上の方も、アグニスさまも、時々同じような言葉をいただいております。その威力は高レベルの攻撃魔法にも匹敵するもので、たまに心臓が止まるのではないかと思うことも……」
「……おそるべき方です。天然とは、私の策を超越してしまうのですね」
ひどいこと言われてない?
……まぁ、いいんだけどね。
「話は変わりますけど、ソフィーさまは箱を手に入れたらどうするんですか?」
これは、前から気になってたことだ。
今回の捜索に、皇女みずから出てくる必要はなかった。
ドロシーさんもアイザックさんも優秀だし、任せてもよかったはずだ。
でも、ソフィーは捜索チームに参加することを選んだ。
そこには、ソフィーなりの理由があるんじゃないかと思ったんだ。
「私は『例の箱』を、国境地帯の安定のために使いたいと思っております」
ソフィーは迷いなく、そう言った。
「箱の中身は、おそらく異世界のアイテムでしょう。それはカナンさまに管理していただきます。私は、空になった箱をいただければと」
「空箱でいいんですか?」
「できれば『開かない空箱』が望ましいです。私はそれを帝国との交渉材料にしたいのです」
『例の箱』は、まだ誰も開くことができずにいる。その中身を知る者はいない。
中身がわからない者にとっては空箱だろうと、中に石を詰め込もうと、その価値は変わらない。
帝国はその価値を、最大級に見積もるしかない。
だから、交渉に利用できる。
いつか帝国が箱を開いて、箱の中身に文句を言われたら『最初からそうだった』と言えばいい。
それまでに最大限の利益を得る──ソフィーは、そう考えているそうだ。
「その交渉によって、私は国境地帯の安定を願います。大公カロンさまの権威だって、いつまで通用するかわかりませんからね。公の席で皇帝陛下か……皇太子のディアスさまと交渉して、『ノーザの町』がずっと大公国の一部であると明言していただきます」
「それが、ソフィーさまの望む交渉ですか」
「策のひとつです。小さな策を積み重ねることで、私は、大切なものを守りたいのです」
「……そうだったんですね」
すごいな。ソフィーは、そこまで考えてたのか。
確かに、箱の中身がわからない以上、外箱だけでも十分に交渉材料になる。
俺がなんとかして開いて、後で元通りに封をすればいいだけだ。
中には魔獣の骨でも入れておけばいいかな。
俺が『創造錬金術』で異世界の魔獣の骨っぽくアレンジしておこう。
そうすれば『魔獣ガルガロッサのような、異世界の魔獣の骨デスヨー』と言い張ることもできるだろう。
「ソフィーさまは素晴らしい方ですね」
「────!?」
「いい作戦だと思います。ぜひ、俺にも協力させてください。帝国に『箱を渡す』と交渉して、外箱を渡すなら、嘘をついてることにはならないですからね。相手の欲を利用した、面白い作戦です。すごくいいと思います」
「え、えっと……あの……カナンさま?」
「ソフィーの作戦は魔王領のためにもなりますよね? 大公カロンの権力が弱まったとしても、皇帝か皇太子から『国境地帯は大公領として』──ソフィーさまが治めると言質を取っておけば、帝国は国境地帯に手を出せなくなります。魔王領の側には最高の隣人がいることになりますし、俺も……ソフィーが側にいるのはうれしいです」
「そ、そうですけど、私のこの作戦は……リア……いえ、妹のためでもあり……」
あわあわ手を振るソフィー。かわいい。
彼女は、真っ赤になった顔で、
「国境地帯が平穏であれば、妹が戦う機会も減ります。その間に彼女には学び、成長して欲しいのです。もしも妹が政変に巻き込まれた場合は、国境地帯に保護することもできます。だから、これは姉のわがままのようなものでもあって……」
「いいお姉さんですね。俺もソフィーのような家族が欲しかったです」
「────っ!!」
ごろんっ。
不意に、ソフィーが背中を向けた。
宿屋の小さなベッドの上で、子どもみたいに身体を縮めてる。
「……どうしたんですか? ソフィー」
「…………なんでもありません。落ち着くまで少々時間をくださいませ……」
「わかりました。ふと、思いついたんですけど」
「な、なんでしょうか?」
「『例の箱』の件が片付いたら、ソフィーを俺の工房に招待したいんです」
普通の旅人に化けてるソフィーは、すごく活き活きしてる。
いつもは話せない本音を伝えてくれてる。
そんなソフィーを、もっと見てみたくなったんだ。だから、俺の工房に遊びに来てもらって、ゆっくりと話をしてみたい。勇者世界の話もしたいし、これから必要になるアイテムの相談にも乗って欲しいんだ。
それにルキエとも会わせてみたい。
魔王と皇女──その立場を超えて、ふたりが話をしたらどうなるのか、見てみたいからね。
「もちろん、ドロシーさんの協力が必要になります。不在の間は『改良型・抱きまくら』で替え玉を作ることになりますからね。でも、1日か2日くらいならなんとかなるんじゃないでしょうか。もちろん、ソフィーがよければ──」
「参ります!」
即答だった。
がばっ、と起き上がって、俺の目をまっすぐに見て、ソフィーは答えた。
「口実は作ります。ドロシーさまも説得いたします。ぜひ、あなたさまの工房にお邪魔させてください」
「わかりました。じゃあ、この調査が終わったら──」
「ドロシーさまを説得すればよろしいのですね? 『私はカナンさまの元へ行く必要がございます。その 代償(だいしょう) として、ドロシーさまの化粧水を定期供給していただけるように交渉を──』と申し上げれば、ドロシーさまを簡単に説得──」
「俺が悪者になるからやめてください」
「カナンさまのおうちに行くためには、手段は選びませんよ?」
「少しは選んでくださいね?」
俺が言うと、メイベルが噴き出した。
あわてて「失礼しました」って口を押さえるけど、ソフィーは気にしてない。
メイベルはずっと俺の隣で、ソフィーの話を聞いていた。
彼女の意外な一面を見て、びっくりしたみたいだ。
「……カナンさまとメイベルさまには、お恥ずかしいところをお見せしました」
「いえ、気にしないでください」
「リアナには黙っていてくださいね。でないと、姉の威厳というものが……」
ソフィーは真っ赤になって、両手で顔を覆ってしまった。
彼女が落ち着くのを待って、俺たちはまた、箱の捜索について話をすることにした。
仕事の話なら、冷静にできるからだった。
俺は、捜索に使うアイテムの説明をして、ソフィーは効率的な捜索方法について意見を出してくれる。常識的なツッコミを入れるのは、メイベルの役目だ。
そうして話しているうちに、時は過ぎて──
「──足音がするです。ドロシーさまと、魔王領文官の方が戻られたようです」
ミサナさんが俺たちの方を見て、言った。
「お待たせいたしました。町での聞き込みが終了いたしましたわ」
「情報がつかめました。日が暮れてから動くことになります。皆さま、準備をお願いいたします」
そうして、部屋に戻ってきたドロシーさんとエルテさんは、そんなことを言ったのだった。