軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第144話「帝国領での出来事と、『ノーザの町』での出来事」

──十数日前、帝国の首都で──

「国境付近に『例の箱』の調査隊を派遣することになった」

ドルガリア帝国の宮廷。

その執務室で、第一皇子ディアスは言った。

目の前にいるのは、高位の継承権を持つ皇子と皇女が1名ずつ。

彼らは椅子に座ったまま、ディアスの話を聞いている。

「調査に 箔(はく) を付けるため『聖剣の姫君』を使うべきだという意見もあった。だが、あの地にはリアナの双子の姉がいる。調査結果が漏れる危険性があるのだよ。だから──」

「私たちが呼ばれたのだね。ディアス 兄(にぃ) 」

「そうだよ。リカルド」

背の高い皇子に向けて、ディアスは言った。

彼の名前はリカルド。第3皇子だ。魔術に長けていて、部隊を率いての魔獣討伐を担当している。

隣にいる小柄な少女は、第2皇女のダフネだ。

彼女は長い黒髪を無造作にまとめて、きつい目で兄のディアスを見据えている。

「では、訊ねよう。『例の箱』の調査隊を指揮したい者は?」

ディアス皇子は 訊(たず) ねた。

リカルド皇子とダフネ皇女は、同時に手を挙げた。

お互いを挑戦的な目でにらみつける。

そんな2人をたしなめるように、ディアス皇子は、

「言っておくが、今回の役目は調査だよ。戦うことではない」

「そうなのか? ディアス兄」

リカルド皇子がつぶやいた。

彼は興味をなくしたように手を下ろして、

「それはつまらない。とてもつまらないぞ、ディアス兄」

「大公カロンや高官たちが、『 魔獣召喚(まじゅうしょうかん) 』の黒幕が私たちではないかと疑っているからね。目立つわけにはいかない。彼らの勘違いが正されるまではね」

皇太子ディアスは肩をすくめた。

「あの事件の黒幕は魔術大臣のアジム・ラジーンだというのに……大公カロンが妙なことを言うものだから、高官たちもそれに惑わされているのだ。困ったものだね」

「……兄上を負かした大公カロンの言うことだから、仕方ない」

ダフネ皇女が、ぽつり、とつぶやいた。

「大公カロンは両腕が使えるようになり、再び最強になったもの。その人の意見なら、みんなが耳を傾けるのは当然じゃない?」

「今だけだよ。いずれ大公カロンも老いる。大公国が 隆盛(りゅうせい) をほこっているのは、元剣聖カロンがいるからだ。次の世代になったらどうだろうね? 大公カロンが選んだ後継者は、彼ほどの力を持てるだろうか?」

「話が 逸(そ) れている。早口になっている。兄上は動揺しているわ」

ささやくような声で、ダフネ皇女は続ける。

「次期皇帝は落ち着いているべき。そのようなことでは、心配」

「私は落ち着いているよ。同腹の兄のことは信じて欲しいものだね」

皇太子ディアスは続ける。

「話を続けよう。 尋問(じんもん) の結果、砦の指揮官ゲラルトについての意外な事実がわかった。召喚した『例の箱』のことを、彼は魔術大臣アジムに報告していなかったのだよ」

尋問(じんもん) の席で指揮官ゲラルトは、魔獣ではないものを召喚したことを認めた。

それを上司である魔術大臣に報告していなかったことも。

ゲラルトは言った。

「箱の中身を確認してから、魔術大臣に報告するつもりだった」

──と。

「変な箱を見つけた」「中身はわからない」では、無能だと思われてしまう。

だから『巨大サソリの魔獣』のコントロールに成功した後で、その 功績(こうせき) と共に『例の箱』のことを報告するつもりだったそうだ。

「その結果、『例の箱』は持ち去られた。行方を捜さなければいけなくなったわけだ」

ディアスは 頭(かぶり) を振った。

「今回、調査を担当するのは帝室直属の部隊だ。あの者たちは陛下の血を引く者にしか従わない。2人のどちらかに指揮を執ってもらいたいのは、そういうわけだ」

「ダフネは、ひとつ質問があります。兄上」

漆黒の髪の皇女、ダフネは告げる。

「『例の箱』を、魔王領の者が手に入れていたら?」

「その時は手を引いて構わない。 君たちは(・・・・) 、絶対に魔王領に手出ししないように」

皇太子ディアスは苦いものを 噛(か) むような表情で、そう言った。

数ヶ月前まで、魔王領は謎の国だった。

帝国にとっては『可能な限り関わるべきではない国』で『人質を送り込むことで、おとなしくさせる国』でもあったのだ。

だが、この数ヶ月で、状況は大きく変化した。

魔王領はその技術と、おそるべき魔術の技を見せるようになったのだ。

彼らは強力な魔術で『魔獣ガルガロッサ』を即座に 殲滅(せんめつ) した。

魔王とその配下は、皇女リアナや軍務大臣ザグランと交渉し、有利な条件を引き出した。

知恵の冴えと、気品に満ちた対応で、文化力の高さを見せつけた。

さらにその後、魔王領は謎の言葉『オマワリサン』で、巨大ムカデの魔獣の動きを封じた。

謎の使い魔を使役して、魔獣召喚の実行犯を見つけ出した。

ゲラルト・ツェンガーが召喚した魔獣に至っては、『メテオ』の魔術で倒したそうだ。

そんな魔王領の働きを見て、国境地帯の人間も、考えを変えた。

魔王領の者たちに『魔獣から守ってもらった』と思い、魔王領が自分たちの味方だと感じ始めたのだ。

すかさず魔王領は『交易所』を作り、帝国民との商売を始めた。

高官会議が対応を検討している間に国境地帯は大公領になり、手出しするのは難しくなった。

もはや、魔王領は『帝国より劣る謎の国』ではない。

強力な技術と文化を持つ、魔術大国と考えるべきなのだ。

「だが、帝国が魔王領となれ合うわけにはいかない」

帝国には勇者の正当な後継者としての誇りがある。

魔族や亜人となれ合うなどあり得ない。

「君たちのどちらが調査を命じられるかはわからない。だが、皇帝陛下もおっしゃるはずだ。決して魔王領に手を出してはいけないと」

「……わかりました」

「ではディアス兄。大公国の領主となった不要姫──病弱なるソフィアはどうする?」

皇子リカルドは手を挙げた。

「あの者に命令するのは構わないだろう? あの者は大公カロンに認められ、領主となり、思い上がっているかもしれない。役立たずの皇女に、立場をわきまえさせるのは構わないだろう?」

「調査に必要ならね」

「承知」

ディアスの言葉に、リカルド皇子はうなずいた。

顔を伏せて、押し殺した笑い声を漏らしている。

その態度に不穏なものを感じるディアスだが、リカルドを作戦から外すことはできない。

『例の箱』の調査についての決定権を持つのは、父皇帝だ。

ディアスに命じられたのは、調査担当の皇子皇女に指示内容を伝えることだけ。

すでにこの件は、ディアスの手を離れている。

それが皇太子に傷をつけないための配慮なのか……それとも別の理由があるのか、ディアスにはわからない。

(父上は歴代皇帝の中でも……群を抜いてお強い方だ。きっとお考えがあるのだろう」

そんなことを思いながら、ディアスは弟妹に向かって説明を続けるのだった。

──現在 (トールがソフィアを訪ねた翌日)ソフィア皇女視点──

「『例の箱』の調査に、私も同行したいと考えております」

ソフィア皇女は言った。

ここは屋敷の応接室。

部屋にはソフィアの他に、部下のドロシーとアイザックがいる。

おどろいたように目を見開く二人に向けて、ソフィアは続ける。

「私には領主として、民を守る義務があります。得体の知れないものが領地の中にあるのなら、放置するわけには参りません。帝国から調査隊が来るとなればなおさらです。皇帝の血を引く者として、その調査隊に釘を刺しておかなければ」

「お待ちください。殿下!」

「どうぞ。アイザックさま」

「『例の箱』の調査はドロシーどのたち『レディ・オマワリサン部隊』の担当です。殿下自ら出向かれる必要は……」

「申し訳ありません。これは、私のわがままです」

ソフィアはアイザックに 会釈(えしゃく) する。

「私は異世界から召喚されたという『箱』をこの目で見てみたいのです」

「……殿下」

「私は離宮にいたころ、勇者について書かれた本をたくさん読みました。そこで得た知識が、『箱』の分析に役立つかもしれません。少なくとも勇者世界から来たものであれば、なんらかの特徴を見い出せるでしょう」

「殿下は、その『箱』を入手されたいのでしょうか?」

ドロシーが訊ねた。

「あの『箱』は、開くことができないものだと聞いております。仮に勇者世界のものだとわかったところで、中身を確認できなければ、その価値はさほどのものではないと思います。正直、わたくしには皆さまが『例の箱』を欲しがる理由がわからないのですわ……」

「『例の箱』の価値は、はっきりしておりますよ、ドロシーさま」

ソフィアは首を横に振った。

「だって『例の箱』は、これほど多くの人を動かしているのですから」

「──あ」

ドロシーが驚いたような顔になる。

アイザックも同じだ。彼も納得したように、何度もうなずく。

「た、確かに。帝国の調査隊や我々、それに『例の箱』を奪った連中もおります。その『箱』は中身を見せることもなく、多くの者を動かしていますな」

「そうです。異世界から召喚されたものというだけで、『例の箱』は注目を集めております。それを手に入れようとする者が集まることで……国境地帯で、騒動が起こる可能性もあります」

ソフィアはドロシーとアイザックを見つめながら、言った。

「私はこの地の領主として、民の平穏を守る義務がございます。『例の箱』が手に入るかどうかは別として、情報をできるだけ集めておきたいのです」

「お気持ちはわかります。殿下」

「わたくしも……殿下のお考えは尊いと思います」

アイザックとドロシーはうなずいた。

「ですが……仮に『例の箱』を入手できた場合、殿下はそれをどうされるおつもりなのですか?」

「そうですね。仮の話になりますが──」

ソフィアは首をかしげて、少し考えるようなしぐさをした。

それから、いたずらっぽい笑みを浮かべて、

「『例の箱』を複製して、本物は封印してしまおうかと考えております」

「な、なんと!?」

「複製を!? まさか、盗難対策ですか!?」

「ええ。そのために、 しかるべきお方に(・・・・・・・・) 心ゆくまで(・・・・・) 分析して(・・・・) いただいた上で(・・・・・・・) 、レプリカを作っていただこうかと。もっとも、これはまだ『例の箱』が開かれていない場合に限りますが──」

そうして、ソフィアはゆっくりと話し始める。

『例の箱』を手に入れて、それを元にレプリカを作ってもらう。

『箱』がまだ開かれていないなら、中身は誰も知らない。

からっぽでも問題ない。

仮に盗まれたとしても、中身はからっぽだ。

失うものはレプリカの箱の、制作費だけ。

そんなものは、国境地帯の平穏に比べれば安いものだ。

『レプリカの箱』は、フタが開かないようにしておけばいい。

盗んだものがそれを開けようとしているうちに、時が経つ。

その間は少なくとも、トラブルをひとつ減らせるはずだ。

「本物は……封印するなり、遺物として保管するなりすればよろしいでしょう。そのあたりは、大公カロンさまに相談して決めたいと思います」

「……な、なんと」

「……殿下は、そこまでお考えなのですね」

「もっとも、これは私たちが『例の箱』を入手した場合の話です。私としては、手がかりだけでもつかめれば十分、と考えています。争ってまで手に入れるつもりはありません」

問題は『例の箱』に強力な力があった場合だが……これは、考えても仕方がない。

封印するか、ソフィアの『光の攻撃魔術』で破壊するか、 あの方(・・・) の力を借りて無力化することになるだろう。

ソフィアの目的は、国境地帯の平穏だ。

領主になったからには責任がある。隣国である魔王領──そこにいる大切な人に、みっともないところは見せられない。

そのために『例の箱』や帝国の調査隊、砦から箱を盗んだ者について、できるだけ情報を集めておきたいのだ。

「だからこそ、私は調査に同行したいのです。私の知識が『例の箱』を見つける助けになるかもしれませんからね」

「お話はわかりました。ですが……」

ドロシーは心配そうな顔だ。

気持ちはわかる。

実戦経験のないソフィアを連れて行くのが不安なのだろう。

それに、ドロシーはソフィアの腹心でもある。主君を心配するのは当然のことだ。

もっともソフィアの方では、ドロシーを友人のように思っているのだけれど。

「では、私は砦の調査にのみ同行するということでどうでしょうか?」

ソフィアは言った。

「ドロシーさまはおっしゃっていましたね。ゲラルトが指揮を執っていた砦の調査を行い、その後に周辺の町で聞き込みをされると。砦を調査し、町に泊まり、翌日に帰ってくる予定なのでしょう?」

「はい……そうですね」

ドロシーは少し考えてから、うなずいた。

「わたくしどもは、1泊2日で出向く予定でした。砦はアイザックさまの『オマワリサン部隊』が見張っていらっしゃいますからね。確かに……あの場所なら危険はないかもしれません」

「アイザックさまのご意見はどうでしょうか?」

ドロシーの言質を取ったソフィアは、ソフィアは目を輝かせてアイザックを見た。

「『オマワリサン部隊』がいらっしゃる場所ならば、それほどの危険はないと思います。また、私が部隊の皆さまを 激励(げきれい) することもできましょう」

「……そういうことでしたら」

アイザックはうなずいた。

「殿下が 激励(げきれい) に来てくださるのなら、部下も喜びますな」

「……そうなると、わたくしには反対できませんわ」

「…… 小官(しょうかん) も、異論は言えないですな」

「ありがとうございます。ドロシーさま。アイザックさま」

ソフィアは椅子から立ち上がる。

それから、ドレスのスカートをつまんで、二人に向かって一礼する。

そうして、会議は終わり──

数日後をめどに、ソフィア皇女とドロシーの部隊は、『魔獣召喚』が行われた砦の調査に向かうことになったのだった。

──その日の夕方。ソフィアの部屋で──

「殿下。錬金術師さまから、お届けものなのよ」

「ありがとうございます。ソレーユさま」

部屋の窓辺に、真っ白なフクロウがとまっていた。

ソフィアが窓を開けると、フードを外したフクロウは、 羽妖精(ピクシー) のソレーユに姿を変える。

「こちらが『MAXすべすべ化粧水プレミアム』なの」

「原液でございますね」

「錬金術師さまは、10倍に薄めて渡すつもりだったみたいなのよ。でも、殿下は原液が良かったのよね?」

「はい。その方が、色々な使い方ができますから」

「お肌をつやつやにしたいのよね?」

「はい。つやつやのお肌をお見せしたいのです」

「…………」

「…………」

「わかったの。それと、錬金術師さまから伝言があるの」

「は、はい。おうかがいします」

「正座しなくてもいいのよ。えっと、錬金術師さまは『帝国から来る調査隊のこともあります。ぶっそうになるかもしれないので、町の外に出るときは「防犯アイテム」を忘れないようにしてください』と言っていたの」

「……トール・カナンさまが、私のことを心配してくださったのですね」

ソフィアは思わず頬を押さえた。

熱くなる体温を感じながら、ソフィアは、

「他に、トール・カナンさまは、私についておっしゃっていなかったでしょうか?」

「『滞在許可証をありがとうございました。今度は仕事ぬきで、遊びに行きますね』って」

「……うれしいです」

トールが『滞在許可証』を喜んでくれたこと。

仕事抜きで遊びに来ると言ってくれたこと。

それがうれしくて、ソフィアはおだやかな笑みを浮かべる。

「ありがとうございます。トール・カナンさまに、よろしくお伝えください」

「わかったの。他にソフィア殿下から、お返事はあるの?」

「それでは……『次回お目にかかったとき、化粧水の実験に付き合ってくださいませ。原液の化粧水を使ったとき、10倍希釈の化粧水を使ったとき──両方の肌触りを、私とトール・カナンさまで、一緒に確認いたしましょう』と、お伝えください」

「………………本当にそのまま伝えていいの?」

「ごめんなさい駄目です。えっと……」

手を振って、口にした言葉を取り消すソフィア。

思わず本音が出てしまったことに気づいて、真っ赤になる。

実は前回、トールが「化粧水は10倍の水で薄める」と言ったとき、どうやってその比率を割り出したのか、ソフィアはすごく気になっていた。

しかもトールは、化粧水を原液で使ったドロシーの下着が落ちることを予測していた。

それは彼が以前にも、同じ現象を体験していたことを意味する。

でなければ、あれほど確信をもって断言することはできないからだ。

なので、ソフィアもトールと、同じ実験をしてみたいと思っていたのだけど──

(……あんまり変なことを言うと、遊びに来てくださらなくなるかもしれませんね)

口に出さずにつぶやくソフィア。

それから、彼女は気を取り直して、

「それでは……私も機会をみつけて、トール・カナンさまのおうちに、遊びに行きますとお伝えください」

ソフィアは言った。

「そのときは、私をアグニスさまやメイベルさまと、同じように扱ってくださいませ、と」

「わかったの。お伝えするのよ」

「それではソレーユさま、お茶を淹れますので、おやつにいたしましょう」

「いいの?」

「せっかく遠くから来てくださったのですからね。それに、こんなことあろうかと、メイドたちには3時のおやつを推奨しております。余りものがあるはずですよ」

以前は食が細かったソフィアを、みんなが心配していた。

でも『フットバス』と『しゅわしゅわ風呂』のおかげで、ソフィアはすっかり元気になり、たくさん食べられるようになった。

メイドたちもよろこんで、毎日、おやつを用意してくれるようになったのだ。

もともと身体が細い方だったから、太る心配は──今のところ、ない。

それに、どうもソフィアは栄養が胸に回る体質のようだ。

というか、リアナが訪ねてきたときに、そんなことを言っていた。

『双子なのに、そこだけ差がついているように思います』──と。

「……次にリアナが来たら、双子でどれだけ違うのか、トール・カナンさまに確認していただくべきかもしれませんね」

「双子の違い? ソレーユとルネも齢の近い姉妹だけど、かなり違ってるのよ?」

「では、ご一緒にトール・カナンさまに、違いを確認していただきましょう」

「賛成なのよ」

「どうやってそれを成し遂げるかは……お茶を飲みながら相談しましょうね」

そうしてソフィア皇女は、羽妖精ソレーユと一緒に、楽しいティータイムを過ごしたのだった。