軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第142話「化粧水の効果を試す(前編)」

──数日後、魔王城で──

ここは、魔王城の玉座の間。

玉座には魔王スタイルのルキエが座っている。

彼女の前では宰相ケルヴが、 瓶(びん) に入った液体を眺めていた。

昨日、トールから『MAXスベスベ化粧水プレミアム』が送られてきた。

ふたりはその取り扱いについて、話をすることにしたのだった。

「今回トールが作ったのは、高性能な 化粧水(けしょうすい) だそうじゃ」

魔王ルキエは宰相ケルヴに向けて、そう言った。

「トールはそれを使い、ソフィア皇女の腹心の『敏感肌』対策をしたいそうじゃ」

「となると、アイテムを渡す相手はひとり……多くともふたりですね」

「うむ。だから許可を取る必要はないのじゃが、トールは余たちにもアイテムと許可申請書を送ってきてくれたのじゃよ」

「確かに、私もこの化粧水に興味があります」

ケルヴは透明な液体を眺めながら、そう言った。

「トールどのがこのようなものを作られるのは珍しいですからね」

「確かに、トールが美肌効果のアイテムを作るとは意外じゃった」

「トールどのにしては安全なアイテムと言えましょう。あくまで化粧水ですからね」

「そうじゃな。それほど危険なものではなかろう」

ふたりはそれぞれ、トールから送られてきた『化粧水の説明書』に目を向けた。

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『MAXすべすべ化粧水プレミアム』 (レア度:★★★★★★★★★★★★☆)

属性:水・地・風

錬金術によって抽出されたハーブにより、すぐれた美肌効果を得る。

特殊な素材によって得られた水属性と魔力により、水のようになめらかな肌になる。

特殊な素材によって得られた風属性と魔力により、引っかかりのない肌になる。

特殊な素材によって得られた地属性と魔力により、化粧水が肌を包み込む。そのため、効果が非常に長時間持続する。

勇者世界のカタログを参考に作り出された化粧水。

特殊な素材 (部外秘)により『MAXスベスベ効果』が得られる。

少量でも効果は絶大なので、10倍の水で薄めて使用することが 推奨(すいしょう) されている。

一度塗れば長時間効果が持続し、お肌を守ってくれる。

お風呂に入っても効果は続くという優れものである。

敏感肌の人や、衣服のチクチクが気になる人におすすめ。

ただし、特殊な素材を使っているため、大量生産には向かない。

物理破壊耐性:★ (化粧水を肌に塗った人に適用される)。

耐用年数:10年。

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「これは10倍くらいに薄めて、布にひたしてから肌に塗るものだそうじゃ」

魔王ルキエは手の甲をなでながら、うなずいた。

「余も、昨夜使ってみたが、すばらしい効果じゃったぞ」

「そうなのですか?」

「風呂上がりに。手の甲にさらっと塗ってみただけなのじゃが……まだ効果が持続しておる」

「陛下がおっしゃるなら、その効果に疑いはありませんね」

宰相ケルヴは真剣な顔でうなずいた。

「説明書には『特殊な素材により、肌を強力に保護する。肌が水のようになめらかになり、触れるものは風のように、引っかからなくなる』とありますが」

「その説明に偽りはない。見事にスベスベじゃ。玉の肌とはこのことかと思うぞ」

「ですが……この『特殊な素材 (部外秘)』とは、なんなのでしょうか」

「錬金術師の特別な技で生成したのかもしれぬな」

「ありえる話です。深く追求しない方がよいでしょう。トールどののことです。どんな素材が出てくるかわかりません。もしかしたら、魔王領の者では手に負えない素材が出てくることも……」

「そ、そうじゃな」

顔を見合わせてうなずく魔王ルキエと宰相ケルヴ。

トールが「部外秘」と言うからには、なにか理由があるのだろう。

彼なら、時がくれば話してくれるはず。

そんなふうに考えるルキエとケルヴだった。

「素材の秘密はともかく、これが身体に良い効果をもたらすことは確かじゃ」

魔王ルキエはそう言って、笑った。

「それに、大量生産はできないらしいからな、魔王領を大きく動かすことはあるまい」

「おっしゃる通りです」

「となると……この『化粧水』は、魔王領の肌の弱い者を選んで、使わせてみてもよいのではないか?」

「はい。原液を10倍に薄めて使うなら、多くの者に行き渡るでしょう」

「うむ。なによりこのスベスベ感は……やみつきになるからの」

指先で手の甲を撫でる、魔王ルキエ。

その感触に、彼女は思わず笑みを浮かべる。

スベスベだった。つやつやだった。つるつるだった。

まるで上等な絹をなでているようだ。

肌の上に透明な膜でもあるかように、触れた指はなめらかに滑っていく。

ルキエは化粧水をほんの少量しか使っていない。

説明書に書いてあったとおり、まずは10倍に薄めて、肌に垂らしてしばらく待って、肌に合うことを確認してから使い始めた。

それでも肌はスベスベだ。

信じられないくらい滑らかな肌の感触に、思わず笑みが浮かぶルキエだった。

「ケルヴも試しに使ってみてはどうじゃ?」

「よろしいのですか?」

「トールもそのつもりで送ってきたのじゃろうよ。待っておれ、薄めるための水と器と、布を用意させるゆえ」

「陛下のお手をわずらわせるわけにはいきません。少量で試してみます」

そう言ってケルヴは、化粧水が入った瓶の蓋を開けた。

それを手の上にかざして、慎重に傾ける。

彼のてのひらに、粘り気のある化粧水が数滴、落ちた。

ケルヴは手をこすり合わせて、それを肌になじませていく。

「この程度ならよろしいでしょう。あとで対価をトールどのにお支払いいたします」

「う、うむ。じゃが……」

「どうされましたか? 陛下」

「薄めなくてよいのか?」

「大丈夫でしょう。トールどのは、私たちに害のあるものを作ったりしません」

「そこは信用しておるのじゃな」

「……私がトールどのを苦手としているのは、あの方の作るアイテムが規格外すぎるからです。魔獣を 瞬殺(しゅんさつ) できるアイテムだったり、空から 隕石(いんせき) を落とす矢だったり……魔王領のあり方を変えてしまうようなものをあっさり作り上げてしまうからです。それらは思い出すだけで頭が痛いのですが……」

ケルヴは当時の痛みがよみがえったかのように、額を押さえた。

それから、気を取り直したように顔を上げて、

「ですが、今回は化粧水ですからね」

「確かにな。肌がスベスベになる以上の効果はあるまい」

「そうです。む、むむ。これは確かに……なんと、スベスベな」

驚いたように自分の手を見つめる宰相ケルヴ。

「私は書類仕事をする関係上、いつも手が荒れていたのですが……ざらつきがまったくなくなりました。なんと滑らかな……まるで、肌の上に透明な膜があるようです」

「くせになりそうな感覚じゃろう?」

「まさに、別次元のスベスベ感です。ごらんください。陛下」

「む?」

「こうやって両方の手の平を合わせて力を入れます。すると……勝手に手が滑っていくのです。油を塗ったかのようですが……油のようなベタベタ感はありません。むしろ 爽(さわ) やかです。これはすばらしい」

「……? 余の場合はそこまですごい滑り方はしなかったのじゃが?」

「感動いたしました! さっそくトールどのに、使用後のレポートをお送りしましょう!」

「うむ。トールも喜ぶじゃろう」

「陛下も感想をお聞かせください。私が書き留めます」

「そうじゃな。では、頼むとするか」

「お待ちください。今、ペンとインクを──」

宰相ケルヴは机の上に手を伸ばし、ペンを取り上げようとした。

つるりんっ!

ころころころ。ぽとん。

つかみ損ねたペンが転がり、床に落ちた。

「こ、これは失礼いたしました。すぐに拾います」

宰相ケルヴは床に置いたペンに触れて──

つるりんっ! ころころころころっ。

──再びペンが滑って、床の上を転がった。

「……ケルヴよ」

「ち、違います。わざとやっているのではございません。手が滑って……」

「手が?」

「は、はい」

「……ならばケルヴよ。そこにある、筒に入った書簡を手に取ってみよ」

「は、はい」

つるりんっ!

つるんっ!

つるつるつるんっ!

「て、手が滑ってつかめません! こ、これは……?」

「『MAXすべすべ化粧水プレミアム』の効果じゃ!!」

「ま、まさか。原液で使ったからでしょうか!?」

「他に考えられぬ。だからトールは、10倍の水で薄めよと言っていたのじゃな……」

「少々お待ちください! すぐに洗い流して参ります!」

宰相ケルヴは扉に向かって走りだした。

その背中を見ながら、ルキエはトールが送ってきた説明書のことを思い出していた。

『MAXすべすべ化粧水プレミアム』の説明書には『通販カタログ』を 翻訳(ほんやく) した文章がついていたのだ。

そこにはこう書かれていた。

『最高にお肌に優しい「MAXすべすべ化粧水プレミアム」で 摩擦(まさつ) ゼロのお肌に!』

──と。

摩擦ゼロ。つまり、とっかかりが全く無いということだ。

ルキエとしては、話半分だと思った。

けれど、違った。

勇者世界の者たちは本当に、摩擦をゼロに近づける化粧水を作り出していたのだ。

おそらくこの『MAXすべすべ化粧水プレミアム』には、美肌効果の他に、『MAXスベスベ』の状態でも剣を握ったり槍をつかめるように、勇者を鍛える効果もあったのだろう。

いや、それを乗り越えた者こそが、勇者と呼ばれているのかもしれない。

「おそるべきは勇者の世界、か」

「陛下!」

「どうしたケルヴ。手を洗いに行ったのではないのか?」

「…………玉座の間の扉が開けられないのです」

「……なるほど」

玉座の間の扉は、重要な会議の間は鍵がかかるようになっている。

内側にある棒状のドアノブをつかんで、横に回さないと扉は開かない。

だが両手が『MAXすべすべ』になっているケルヴは──

つるりんっ!

つるんっ!

つるつるりんっ!

「つ、つかめない……つかめないのです!」

「落ち着けケルヴよ。手を使わずともドアノブは押せるじゃろう?」

「そ、そうでした」

「いや。頭で押すのは無理じゃ! 先ほど額を押さえたせいで、化粧水がついておる。そちらも『MAXスベスベ』になっておるはずじゃ! ドアノブは肘で押し開けよ!」

「は、はい!!」

がちゃり。

扉のロックが開いた。

そのまま宰相ケルヴは廊下に飛び出し、水場へと走っていった。

そうして、ケルヴの背中は遠ざかり──

そんな彼を、ミノタウロスの衛兵たちが見つめていた。

「気にせずともよい。トールのアイテムをチェックしておっただけじゃ」

心配そうなミノタウロスたちに、魔王ルキエは告げた。

衛兵ミノタウロスたちは安心したように、

「なるほど。とぉるどの、ですか」

「納得、しました」

──そう言って、心底納得したようにうなずいた。

魔王城の者は、『トールのアイテム』の一言で、大抵の不思議は当たり前に受け止めるようになったらしい。

逆にルキエは、まだまだトールを甘く見ていたことに気づいた。

化粧水だからといって、油断してはいけなかったのだ。

トールが作る化粧水なら『びっくりどっきり美肌アイテム』になると、予想すべきだった。宰相ケルヴの失敗は、魔王である自分の油断が原因──そう考えて、気持ちを引き締めるルキエだった。

「心配をかけて済まなかったな。扉を閉め、役目に戻るがよい」

ルキエはミノタウロスの衛兵たちに向けて、告げた。

「「はい。魔王陛下」」

ミノタウロスの衛兵たちはそう言って、扉を閉めた。

ひとりになったルキエは──

「トールはこの『MAXすべすべ化粧水プレミアム』を、ソフィア皇女の腹心に使わせるのじゃったな」

ふと、そんなことをつぶやいた。

腹心が使うのであれば、この化粧水の能力をソフィア皇女も知ることになる。

ソフィア皇女は知恵者だ。この化粧水の、どんな活用方法を考えるか──

「なんだか、妙な胸騒ぎがするのじゃ……」

トールは今ごろ、ソフィア皇女のところを訪ねているはずだ。

間に合わないかもしれないが、注意はしておくべきだろう。

「誰か、ペンとインクと羊皮紙を持て……いや、床に落ちたそれに触れてはならぬ。ツルツルスベスベの危険がある。別のものを頼む」

そうして魔王ルキエは、トール宛の書状を書き始めたのだった。