軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第109話「大公カロンの話を聞く(準備編)」

──トール視点──

『ICレコーダー』が完成した。

結構がんばった。

宰相(さいしょう) ケルヴさんと一緒に実験をして、性能も確認した。

勇者世界にはまだ及ばないけど、これが今の俺のせいいっぱいだ。

────────────

『ICレコーダー (ボイスレコーダー)』

(属性:地・水水・火・風風・光・闇)

(レア度:★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★)

全属性の魔石により、魔術を発動させる。

追加付与した水属性により、記録した音声を振動として保存する。

追加付与した風属性により、記録した音声を水の魔石の中で循環させる。

『ICレコーダー』は、対象の音声を記録し、自由に再現することができる。

見た目は金属製の箱で、中に超小型の『改良型抱きまくら』が入っている。

『改良型抱きまくら』に詠唱者の魔力を注ぐことで、擬似的に詠唱者がそこに『いる』状態を作り出す。

その状態で音声を再生すると、魔術が発動する。

所有者は『ICレコーダー』に指を当てて、『再生』と考えるだけでいい。

誰かと話していようが眠っていようと関係ない。

『ICレコーダー』内部の『超小型抱きまくら』と、魔石に記録された音声が、所有者の代わりに魔術を発動してくれる。

いわば、代理の詠唱者が中にいるようなものである。

魔術を発動できるのは、詠唱を記録した本人のみ。

音声のみを記録・再生するだけならば、誰でも可能である。

倍速・4倍速・8倍速での再生能力を持つ。

物理破壊耐性:★★★ (内部の『超小型改良型抱きまくら』を破壊されると、魔術発動能力を失う)

耐用年数:『改良型抱きまくら』に準ずる。

録音可能時間:10分。

────────────

「これが『ICレコーダー』の完成品なのですね……」

「完成品は迫力があるので……」

メイベルとアグニスは緊張した表情で『ICレコーダー』を眺めてる。

無理もない。ふたりとも、このアイテムの力は知ってるもんな。

ふたりとも、宰相ケルヴさんが『ICレコーダー』で魔術を連続発射したのに立ち会ってるから。

あれは本当にすごかった。

小型化する前だったから、ケルヴさんには『改良型抱きまくら』を抱きしめた状態で『ICレコーダー』を使ってもらったんだ。

その時の再生速度は4倍速までだったから、すごい高速詠唱にはならなかった。

実験の最中、ケルヴさんは渋い顔をしていた。

『高速詠唱が可能なICレコーダー』という触れ込みだったのに、たったの4倍速だからね。

期待外れだって思われても仕方ないよな。

でも、おかげで『ICレコーダー』は完成した。

完成したのは2つ。ここにあるのはそのひとつだ。

もうひとつは、ルキエに 献上(けんじょう) してある。

あとで、高官たちを集めて実験をするって言ってたっけ。

どんな感想がもらえるか楽しみだ。

『ICレコーダー』のサイズは、指を伸ばした手の長さと同じくらい。

他にもひとつ、音声を記録するだけの『ボイスレコーダー』も作ってある。

こっちは『ICレコーダー』の半分くらいの大きさだ。

「……すごく小さくなりましたね」

メイベルは感動したようなため息をついてる。

「試作品は一抱えくらいあったのに、ここまで小さくできるなんて……すごいです、トールさま」

「サイズだけじゃなくて、機能もすごいので!」

アグニスも興奮した顔だ。

「詠唱を10分も記録できるなんて、魔術戦のかたちを変えてしまうので!」

「そうだね。確かに、この世界で使うには10分でいいんだけど……」

俺は『通販カタログ』を広げた。

そこに書かれている『ICレコーダー』の録音時間は──

「でも、勇者世界のICレコーダーは、最大50時間の記録と再生ができるんだ」

「「50時間!?」」

メイベルとアグニスが目を見開く。

「で、でも、トールさま」

「詠唱に50時間もかかる魔術なんて、この世界には存在しないので!」

それは俺も同意見だ。

でも、勇者世界には50時間も録音可能な『ICレコーダー』が存在する。

その意味するところは──

「もしかしたら勇者世界には、詠唱に数時間かかる超絶極大魔術があるのかもしれない」

「「──!?」」

うん。びっくりするよね。

俺もこれに気づいたとき、かなり驚いた。

『ICレコーダー』は、勇者の上司──大勇者を『ノックアウト』できるアイテムだ。

そして『インスタント・キャスター』の例から考えると、これが魔術詠唱用のアイテムである可能性は極めて高い。

それを元に考えると『勇者世界では、勇者同士の激しい戦いが繰り広げられていた』という推測ができる。

異世界勇者たちはこっちの世界でも、ひたすら強さを求めていたからな。

故郷で同じことをしていてもおかしくはない。

「勇者はめちゃくちゃ強かった。この世界の人たちを圧倒するくらいに」

俺は言った。

「そういう勇者同士の戦いなら、いかに素早く、強力な技を出せるかで勝負が決まると思うんだ」

「そのための『ICレコーダー』ということですか」

「……勇者の世界なら、そこでしか使えない超絶極大魔術があってもおかしくはないので」

メイベルとアグニスはうなずいた。

俺は説明を続ける。

「つまり、勇者世界の『ICレコーダー』に16倍速再生能力がついてるのは、そういう魔術を素早く発動するためだと思うんだ。いや……逆に考えると、詠唱に長い時間がかかる魔術が存在したからこそ『ICレコーダー』が必要だったのかもしれないね」

「「なるほど!」」

──もちろん、これはただの仮説だ。

かつてこの世界にいた異世界勇者の記録と、『通販カタログ』の記述から推測しただけだ。

でも、そういう極大超絶攻撃魔術があったと考えれば『ICレコーダー』に『50時間録音機能』『16倍速再生機能』が必要とされた理由にも説明がつくんだ。

「けれど……トールさま。わからないことがあります」

メイベルが震える声でつぶやいた。

「詠唱に数時間かかる超絶極大魔術なら、おそろしく強力な……おそらく、山ひとつを吹き飛ばしてしまうほどのもののはずです。そんな魔術を撃ち合ったら、勇者の世界は壊れてしまうのではないでしょうか……?」

「だからこその『ICレコーダー』だと思うよ」

「どういうことですか、トールさま」

「この『ICレコーダー』があれば、超絶防御魔術を高速展開できるからね」

「──!?」

息をのむメイベル。

「た、確かに、おっしゃる通りです。詠唱に1時間かかる超絶攻撃魔術があるなら、同じくらい詠唱に時間がかかる超絶防御魔術もあるはずです!」

「もしかしたら勇者は『ICレコーダー』を持つことで、互いの超絶極大魔術を封じていたのかもしれないね」

詠唱に数時間かかる超絶攻撃魔術も、相手が超絶防御魔術を発動してしまえば意味がない。

まわりに被害が及ぶだけだ。

実際に『ICレコーダー』を使うのは、そうなってもいいという覚悟ができたときだろう。

だから──

「『ICレコーダー』という抑止力を持つことで、勇者は大規模な争いが起きるのを避けていたのかもしれない。下位の勇者が自爆覚悟で『ICレコーダー』を使えば、勇者の上司は文字通りにノックアウトされてしまうわけだから」

「……そういうことだったのですね」

「……上位の勇者の方が、失うものが多いので……」

「『ICレコーダー』には……戦いを避ける効果もあるのかもしれないな」

まったく、おそろしいアイテムがあったもんだ。

それ以上に桁外れなのが勇者の世界だ。

俺のように戦闘能力を持たない人間には、絶対に住めない場所だ。

だからこそ『勇者召喚』なんてやらかす連中の気が知れない。

そりゃ異世界勇者の話が聞ければ、この世界の技術レベルも上がるだろうけど──危険が大きすぎる。

召喚した直後に、相手が『16倍速再生! 3時間分の詠唱を詰め込んだICレコーダーを発動!!』とかやらかしたらどうするつもりなんだ。

大陸が吹き飛びかねないぞ。ほんとに。

「まぁ、この世界で『ICレコーダー』を使う分には問題ないと思うよ。詠唱に数時間かかるような超絶極大魔術は存在しないからね」

「そ、そうですね。それに、異世界勇者は、もういないのですから」

「安心なので!」

俺たちは、ほっ、と息をついた。

とりあえず俺の考えたことについては、ルキエにも伝えておこう。

もしかしたらケルヴさんの『魔王領宰相が語り継ぐ勇者口伝』に使ってもらえるかもしれない。

そんなことを考えながら、俺たちがのんびりお茶を飲んでいると──

「 錬金術師(れんきんじゅつし) さまー! ソフィア皇女さまからご伝言なのですー」

「大急ぎで来ました。すりすりさせてくださいー」

光の羽妖精のソレーユと、最近名前を知った──風の羽妖精ジルフェが、工房の窓から飛び込んできた。

ソレーユはふわり、と、机の上に着地。

ジルフェは俺の胸元に抱きついて、頬をこすりつけてる。

「お待たせいたしました! ソレーユが伝言をお伝えします!」

「落ち着くのですー。この距離が好き好きなのですー」

「ソフィア皇女さまからのお言葉です」

「お仕事のあとはこれに限るのです。すりすりー」

「……ご伝言を」

「ふわわ。いい気持ちなのですー」

「…………ごでんごん」

胸元に抱きついたまま、気持ちよさそうなジルフェ。

それを見てるソレーユは、なんだか哀しそうな顔になってる。

しょうがないな。

「はい。ソレーユもどうぞ」

俺がそう言うと、ソレーユはふわり、と、肩の上に降り立った。

遠慮がちに腰掛けて、 咳払(せきばら) いをしてから、

「そ、それではご報告いたします」

「いたしますー」

「ソフィア皇女さまが言っていました。『以前、お約束していた、大公カロンさまのお話を聞く件ですが、明後日の午後ではいかがでしょうか』とのことですー」

「あまり遅い時間だと、お泊まりになってしまいますー。夜道も心配なのですー」

「錬金術師さまは護衛の方をお連れいただいて構いません」

「でもでも、お話を聞くことができるのは、錬金術師さまご本人だけですー」

「その間、護衛の方には外でお待ちいただきます」

「おたがい、会談の場に武器は持ち込まないことにしたいそうですー」

「錬金術師さまの身の安全は、大公カロンさまと、ソフィア皇女さまと、リアナ皇女さまが保証されるそうですー」

「危害を加える者がいたら、3人がかりでボコボコにするそうですー」

「ソフィア皇女さまは最後に『勝手なことを申し上げますが、どうか、ご容赦ください』──とおっしゃっていたです」

「深々と頭を下げられていたですー」

「帝国皇女ソフィア・ドルガリアさまからのご伝言でした」

「帝国皇女リアナ・ドルガリアさまも、同じ意見だそうですー」

「「以上でございますー」」

そう言って、ソレーユとジルフェは一礼した。

俺とメイベル、アグニスがそろって拍手を返す。

「ありがとう。明後日の午後に『ノーザの町』だね」

いよいよか。

前に、大公カロンが話してくれると言っていた『帝国が今のようになってしまった理由』『帝国が失ってはいけなかったもの』──それが、やっとわかる。

せっかくの機会だ。昔の帝国でなにがあったのか、しっかりと聞かせてもらおう。

「それじゃ、正午くらいに町に着くようにするって、ソフィア皇女に伝えてもらえるかな? ソレーユたちが往復するのは大変だから……他の羽妖精さんに」

「「承知しましたー」」

「ソレーユもジルフェはゆっくり休んで。お疲れさまだったね」

「はいはいはい。リクエストしてもよろしいですか?」

「しゅわしゅわなお風呂に入りたいですー」

「わかった。すぐに準備する。果実水もあるよ。水に果実の汁を混ぜたやつだけど。温かいのと冷たいの、どっちがいい?」

「「冷たいのですー!」」

「そっか。じゃあメイベル、お願いできる?」

俺はメイベルに『ICレコーダー』を手渡した。

「はい。少々お待ち下さい」

メイベルはキッチンから、果実水の入った壺を持ってくる。

それを木製のコップに注ぎ、『ICレコーダー』を構える。

そして──

『──おみせいされいきこれっ!』

『ICレコーダー』から声が流れ出し、氷混じりの風が生まれた。

果実水が冷えた

「すごい……メイベル」

「羽妖精の魔術よりも早いです。びっくりです……」

「しゅっときてしゅわしゅわのひえひえー」

アグニスもソレーユもジルフェも、びっくりしてる。

メイベルが使ったのは、冷気を生み出す水属性の魔術『コールドブレス』だ。

普通に詠唱すると

『大いなる水の精霊よ。爽やかなる冷気の息吹を今ここにあらわしたまえ! コールド・ブレス!!』──になる。

発動にかかる時間は40秒くらいだ。

それをメイベルは8倍速で再生した。

所要時間は5秒。それでも魔術は発動した。

魔術の手順は踏んでるから、当然といえば当然なんだけど。

記録時の詠唱は言葉も発音もしっかりしてる。

そこにメイベルの魔力を注げば、発動しないわけがない。

ただ、詠唱を8倍速で再生しただけなんだから。

「……おどろきました」

「うん。一瞬で魔術を発動させてるわけだから、びっくりするよね」

「いえ『トールさまのアイテムですから』と、普通に受け入れている自分にびっくりしたんです……」

メイベルは困ったみたいな顔で笑ってる。

俺はそんなメイベルにうなずいて、それから、アグニスの方を見た。

「それじゃアグニス。申し訳ないけど、『ノーザの町』に行くとき、護衛をお願いできる?」

「は、はい。よろこんで!」

「よかった。はい、じゃあこれ」

俺はアグニスに『ICレコーダー』を手渡した。

「これはアグニスに預けておくよ。なにもないとは思うけど……万が一、危ないと思った時に使ってくれるかな?」

「……あれれ?」

アグニスは不思議そうに首をかしげた。

「アグニスが……『ICレコーダー』を?」

「そうだよ。作ってる途中で気づいたんだ。このアイテムがあれば、アグニスのためにもなるかな、って」

「え? そうなのですか?」

「トールさま? どういうことですか?」

「ソレーユもわからないのです」

「はいはい! ジルフェはピンときました! でも言葉にできないですー」

アグニスもメイベルもソレーユも、きょとんとしてる。

ジルフェは自信たっぷりで手を挙げてる。わかってるけど言葉にできないらしい。ほんとかな。

とりあえず、説明しよう。

『ICレコーダー』がアグニスのためになる理由。

これを使えば、アグニスが2つの能力を使い分けることができるようになる件について──

そうして、数分後。

「というわけで、『ICレコーダー』と『健康増進ペンダント』を活用すれば、アグニスは自分の能力をどう使うか、選べるようになると思うんだ」

俺は説明を終えた。

できるだけわかりやすく説明したつもりだったけど、どうかな。

うん。メイベルはすごく納得した顔でうなずいてるね。

ソレーユはぶんぶん、と腕を振ってる。興奮してるらしい。

ジルフェは……飽きたのか、俺の胸にしがみついて寝てるね。自由だ。

そして、アグニスは──

「……トール・カナンさま」

──不意に近づいてきて──俺の手を、両手で包み込んだ。

「トール・カナンさまは、そこまで、アグニスのことを考えてくださっていたのですか……?」

「そりゃ考えるよ。大切な人のことなんだから」

少し、間があった。

アグニスはなにかを決意するかのようにうなずいて、それから、目を閉じて、

「……ありがとうございます。トール・カナンさま……」

ゆっくりと顔を近づけて、俺の耳元に、ささやいた。

「あ、あの。アグニス?」

「トール・カナンさまが、アグニスのことをわかってくれて……選択肢をくださったこと……すごくうれしいので……」

「……うん。俺もアグニスがいてくれて、うれしいと思ってる」

俺だってアグニスに感謝してる。

人間の世界に行くときはいつも護衛をしてくれてるし、実験も手伝ってくれてる。

そんなアグニスだから、俺は『ICレコーダー』を作ってるとき『これがアグニスの役に立つかも』──って、思いついたんだ。

「トール・カナンさまは……なにがあってもアグニスがお守りしますので」

アグニスは、かすかな声で、そう言った。

「帝国の悪い人が襲ってきても、勇者がやってきても、トール・カナンさまには傷ひとつつけさせません。守ります。アグニスにとってトール・カナンさまは『原初の炎の名にかけて』お仕えしたい人なので」

「あのさ。アグニス」

「は、はい」

「その言葉の意味、そろそろ教えてくれない?」

「…………もうちょっと、待って欲しいので」

アグニスは俺の耳元で、ささやいた。

──『原初の炎の名にかけて』か。

火炎巨人(イフリート) の血を引くアグニスには、大事な意味があるんだろうな。

いつか意味を教えてくれるといいな。

ライゼンガ将軍に聞いたこともあるけど、なぜか『スマヌ、アグニスニ、クチドメサレテイルノダ……』と言って、教えてくれなかったんだ。

「あ、ありがとう……ございました。トール・カナンさま」

そう言って、アグニスは半歩、後ろに下がった。

身体は離れたけど、俺の手を、両手で包み込んだままだった。

アグニスはしばらくそうしていて、それから、まわりを見回した。

つられて俺も同じようにすると──うん。メイベルとソレーユは後ろを向いてるね。ジルフェはメイベルとソレーユに、無理矢理後ろを向かされてる感があるけど。

「「……」」

俺とアグニスは、再び顔を見合わせた。

なんだろう、この感覚。むちゃくちゃ照れる。

うまく言葉が出てこない。視線がすぐに逸れて、どうしていいのかわからないみたいだ。

……そういえば前に、アグニスをぎゅっと抱きしめようとしたことがあったっけ。

『健康増進ペンダント』を作ったすぐ後のことだ。

結局ライゼンガ将軍がやってきて、うやむやになっちゃったけど。

でも……今はあの時より鼓動が速くなってる。

今回はアグニスを抱きしめたわけじゃないんだけど……不思議だ。

「で、では……アグニスは『ICレコーダー』の使い方を練習して来ますので!」

うつむいたまま、アグニスは言った。

「誰にも迷惑がかからないように、人気のないところで、やりますので。トール・カナンさまのご期待に添えるように、 ふたつのアイテム(・・・・・・・・) を使い分けてみせます!」

「う、うん。がんばって、アグニス」

「がんばりますので!」

アグニスは、むん、と、拳を握りしめた。

本当は練習するとき、側にいて応援してあげたいんだけど……無理かな。

アグニスのことだから、服を燃やさないような姿で練習するだろうから。

もちろん、彼女が着てるのは『地の 魔織布(ましょくふ) 』製の服だ。多少のことでは燃えたりしない。

でも、アグニスにとってはやっと着られるようになった服だからね。

すごく大事にしてるから、傷めたり、焦がしたりしたくないと思う。

ということは、俺が練習中のアグニスを見守って応援するのは難しいわけで──

「でも……なにかあったら呼んでね」

「わ、わかりました。では、行って来ます。夕方には戻りますので!!」

そう言ってアグニスは、工房から飛び出していった。

『健康増進ペンダント』で『強化』されてるからか、すごいスピードで。

あ、もう森の方まで行ってる。

「はいはい! ソレーユがアグニスさまのお手伝いをいたします!」

不意に、羽妖精のソレーユが手を挙げた。

「森の奥に、誰もこない岩場があるのです。アグニスさまが心置きなく練習できるように、ソレーユがご案内いたしますね」

「よろしく頼むよ。ソレーユ」

「よろしくー! ソレーユ!」

「ジルフェも来るのです!! いつまで錬金術師さまが手を握ってくださるのを待ってるのですか!?」

「手を握ってもらうのー。『しゅわしゅわ風呂』に入るのー。錬金術師さまと一緒なのー」

「それはアグニスさまをお送りしてからです!」

「わかりましたー」

ソレーユに襟首をつかまれたまま、ぱたぱたと手を振るジルフェ。

羽妖精って本当にフリーダムだ。

「それでは!」

「行ってきます! ふわふわー!」

そうして、光の羽妖精ソレーユと、風の羽妖精のジルフェは、窓から飛び出していった。

後に残った俺とメイベルは、

「とりあえず、俺たちも果実水を飲もうよ」

「はい。冷やしますね」

メイベルは普通に詠唱して、魔術『コールド・ブレス』を発動。

冷え冷えになった果実水を渡してくれる。

「そういえば、これから会談の準備をしなければいけませんね」

果実水を飲み終えたあと、メイベルは言った。

「荷物の手配は私がいたします。トールさまは、休んでいてください」

「俺もやるよ。今回は 徹夜(てつや) してないからね。それなりに体力は余ってる」

「そうですか?」

「そうだよ」

「夜中に飛び起きて、寝てる間に思いついたアイディアをメモされたことは?」

「10回くらいかな?」

「我慢できずに、そのまま実験されたのは……」

「4回だけ」

「確かに、徹夜はされてませんね」

「メイベルと約束したからね」

俺はうなずく。

そうしてしばらくの間、俺たちは果実水を飲んでいた。

「でも、メイベルの言う通り、今日はゆっくりするつもりだよ」

「そうですね。特に予定もありませんし」

「帝国の大公と会う前に、体調を整えておきたいからね」

今回の会談は、一応、魔王ルキエの許可を取ってのものだ。彼女にも大公カロンから『錬金術師トール・カナンと話がしたい』という書状が来ている。

だから、魔王領と大公国それぞれが許可を出して、公式に決まった席でもあるんだ。

「それでは、あとで服の試着だけお願いいたしますね。魔王陛下からは、会談用の服が届いておりますので」

「わかった。それと、アグニス用の服も来てたよね」

「『地の魔織布』で作ったものですね。本人に試着していただきたいのですけど……」

アグニスは『ICレコーダー』の実験のため、飛び出して行ったきりだ。

夕方ぐらいまでには戻ると思うけど……たぶん、疲れて帰って来るだろうな。

アグニスはすごく真面目だからね。

「あのさ、メイベル」

「はい。トールさま」

「メイベルとアグニスって、服のサイズはほとんど同じだよね。前にアグニスは、メイベルのメイド服を着てたし」

「そうですね……一部を除けば、サイズはかなり近いです」

「もしもアグニスが疲れて帰ってきたら、代わりにメイベルが着てみる? スカートの丈とか、色々チェックしないといけないんだよね?」

「そうですね。アグニスさまが良ければ」

「というか、俺もメイベルがかわいい服を着ているところを見てみたい」

「は、はい」

「とりあえず、アグニスが帰ってきてからかな。まずは俺の衣装合わせを手伝ってくれる?」

「お任せください!」

そういうわけで、俺たちは隣の部屋へ。

俺は自分用の服を着て、サイズが合っているか、メイベルに見てもらった。

その後、ソレーユとジルフェが帰ってきたから、ふたりをお風呂に入れて、冷やした果実水を飲ませて、ひなたぼっこさせて──

そうしているうちに夕方になり、アグニスが帰ってきた。

「──実験、成功しましたので!」

アグニスは言った。

「アイテムを使いこなすこと、できましたので。トール・カナンさまに 見ていただいても(・・・・・・・・) 大丈夫(・・・) になりました!」

興奮したアグニスは、すぐに実験の成果を見せてくれようとしたけど──それは止めた。

汗だくで、かなり疲れているようだったからだ。

とりあえずアグニスにも『しゅわしゅわ風呂』に入ってもらって、休ませた。

その後で衣装合わせのことを伝えたんだけど──

「アグニスも、メイベルの可愛い姿を見たいです! トール・カナンさまもご一緒して欲しいので!」

──そういうことになった。

そうして、俺はメイベルの試着を手伝って、アグニスやソレーユ、ジルフェと一緒に、サイズのチェックをした。

ルキエが用意してくれたのは『地の魔織布』のドレスだ。

黄色を基調としたもので、スカートと袖は短め。動きやすさ重視で作られている。

とりあえずくるくる回ってもらったり、歩くポーズをしてもらったり──

──そんな感じで俺たちは、衣装に問題がないか確認した。

結果、服の試着は問題なし。

アグニスにも着てもらったけど、サイズは大丈夫だった。

というか、メイベルとアグニスは、なにを着ても似合うよね。

翌日は、帝国の高位の人と会うときの作法をおさらいして、話すことと、持って行くアイテムのチェック。

午後にはルキエが訪ねてきたから、明日の予定について再確認をした。

そんな感じで、準備期間はゆっくりと過ぎて──

大公カロンと会う、約束の日、俺たちは国境の森に向かった。

森を出るまでは、メイベルとライゼンガ将軍がついてきてくれた。

出口で俺たちは荷物の最終チェックをした。

『ボイスレコーダー』と『ICレコーダー』は持ってる。

会談用の服は『超小型簡易倉庫』の中にある。汚さないように『ノーザの町』に入ってから着替えるつもりだ。

その他の荷物も問題なし。必要なものは全部ある。

おやつもある。おみやげもある。大丈夫みたいだ。

そうして、すべてのチェックを終えた俺とアグニスは──

「それじゃ、行ってきます!」

「トール・カナンさまは、アグニスがお守りしますので!!」

──メイベルとライゼンガ将軍に手を振りながら、ふたりで『ノーザの町』に向かったのだった。