軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第101話「ソフィアとリアナ、相談する」

──魔獣調査が終わったあと、『ノーザの町』では──

「失礼いたします。ソフィア姉さま」

「待っていましたよ。リアナ。無事でよかった……」

魔獣調査を終えたあと、リアナはソフィアの元を訪ねていた。

大公カロンとアイザック部隊長、それに魔王領の将軍はまだ、東の砦にいる。今ごろ、指揮官と兵士の 尋問(じんもん) をはじめているはずだ。

それが終わり次第、大公も『ノーザの町』に来ることになっている。

「──というわけで、私は姉さまと一緒にいることを許していただきました」

短い説明のあと、リアナは姉のソフィアに笑いかけた。

「調査のつもりが結局、新種の魔獣を討伐することになってしまいましたが……その後のひとやすみということで、この町に行くように言われたのです。私としては、姉さまにお目にかかれただけで、十分なのですけど」

満足そうな表情で、姉ソフィアに一礼するリアナ。

彼女が身にまとっているのは、簡素なドレスだ。 鎧(よろい) と聖剣は、大公の副官ノナに預かってもらっている。

(……本当はまた、お忍びで来たかったのですけれど)

それに、ドレス姿でいるのは、落ち着かない。

本当は前に『ノーザの町』を訪問したときの服の方がよかった。けれど、副官ノナにたしなめられた。今回の訪問が公式なものだからだ。

今のリアナは皇女として町を訪れ、住民にもその姿を見せている。

それなりの服装を求められるのは仕方がない。

わかってはいるのだけれど……リアナとしては、ソフィアの前では、ただの、一人の妹でいたかった。

前回、この町を訪ねたときに ソフィアたちと(・・・・・・・) 、気兼ねなく話をするのが、楽しすぎたから。

「調査のはずが魔獣討伐になるなんて、大変でしたね。リアナ」

そんなリアナを見つめながら、ソフィアはうなずいた。

「でも、さすがは『聖剣の姫君』ですね。ちゃんと魔獣を倒したのですから」

「姉さまだって……新種の魔獣を討伐されたではありませんか」

「あれは魔王領の方々の協力があってこそですよ。さぁ、お茶を淹れてあげましょうね」

優しい笑みを浮かべながら、お茶の準備を始めるソフィア。

「あなたは国境地帯の脅威を消し去ったのです。立派になりましたね。リアナ」

「私だけの力ではありません。大公さまと『オマワリサン部隊』の力があってこそです。それに、魔獣を楽に倒せたのは、魔王領の協力のおかげです。それがなければ……犠牲者や怪我人が出ていたかもしれません」

「詳しいお話を聞かせてくれますか?」

ソフィアはリアナの前にティーカップを置き、隣の椅子に腰掛けた。

「話せることだけで構いませんよ。あなたも立場上、秘密にしておかなければいけないこともあるでしょうから」

「は、はい。姉さま」

思わず、笑みがこぼれる。

姉のソフィアと並んでお茶を飲むのは久しぶりだ。

小さいころはいつも肩を並べてお菓子を食べたり、本を読んだりしていた。

その頃に戻ったような気がして、リアナの緊張もほぐれていく。

「わかりました。では、お話しますね」

リアナはお茶を一口飲んだ。

渇いた喉をうるおしてから、ゆっくりと話し始める。

「私と大公さまは、調査のために、とある場所に向かっていました。そこに新種の魔獣についての情報があると、大公さまが調べをつけていたからです」

「さすがは大公カロンさまですね……」

「すると、魔王領の錬金術師さまの『お掃除ロボット』が、ギュルンと回転しながらやってきました」

「…………え?」

「とても可愛らしいゴーレムでした」

リアナは目を輝かせて、言った。

「尖ったところはひとつもなく、高速回転していたのです。姉さまもご存じですよね? そのゴーレムは、姉さまのハンカチを持っていたのですから」

「ハンカチ? もしかして、アグニスさまと交換したものでしょうか……?」

「それはわかりませんけれど、すごく可愛かったので、私はそのゴーレムを迎えに行きました。すると、ゴーレムがパカンと割れて、中から錬金術師さまの書状が出てきたのです。わかりますよね? 姉さま」

「……い、いえ」

「カパッと開いたその中には、錬金術師さま直筆の書状がありました。そこには、私たちが目指していた場所こそが魔獣召喚の本拠地であり、そこから逃げた魔獣が、私と大公さまを狙っていると書かれていました」

「…………そうですか。それで、その魔獣は?」

「倒しました」

「それはわかります。どういう経緯でそうなったのか、お聞かせなさい」

「錬金術師さまが『「シュワーッ」「シューッ」「ズギュン」「ギュルン」「ズバババーン」です』と、アドバイスをしてくださったからです」

胸を張って宣言する、皇女リアナ。

「だからこそ、私は自信を持って、魔獣を倒すことができたのです」

「……あのね、リアナ」

「信じられますか、姉さま。あの方は、聖剣に触れることもなく、そのよりよい使い方に気づいてしまったのです。しかも、ゴーレムで私たちの居場所を突き止めて、警告まで下さったのです。そんなことができるなんて……」

「…………」

「なのに、私はあの方にお礼を言うこともできませんでした。かつてあの方を『道具にしたい』などと言ってしまった自分の愚かさのためか……あの方を見ただけで、心臓がおかしくなってしまうようなのです。顔を見たら、なにを口走ってしまうかわからなくて──」

「落ち着きなさいな。リアナ」

気づくと、姉ソフィアが、リアナの唇に指を当てていた。

しゃべりすぎたことに気づいて、リアナの顔が赤くなる。

そんな妹を見つめながら、ソフィアは、

「もう少しゆっくり話してください。私は、どこにも行きませんよ?」

「……すいません。姉さま」

リアナは思わずうつむいた。

頬が熱い。

姉に向かって語りすぎてしまったことに気づき、思わず顔が赤くなる。

「姉さまの前だと、つい、気が緩んでしまいます……」

肩を落として、ため息をつくリアナ。

「皇女としてなら……事実だけを事務的に話すことができるのですが……」

「大丈夫ですよ。あなたの言いたいことは、だいたい、わかりましたから」

「そうなのですか?」

「大公さまの調査によって、新種の魔獣を操っていた者の本拠地がわかったのですね。あなたたちがそこに向かっていると、トール・カナンさまのゴーレムがやってきたのでしょう? そうしてあの方は、ゴーレムを通して、魔獣があなた方を狙っていることを教えてくれた……いえ、魔獣が来たのが先でしょうか……」

ソフィアは少し考えてから、

「そうして、リアナはトール・カナンさまの助言に従い、聖剣の力を解放して、魔獣を倒したのですね。あなたがトール・カナンさまにお礼が言えなかった……ということは、あの方は討伐後に大公さまと魔王領側が情報交換されたとき、同席されていたのでしょうか」

「すごいです……姉さま。まるでその場にいらっしゃったよう……」

「これくらいわからなければ、あなたの姉は務まらないでしょう?」

優しい手つきで、リアナの髪をなでるソフィア。

「私とあなたは双子です。だから、わかります。あなたの感じたことと、考えていることは……ね」

「は、はい」

「ともあれ、無事に魔獣を倒せてよかったですね」

「はい。ズバババーンと倒せました」

「けれど、トール・カナンさまに、直接お礼を言えなかったのは残念ですね」

ソフィアは、小さなため息をついた。

それを見たリアナが、びくり、と身体を震わせる。

姉が錬金術師トールを大切に思っていることは、リアナも気づいている。

だから前回、リアナがここに来たとき、あれほど怒ったのだ。

ソフィアは彼に対する無礼は許さない。

となると、お礼を言えなかった自分は──

「仕方ないですね。私から、トール・カナンさまに書状を出すことにいたしましょう」

「……あれれ? 姉さま?」

「どうしたのですか。リアナ」

「怒らないのですか?」

「そんなこといたしません。リアナは戦って疲れていたのでしょう? 聖剣を使って巨大な魔獣を倒したなら、魔力を 消耗(しょうもう) していたはず。すべてを完璧にこなすなんて無理なのですから」

「……でも、姉さま」

リアナは高鳴る胸を押さえながら、姉を見た。

ゆっくりと深呼吸して、それから、

「私は……錬金術師トールさまを、とても尊敬しているのです」

リアナは、双子の姉の目をまっすぐに見据えて、告げた。

「あの方はすごいゴーレムを作りだす能力をお持ちです。その力は、遠くにいる私と大公さまを、あっさりと見つけてしまうほどのもので……」

「そうですか。リアナは、あの方のお力を尊敬しているのですね」

「…………いいえ。違います」

リアナは反射的に、首を横に振っていた。

「私が尊敬しているのは、あの方の、他者を理解しようとする心です」

そう言って姉を見ると、彼女は小さくうなずいている。

安心して、リアナは続ける。

「あの方は私にわかる言葉で……私だけにわかるように、聖剣の使い方を教えてくださいました。あの方の書状には『「シュワーッ」「シューッ」「ズギュン」「ギュルン」「ズバババーン」です』とだけ、書かれていたのです。あの書き方でわかるのは、私と、錬金術師さまと──」

「このソフィアだけですね」

「はい。あの書状は必要なことと、書いた者が誰なのかを、私だけに伝えるためのものでした。あの方は、私ならそれで通じると信じて、あのように書いてくださったのです。それほど……私を理解しようとしてくれた方は、今まで……姉さまの他には……」

言葉にすると、はっきりとわかる。

リアナは幼い頃から『剣術スキル』を伸ばしてきた。

さらに、魔法剣を使った儀式の前後に、強力な光の魔力に覚醒して『聖剣の姫君』となった。

みんなが彼女を褒めてくれた。

──偉大なる聖剣の使い手だと。

──皇太子のディアスを支える、帝国の重鎮になるのだと。

──帝国の『強さ』の象徴として、諸外国への抑止力になるのだ──と。

教育係だったザグランもそうだった。

彼は言った。帝国の権威を高めるために、リアナは必要な存在だ──と。

だから、リアナが聖剣を振るうときは、必ず勝てるようにお膳立てをしてくれた。『魔獣ガルガロッサ』討伐戦は、唯一の失敗例だ。それ以外はすべて、うまくいっていた。

(……私は、それに酔っておりました)

酔わされていた……なんてのは言い訳だ。

ザグランの言葉だって、疑おうと思えばいくらでも疑えた。

なのに、リアナはなにも考えずに、ザグランの言葉を受け入れた。姉のソフィアが遠くに行ってしまうまで、なにも気づかなかった。

ソフィアが遠くに行ったあと、自分がからっぽだということに気がついた。

彼女が欲しかったのは『聖剣の姫君』の称号でも、賞賛でもなく、自分を理解しようとしてくれる人だということに──姉を失ってから、気がついた。

ソフィアとはこうして再会することができたけれど、それはただの幸運だ。

「私は自分の過ちで、姉さまと離れることになりました。二度と同じことはいたしません。自分を理解してくれる人を、失いたくはないのです」

それだけじゃない。

自分も、誰かを理解できる者になりたい。

魔王領に送り込まれて──それでも、魔王領の者たちに慕われて、彼らの一員としてわかりあっている錬金術師トールを尊敬しているのは、そういうことなのだ。

そんなことを、リアナはゆっくりと時間をかけて、説明した。

「ですから私は今回のことについて、きちんとあの方とお顔を合わせて、お礼を申し上げたいのです。二度と、姉さまに怒られたりしないように。でも……」

「……緊張してしまうのですね?」

「はい」

姉の言葉に、リアナはこくり、とうなずいた。

「あの方を思うと、尊敬している気持ちが暴走しそうになるのです。ドキドキして。まるで裸で道の上に立っているような……不安な気持ちになるのです。おかしいですよね。まだ、1度しか顔を合わせていないのに」

「……リアナは、どうしたいのですか?」

「ひとりの人間として、お礼を言いたいのです。邪魔になるなら、皇女の衣など脱ぎ捨てても構いません」

リアナは真剣な表情で、続ける。

「あの方を『道具』などと呼んでしまったことについても、改めてお詫びを言いたいのです。この前は姉さまに怒られたあとでしたけれど、今度はきちんと、まっすぐにあの方を見て……あの方の視線をこの身で、受け止めながら」

「成長しましたね。リアナ」

ソフィアが両腕を伸ばして──リアナを抱きしめた。

双子の姉なのに、自分よりも細い、ソフィアの腕。

それが力いっぱい自分を抱いているのがうれしくて、リアナの目から涙がこぼれる。

「……久しぶりに……姉さまにほめられました」

「私が、あなたの願いを叶えましょう」

すぐ近くで、姉の大きな目が、リアナを見ていた。

「あなたとトール・カナンさまが、帝国の者にさとられずに話をする機会を、私が作りましょう」

「姉さまが?」

「おそらく、私は同席することになるでしょう。トール・カナンさまの方も、護衛の女性が同席することになります。それで構いませんか?」

「は、はい! その機会をいただけるなら……うれしいです」

「確認しますよ。リアナ」

ソフィアは真剣そのものの目で、リアナを見た。

まるで、妹の覚悟を試すかのように。

「あなたは自分のすべてを賭け、皇女という衣を脱ぎ捨てて、あの方の視線をその身で受け止めながら、トール・カナンさまにお礼を言って、お詫びをしたいのですね?」

「は、はい! 姉さま」

「その覚悟が、あなたにはあるのですね?」

「あります。『聖剣ドルガリア』と、『聖剣の乙女』の名にかけて」

「では、私に任せなさい」

そう言ってリアナの手を握りしめる、姉ソフィア。

やはり細くて、リアナに比べて力が弱いけれど──とても熱い手だった。

ソフィアが真剣だということが、わかった。

「待っていなさい。このソフィア・ドルガリアが、あなたの願いを叶えてさしあげます」

そう言ってソフィアは机に向かう。

それから彼女は、トール・カナンに送るための書状を書き始めたのだった。