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聖女候補の面接で「志望動機は?」と聞かれました

作者: あゆと

本文

「では、弊神殿を志望された理由をお聞かせください」

ミナは、祈りの間ではなく、白い壁の小部屋で固まっていた。

目の前には長机があり、その向こうには大神官様、眼鏡の神官、年配の女性神官が並んで座っている。机の上には聖杯も祝福の水盤もなく、羊皮紙の束と羽根ペンがきっちり三本置かれていた。

王都神殿へ呼ばれた時、ミナは覚悟していた。神の御前で膝をつく覚悟。聖女の資質を試される覚悟。場合によっては、村へ帰される覚悟。

けれど、神殿の小部屋で志望動機を聞かれる覚悟はしていなかった。

「時間は三分程度でお願いいたします」

時間まで区切られた。

ミナは膝の上で、母が縫い直してくれた白いワンピースの裾を握った。布が汗で少し湿っていく。口を開いたのに、最初に出たのは声ではなく、かすれた息だった。

「人を、助けたくて……です」

「具体的なエピソードを交えてお願いいたします」

ミナは面接官たちの顔を見た。

誰も怒っていない。むしろ丁寧だ。だから余計に逃げ場がない。

神の愛とか、慈悲の光とか、清らかな祈りとか、聖女候補らしい言葉を探したが、頭の中に浮かんだのは村のロザおばあちゃんの背中だった。

「冬に、ロザおばあちゃんが寝込んで……背中が赤くなっていました。床ずれになりかけていたので、藁を替えました」

眼鏡の神官が羽根ペンを走らせる音がした。

「藁を替えた頻度は?」

「朝と夕方です。あ、でも全部じゃありません。藁が足りなかったので、濡れたところだけ外して、乾かして戻せる分と、もうだめな分を分けました」

「治癒の祈りは?」

「しました。でも、祈りで少し赤みが引いても、同じ向きで寝ているとまた悪くなります。だから、体の向きを変えました。最初は変え方が悪くて、ロザおばあちゃんに本気で怒られました」

年配の女性神官のペンが止まった。

「怒られても、続けたのですか」

「おばあちゃんの家、うちの井戸に行く途中なので」

言ってから、ミナは自分でひどい答えだと思った。

もっと美しい理由にすればよかった。苦しむ人を見捨てられなかったから、とか。神の御心に従ったから、とか。

なのに、井戸に行く途中だったから、が出てしまった。

大神官は羊皮紙に何かを書いた。

「日常導線上の継続支援。よろしい」

よろしいらしい。

何がよろしいのか、ミナには分からなかった。

「次に、あなたの長所と短所を教えてください」

ミナは膝の上の手を見た。

爪の間には、まだ薄く薬草の色が残っている。王都へ来る前に何度も洗った。母にも「もういいから手を赤くするな」と止められた。それでも落ちなかった。

「長所は……手が荒れにくいです」

眼鏡の神官が一瞬だけ止まった。

「薬草を洗うので。あと、冷たい水でも桶を持てます。短所は、字が汚いことと、急に偉い人に質問されると、藁の話をします」

年配の女性神官が口元を押さえた。

ミナは落ちたと思った。笑われても仕方ない。公爵家の令嬢なら、もっと立派な長所を言うはずだ。信仰心、慈愛、献身、神聖魔力量。そういう言葉を。

大神官は笑わなかった。

「手荒れ耐性、冷水作業経験、自己認識あり。記録してください」

「はい」

眼鏡の神官が真面目に書いた。

それも書くのか。

ミナの頭が少し遠くなった。

「聖女職は強い負荷がかかります。深夜の呼び出し、感謝されない救済、寄付者からの圧力、貴族からの要求。そういった状況で、あなたはどのように心を保ちますか」

今度こそ難しい質問だった。

心を保つ。

村では保てなかった。夜中に呼ばれて、熱のある子どもを看て、朝帰って、畑の手伝いに出て、昼に桶を洗いながら泣いたことがある。

助けた家の人に「治りが遅い」と言われて、帰り道で石を蹴ったこともある。

「保てない時は、桶を洗います」

大神官がまばたきした。

「汚れた桶をそのままにすると、次に水を入れられません。泣いても腹が立っても、桶を洗って、布を干して、薬草を分けます。そうすると、次に呼ばれた時に少し楽です」

ミナは言いながら、自分の答えがどんどん聖女から離れていくのを感じていた。

神殿の面接で、桶。

藁の次は桶。

自分は何をしに王都まで来たのだろう。

しかし年配の女性神官は、少しだけ目を細めていた。

「感情に頼らず、作業環境を整えて次の救済を可能にする。現場継続性あり」

眼鏡の神官が記録した。

大神官が静かに頷いた。

「では、苦手な相手を教えてください。悪人ではなく、救済の現場で対応に困る相手です」

ミナは迷った。

悪口になってしまわないだろうか。けれど、面接官たちはこちらの綺麗な答えを求めている顔をしていない。藁と桶を書き取る人たちだ。

たぶん、変なことを言ってもすぐには怒らない。

「話を聞いている顔で、もう決めている人です」

「具体例をお願いします」

「熱を出した子を休ませてくださいと言っても、『丈夫な子だから大丈夫』と笑うお父さんがいました。薬草が欲しいんじゃなくて、働かせていいと言ってほしかったんだと思います」

ミナは膝の上の布を握った。

「私が言っても聞かなかったので、次から村長の奥さんを呼びました」

「村長ではなく、奥方を?」

「村長さんは話が長いです。奥さんは短いです。あと、台所から出てくるので包丁を持っている時があります」

眼鏡の神官のペン先が、羊皮紙の上で迷った。

「包丁は威圧目的ですか」

「大根の途中です」

年配の女性神官が、今度ははっきり肩を震わせた。

ミナは顔が熱くなった。笑われている。いや、これは笑われても仕方ない。聖女候補の面接で、大根と包丁。

大神官は咳払いした。

「現場における有効な協力者の選定。権威より実効性を優先。記録してください」

「かしこまりました」

神官が記録した。

ミナは、もう面接が分からなかった。

だが、分からないなりに、胸の奥に小さな熱が残っていた。村でやってきたことが、ただの田舎娘の雑用として捨てられていない。

藁も桶も包丁も、ここでは紙に残されている。

「最後に、あなたから弊神殿へ確認したいことはありますか」

ミナは息を止めた。

聞きたいことはあった。王都へ来る馬車の中からずっと、胸の奥に引っかかっていた。けれど、それを言えば欲深いと思われるかもしれない。聖女になりたい理由が、村の都合だと見抜かれるかもしれない。

それでも、聞かなければ村のみんなに顔向けできない。

「聖女になったら、村に薬草と布を送れますか」

眼鏡の神官のペンが止まった。

「王都での祈祷や式典ではなく、地方への物資配分についての質問ですね」

「たぶん、それです。足の悪い子がいるんです。冬になると痛がります。私の祈りでは少ししか楽にできません。王都には薬も先生も布もあるなら、聖女になれば少し分けてもらえるのかなと……あの、これ、逆質問としては変ですか」

大神官の笑顔が消えた。

怒らせた、と思った。

ミナの背中に汗が流れる。指先が冷たい。白い服の裾を握る力が強くなった。

しかし大神官は怒っていなかった。長机の向こうで、深く息を吐いた。

「変ではありません。むしろ、こちらが聞くべきことでした」

面接はそこで終わった。

控室には、三人の候補者がいた。

金髪の公爵令嬢は背筋まで美しく、膝の上に『聖女面接完全攻略 改訂第七版』を置いている。神童と噂される少女は『頻出神託質問集』に付箋を山ほど貼り、元神官見習いの青年は空中に指で想定問答の順番を書いていた。

ミナは空いている椅子に座り、自分の手を隠した。

薬草の色が急に恥ずかしくなる。隣の公爵令嬢の手は白く、細く、傷がない。何もしてこなかった手ではない。文字を書き、礼法を学び、聖女になるために三年間積み上げてきた手だ。

「あなた、村の方ですわね」

令嬢が言った。

「分かりますか」

「王都の候補者は、面接直前に薬草の染みを爪に残しませんもの」

ミナはますます手を丸めた。

「落ちたと思います。長所に手が荒れにくいと答えました」

「それは珍答ですわ」

「桶の話もしました」

「かなり危険ですわね」

「包丁も出ました」

「なぜ聖女面接で刃物が出ますの」

令嬢は呆れた顔をしたが、馬鹿にする顔ではなかった。攻略本を閉じ、ミナの爪をもう一度見る。

「でも、面接時間は長かった。神殿人事局は、落とすだけの候補者に長い質問を使いません。あそこは聖なる場所ですが、時間管理だけは妙に現実的です」

「聖なる場所なのに」

「聖なる場所だからこそ、予算と人員は有限ですわ」

知らない世界だった。

聖女には祈りだけでなく、予算と人員があるらしい。

少しして、扉が開いた。

先ほどの眼鏡の神官ではなく、廊下係の若い神官が入ってくる。候補者たちが一斉に背筋を伸ばした。

「一次面接は以上です。この後、神前での最終面接へ進む方のみ、お名前をお呼びします。お呼びしなかった方には、後ほど個別に結果をお伝えいたします」

部屋の空気が、さっと冷えた。

神童の少女が本を閉じた。元神官見習いの青年が膝の上で手を組む。公爵令嬢は顔色を変えなかったが、攻略本の角を押さえる指だけが白くなっていた。

ミナは、自分の心臓の音を聞いていた。

呼ばれるはずがない。

藁と桶と包丁の話をした候補者が、神様の前まで進めるはずがない。

「ミナ様」

聞き間違いかと思った。

誰も立たなかった。

若い神官が、もう一度まっすぐミナを見た。

「ミナ様。最終面接へお進みください」

控室の空気が止まった。

神童の少女が本を取り落とし、元神官見習いの青年は組んでいた手をほどけないまま固まった。公爵令嬢だけが、膝の上で拳を握っていた。

爪が白くなるほど強く、でも背筋は少しも崩れていない。

ミナは胸が痛くなった。

この人は本気だった。

この人の三年の横を、自分が通っていく。

「行きなさい」

令嬢が低く言った。

「ここで謝られると、私が惨めです」

ミナは頭を下げなかった。下げたら、たぶん失礼になる。

だから、まっすぐ令嬢を見て、頷いた。

最終面接室は、今度こそ祈りの間だった。

聖火が灯り、祭壇があり、天井から白い光が降りている。ミナは少しだけ安心した。やっと聖女らしい試験だ。やっと祈ればいいのだと思った。

光の中から、声が降った。

『ミナ。あなたを聖女として迎えた場合、神の言葉はどこまで届くと思いますか』

思っていた祈りと違った。

ミナは膝をついたまま、祭壇を見上げた。

神の言葉。

村の礼拝堂で神官様が語る言葉は、椅子に座れる人には届いた。鐘の音は畑まで届いた。けれど、寝込んでいるロザおばあちゃんには、たぶん半分しか届いていなかった。

足の痛い子は、礼拝堂に来る前に泣いていた。

「声なら、礼拝堂までです」

大神官が息を呑む気配がした。

ミナは慌てて続けた。

「あ、神様の声が小さいという意味ではなくて。ええと、鐘なら村の端まで聞こえます。でも、熱がある人は礼拝堂に来られません。耳が遠い人はありがたい話を聞き取れません。お腹が空いている子は、祈りの途中で泣きます」

白い光が静かに揺れた。

「だから、神様の言葉を届けるなら、声だけでは足りないと思います。布と、薬と、温かい粥と、それを持っていく人が必要です」

ミナは自分の爪を隠さなかった。

薬草の色が残った指を、胸の前で重ねる。

「私は、立派な言葉を遠くへ響かせる聖女にはなれません。貴族の方に上手に話すのも、たぶん苦手です。字も汚いです」

控室の令嬢の顔が浮かんだ。

あの人なら、もっと美しく答えただろう。神殿の制度も、寄付者の扱いも、聖女に必要な言葉も知っている。

それでも、村で見てきた痛みまで、なかったことにはしたくなかった。

「でも、足が痛い人のところへ行って、しゃがむことはできます。泥がついていたら洗います。冷えていたら温めます。傷があったら布を替えます」

喉が震えた。

悔しかった。

自分には足りないものが多すぎる。綺麗な聖女にはなれない。三年分の努力を言葉にできない。

それでも。

「五年後も、私は誰かの足元にいると思います。そこからしか見えない痛みがあるからです」

祈りの間が静まり返った。

ミナには、その沈黙が冬の夜より長く感じた。

やがて、神の光が強くなった。

『地に膝をつく者を、私は高く見る』

大神官が深く頭を垂れた。眼鏡の神官は、記録を忘れて光を見上げていた。年配の女性神官は、目元を押さえている。

『ミナ。あなたを当代聖女として認めます』

胸の奥に詰まっていた息が、一気に抜けた。

涙が出た。

きれいな涙ではなかった。鼻の奥が熱くなり、唇が歪み、肩が震えた。村のみんなの顔が浮かぶ。母の手、ロザおばあちゃんの背中、足の痛い子が握っていた小さな布。

認められたのは、自分だけではない。

藁を替えた日も、桶を洗った夜も、冷たい水で赤くなった手も、ここに届いたのだと思った。

祈りの間を出ると、候補者たちが廊下に立っていた。

神童の少女は唇を噛み、元神官見習いの青年は顔を伏せている。公爵令嬢だけは、まっすぐミナを見ていた。

目元が赤い。

悔しさを隠そうとして、隠しきれていない。

「おめでとうございます、聖女様」

その声は震えていた。

ミナは慰めなかった。謝らなかった。どちらも、この人の三年を軽くする気がした。

公爵令嬢は、ミナではなく大神官を見た。

「恐れながら、選考理由をお聞かせくださいませ」

廊下の空気が張り詰めた。

礼儀正しい声だった。背筋も崩れていない。けれど、白い手袋の中で指が震えているのが、ミナにも分かった。

「私は、神学、礼法、寄付者対応、施療院運営、地方神殿の報告書まで学んでまいりました。祈りの型も、面接想定問答も、三年間積み上げました」

令嬢の喉が小さく動いた。

「それでも、私は最終面接に進めませんでした。理由を知らなければ、次に進めません」

大神官は、令嬢を責めなかった。

むしろ、深く頷いた。

「総合点で言えば、あなたは最も高かった。知識、礼法、神殿運営への理解、貴族対応。どれも候補者の中で抜きん出ていました」

令嬢の顔が、ほんの少しだけ歪んだ。

「では、なぜ」

「あなたの答えには、救うべき民がいました。制度も、寄付者も、施療院もありました。けれど、名前がありませんでした」

令嬢の唇が止まった。

大神官は続けた。

「ミナ様の答えは、整っていませんでした。長所に手荒れの話をし、心の保ち方で桶を洗うと言い、苦手な相手への対策に大根を切る奥方を挙げました」

公爵令嬢の眉が、少しだけ動いた。

知らなかった話だった。

ミナは顔を伏せたくなった。

やはり恥ずかしい。聖女選考の理由として、大根の途中の包丁が出ている。

「ですが、そこにはロザという老女がおり、足の痛む子がおり、冷たい水がありました。祈りが届く前に必要な布と薬草の話がありました」

大神官の声が静かに廊下へ落ちた。

「聖女とは、民を救う象徴ではありません。痛む誰かの名を忘れず、その足元まで降りる者です」

令嬢は何も言わなかった。

拳を握りしめたまま、しばらく立っていた。

やがて、小さく息を吐く。

「私の志望動機には、私しかいなかったのですね」

その声は、悔しさで掠れていた。

大神官は否定しなかった。

「あなたの努力は本物です。だからこそ、聖女の隣に必要な力でもある」

令嬢の目が上がった。

「補佐官選考はございますか」

「あります」

「では、受けます」

即答だった。

令嬢はミナを見た。

「聖女には負けました。ですが、補佐官面接でまで負ける趣味はございません」

ミナは、涙の残る目で令嬢を見返した。

「私は礼法も会計も、神殿の人の名前も分かりません。たぶん、すぐ失敗します」

「でしょうね」

令嬢は即答した。

「ですから、私が必要ですわ。あなたが足を洗うなら、私は予算を取ります。あなたが布を替えるなら、私は寄付者を黙らせます。あなたが村へ薬草を送りたいなら、輸送経路と帳簿を整えます」

ミナは少しだけ笑った。

「心強いです」

「まだ採用されておりません」

「受かってください」

「命令が早いですわ、聖女様」

その時、祈りの間の奥で白い光が小さく瞬いた。

『なお、当代聖女の初出勤は明朝六時です』

ミナの涙が止まった。

「明朝」

『辞退は三日以内にお願いします』

「神様、順番がおかしいです」

令嬢がすばやく言った。

「五時半に起きます。髪を整える時間が必要です」

「まだ補佐官に採用されていませんよね」

「あなた一人では初日に迷子になりますわ」

「たぶんなります」

「そこは否定しなさいませ、聖女様」

翌朝、王都神殿の掲示板に一枚の羊皮紙が貼り出された。

『当代聖女決定のお知らせ』

その下には、急いで書き足された追記があった。

『急募。聖女補佐官。予算管理、寄付者対応、薬草輸送、泥汚れに抵抗のない方。未経験者歓迎。ただし面接は厳しめ』

ミナは掲示板の前で、自分の手を握った。

薬草の色は、まだ爪の間に残っている。

そして面接室の前には、朝から妙に気合いの入った候補者たちが並んでいた。