軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第18話・アウローラ御一行。カレーに出会う

魔境の大森林・南部。

瘴気混じりの風を突き抜けて――アウローラ御一行は、いつものように、ぜーぜー言いながら有羽の結界前にたどり着いた。

「つかれたぁ……」

「しぬ……」

「麦茶……冷えた麦茶が飲みたいですわ……」

護衛が地面に槍を突き立て、侍女が腰に手を当ててのけぞる。

誰もが汗で髪を額に張り付かせているが、怪我人は一人もいない。服が破れている者すらいない。

普通の探索隊なら、「ここまで来れた」時点で英雄譚が一本書けるはずだが――当人たちにとっては、いつもの「しんどい遠足」である。

全員が強くなりすぎて。そして此処までの道に慣れ過ぎて。

緊張感と疲労感はあれど、悲壮感は無い。

普通、この森の探索は死を意味するのだが。

「はいはい、文句は帰ってからにしろ。ほら、さっさと入るぞ」

アウローラが肩で息をしながらも、さも当然のように結界の境界線をまたぐ。

護衛と侍女たちも後に続き――足を踏み入れた瞬間、ふっと空気が変わった。

重い瘴気が薄れ、ひんやりとした清浄な風が頬をなでる。

整えられた畑。

井戸。

丸太のログハウス。

いつもの「森の中の異質な空間」――のはず、だった。

「おーい! 有羽ー! 王女が来たー……ぞ……?」

喉を絞るように叫びながら、アウローラはふと眉をひそめた。

……匂いが、違う。

鼻の奥を、何かがぐわっと殴りつけてくるような香り。

焦げた肉の匂いとも違う。

スープの香り? いや違う。

もっと暴力的で、もっと直球で、もっと――腹にくる匂い。

「……なに、これ」

思わず足が止まる。

腹の底がきゅるると鳴いた。

侍女たちも、同じように硬直していた。

「い、今の匂い……」

「初めて嗅ぎますわ……でも……ああ、ダメです、よだれが」

「お腹……さっき干し肉かじったばかりなのに……」

誰か一人ではない。

全員の喉が、ごくりと音を立てているのが分かる。

護衛の一人がごく真面目な顔で言った。

「……これは罠だな」

「どういう意味で?」

「胃袋に対する罠だ」

妙に納得した空気が流れた、そのとき。

ぎぃぃぃ、とログハウスの扉が開いた。

「――いらっしゃい」

そこに立っていたのは。

いつもの、寝不足で不機嫌そうな隠者ではなかった。

黒髪はいつもより整っており、目の下のクマもなぜか薄い。

背筋はしゃんと伸び、口元には爽やかな笑み。

柔らかな声色で、ゆっくりと手を広げる。

「よく来たね。さ、まずは手を洗って。井戸の水、冷たいよ」

歌でも添えられそうなほど、丁寧で穏やかな口調だった。

「……」

アウローラの脳内で、ガガガガと何かが逆回転した。

「えっと……有羽? 有羽だよな? お前、有羽だよな?」

思わず三回も確認する。

「ほかに誰がいるんだよ」

言い方はいつもの有羽なのに、声のトーンが違う。

とげがない。角砂糖が溶けている。

しかも、有羽はにこにこ顔のまま、井戸の方向を指さした。

「旅の汚れはまず落とさないとね。タオルもそこに置いてあるから」

アウローラ、護衛、侍女、一同。

無言で顔を見合わせた。

(……誰?)

全員の心の声がシンクロした。

「きょ、今日は機嫌がよろしくて……?」

おそるおそる尋ねるアウローラに、有羽はにっこりと微笑む。

「今日は、みんなで外で食べようかと思ってさ。最高の食事を持ってくるから。テーブル、外に出すよ。皆で一緒に食べようじゃないか」

爽やかにそう言い残し――

有羽は本当に、スキップでもしそうな軽さで、くるりと踵を返し、ログハウスの中へ戻っていった。

扉が閉まる。

……静寂。

「…………」

その場に取り残された一同は、しばし呆然と立ち尽くした。

最初に我に返ったのは、アウローラだった。

「……全員、集合」

即座に円陣が組まれる。

「状況を整理しよう」

真剣な顔で言うアウローラ。

周囲の侍女や護衛たちも、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「まず一点。有羽殿の様子がおかしい」

「おかしいどころではありませんわ……にこにこしていましたわよ? 『王女が来たぞー!』と言っても『また来たの?』って顔しかしなかったあの方が……」

「しかも『最高の食事』と言っていた」

「最高の食事……先ほどのこの暴力的な香り……」

今も豊潤な匂いは漂ってきている。

腹に直接攻撃を仕掛けるような、胃袋そのものを誘惑するような。

嗅いでいるだけで、涎が。

「……これはもう、間違いないな」

一人がぽつりと言う。

全員、言葉を発した者に視線を集中させる。

向けられた者は、護衛の一人。いやに神妙な顔で口を開いた。

「聞いたことがあるんだ」

「な、何を……?」

「裏社会の闇ギルドの掟だ」

一同の視線が、一斉に彼へ。

闇ギルド。国が富めば富むほど、社会には裏側が生まれる。

スラム、貧困街、ならず者の溜まり場。

アウローラの住む国でも、それは例外ではない。

地球で例えるのなら「ヤクザ」や「マフィア」染みた組織が、この異世界にもあった。

「……殺す相手には、最高級の贈り物を用意する。丁寧に、笑顔で、優しく接し――最後に、毒を盛るのだと」

「やめろお前ぇぇぇ!!」

アウローラの怒鳴り声が、円陣の中心で炸裂した。

「縁起でもないこと言うな! なんで急に闇組織の話になるんだ!」

「で、でも殿下、考えてみてください」

侍女の一人が震える声を上げる。

「いつも『また来たの?』とか『スカウト諦めな』とか面倒臭そうに言っていた有羽様が……今日は、丁寧で……優しくて……」

「『最高の食事』と、わざわざ強調し……」

「笑顔も、なんというか……悟りを開いた神官のような……」

「まるで……『覚悟を決めた人』の顔でしたわ……」

「だからやめろって言ってるだろ!!!」

両手で頭を抱えるアウローラ。

だが、先ほどから漂い続ける香りが、説得力を増してしまっている。

つまり有羽が用意している最高の料理とやらは、最後の情け的なもの。

「そう……なのか? 私、そんなに嫌われる事してたのか……?」

嫌な想像をしてしまったアウローラは、思わず涙目。

確かに、何度も何度も有羽の住居に押しかけて。

何度も何度もメシ食い散らかして。

何度も何度もふかふかベッドで爆睡してるけれど。

実は内心では、凄く嫌われていたのか。

(最高級の……最後の晩餐)

(こんな匂いの料理を食べたあとなら……死んでも文句は出ない気がする……)

最悪の想像をするのは、アウローラだけではなかった。

一同の脳裏をよぎる。初めて見る料理を味わい、幸せの中で息絶える未来を。

思わず、護衛の一人が咳払いをする。

「落ち着け。冷静に考えろ。賢者殿の性格からして、面倒なことは極力避ける。暗殺など、最も嫌いそうな行為だ」

「そ、そうですよね! あの人、絶対面倒なこと嫌いなはず!」

「だったら――」

護衛はきりっとした顔で結論を出した。

「単に、とてつもなく美味いものが出来て、テンションが振り切れているだけだろう」

「それはそれで恐ろしくありませんこと……?」

侍女の一人が震える声で言う。

「だって、有羽様の料理は、ただでさえ危険なのに……」

「たしかに……あの人の作る天ぷらやうどんですら、この世の全てを疑うレベルの美味しさなのに……」

「そこにきて、あの匂い……」

「私たち、帰りたくなくなってしまうかもしれませんわよ……」

まあ、 それ(帰りたくない) はいつもの事なのだが。

ただ、護衛も侍女も、皆が別方向で危険な可能性を考えていた。

これ以上、美食を味わったら、お家に帰れなくなる。

「……」

アウローラは、ぎゅっと拳を握る。

(何にせよ、逃げる選択肢は無い)

あの匂いの正体を確かめずに帰るなど、王族としての誇りが許さない。

いや、単純に胃袋が許さない。

「と、とにかくだ!」

アウローラは一同を見渡した。

「まずは言われた通り、手を洗うぞ! それから料理が来るのを、覚悟して待つ! 何が出てきても、動揺しないように!」

「「「は、はいっ!」」」

一斉に返事が返ってくるが、その顔には、不安と期待と空腹がないまぜになった複雑な色が浮かんでいた。

井戸に向かって列を作る一同。

冷たい水で手と顔を洗いながらも、誰もがそわそわとログハウスの扉の方を気にしている。

「……殿下」

侍女が、ぽつりと囁いた。

「な、なんだ?」

「もし……本当に毒だったら、わたくし達が先に食べますわ」

「やめろ! さらっと忠義を見せるな! そんな忠誠いらん! 全員で一緒に食べるぞ!!」

深刻な様子のアウローラ御一行。

井戸の水で手を洗いながら、今生の別れかもしれない今日に思いを馳せる。

彼らは知らない。

ログハウスの中で、鼻歌まじりに皿へカレーを盛り付けている有羽が、心の底からこう思っていることを。

(……あいつらの顔、絶対面白いことになるぞぉ)

賢者は笑う。

クックックと、邪悪な音を溢しながら。

寸胴鍋にたっぷりと入ったカレーを準備しながら。

◇◇◇

そして。

長机の周りに、全員がきちんと腰を下ろしていた。

有羽が魔法で組み上げた、家の外用の巨大テーブル。

王都でも滅多にお目にかかれないであろう、滑らかな木目と、継ぎ目ひとつ感じさせない天板。

その長机の両側に、アウローラ、護衛、侍女――総勢十数名がずらりと並ぶ。

……空気だけは、やけに葬式めいていたが。

(遺言とか……残すなら今のうちか……?)

(いえ、殿下の御前で縁起でもない事を考えるのはやめましょう)

(でも、もしこれが本当に「最後の晩餐」だったら――)

護衛と侍女たちの内心は、わりと深刻だった。

テーブルの上には、各人の前に木製の皿が一枚ずつ。

片側には、こんがりと焼き色のついたパンの塊が、どん、と山になっている。

そこまでは、見慣れた光景だ。

問題は――皿の反対側に、でろりと盛られている「謎の茶色い液体」である。

「…………」

誰もが目を細め、身を乗り出す。

とろり、とろり。

皿をわずかに傾けると、粘度の高いソースがゆっくりと揺れ、その中で角切りの肉と玉ねぎらしきものが顔を出したり沈んだりする。

茶色。

とにかく、ひたすら茶色。

焦げているわけでもない。

腐っているわけでもない。

ただただ、「得体の知れない褐色の沼」が皿に定着している、そんな見た目だった。

(食べ物……なんだよな、これ……)

アウローラはごくりと唾を飲む。

視界の端で、護衛も侍女も、同じように喉を鳴らしていた。

見た目は不安しかないが――。

匂いが、あまりにも反則だった。

香りが鼻孔を満たすだけで、胃袋がぎゅうっと掴まれる感覚。

肉の旨味が、濃縮されて粒になって飛んでくるような、厚みのある匂い。

そこに加わる、スパイスの刺激的な香り。

鼻の奥をくすぐり、頭のてっぺんまで痺れさせる、得体の知れない香気。

ひとつひとつの匂いは知らないのに――混ざった結果だけは、本能が即座に理解する。

(……腹が、減る)

(今、さっきまで「もう疲れた」って言ってたのに……)

本当に、理屈抜きで腹が鳴る。疲れさえ忘れる程の空腹感。

侍女の一人の腹が、ぐぅうう、と盛大に鳴り、当人が真っ赤になって俯いた。

そこへ。

「お待たせ」

ログハウスの扉が再び開き、有羽が姿を現した。

先ほどと変わらず、上機嫌な笑顔。

両手には、蓋の乗せられた追加の大鍋がひとつと、冷えた水の入った大きなピッチャーがひとつ。

鍋はすでに十分な量が各皿に分けられているはずなのに、さらに補充分があるという事実に、まず全員が震えた。

量からして、本気で「存分に食わせる気」らしい。

「じゃ、説明はあとでいいか」

有羽は鍋をテーブル端に置くと、手をぱん、と打ち合わせた。

「騙されたと思って食べてごらん――世界が変わるから」

にっこり。

……笑顔が爽やかすぎて、逆に恐い。

「えー……」

アウローラはスプーンを握りしめ、じっと自分の皿を睨みつけた。

木製のスプーンを、ゆっくりとドロリとした茶色の池に沈める。

スプーンの中に収まるのは、よく煮込まれて形を留めているのか怪しい玉ねぎと、角切りの肉の塊ひとつ。

(有羽が作るんだ……不味いわけがない。万一毒だったら、その時はその時だ。それに、毒ならきっともっとそれらしい態度をとる……はず……多分……私はそこまで嫌われてない……はず)

自分で自分に言い聞かせながら、そっとスプーンを口元へ。

息を止める。

護衛も、侍女も。

アウローラが最初に口に運ぶのを見届けようとして、一斉に彼女の手元を凝視している。

「い、行くぞ……!」

意を決して、アウローラはスプーンを口の中へ滑り込ませた。

――瞬間。

「っ……!」

舌に、熱が乗り上げてきた。

まず、油とスパイスが混じり合った重たい香りが、口の中いっぱいに広がる。

鼻へ抜ける香りが、さっきまで嗅いでいた匂いより何倍も濃い。

(なに、これ――)

脳が追いつくより先に、舌が忙しく動く。

最初に来たのは、じわりと焼けるような辛さ。

次に、甘味。

飴色になるまで炒められた玉ねぎの甘さと、ミルク由来のまろやかさが、とろりと舌に絡みつく。

その奥から、肉の旨味がぶわっと溢れ出す。

煮込まれすぎてほどけかけた肉が、噛むたびに汁を吐き出していく。

辛い。

だが、痛いわけではない。

熱と刺激と旨味が、綱引きをするように、舌の上を行き来する。

気温は穏やかなはずなのに、額にじんわり汗が滲んだ。

(辛い……のに、止まらない……!)

思わず、スプーンがもう一度皿の上を掬っていた。

その様子を見て、護衛と侍女たちも一斉に覚悟を決める。

「殿下が食べたなら!」

「問題ありませんわね!」

「いざ――!」

数十本のスプーンが、一斉に茶色の湖へ沈み、そして口へ運ばれる。

「……っっっ!?」

「な、なんですのこれ……!」

「舌が、熱い……のに、美味しい……!」

「辛い! でも……肉が……溶ける……!」

瞬時に、あちこちで感嘆とも悲鳴ともつかない声が上がった。

鍋の中のソースは、決して「激辛」というほどではない。

しかし、この世界の人間にとって「スパイスを混ぜ合わせて作った料理」は初体験だ。

舌が驚き、脳が混乱する。

けれど、止まらない。

パンにスプーンで茶色いソースを乗せ、ちぎって口に放り込む護衛。

最初は恐る恐る端だけにつけていた侍女が、すぐさま大胆にパンを浸し始める。

「パンが……! パンがこんなにも進むなんて……!」

侍女の一人が、半泣きのような顔で感嘆の声を上げる。

「殿下、これ、パンの消費が……!」

「構うな! 食え!」

自らもスプーンを止められずにいるアウローラが、半分叫びながら返す。

パン。茶色のソース。パン。ソース。肉。ソース。パン。

ときどき、我に返ったように水をがぶ飲みして、また皿へ戻る。

口の中の辛さが、冷たい水で一瞬だけ引き下げられ――その直後、またスパイスの香りを求めてスプーンが動いてしまう。

「水……!」

「こちらですわ!」

ピッチャーから注がれる水の音すら、妙に幸福そうに響いた。

しばらくの間、テーブルの周囲には「もぐもぐ」という咀嚼音と、「はふっ」「あつっ」「でも美味っ」という断片的な声しか流れなくなる。

誰も、会話を続けられない。

言葉を紡ぐよりも早く、手と口が動いてしまうからだ。

(……これが、本当に美味いもの……)

アウローラは、ようやく三口目あたりで、その事実をゆっくり認識し始めていた。

高級レストランのフルコースも食べた。

王宮の専属料理人が作る宮廷料理も、数え切れないほど口にしてきた。

どれも、確かに美味しかった。

「美味しい」と何度も言いながら食べた。

だが、今――。

口から出てくるのは、「美味しい」という言葉ではなかった。

「っ……は……はふ……」

ただ、息だけが漏れる。

舌が忙しすぎて、舌の持ち主が言葉を組み立てる暇を与えない。

(これが……)

舌の上を、辛さと旨味が駆け抜けるたびに、世界の色が少しずつ変わっていくような気がした。

(これが……有羽の言ってた、「世界が変わる」って……)

護衛たちも、侍女たちも、似たような顔をしていた。

いつもは賑やかなはずの野営組。

「うどんがどう」とか「天ぷらがどう」とか、常に誰かが喋っている彼らが――今は全員、黙々と皿へ向き合っている。

護衛のひとりが、まだ半分ほど残っている皿を見つめながら、ふるふると震えた。

「……やべぇ」

ぽつりと、心の底から出た声。

「こんなものを知ってしまったら……もう……」

「もう、普通の煮込みでは満足できませんわね……」

侍女が、震える手でスプーンを握りしめたまま、同意する。

「うちの王都の料理人たち……可哀相に……」

「な、何がだ……」

「比較対象が出来てしまいましたもの……」

カレーの余韻に浸りながら、そんな感想が漏れ始めた頃、ようやく有羽が口を開いた。

「どう?」

テーブルの端で腕を組み、全員の様子を眺めながら、満足げな笑みを浮かべている。

アウローラは、辛うじてスプーンを置き、顔を上げた。

「な、何だこれ……何なんだ……!」

「料理」

「それは見れば解る!」

叫んでから、またスプーンに手が伸びる自分が情けないやら可笑しいやらで、アウローラは半笑いになった。

「名前は?」

「カレー」

「カレー……」

護衛も侍女も、その音を噛み締めるように繰り返す。

「かれー……」

「カレー……」

「……『カレーを食べに森へ行く』とか、普通に言い出しそうで怖いですわね」

「もう言ってるようなもんだろ」

誰かのぼそりとした突っ込みに、周囲から乾いた笑いが洩れた。

だが――笑いながらも、手は止まらない。

皿の縁についたソースまで、パンでぬぐい取るようにして、最後の一滴まで食べ尽くす。

誰もが、いつの間にかそんな行儀の悪い真似をしていた。

アウローラは、皿の底が見えた瞬間、ほんの少し本気で絶望した。

(もう、無い……)

だが、ふと視線を横へ向けると、まだ手付かずの大鍋がテーブル端に控えているのが目に入る。

有羽の不敵な笑み。

「おかわり、あるけど?」

何人かの喉が、露骨に鳴った。

「……あのさ、有羽」

アウローラは、じわじわと込み上げてくる感情を抑えきれず、両手をテーブルに突いた。

「お前さ」

目が潤んでいる。

辛さのせいか、感動のせいか、本人にもよく分からない。

「本気で……本気で、私を王都に帰さない気だろ……?」

「え、何その被害妄想」

有羽は肩をすくめた。

「帰る帰らないは勝手に決めてよ。ただ、森に来るたびにカレーが増えていくだけだから」

「ほんとタチ悪いなこの賢者!!」

アウローラの悲鳴じみた叫びがこだまする。有羽は素知らぬ顔。

その後は、森の中の小さな居住区に、皿にスプーンが当たる軽快な音だけが響き渡った。

誰もが、さっきまで抱いていた「毒かもしれない」疑念を、きれいさっぱり忘れている。

いや、正確には――。

(……これ、ある意味で、最強の毒ですわ……もう、離れられない……)

そんな極端な思考まで、頭をかすめる侍女もいた。

けれどそれを口にはしない。そんな言葉を話す、余裕すらない。

今は、ただひたすらカレーを口に運ぶ。それが最優先事項。

やがて皆が、皿に盛られたカレーを食べ終わり――そのまま黙って、何回目かのおかわりをもらいに行ったのだった。