軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Something extra 〜誰かの見た夢〜

「あんた、なんであいつを殺した」

鋭い眼光とともに発せられた言葉に、マリーは身を固くした。自然に下がろうとする視線を、意志の力で上げ続ける。

アッシュを知る人を探して訪ねた辺境の警備隊の詰所。アッシュの手紙は、ここから出されたものだった。彼のことを聞きたいと言うと、簡素な机と椅子のある一角に案内された。

警備隊の隊長だという人が現れて、目の前の椅子に座る。ユマは少し離れた場所で、他の隊員と嬉しそうに話している。

前置きもなく発せられた声に、ああ、これは取り調べなのか、とマリーは察した。胸の奥がきしむ。

マリーはアッシュを殺した。仲間の警備隊員を殺されたのだから、これも当然のことなのだろう。かみしめた奥歯がじんと痛んだ。

「そんなにあいつが憎かったか?」

ブラッドと名乗った警備隊隊長は、さらに斬り込んでくる。

マリーはゆっくりとその言葉を反芻した。

「……憎い?」

「あんたを騙したあいつが憎かったんじゃないのか?」

その言葉にブラッドが、アッシュがマリーにしたことも、マリーがアッシュにしたことも承知していることがうかがえた。

「わたしはただ、醜い自分を見せたくなくて」

「醜い自分?」

「……あの人を詰る自分。それでも、あの人にすがろうとする自分。泣いて、すがって、あの人を自分だけのものにしようとする自分。そんな自分を、あの人に見せたくなかった、から。二度と会わないようにって」

ぽつりぽつりと言葉を落とすマリーに、ブラッドは口元を引きしめる。

「そんなことのために殺しにかかるのか、あんたは」

はあと息をついてから、ブラッドはがしがしと頭を掻いた。

ブラッドの言葉を、マリーは静かに受け止めた。今のマリーには、それが間違っていたとわかる。でも、あの時には、わからなかった。

「それで? 今でも会いたくないか?」

「……よく、わかりません。あの人の、アッシュの遺言を、読みました。騙すつもりで騙していた。嘘だとわかって、嘘をついていた。でも……全部が嘘じゃなかった」

アッシュに別の妻がいると知ったとき。

裏切られたと思った。

騙された自分が憎かった。

愛されていない自分がみじめだった。

でも――ほんとうに?

抱きよせる腕に、声に、表情に。

彼からこぼれ落ちていたものに、ほんとうに気づかなかった?

そこに真実はなかった?

そこまで考えて、マリーはようやく理解した。ぽとりと言葉がこぼれ落ちる。

「……わたしがただ、信じられなかっただけなんですね」

自分を。アッシュを。

二人が積み重ねた時間を。

マリーの目が、隊員たちとともに楽しそうに笑っているユマを追う。

ブラッドに視線を戻すと、マリーは静かに問いかけた。

「遺体も残らなかったと聞きました」

「そうだな。遺体があろうがなかろうが、人は死んだら終わりだ。この辺境では、魔獣に襲われてたくさん人が死ぬ」

長く住んだ村が滅んだことを思い出して目を伏せたマリーの前に、コトリとカップが置かれる。ミルクがなみなみを注がれていた。顔をあげると、年配の隊員が困ったように微笑んだ。ブラッドをちらりと見ると、小さく頭を下げて離れていく。

「飲め」

ブラッドのすすめに、マリーはカップを手にとった。温かった。ちょうどよい熱さのミルクが喉をすべり落ちていく。

マリーの体がほっと緩むのを確かめてから、ブラッドは口を開いた。

「あんたの生い立ちは聞いている。――ずっと一人で戦って偉かったな」

机越しに伸びてきたたくましい腕が、マリーの頭を乱暴になでる。腕にはたくさんの傷が走っていた。

そんなふうに労われたのは初めてで、マリーはぽかんと隊長を見た。にじみそうになった涙を、強く目を閉じることでこらえる。

「人は死んだら終わりだが、生きてさえいれば、いくらでもやり直せる」

そう言って「ついてこい」と立ち上がったブラッドに、マリーもカップを置いて、あわてて立ち上がる。

「あの?」

「いいからついてこい」

腹に響く声で告げてから、ブラッドは背を向ける。

どうすればいいか迷って、マリーはユマに目を向ける。こちらも渡されたらしいカップを片手にした彼女は微笑んで、小さな手のひらをマリーに向けて、ひらひらと横に振った。あれは、いってらっしゃいの合図だ。その有無を言わせない笑みに、マリーは肩を落とすとブラッドの後を追った。

ブラッドは一度詰所を出て、建物の裏へ回っていく。

大通りの賑やかな場所にある詰所だが、ひとつ通りを入っていくと、とたんに喧騒が消えた。

詰所の真裏にあたる扉を、ブラッドは押し開く。食事を提供する場所のようで、警備隊の制服を着た男たちが、そこかしこで食事をとりながら賑やかに騒いでいる。

「隊長?」

「こんな時間に珍しいっすね。どうしたんすか?」

ブラッドに気づいて声をあげる隊員たちを睥睨してから、ブラッドはおもむろに声をはりあげた。

「今日は食堂は貸切だ! おまえら全員、出ていけ!」

一瞬静まりかえってから、場がいっせいに湧いた。あちこちで、がたりと音を立てて隊員たちが立ち上がる。

「はあ!? なんですか、それ!」

「なにかあったんですか!?」

「いいから、散れ!」

手を振って追い払うブラッドに、隊員たちは「隊長、横暴!」「なんでだよ!?」と騒ぎ始める。マリーもなにが始まったのかわからず、ただ立ちつくした。

「なんの騒ぎ?」

湯気を立てる皿を片手に、奥から出てきた男が首をかしげる。

明るい茶色の髪に、紺色の目。整った顔立ちだが、左半面に大きく残った傷が目立っていた。かすかに右足を引きずっている。左の袖がぶらりと頼りなく揺れた。

マリーが目を見開く。口元が震えた。

男もマリーを認めて立ち止まった。

「……マリー」

右手の皿を手近な卓に置いて、あー、と声をもらし頬をかいてから、アッシュは頭を下げた。

「ごめん。生きてて」

目線より低くなった頭を、マリーは見下ろした。

しばらくそのままで、やがてぎこちなく頭を上げたアッシュは、言葉を失ったままのマリーに苦笑を浮かべた。

「……マリーのお守りの威力、すごかったよ。お守りごと俺の左手食いちぎってもってった奴、他のやつらに追いかけられて、綺麗に食われてたから。あ、いや、こんな話がしたいわけじゃなくて。……ほんとうにごめん。君の願いをひとつも叶えられなくて」

あの日。

アッシュの死を望む、マリーの願いを悟ったあの日。

それでも生き残ろうとあがいたアッシュは、胸のお守りを引きちぎって左手で投げようとした。投げようとしたのに、それを捨て去ることをためらった一瞬、魔獣はアッシュの左手ごとお守りを持っていった。腕が千切れた激痛にあえぐアッシュは、そのあとも、魔獣にあちこち齧られた。ポケットに入れていた古いお守りがなければ、最後まで食いつくされていただろう。

かろうじて生き残ったアッシュだったが、立つこともできず、ただ寝転んだまま晴れた空を見上げていた。

血まみれのアッシュを見つけたブラッドが安堵を浮かべてから、アッシュをかついで医術院の寝台に放り込み、「死んでないなら、なんとしてでも生きろ」と告げたときの声の重さを、アッシュはまだ覚えている。

「ケガでしばらく動けなくて。もう長旅も荒事も無理だからさ。隊長がここの食堂の仕事を紹介してくれて。……ええと。マリーはどうしてここに? 俺、どうすればいい? ユマはどうしている?」

急に目の前に現れたマリーへの混乱もそのままに、アッシュは矢継ぎ早に質問を重ねた。

「どうして?」

マリーが低くうなる。

「どうして!」

叩きつけるように言って、マリーは唇を噛んだ。つかつかと勢いよくアッシュに近づくと、その胸ぐらを掴んで思い切り引き寄せる。体勢を崩して近づく顔に顔を寄せて、その唇に噛み付くように唇を重ねた。

周りから口笛が聞こえた気がしたが、構ってなどいられない。

「マ」

「バカなのッ!?」

唇を離すなり怒鳴りつけたマリーに、アッシュは目を丸くした。一緒に暮らした四年で、マリーがアッシュに声を荒げたことはない。

「バカでしょう!? あんな遺言よこすくらいなら、ちゃんと生きてるって手紙をよこしなさいよ! どこまで卑怯なの!?」

詰る声よりも、マリーの泣きそうな表情にしばらく固まってから我に返り、アッシュは頭をひねった。

「遺言?」

「書いたでしょう!?」

「書いたけど。俺、死んでないし」

マリーに胸ぐらを掴まれたままのアッシュは、ブラッドにゆっくりと冷たい目を向けた。その視線を追ってマリーも、ぐりんとブラッドのほうを振り向いた。

「……隊長、俺の遺言は?」

「ちゃんと処理したぞ」

「処理じゃなくて、処分しておいてって言ったはずだけど?」

「だから、ちゃんと処分しただろうが。今は遺族の 彼女(マリー) が持っている。規定通りの正しい処分だ。――必要なら書き直せ。検閲するから早めに提出しろよ」

「いや、俺もう、隊員じゃないんだけど。だいたい遺族ってなに?」

じとりとした目になったアッシュに、ブラッドは両腕を組んで重々しくうなずいた。

「殺してかかる妻がいるんだ。死んだことにしておいたほうが安全だろう」

「……俺、死んだことになってるわけ?」

「おう。遺体もないことになってるぞ」

「…………そりゃ生きてるから、遺体はないだろうね」

はあ、と大きな息をついて、「嘘だろ」とアッシュは残った右手で顔を覆った。

そんなアッシュを、マリーは驚いた顔で見つめた。アッシュはあの遺言をマリーに読ませる気はなかったということだ。

「悪いな、アッシュ。そういうことだから」

「死んだことにしとけってことが業務命令だってんだから、ひでぇよな」

騒ぎから一転、黙って興味津々でマリーとアッシュのやりとりを聞いていた隊員の面々が笑った。アッシュは仕方なさそうに弱い笑みを浮かべる。マリーが見たことがない表情だった。

マリーがこの四年で大きく変わったように、アッシュも変わったのだ。

「――アッシュ」

「ん?」

首をかしげて、やわらかく目を細める仕草は変わっていないのに。

マリーはアッシュの胸ぐらを掴んでいた手を離して、力なくうなだれた。

「その体は、わたしのせい、よね? ごめんなさい。あんなお守りを送って。もう、わたしのこと、嫌いになったよね?」

マリーの言葉に、アッシュの息が止まる。

「そんなわけ、ない!」

アッシュはあわてて身をかがめて、マリーの頬に手を伸ばす。下からのぞきこむようにして、必死に視線を合わせた。

「そんなわけないだろう!? いつだって帰りたかった。顔を見て、抱きしめて。マリーのそばにいたかったよ! でも、君が俺の死を望んでいたから。いなくなったほうがいいのかと思って」

小さくなって消えた声に、マリーは頬に当てられたままのアッシュの右手の袖を、ぎゅっと握りしめた。

「……だって、わたし、絶対罵倒する。泣いて、喚いて、捨てないでって、すがりついて。情けなくて、すごく嫌な人間になる。アッシュにそんな醜い姿、見てほしくなかったんだもの!」

マリーのあけすけな告白にアッシュはまた目を見開いた。アッシュの左の口角がやわらかな角度で上がる。

「確かにさっき、罵倒されてたね、俺」

「ご、ごめんなさいっ」

「いいよ。マリーになら罵倒されても、殴られても――殺されても。どんなマリーでも、ほんとにいいんだ。誰よりも愛してる。なのに……死んであげられなくて、ごめんね?」

「だめ。死なないで。生きてて」

アッシュの言葉にかぶせるように、マリーはきっぱりと言い切った。手を伸ばして記憶よりもずっと細くなったアッシュの体を抱きしめる。

離れないで、と涙のにじむ声で囁いて、マリーはその腕に精一杯の力をこめた。

アッシュも顔をくしゃりと歪めると、残った右腕でマリーをきつく抱き返す。

こんな体になったのは自業自得だとわかっているけれど、いまこの時だけは、愛しいマリーを自分の両腕で包めないことが、たまらなく悔しかった。

「だから貸切にすると言っただろうが。邪魔だ、おまえら」

雰囲気を読まずに、状況だけを察知して声をあげたブラッドに、周囲の隊員たちが「いま、いいところなのに」と残念な目をいっせいに向けた。邪魔なのは隊長、と呟いた隊員に、ブラッドが射殺しそうな目を向ける。

これを機に、めいめいに騒ぎ出し喧騒の戻った食堂に、マリーは頬を濡らしたままきょとんとし、アッシュは苦笑を浮かべてから、マリーの頬を右手でぬぐう。二人は顔を見合わせて、晴れやかに笑った。

◇◇◇

「ユマちゃん、はいこれ」

新しい茶と茶請けの駄菓子をちゃっかりとせしめたユマは、「ありがとうございます」と言って遠慮なく受け取った。駄菓子をかじりながら、「母さんと父さん、ちゃんと仲直りしたかしら」と首をかしげる。

年配の隊員が表情を硬くしてから、ユマをうかがうように見た。

「ユマちゃんはお父さんが生きているって知っていたのかな」

「知らなかったけれど、隊長さんの態度でわかりました。生きているんですよね、父さん?」

答えない年配の隊員にかまわず、ユマは口をとがらせてぼやく。

「父さんも母さんの癇癪なんて真に受けないで、さっさと帰ってきたらよかったのに」

「癇癪」

「普段抑制しているせいか、母さん、いちど怒るとひどいんです。この間もひとり再起不能にしてたし」

「再起不能」

「そうなんです。でも辺境領内のことではないので、気にしないでくださいね」

にこりと笑ったユマに、一瞬黙り込んでから年配の隊員は苦笑した。

「なんていうか、ユマちゃんは大人だねえ」

「いろいろ経験していますから。親が頼りなさすぎて、子どものままじゃやってられないんです」

主に情緒面で、と肩をすくめたユマは窓の外を見て「あ、帰ってきた」と呟いた。

開いた詰所の扉から、手を繋いで微笑み合った男女が入ってくる。

ユマを見て、男は驚いたように立ち止まった。女はそれにやさしく目を細めてなにか男に囁くと、少しバツの悪そうな照れた顔をユマに向けた。

ユマは笑み崩れてしまいそうになる頬を気合いを入れてひきしめると、二人に向かって大きく手を振った。