軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幕開けと忘却

入学式当日はいい天気だった。

前日から気持ちいいくらいの快晴で、雲一つない空は青く澄んでいる。

そしてルルとお兄様とお兄様の護衛の騎士の四人で馬車に揺られて、学院へ向かっていた。

学院は一人だけ使用人を連れて来ることが許可されており、貴族達だけでなく、平民でも豪商など裕福な家の者が連れて来ることも珍しくないそうだ。

でもそれは基本的に寮に住む者だ。

常に学院内で連れ歩くことが出来るのは王族だけであり、連れていけるのは護衛と決まっている。

学院自体に防御魔法が張られていて、誰でも入れるわけではないらしいが、どうやって条件をつけているのかは分からない。

……複数の魔法を重ねがけしてるのかな?

「リュシエンヌ、緊張してないか?」

窓の外を眺めているとお兄様に問われる。

お兄様はもうすっかり原作のアリスティードそっくりに成長したけれど、原作とは違って、 リュシエンヌ(わたし) との仲は良好だ。

「はい、大丈夫です。お兄様達と一緒に授業を受けられるし、これから毎日エカチェリーナ様とミランダ様にお会い出来ると思うとワクワクしています」

「二人も同じことを言っていたぞ」

思わずといった様子でお兄様が笑みをこぼす。

二人がわたしと同じ風に思ってくれていたのなら、とても嬉しい。

ただエカチェリーナ様とは学年が違うため、昼食や放課後でなければ会えないだろう。

お兄様とロイド様とミランダ様は成績上位でわたし達四人は同じクラスになる。

「だが、リュシエンヌがまさか学年二位になるとはな。私も気を抜いていられないな」

飛び級試験の、二年の試験結果でわたしはなんと学年二位に食い込むことが出来た。

自分でも結構出来たなとは思ったものの、まさか最初で二位になるとは考えていなかったので驚いたが、お父様もお兄様も、もちろんルルもすごく褒めてくれた。

一位は言わずもがな、お兄様である。

「でもお兄様はどの教科も満点ではありませんか」

「たった一点の差じゃないか」

「それが大きいんです」

お兄様は二年生の試験を満点で通った。

わたしは惜しくも一点逃した。

ちなみに三位はロイド様だそうだ。

お兄様がわたしのことをロイド様に自慢したことでそれを知ったのだけれど、ロイド様は特に悔しがることはなかった。

それどころか「僕ももっと努力しないとね」と穏やかに微笑んでいた。

原作でも腹黒キャラなので内心で少し心配していたが、杞憂だったようだ。

「アリスティードは良いライバルが入ってきたね」

と、笑っているほどだった。

ロイド様も落としたのは一点だった。

わたしは計算途中の数字を書き間違えていたが答えは合っており、逆にロイド様は計算に使う式は合っていたが計算ミスで答えが間違っていたそうだ。

同じ一点でもどこを間違えたかで上下が決まるらしい。

「次は満点を目指します」

お兄様が「そうか」と微笑ましげに目を細める。

「満点を取れたら何かご褒美をやろう」

「ご褒美?」

それは魅力的な提案だ。

そういうことを言われると俄然やる気が出る。

「ああ、何が良いか考えておくように」

次の試験は半年後なのに気が早い。

しかもわたしが満点を取れるかも分からないのに。

でもお兄様のそういうところが好きだ。

妹を可愛がってくれる優しいお兄様だ。

そんな話をしているうちに、次第に馬車の揺れが穏やかになり、学院へ到着したのか静かに停まる。

護衛の騎士、ルル、お兄様、そしてルルの手を借りてわたしの順に降りる。

周りにもそれなりの数の生徒がいた。

入学試験の時にも一度は行ったけれど、今日からこの学院に生徒として通うと思うと、嬉しさがこみ上げてくる。

「リュシエンヌ」

お兄様に呼ばれて視線を移す。

「入学おめでとう」

お祝いの言葉にわたしは頷き返した。

「お兄様、ありがとうございますっ」

これからはルルとお兄様と三人一緒に通学することになる。

それがとても楽しみだ。

「やあ、おはよう」

「おはようございます」

聞こえた声に振り向けば、ロイド様とミランダ様が二人揃って近付いて来た。

「おはよう」

「おはようございます」

お兄様とわたしが挨拶をする。

ルルは従者だからか控えている。

ロイド様とミランダ様からも「リュシエンヌ様、入学おめでとうございます」と祝ってもらえた。

それにわたしは礼を執って返す。

「今日からお二人はわたしの先輩です。後輩として、よろしくお願いします」

ロイド様が苦笑した。

「同学年だけどね」

「飛び級制度は存じておりましたが、学院創立以来、飛び級出来たのは数名ほどだそうです。リュシエンヌ様は凄いですわ」

「そうだね、リュシエンヌ様はずっと努力していたから受かって良かった」

ロイド様とミランダ様の言葉に頷く。

「本当に受かって良かったです。みんなと同じ教室で学びたかったので、こうして無事入学出来て嬉しいです」

ミランダ様が嬉しそうに微笑んだ。

「ええ、私もリュシエンヌ様と同じクラスになれて嬉しいですわ。エカチェリーナもリュシエンヌ様の飛び級をとても喜んでいらっしゃいました。でも、自分だけ一学年下なのを残念がってもおりましたが……」

そう、エカチェリーナ様は二年生だ。

一人だけ学年が違うというのは確かに残念だろう。

「そのエカチェリーナは?」

お兄様の問いにロイド様が答える。

「生徒会室に先に行ってるよ。リュシエンヌ様を待っていたかったみたいだけど、急用が入ったらしい。アリスティードが登校したら生徒会室に来て欲しいって言ってたよ」

「そうか、分かった」

進級してお兄様は今年は生徒会長になった。

そして副会長はエカチェリーナ様。

ロイド様は会計で、ミランダ様は庶務。

他にも数名の生徒会役員がいるそうだ。

その中にアンリもいて、生徒会顧問はリシャールらしい。

攻略対象者が勢揃いである。

全員で正門を潜ろうと歩き出す。

すると突然、目の前を横切るように人が駆けてきて、先頭を歩いていたお兄様の目の前で派手に転んだ。

「きゃあっ!」

地面に手と膝をついて座り込む姿にギョッとする。

……オリヴィエ=セリエール男爵令嬢。

見えなかったけれど、恐らく全員の顔が強張ったと思う。少なくとも和やかな雰囲気は一瞬で四散した。

「いったぁ〜い」

地面に座り込んで猫撫で声で男爵令嬢は体を起こそうとして、上手く動けずにいた。

そのドレスが問題だった。

ベビーピンクのそれは白いフリルやレース、リボンがふんだんにあしらわれ、明らかに動きにくそうなのだ。

これからパーティーにでも行くのかと思うほどだ。

もしデコルテ部分が開いていたら、夜会のドレスと勘違いしたかもしれない。

本来、昼間に着るドレスは肌を露出せず、動きやすい装飾の控えめなものと決まっている。

華やかで装飾の多い、露出のあるドレスは夜会など夜に着るものだ。

昼間のドレスでこんなに華やかなものを着るなんて、活動するつもりがないのだろうか。

……というか、自分から走ってきて転んだよね?

王族の行く手をわざと塞ぐなんて何を考えているのだろうか。

それどころか潤んだ瞳でお兄様をチラと見た。

「アシュフォード、そこのご令嬢を医務室まで連れて行って差しあげろ」

お兄様が淡々と抑揚のない声で言った。

アシュフォードと呼ばれた騎士は返事をすると、男爵令嬢に一言断りを入れて素早く立ち上がらせた。

助けてくれたのがお兄様でなかったことに男爵令嬢がぽかんとした顔で騎士とお兄様を交互に見た。

そして男爵令嬢の視線がロイド様に、そしてわたしに来た後、わたしの斜め後ろに視線が釘付けになるのが分かった。

大きな新緑の瞳が一際見開かれる。

その唇が音もなく「なんで……」と動いた。

けれど声になる前に、男爵令嬢は騎士によって医務室へ連れて行かれた。

少し抵抗するような素振りはあったが、騎士の方が壁になって有無を言わさず連れて行ってくれたため、彼女がこちらに来ることはなかった。

ただ、去り際にこちらを振り向いた。

新緑の瞳が確かにルルを見た。

視線を辿ってルルを見上げれば、ルルは冷たい目で男爵令嬢を見ており、わたしの視線に気付くとニコリと笑った。

「大丈夫ですよ」

外面のままルルがこっそり言う。

そして優しく手を握られた。

「……生徒会室に行こう」

今の出来事で更に目立ってしまったため、お兄様が硬い声音のまま言った。

その肩をロイド様が励ますようにそっと叩く。

足早に正門を抜けて、五人で校舎へ向かうことにした。

* * * * *

「何ですって? あの方、少々おかしな方だと思っておりましたけれど、そんなことをなさいましたの?」

生徒会室の隣の部屋に来たエカチェリーナ様は、男爵令嬢の話を聞いて呆れた顔をした。

お兄様とロイド様は生徒会室で仕事をしている。

エカチェリーナ様は既に自分の分の仕事を終えたそうで、わたしが来たことをお兄様から聞くと、すぐにこちらに来てくれた。

ルルは人目のない場所なので、椅子を並べて横に座り、わたしにぴったりとくっついて手を握ってくれている。

原作では確かに一番最初にアリスティードと関わるイベントがあった。

……わたし、忘れてきてるんだ……。

お兄様の目の前で転んだ男爵令嬢を見て思い出した。

攻略対象とそれぞれ出会うイベントがあり、それは攻略とは関係なく、ゲームを遊ぶ度に必ず起こるものだった。

お兄様は入学式当日に、正門の前で転んだヒロインちゃんを見て手を差し伸べる。

レアンドルは校内で迷子になったヒロインちゃんと出会い。案内する。

リシャールはヒロインちゃんの担任となる。

アンリは図書室で出会い、好きな本が同じで話が合い、仲良くなる。

そしてロイド様は木から降りられなくなった子猫を助けるために、木に登ったヒロインちゃんを見て、変わった女の子だと興味を引かれる。

震えるわたしの手を握り、空いた片手でルルはわたしの肩を抱き寄せている。

「リュシエンヌ様、大丈夫ですか?」

ミランダ様に問われて頷き返す。

「はい……。あのような方は初めてで、驚いてしまって……」

エカチェリーナ様とミランダ様が納得した様子で溜め息をこぼした。

この二人も男爵令嬢のことは知っている。

何せ、自分の婚約者を執拗に追いかけ回しているのだ。

婚約者であるお兄様やロイド様からも話を聞いているだろうし、貴族のご令嬢達からも色々と聞いているらしい。

わたしに聞かせるのはちょっと、と言われたけれど、闇ギルドの報告書で男爵令嬢の行動は知っている。

相変わらずレアンドルとは関係を切っておらず、アンリとは距離を置かれているようだが、あの手この手でお兄様やロイド様に近付こうとしているようだ。

リシャールは学院内からあまり出てこなかったために出会うタイミングがなかったみたいだけど、これからは原作通りに進めようとするだろう。

……でも、男爵令嬢は原作のヒロインちゃんとクラスが違う。

リシャールが受け持つのは一年の中でも成績上位者のクラスで、ヒロインちゃんは一番下のクラスだそうなので、機会を逃している。

「リュシー、大丈夫だよ。どんな奴が相手でもオレが守ってあげるからね」

わたしを抱き締めながらルルが慰めてくれる。

よしよしと頭も撫でるので、焦りと恐怖とで混乱気味だった心が段々と落ち着いてきた。

「それにしても王族の行く手を阻むなんて、何を考えているのかしら?」

「エカチェリーナ様、恐らくですが彼女は何も考えておりませんわ。アリスティード殿下に近付きたい一心なのでしょう」

「不敬を問われるとは思っていないのね」

エカチェリーナ様とミランダ様も理解出来ないという顔をしている。

「そういえば、お兄様にぶどうジュースの入ったグラスを持ったままぶつかろうとしたこともあったそうです」

「まあ!」

「何てことを!」

報告書にあったことを思い出して話すと、二人は酷く驚いた顔で口に手を当てた。

……うん、普通はそういう反応だよね。

ありえない、と顔に書いてある。

「な、何故そのようなことを?」

ミランダ様の目が怒りでつり上がっている。

「何でも、以前ロイド様にわざとぶつかって抱き着いたことがあったそうで、その時はロイド様がすぐに離れてしまったので……」

「まさか殿下に飲み物をかけて謝罪を口実に話をするつもりで?」

「多分そうではないかと思います」

ミランダ様の目がクワッと見開かれる。

言葉には出て来なかったけれど、内心できっと色々と思っているのだろう。

その手がギュッと握り締められた。

エカチェリーナ様も初耳だったのか「あの方は王族がどのような存在か分かっていらっしゃらないのね……」と顔色を悪くしていた。

もしも自分が王族に飲み物をかけてしまったらと考えるだけで、普通はそんな恐ろしいことはしたくないと思うはずだ。

でも男爵令嬢は違う。

自分をこの世界の 主人公(ヒロイン) だと思っていて、何をしても許されると考えているのではないか。

部屋の扉が叩かれる。

わたしの代わりにエカチェリーナ様が誰何の声をかけ、扉の向こうからロイド様の声がした。

ミランダ様が扉を開ける。

「エカチェリーナ嬢、ミランダ、ちょっと聞きたいことがあるからこっちに来てもらいたいんだけど大丈夫かな?」

全員がわたしを見たので、頷き返す。

「わたしは大丈夫です。ここでルルと待っています」

ロイド様が「すぐに済むから」と言い、エカチェリーナ様とミランダ様を連れて部屋を出て行く。

扉が閉まり、足音が離れてからルルを見る。

「ルル、わたし、前世の記憶が薄れてるみたい。原作の大まかな流れや大きなイベントは覚えてるけど、細かなイベントがすぐに思い出せないの」

「もしかして、さっき震えてたのはそのせい?」

その問いに頷き返す。

「うん、思い出せないことに気付いて、怖くて……」

思わず俯いたわたしの頬にルルの手が触れ、顔を上げさせられる。

「リュシーが前に話してくれた『原作』って、アレで全部? 細かなところも話してた?」

「うん、多分、話してると思う。ルルには覚えてる限り全部話したよ」

「そっか、なら問題ないよ」

ルルが目を細めて笑う。

「オレが全部覚えてる」

「だから心配しなくていいよ」とルルが言う。

……わたしが忘れてもルルが覚えてる。

それなら、きっと、ルルは原作通りにならないように動いてくれるだろう。

ルルの言葉に安堵する。

わたしを労わるように優しく背中を撫でる手が、とても心地好かった。

ルルが言うなら何も心配は要らないと思える。

いつだってルルは有言実行だから。