軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

入学・飛び級試験(2)

かじりつくと葉野菜のしゃく、という音と食感がする。野菜やベーコンに面したパンの部分には薄っすらバターが塗ってあるのでパンに水分が入らず、白パンのふんわりした食感もいい。

塩気のあるベーコンに酸味と甘みのあるトマト、少し青みのある新鮮な葉野菜。

葉野菜やトマトの青みはベーコンの脂に包まれて全く気にならない。

むしろその青みがベーコンの脂と一緒になるとサッパリとした食べやすさに変わる。

……わ、ルルは一口なんだ。

わたしが一つを二口、三口で食べている間に、ルルがぱくぱくとサンドウィッチを一口で食べている。

沢山あるけれど、これはルルが食べることも考慮して用意されており、大半はルルのお腹に収まるのだ。

ルルは細身の外見から想像もつかないくらい、大食いだったりする。

昔からルルは沢山食べた。

料理人達はルルのたべっぷりの良さを気に入っているらしく、お兄様が学院に通うようになってからは、わたしとルルだけのティータイムの時間なのに大量のお菓子や軽食が出されるのだ。

残れば使用人達のおやつになるが、ルルが結構食べる。

朝食、昼食、夕食にティータイム。

でもルルは太らない。

体質もあるだろうけれど、ルルは夜も闇ギルドで仕事をまだ続けているから、それも太らない理由だと思う。

いつ寝てるのかと疑問に思ったが、ルルはいわゆるショートスリーパーらしく、毎日短時間の睡眠で問題ないそうだ。

それでも昔よりは睡眠時間が増えたという。

差し出されたサンドウィッチを受け取る。

食べつつ、ルルを見る。

……ぱくぱく食べてるけど、食べかすを落としたり指を汚したりしないのが不思議。

丁寧に食事している風には見えないのに、全く汚くないし、食べ方も綺麗なのだ。

「最近、宮の料理人、腕上げたよねぇ」

ルルの言葉に頷く。

「元々美味しかったけど、最近更に美味しくなったよね。食べ過ぎちゃいそう」

「リュシーはもうちょっと太ってもいいんじゃないのぉ?」

「うーん、結構食べてるけどなあ」

かく言うわたしもルルと似たり寄ったりだ。

それなりに食べているのに太らない。

だからリニアさんやメルティさんが心配してくれるのだけれど、もしかしたら後宮でのあの生活のせいで、何らかの後遺症があるのかもしれない。

……まあ、暴飲暴食してるわけじゃないし、わたしの好みがサッパリしたものが多いっていうのも理由の一つだろう。

脂っぽいものや味の濃いものは少量しか食べられない。あまり脂が多かったり味が濃かったりすると匂いだけでダメなこともある。

だからわたしの宮で出る料理は脂が少なく、味付けもあまり濃過ぎないものだ。

わたしが色々食べられるようにサッパリしたもので、しつこくなく、食べやすいものを料理人達は日々考えて作ってくれる。

「もっと太った方がルルは好き?」

わたしの問いにルルが首を傾げる。

「ん〜、別に今のままでもちょっと太っても、どっちでもいいかなぁ。リュシーがリュシーなら体型は気にしないよぉ」

そう言われると安堵すると同時に、やはりルルに見合う外見でいるために気を付けようと思った。

ルルは原作のルフェーヴルの通りの美青年に成長した。

ただ髪は長い。

ずっと昔、まだ後宮にいた頃、髪が欲しいと言われたことがあった。

その時は綺麗じゃないからと断ったが、その後、わたしは髪を伸ばして、毎日手入れしてもらったツヤツヤの髪を散髪した時に一房ルルにあげた。

それまで、わたしの髪はルルが焼却処分してくれていたのだ。

そしてルルも伸ばした髪の一房を切ってわたしにくれた。

お互い、それを房飾りにして、それぞれ好きな場所につけている。

ルルがどこにつけているかは知らないが、わたしは匂い袋の中に入れて胸元のポケットに入れてある。

互いの髪を交換して持つのは東の国では夫婦の間でよく行う風習らしく、房飾りを作ってくれた職人は「仲がよろしいようで羨ましい限りです」と笑っていた。

東の国から来た人や、それを知った夫婦や恋人から注文を受けることが多いのだろう。

「リュシーはぁ? オレの体型とかでぇ、こうした方が好きとかある〜?」

「ううん、ないかな。わたしもルルがルルだから好きなの。痩せてても太っても好き」

「そっかぁ、同じだねぇ」

そんな風にのんびりと昼食を摂る。

それから、そろそろ午後の試験に向かおうかと思っていると、先ほど案内してくれた上級生がカフェテリアに現れた。

人を探すように辺りを見ていたので、慌てて席を立つ。

ルルに「頑張ってねぇ」と言われて大きく頷いた。

そうして上級生に案内してもらいながら元来た道を辿る。

途中でルルは正面玄関に戻れるだろうかと疑問になったけれど、ルルなら大丈夫だろうと何となく思い直す。

午前中に使った教室に戻り、上級生に何度も感謝の言葉を述べて、その気持ちを込めて見送った。

……優しくて、綺麗で、素敵な人だったな。

教室に入って、受験番号と同じ席に着く。

また鞄から筆記用具を出して机に並べて待つ。

……入学試験より飛び級試験の方が難しいんだろうなあ。

少しだけ緊張でドキドキと胸が高鳴る。

けれど、それは心地好い高揚感だった。

……大丈夫、お兄様に教えてもらったし、教師達からもこれなら合格出来ると頷いてもらえたんだから。

緊張を和らげるために小さく深呼吸をする。

教室の扉が開く。

「悪い、遅くなった」

午前中と同じくリシャールが現れた。

「いいえ、わたしも今来たばかりです」

「そうか。準備は──……出来てるな。すぐに始めても大丈夫か?」

「はい、よろしくお願いします」

リシャールがわたしに問題用紙と回答用紙を渡しに来る。

近くで見ても整った甘いマスクだけど、その表情は真面目そのものだ。

「午前中の入試試験と同じく四教科、一教科四十五分で、二学年分行うと聞いたが。休憩時間はいるか?」

それに首を振る。

「いいえ、必要ありません」

「分かった。もし早く終わったら声をかけてくれれば、次の教科の試験を繰り上げて行うことが出来る。質問はあるか?」

「ありません」

リシャールが頷いた。

「では、始めてくれ」

手元の問題用紙へ目を向ける。

入学試験の時と同じく、まずは問題をザッと読み通していく。

……確かに午前中のものより難しい。

でも、と思う。

わたしの頭の中にはもう答えは浮かんでいた。

ペン立てからペンを取り、インク壺に先を浸し、答案用紙にペン先をつけ、書き始める。

問題を読みながら楽しくて仕方がない。

どれもお兄様から教わったものばかりだ。

前世の記憶もあるから、きっとこの世界では難しい部類に入るだろう問題も、驚くほどスラスラ解ける。

……これはお兄様も苦戦したと言ってた応用ね。

……こっちはお兄様が得意な問題だった。

……あ、図形の問題もある!

どれも知っていて、どれも解き方が分かるので、とにかく面白い。

しかもどの問題もお兄様に教えてもらったから、その時のことを思い出して、つい笑みが浮かんでしまった。

前世では試験って退屈で面倒で嫌なものだと思っていたみたいだけど、わたしは楽しくて、面白くて、結構好きだ。

あっという間に最後の問題まで解き、最後に見直しの確認をして、リシャールに声をかける。

「終わりました」

本を読んでいたリシャールが顔を上げる。

「もう? 見直しはしたのか?」

「はい、見直しも終わりました。よろしければ次の教科をお願いします」

「分かった」

本を閉じ、席を立ったリシャールがこちらへ来て、わたしの問題用紙と答案用紙を回収していく。

そうして次の教科の問題用紙と答案用紙が配られる。

リシャールの開始の合図に合わせて、わたしは問題用紙に視線を向けたのだった。

* * * * *

わたしが自分の宮に帰ったのは夕方頃だった。

さすがに四教科を二学年分というのは大変だったけれど、とても楽しい一日になった。

一年生と二年生、両方の試験も自分なりにかなり出来た方だと思う。

小さなミスはあるかもしれないが、解き方の分からない問題はなかった。

帰りの馬車で思わず鼻歌を歌っていると、横にいたルルが笑った。

「ご機嫌だねぇ。試験、そんなに手応えあった〜?」

それに大きく一つ頷いた。

「うん、かなり出来たと思う。それに、問題を解くのもすごく面白かった。これはあの時習ったやつだ〜って思い出せて楽しかったよ」

「そっかぁ、リュシーが楽しかったなら何よりだねぇ」

笑っているルルの手を握る。

手袋越しだけど大きな手の感触に肩の力が抜ける。

「待たせてごめんね」

わたしが試験を受けている間、ルルはずっと待ってくれていた。

「いいよぉ。オレはリュシーの侍従だしぃ? 主人を待つのも仕事の内ってやつだよぉ」

よしよしと空いた手で頭を撫でられる。

「試験お疲れ様ぁ。頑張ったねぇ」

ルルの手に頭を撫でられると眠くなってくる。

それが分かったのか、そのままわたしの肩を引き寄せて、ルルの肩に体を預ける。

「着くまで休んでていいよぉ」という言葉に甘えて目を閉じる。

心地好い眠気に意識が沈んでいく。

……少しだけ。

ルルに体を預けて、微睡むことにした。

* * * * *

浅い眠りに落ちたリュシエンヌの体勢が崩れないよう、肩に回した腕で支えてやりながら、ルフェーヴルはその寝顔を眺めていた。

いつも間近で見ているが、リュシエンヌはルフェーヴルの予想した通り美人に成長した。

一つ一つの顔のパーツが整っており、それが左右対称に配置され、はっきりとした目鼻立ちは誰の目から見ても端正なものだった。

……まあ、端正って言うよりかは繊細って感じの方が似合うけどねぇ。

雪のようだけど少し赤みのある、透き通った色白の肌に柔らかなダークブラウンの髪、同色の長い睫毛に縁取られた瞳は今は見えないが美しい琥珀色だ。

紅をしなくても血色の良い唇は触れたらきっととても柔らかいだろう。

細身だけれど胸は人並みくらいはあるし、腰も綺麗にくびれ、線が細く、淡い色合いのドレスを着ると、ベルナールが言っていたように妖精みたいなのだ。

優しそうな垂れ目も色気がある。

あの男爵令嬢も見目は整っていたが、アレよりもリュシエンヌの方がずっと美しい。

リュシエンヌは人を惹きつける何かがある。

女神の加護のせいか、それとも前世の記憶というやつのせいか、世離れした雰囲気があるのだ。

触れれば離れてしまいそうな、消えてしまいそうな、でも手を伸ばさずにはいられない。そんな魅力がリュシエンヌにはあるとルフェーヴルは思う。

学院に通えば歳の近い異性が多い。

きっとリュシエンヌに近付こうとする者も出てくるだろう。

リュシエンヌが大勢から大事にされ、愛されることは構わないし、リュシエンヌにとってもそれは良いことだ。

だが下心を持って近付くのは許せない。

……リュシーはオレのもの。

そしてルフェーヴルもリュシエンヌのもの。

誰であろうと、その間に割って入ろうとするならば容赦はしない。

うとうとと微睡むリュシエンヌにそっと擦り寄る。

すると繋がっている手が緩く握り返される。

……かわいい。

無意識にルフェーヴルに反応している。

昔からリュシエンヌはルフェーヴルに警戒しなかったし、これからも、ずっとそうだろう。

……もっともっとオレに甘えて、頼って、好きになって、堕ちてきてね。

いつか「愛してる」という言葉をリュシエンヌの口から聞きたい。

そうしたらきっと、ルフェーヴルも同じ言葉を返し、より一層リュシエンヌはルフェーヴルに傾倒するに違いない。

その瞳にルフェーヴルだけを映して欲しい。

結婚まで後一年半。

これまでの時間を考えればまだ十分に待てる。

「でも、早くオレのお嫁さんになってね」

眠るリュシエンヌの頭にそっとキスをした。

* * * * *