軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

オリヴィエとレアンドル

屋敷へ帰ったオリヴィエは苛立っていた。

使用人達もそれを感じて怯えたように近付かない。

下手に近寄れば罵倒され、手を上げられるからだ。

自室に戻り、扉を閉めると、オリヴィエの怒りが爆発した。

「あああ、ムカつく!!」

羽織っていたショールを、クッションを、ヌイグルミを。

壁へ向かって力の限り叩きつける。

飾り棚に置かれた花瓶も、テーブルの上に置かれたお菓子も、とにかく目に付く物を全て床へ払い落とす。

オリヴィエの怒りが鎮まるまで、使用人達は部屋の外で息を殺してそれが過ぎるのを待つ。

だからオリヴィエのところには誰も来ない。

床に落ちた菓子は貴族が食べるものにしては質素で、母親がどこかの孤児院から買い上げたものだと分かった。

可愛らしい布の袋に入っていたが、落ちた拍子にリボンが解けて中身が散らばっている。

オリヴィエはそれをぐしゃりと踏みつけた。

「何でアリスティードにもロイドウェルにも近付けないのよ?! これじゃあトゥルーエンドに入れないじゃない!!」

既に教員であるリシャールは仕方がない。

学院に入学後、原作通りに親しくなればいい。

だがアリスティードとロイドウェルに全く近付けず、このままでは入学後にイベントをこなさなければならなくなる。

アリスティードとロイドウェルのイベントは基本的に被っていることが多く、両方を同時に攻略することは難しい。

だから早い段階から別々に攻略して、トゥルーエンドを目指そうと考えていたのに……。

「ヒロインである私に対してあの反応っておかしいでしょ?!」

今夜開催された王家のパーティー。

アリスティードの誕生祝いであった。

成人を迎えたため、パーティーは盛大なものとなり、国中の貴族達がこぞって出席した。

オリヴィエも自身の可愛さを際立たせるために着飾って出席した。

他の貴族達は地味な格好ばかりなので、華やかな装いでオリヴィエの可憐な外見を最大限使ってアリスティードの好感度を上げようと思っていた。

……貴族って言うわりにセンスがないのよね。

その点、オリヴィエは違う。

きっと貴族の令嬢達の中で、一際可憐なオリヴィエを見て、アリスティードも恋に落ちるだろう。

レアンドルは既に攻略した。

手紙では二人の繋がりを隠すために、パーティーでは近付かないようにしようと決めてあったので、会うことはなかった。

レアンドルとは友人以上になるつもりはないが、それでもオリヴィエを想っていることが伝わってきて、オリヴィエを良い気分にさせてくれる。

アンリはあの謝罪の手紙以降、いくら手紙を送っても返事は戻って来なかった。

……きっと婚約者が我が儘を言ってるんだわ!

アンリとオリヴィエはただの友人同士なのに、きっと、他の女性と仲良くするのが許せないタイプの女性なのだろう。

……ああ、可哀想なアンリ君。繊細な子なのに。

自分の好みのタイプではないけれど、可愛らしい男の子は見ていると癒される。

少し気の弱いところが母性本能をくすぐられる、というゲームファンの言葉も頷ける。

今は離れ離れだが、学院に入学すればまた会える。

リシャールと同様に学院で何とかすればいい。

問題はアリスティードとロイドウェルだ。

以前、城で開かれたガーデンパーティーでわざとロイドウェルにぶつかって繋がりを持とうとしたのだが、あの時は何故かすぐに逃げられてしまった。

その後はイベントが発生するだろう場所に行って、また会えるのを待ったが、それは叶わなかった。

それどころか最近は全く見かけない。

婚約者も出来たそうだ。

……原作通り、どうせリュシエンヌでしょ。

オリヴィエはリュシエンヌには極力近付かないようにしていた。

学院で盛大にオリヴィエを虐めて攻略対象達から断罪される、あのイベントのために、残しているのだ。

今、会って虐められても意味がない。

「そんなことよりも、何でアリスティードに近付けないのよっ」

思い出して苛立ち、その場で地団駄を踏む。

お祝いの言葉を告げるために近付いた。

大勢のご令嬢や貴族達を押し退けて、オリヴィエはアリスティードに挨拶したが、アリスティードの反応は他の者にするものと少し違った。

ただ一言「ああ、ありがとう」としか言わなかった。

他の貴族や令嬢は「出席してくれて感謝している」「贈り物ありがとう」「父君にもよろしく伝えてくれ」など、会話が続いていたのに。

オリヴィエは会話を続けられなかった。

しかも他の令嬢達は、そんなオリヴィエを鼻で笑ったのだ。

「ご覧になりまして? あの方、他のご令嬢を押し退けて王太子殿下に近付いて行きましたわ」

「ええ、押し退けられた方は大丈夫かしら?」

「しかもあんな格好で。まるで自分が今夜の主役とでも言うような派手さですわね」

「そういえば王太子殿下やその側近の方々に近付いているご令嬢がいるそうですね」

「まあ、皆様もう婚約者がいらっしゃるのに?」

アリスティードと会話が続けられず、ぽつんと取り残されたオリヴィエを見ながら令嬢達がヒソヒソと話しているのが聞こえてきて、オリヴィエは腹が立った。

「言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ」

ヒソヒソと話していた令嬢達のところへ向かう。

しかし令嬢達は「何のことでしょう?」「まあ、怖い」と扇子で顔を隠しながらクスクスと笑うばかりだった。

明らかに相手にされていない。

腹立たしさはあったが、そんなことよりもアリスティードとロイドウェルのことだと考え直して、その場を離れた。

もし人の多いパーティーでなければ、オリヴィエは怒りのままに令嬢達を平手で打っていただろう。

「あ、いた……!」

だがそれはヒロインらしくないから我慢した。

アリスティードとロイドウェルを見つけた。

どうやらリュシエンヌも原作通り、あの二人にくっついているらしい。

……やっぱりリュシエンヌって嫌な女ね。

ロイドウェルという婚約者がいるのに、別の男を侍らせている。

顔は見えないけれど茶髪のその男の腕に、自分の手を添えて、それがさも当然という風だった。

あれではロイドウェルが嫌がるのも当たり前だ。

それにしてもこの世界のドレスは地味だと思う。

あのリュシエンヌですら、その程度のものかと思うようなドレスを着ている。

……それに比べてわたしのドレスは可愛くて華やかで素敵よね。

ゲームではリュシエンヌも華やかなドレスを着ていたが、もしかしたら、あれは悪役として目立たせるためだけに描かれていたのかもしれない。

リュシエンヌもその横にいる男もオリヴィエに背を向けていて顔は見えない。

……早くリュシエンヌから離れてよ。

オリヴィエのその願いは虚しく、アリスティードとロイドウェルの傍にリュシエンヌが居座り続けた。

そのせいでオリヴィエは二人に近付けなかった。

「全く、存在自体が悪役だわ!!」

落ちていたクッションを蹴り飛ばす。

結局、今夜の誕生パーティーは無駄足だった。

……原作通り学院でイベントを発生させるしかないのかしら。

爪を噛み、オリヴィエは舌打ちをこぼす。

そして荒れた部屋に気付くと声を張り上げた。

「ちょっと! 部屋が汚れてるわよ! 誰か片付けなさい!!」

廊下に控えていたのか使用人達が入ってくる。

こんな荒れた部屋では気分が悪いと、オリヴィエは使用人達に片付けを押し付け、出て行ったのだった。

* * * * *

その日、アリスティード殿下の誕生パーティーにレアンドルも出席していた。

十六歳の成人を祝うパーティーということもあって、普段よりも華やかで盛大なものだった。

午前中には王太子として貴族達の祝福と挨拶を受け。国民へスピーチをし、夜は誕生パーティー。

彼が十二歳で立太子した時と同じである。

あれから四年経ち、成長したアリスティード殿下は王太子としての威厳を持った素晴らしい人物となった。

学院へ通いながら王太子としての公務に臨み、忙しい中でも剣や魔法の鍛錬を欠かさず、時間があれば孤児院への慰問やお忍びで城下の様子を見に出掛ける。

いつ休んでいるのか心配になるほどだ。

……いや、心配をかけているのは俺の方か。

レアンドルは婚約者を家へ送り届けた後の馬車の中で、一人、深く溜め息を漏らした。

アリスティード殿下はレアンドルに度々、婚約者との関係はどうかと問いかけてくる。

他の側近達にもそうらしい。

レアンドルが「良好です」と言うと、殿下はホッとしたような、けれど何か言いたそうな顔をする。

それに「どうかしましたか?」と尋ねても、アリスティード殿下は「いや、良好なら良いんだ」と首を振る。

そうして決まってこう言うのだ。

「貴族は噂好きが多いからな。行動には気を付けるように」

アリスティード殿下は妹の王女殿下がベールで顔を隠していたことで、良からぬ噂が流れた時に非常に憤慨していた。

そのことがあったからだろうか。

貴族達を少し気にし過ぎなところがある。

だがそれも王族として必要なことかもしれない。

座席に背中を預け、レアンドルはぼんやりと馬車の天井を見上げた。

「オリヴィエ……」

今夜のパーティーにオリヴィエもいた。

少々華やか過ぎるドレスではあったが、彼女にとても似合っていて、可憐だった。

まだ婚約者はいないのだろう。

一人でいる姿を見て、あの横に立てたら良かったのにと思ってしまった。

彼女はアリスティード殿下に挨拶に行ったけれど、どうやらその少し華やかな装いが殿下には好まれなかったらしく、遠目にも素っ気なくされているのが見て取れた。

その後、周囲にいたご令嬢達がオリヴィエを見ていたので、恐らく何か彼女のことを話題にお喋りをしていたのだろう。

オリヴィエは怒った顔をしたものの、すぐにその場を離れてしまった。

もしかしたら傷付いているかもしれない。

思わず駆け寄りたくなってしまった。

でも俺の横には婚約者がいた。

放り出すことは出来ない。

胸の内を押し隠して、レアンドルは婚約者と共にアリスティード殿下へ挨拶に向かった。

殿下は婚約者と並ぶレアンドルを見て、嬉しそうにしており、その表情を見ると胸がチクリと痛んだ。

殿下や父を騙している自覚はある。

婚約者を裏切っている自覚もある。

しかしレアンドル自身にもどうしようもなかった。

心がオリヴィエを求める。

それを抑え込むだけで精一杯だった。

「あと少し、少しだけ……」

いつか、必ず諦めるから。

レアンドルは小さく唇を噛み締めた。