軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リュシエンヌの秘密

「ああ、疲れた……」

ベッドへ転がりながら思わず声が漏れる。

初めての公務は何とか乗り切れた。

エカチェリーナ様の後には大勢の貴族達に話しかけられたけれど、自分達の主催するお茶会への遠回しなお誘いだったり、お兄様やお父様と縁を繋ごうとする人だったりがほとんどだった。

中には品定めでもしているかのようにわたしの顔を凝視する人もいた。

……まあ、そういう人とは言葉を交わさなかったけれどね。

貴族の人達と話をしているうちに終わってしまった。

でも大きなミスはしていなかったと思う。

パーティーが終わり、お父様が挨拶をして、王族であるわたし達は退場した。

その後、軽食を摂りながらお父様とお兄様と少し情報交換のために話をして、お兄様が馬車で離宮まで送ってくれた。

帰ってきたら入浴して、寝る支度を済ませて、ようやくホッと一息吐けたのだ。

ルルが椅子に腰掛けて小さく笑った。

「お疲れ〜」

「うん、ルルもお疲れ様」

体を起こせば、ルルが視界に映る。

わたしが入浴している間にルルも着替えて、ラフな格好になっていた。

今は寝室にルルとわたしだけだ。

一応、リニアさん達のいる控えの間に続く扉は少し開けてあるけれど、小さく喋れば話し声までは届かない。

起き上がったわたしの横にルルが移動してくる。

その手にはブラシが握られていた。

ついでとばかりに果実水の入ったグラスを渡されて口を付ければ、やはり慣れた味である。

わたしが寝る前に髪をブラッシングするのがルルの日課だ。

それをいつも果実水を飲みながら、わたしは終わるのを待つのだ。

背中を向ければルルがわたしの髪を一房とって、丁寧にブラシで梳いていく。

お互いに会話はないけれど心地好い沈黙だ。

……話すなら、今だよね。

ドキドキと心臓が早鐘を打つ。

少しだけ体の内側が緊張でヒンヤリした。

手元のグラスの中身を一口飲んで舌を湿らせる。

「あのね、ルル……」

わたしが呼ぶと後ろから「うん」と返事があった。

「ルルに秘密にしていたことがあって」

髪を梳くルルの手は止まらない。

また「うん」と相槌が打たれる。

小さく息を吸い込んだ。

「わたし、前世の記憶があるの」

ルルの手は止まらない。

「ゼンセってなぁにぃ?」

不思議そうな問いにちょっと考える。

「えっと、わたしがわたしとして生まれる前に、こことは別の世界で、別の人間だった人生っていうのかな」

……そっか、輪廻転生の概念がないんだっけ。

ルルは黙って聞いている。

「前の世界には、死んだら別の人間や生き物に生まれ変わるって考えがあって、わたしはリュシエンヌになる前の別の人生も覚えているの」

怖くて振り返れない。

震えそうになる声を何とか絞り出す。

「そこでは勉強も凄く進んでいて、それを学んだ記憶があるから、わたしは人より勉強が得意なの。……でも、生まれる前の記憶があるなんて気持ち悪いでしょ?」

この世界にはない概念だから。

頭がおかしいと思われるかもしれない。

他の人はともかく、ルルにそう思われて嫌われるのだけは何よりつらい。

震える手をギュッと握り締める。

ふわ、と温かなものに包まれた。

「気持ち悪くない」

真後ろでルルの声がして、ようやく、背後から抱きしめられたのだと気が付いた。

「つまり、リュシーはリュシーになる前に、別の人間として生きてた記憶があるってことだよね?」

確認してくるルルに頷き返す。

「うん、こことは別の世界で生きてたよ」

「何で違う世界って分かったの?」

「生活が全然違うから。……それに」

「それに?」

促されて一瞬躊躇う。

大丈夫だと言う風に抱き締める腕に力がこもった。

「この世界はわたしが遊んでいたゲームに近い世界だったから」

「ゲーム?」

そこからは原作ゲーム『光差す世界で君と』についての説明をすることになった。

ゲームは主人公の女の子が攻略対象と呼ばれる複数の男の子達と出会い、互いを知り、そしてその中で主人公と誰かが恋愛を育んでいくという物語であること。

それは分岐があり、主人公がいくつもある選択肢を選ぶことで未来や恋愛を育む攻略対象が選択されること。

この世界はそのゲームに非常に似通っており、お兄様やロイドウェルも攻略対象であることも伝えた。

「ルルもね、攻略対象なの」

ピタリとルルが止まった。

「つまりオレのことは知ってたってこと?」

ルルの問いかけに、首を振る。

「……うん、わたしが知ってたのはルルの見た目と名前と職業だけ。別に売られる予定の、追加のゲームでルルが出るらしいんだけど、わたしは買う前に死んじゃったから。……騙しててごめんなさい」

ルルの手が離れる。

ハッとして振り向けば初めて見る無表情と目が合った。

「リュシーはオレがその、攻略対象? だから好きになったの?」

わたしは思わず叫んだ。

「違うよ! ルルがルルだから好きになったの!! ゲームなんて関係ない!! そんなんじゃなくてわたしは、ルルが、ルルだけがっ!!!」

何て言えば信じてもらえるのか。

ぐるぐると頭の中で思考が絡まり、うまく言葉が出てこなくて、涙が流れる。

ルルにきらわれたらいきていけない。

「お願い、嫌いにならないで……!!」

それでも怖くて手を伸ばせない。

振りほどかれたらと思うと伸ばせない。

頭の奥が痛くなって、呼吸が早くなる。

ルルに嫌われたら、わたしは、わたしは……。

むにっと両頬が挟まれて顔を上げさせられる。

「嫌いになんてならないよ」

ぼろ、と大粒の涙がこぼれた。

「……ほんと、に?」

「本当に」

ルルがハンカチを取り出してわたしの頬を拭う。

それでも涙が止まらない。

これは多分安堵の涙だ。

ルルがまた困ったような顔をした

「というか、リュシーこそオレのこと嫌じゃないの? オレ暗殺者だよ? ヒトゴロシだよ?」

ルルの手に自分の手を重ねる。

「知ってる。嫌じゃないよ。それも全部合わせてルルだから。わたしは今のルルだから好きになったの」

ふっとルルが笑った。

困ったような、泣きそうな、嬉しそうな、何とも言えない顔で、でも柔らかく微笑んだ。

「ありがと、リュシー」

こつんと額が重なった。

「それはわたしのセリフだよ。受け入れてくれてありがとう、ルル」

「まあ、リュシーが普通じゃないのは何となく理解してたからね。ゼンセの記憶ってやつがあるって分かって、むしろ納得した」

「納得?」

「昔から大人びてた所とか、物分かりが良かったこととか、何を教えても飲み込みが早いところとか、あの後宮で生き残れたこととかね」

学習能力の高さに関しては恐らくリュシエンヌの持ち前の記憶力の高さのおかげだと思うが。

「それでね、わたしはそのゲームの悪役王女なの」

ルルが眉を寄せた。

「悪役〜? 何それ?」

「主人公の女の子、ヒロインちゃんを虐めてお兄様やロイドウェル様との仲を裂こうとする意地悪な役」

原作でのリュシエンヌの行いも説明する。

お兄様ルートもロイドウェルルートも大体は同じ感じなので、説明は一度で済んだ。

ルルが小首を傾げた。

「リュシーはオレと婚約してるし、そこまでアリスティード達に執着してないよね? そのヒロインちゃん? が、あの二人に近付いても放っておけばいいんじゃない?」

「うん、そのつもり」

わたしが頷くとルルが眉を寄せた。

どうやら原作のお兄様達の、リュシエンヌへの行いが不満らしい。

それはリュシエンヌであってわたしではない。

あくまでゲームという物語の中の登場人物であり、今のわたしとは違うのである。

そう説明しながら何故か宥めることになった。

「原作は三年後、わたしが学院に入学してから始まるの。ヒロインちゃんも同じ歳だから」

ルルがぽんと手を叩いた。

「いっそ、そのヒロインちゃん殺しちゃえば?」

「えっ?」

ルルのとんでもない提案に慌てた。

「そのヒロインちゃんがいなくなれば、リュシーが酷い目に遭う未来は絶対に避けられるよ?」

「それはそうかもしれないけど……。名前も分からないし、その、ヒロインちゃんにルルが関わるのは嫌……」

「名前分からないの?」

「うん、ゲームを遊ぶ人が好きなように名前を変えられるから。元の名前の通りかどうか分からないの」

それにもしもルルとヒロインちゃんが出会って、そこで何か、ヒロインちゃんとルルとの間にやり取りがあったり、それでルルがヒロインちゃんを気に入っちゃったりしたら嫌だ。

ギュッとルルに抱き着く。

「ルルはわたしの傍にいて」

「そっか、分かった」

後ろに「でも残念」と続きそうな声音だった。

自分が暗殺者だと知られていると分かった途端に、過激な提案をしてくるとは。

でも何となくルルらしい。

思わずクスッと笑えばルルが小首を傾げた。

それに何でもないと首を振る。

「そのゲームの原作ってリュシーが学院に入ってからなんだっけぇ?」

ルルの口調が戻ったことで空気が緩む。

「うん、そうだよ」

「じゃあ学院に通うのやめたらぁ?」

「それはお父様にダメって言われた。わたしが学院に通わないと、お父様がわたしに十分な教育を受けさせていないって思われるかもしれないし、お父様もお兄様も学院に行って欲しいって」

わたしの我が儘でこれ以上お父様に迷惑をかけるわけにはいかない。

病弱なら通わないという選択肢もあったけれど、わたしは女神様の加護もあってか健康優良児である。

この七年風邪一つ引いたことがない。

ルルが「ん〜」と首を捻る。

「一年だけ通うのはぁ?」

「その一年の間に、さっき話したことが起きちゃうから……」

「そうじゃなくてぇ、確か学院って飛び級制度があったよねぇ?」

ルルの言葉に頷き返す。

学院にはルルの言う通り飛び級制度がある。

入学時に前以て飛び級制度に申し込み、入学試験の他に、各学年の学期末試験と同程度のレベルの試験を受け、合格すれば飛び級で上の学年に入れるのだ。

でもほとんど使われたことのない制度とも聞いた。

「リュシーが極力そのヒロインちゃんに近付かないようにするためには、学年を上げれば、教室も変わるでしょ〜? 例えばアリスティードに勉強を教わって、飛び級でアリスティードと同じ学年に入ればヒロインちゃんから離れられないかなぁ?」

ルルの言葉にハッとする。

学院に入学しないんじゃなく、飛び級で学年を上げてヒロインちゃんから離れる!

それならわたしとヒロインちゃんとの接点はない。

しかもお兄様やロイドウェルと行動を共にすることになるので、わたしの行動は二人に見られる。

わたしさえヒロインちゃんに近付かず、虐めを行わなければ、一年通って卒業出来る。

「ルルすごい! そうだよ、飛び級すればいいんだよね! お兄様に教えてもらえば多分いけるよ!」

「同じ教室で授業を受けたいって言えば、アリスティードなら喜んで勉強を教えてくれると思うよぉ」

……確かに!

パッとルルから離れてベッドを飛び降りる。

急いでテーブルへ向かおうとしたわたしをルルが抱えて止めて「明日のティータイムに直にお願いしなよぉ」と言う。

手紙よりもそちらの方がいいかもしれない。

「ルル、ありがとう!」

ベッドの上に戻されたのでもう一度抱き着いた。

飛び級制度なんてすっかり忘れていたが、これなら十六歳で学院を卒業出来るし、ヒロインちゃんとの接点が減るし、良い提案だと思う。

ルルが私の頭を撫でる。

「どういたしましてぇ」

公務に、王族の授業に、勉強に。

忙しくなるかもしれないけれど希望が湧いた。

それにルルのお嫁さんとして、学院を卒業したっていうのは欲しい。

別に誰に自慢するわけでもないが、ルルの隣にいて、恥ずかしくない経歴を持ちたい。

まずは明日、お兄様に聞いてみて、勉強を教えてもらえそうならお父様に許可をいただこう。

飛び級制度は古い制度だけど健在している。

それならきっと大丈夫だ。