軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

誕生パーティー(3)

お父様が手を上げれば拍手が止む。

「王家からの発表は以上である。今宵は我が娘の誕生と婚約の祝いのために、華やかなものになっている。皆、心行くまで楽しんでいってくれ」

ルルが下がり、お兄様がわたしの横に立つ。

お兄様にエスコートされながら階段を下った。

お父様も階段を下りて、一段高い場所にある椅子に腰掛けると穏やかな笑みを浮かべた。

わたしとお兄様は舞踏の間の中央に進み出ると向かい合って互いに礼を執り、体を寄せる。

視界の端でお父様が楽団に小さく手を振るのが見えた。

そしてダンスの音楽が流れ出す。

曲に合わせてダンスが始まった。

お兄様とはダンスを習い始めた時から相手を務めてくれていたから、お互い慣れたものである。

リードされながらステップを踏んでいく。

緊張したのは最初だけ。

お兄様のリードを受けたら自然と体が動いた。

「異議が出なくて良かったな」

安堵したようなお兄様の声に笑い返す。

「陛下であるお父様が決められたことに不服を言える人なんて、少ないと思います」

わたしとルルの婚約は国王が許可したもの。

それに反対するのは、王家の意向に逆らうようなものである。

「そうだけど、もしもということもあるだろう」

「もしも反対する人がいたら?」

「父上もそうだが、ルフェーヴルが怖いな」

「今だって私を睨んでいるぞ」とお兄様が苦笑した。

チラとルルがいるであろう方へ視線を向けてみるが、一瞬目が合ったルルがニコリと笑った。

「笑っていますよ?」

「それはリュシエンヌが見てるからだ」

「なるほど」

お兄様に嫉妬、しているのだろうか。

そうだったら嬉しい。

わたしを独占出来るのも、独占して欲しいのも、ルルだけだから。

やがてわたしとお兄様のダンスが終わる。

互いに礼を執ると、入れ替わるようにルルがやって来た。

今度は高位貴族達もダンスを踊るために、広いこの空間に入ってくる。

目の前で立ち止まったルルが手を差し出した。

「オレの可愛いリュシー。オレと踊ってくれる?」

周りに聞こえないような囁きだった。

わたしはその手に自分の手を重ねる。

「うん、もちろん」

ルルがふわっと笑った。

その綺麗な笑顔に女性達の視線が集まる。

でもルルはそんなことお構いなしだ。

お互いに手を繋いだまま礼を執り、体を寄せる。

「オレに身を任せて」

ルルの言葉に体の力が抜ける。

そして曲に合わせてルルのリードが始まった。

丁寧なリードで促された体が考えなくても動く。

この日のためにルルとずっと練習した。

まだまだ身長差があるため、最初は失敗していたけれど、お互いに段々とお互いの癖や歩幅が分かるようになった。

だからルルに身を任せるのは酷く安心する。

ルルはいつだって無茶なリードはしない。

わたしに寄り添った、わたしが一番綺麗に踊れるリードをしてくれる。

「ルルとこうして踊れるなんて夢みたい」

大勢の前で婚約者として踊る。

それがどれだけ幸せなことか今知った。

「オレもこんな風に誰かと人前でダンスするなんて夢にも思わなかったよ」

間延びしていない口調に、近い距離に、ドキドキと胸が高鳴った。

いつもわたし達はべったりしているけれど、こうして向かい合って、こんなに密着するのはあまりない。

キラキラとシャンデリアがルルの向こうで輝いて、ルルが嬉しそうに目を細めて笑っている。

「……嫌じゃない?」

「全然、リュシーはオレのだ〜って宣言してるみたいでむしろ気持ちいい」

「わたしも同じ気持ち」

ダンスの間は二人の距離が近いから、本当にお互いしか目に入らない。

優しいリードでダンスが進み、あっという間に一曲目が終わってしまう。

わたし達は一度止まったけれど離れはしない。

わたしもルルもお互いを見つめている。

「もう一曲終わっちゃったね」

自分でも思いの外に残念そうな声だった。

ルルがクスッと笑う。

「まだもう一曲あるよ?」

「でもこれで終わりでしょ? もっとルルと踊りたい」

「……そっかぁ」

ルルの灰色の瞳が微かに揺れた。

「じゃあ次はもっと記憶に残るダンスにしよう?」

音楽が流れ始め、ルルが動き出す。

ぐいっと体が引かれる。

「わ、」

先ほどのダンスとは動きが変わった。

お兄様のダンスが型通りに真面目で丁寧なものだとしたら、今度のルルはその反対だ。

型に沿ってはいるけれど、一つ一つの動きが大きく、まるで周りにパフォーマンスを披露してるみたいだ。

クルクルと回る時は右手から左手に、回転数が増えて、大きくターンする時は腰に両手を添えて持ち上げてルルごと回る。

パステルグリーンのドレスがふわりと空気をはらんで軽やかに膨らんだ。

それが次第に楽しくなってくる。

「ふふっ」

「あはっ」

どちらからともなく笑いが漏れる。

周りの視線なんてもう気にならない。

わたしとルルとで派手なダンスを踊る。

でも絶対にわたし達の手は離れない。

まるで、わたしとルルの気持ちを表したようだ。

ルルの手の上で転がされているみたい。

それが心地好い。

そしてダンスが終わった。

息の上がったわたしをルルがエスコートしてダンスの輪から離れ、お父様のいる場所へ向かう。

一段高いその場所には席が三つあった。

一つはお父様が座る場所。

一つはお兄様が座る場所。

最後にわたしが座る場所。

ルルにエスコートされて椅子に腰掛ける。

ホッと一息吐いていれば、ルルが飲み物を持ってきてくれたので、それに口を付ける。

……あ、これ果実水だ。

飲み慣れた味が口内に広がる。

わざわざ用意してくれたものだろう。

お兄様は他のご令嬢と踊っている。

恐らく高位貴族の婚約者候補達のうちの一人だろう。

そして次を待っているらしいご令嬢達が何人も見えるので、きっと、お兄様は全員と踊るのだと思う。

誰かと踊り、誰かと踊らない、といったことはしないのが真面目なお兄様らしい。

「ダンスは楽しかったか?」

お父様の問いに頷き返す。

「はい、こうして公の場で婚約者としてルルと踊ることが出来てとても嬉しかったです」

「そうか。今後はルフェーヴルと踊ることが多いだろうが、アリスティードもリュシエンヌが公務に出るのを楽しみにしていたんだ。たまには踊ってやってくれ」

ふ、と微笑んだお父様が言う。

「お兄様が誘ってくださるなら」

今後はルルがパートナーを務めてくれるだろうけれど、お兄様と踊るのも嫌いじゃない。

お兄様が誘ってくれたら踊ろう。

そうしてお父様と顔を見合わせて小さく笑う。

すすす、とわたし達の前に貴族の一人が進み出て来た。

どうやらこれから貴族達の挨拶が始まるらしい。

まずは爵位の低い順に。

基本的に祝いの言葉は決まっているので、それを述べられて、わたしもそれに一言返事をする。

気に入ったプレゼントを贈ってきた相手であれば更に二言三言続けることもあるが、残念ながら届いたプレゼントのほとんどはわたしの好みではなかった。

男爵や子爵は何とか記憶に残りたいのか話す時間を延そうとしたり、チラチラと視線を投げかけられたりしたけれど、わたしは全て微笑みで黙殺した。

伯爵にもそういう家はあったが、儀礼的に挨拶をして済ませる家の方が多かった。

伯爵位くらいだとそうそう 降爵(こうしゃく) がなく、かと言って簡単に 陞爵(しょうしゃく) することもないためだろう。

辺境伯からは代理が立てられていたが、皆、やはり儀礼的に済ませる者ばかりである。

辺境伯、侯爵、公爵になると、わたしの一言の後にお父様が話しかけることもあった。

特にアルテミシア公爵家は長かった。

アルテミシア公爵と長男と、次男のロイドウェルが揃って挨拶に来た。

どの貴族も自分の妻や子供を連れて挨拶していたのでそれ自体は珍しいことではないが、次男まで来たのはアルテミシア公爵家だけであった。

……まあ、ロイドウェルはお兄様ともわたしとも面識があるからね。

定型の祝いの言葉が述べられ、わたしはそれに一言答えた後、付け足した。

「アルテミシア公爵家よりいただいた贈り物の布は、どれもとても素敵でした。ありがとうございます」

アルテミシア公爵家から贈られたのは様々な色の布地達だった。

恐らくロイドウェル経由でわたしが装飾品はリボンしか身に付けないと知って、それに使える物を選んでくれたのだろう。

どれも肌触りが良く、滑らかで、長さもそれなりにあるので一つの布地からリボンだけでなくお揃いのハンカチも作れるほどだ。

しかもあえて刺繍や柄物ではないものなので、どこで切っても使いやすく、リボンやハンカチ以外の小物などにも使えそうな布地だった。

お父様と歳の近そうな公爵が軽く頭を下げる。

「殿下にお気に召していただけて何よりでございます」

わたしに贈られた物の目録はお父様も目を通しているので、頷いた。

「ああ、リュシエンヌはあまり高価な物や華美な物は好まないのでな、アルテミシア公爵家の贈り物は娘の好みのものだっただろう」

「さすがだな」とお父様が満足そうに口角を引き上げた。

アルテミシア公爵家は頭を下げたが、けれど、そちらも満足そうに微笑んだのが分かった。

身に付ける装飾品を贈るのではなく、あえて布地の段階で贈ることで使える幅が増える。

少なくとも、宝石や装飾品などは好みもあるし、わたしはそういう物をあまり付けないので、貰っても実は困る。

しかし布地ならリボンやハンカチ、ドレスの飾りや刺繍などにも使えるので手に取りやすい。

しかもどれも高品質の絹を丁寧にムラなく染めたものなので値が張るため、王女への贈り物として扱っても何ら問題がない。

「今後も良き働きを期待しているぞ」

お父様の言葉に公爵は「陛下のご期待に添えるよう精進して参ります」と丁寧に礼を執り、長男と次男と共に静々と下がっていった。

ロイドウェルがチラとこちらを見た。

この二年間、わたしとロイドウェルの関係は以前よりも大分良くなった。

十歳くらいまで、ロイドウェルはわたしを観察するような、探るような目で見てくることが多かった。

それが苦手だったのだが、その視線が少しずつ減り、気付くとなくなっていた。

今は友人の妹として接している感じがする。

だからわたしもロイドウェルには兄の友人として接している。

呼び方もお互い「リュシエンヌ様」「ロイドウェル様」に変わり、時々、お兄様と三人で勉強したりお茶会をしたりするようにもなった。

後から聞いたのだが、ロイドウェルはわたしがお兄様を脅かす存在になるのではないかと警戒していたようだ。

洗礼後しばらくしてそう打ち明けられた。

でもお兄様からわたしの意思やルルとの婚約を望んでいることなどを聞いて、自分の考えが杞憂であると理解したらしい。

あとお兄様について話すと物凄く食いついてくる。

たまにお兄様が席を立った時にロイドウェルとお兄様談義をするようになってからは、更に仲は改善された。

ロイドウェルは実はお兄様大好き人間なのだ。

もちろん、恋愛ではなく、親友としての好意であり、仕えるべき主君としても誇りを感じている。

お兄様の誕生日にカフスボタンを贈り、ロイドウェルにも同じデザインの色違いをこっそり渡したら凄く喜んでいた。

後でお兄様も「親友と揃いの物というのも良いものだな。ありがとう」と喜んでくれた。

ルルとの婚約、婚姻に関する件もロイドウェルは応援してくれている感じもした。

そういうこともあり、今では兄の友人として、友人の妹として、お互いそれなりに仲良くやっている。

ただロイドウェルはいまだにルルが少し苦手らしい。

ルルに「何かしたの?」と訊いても「オレは何もしてないよぉ」と言うだけだった。

オレは、と前置きをする辺りがちょっと気になるが、ルルが言う気がないのであればわたしもそれ以上深く突っ込むつもりはない。

ニコ、とロイドウェルに微笑み返す。

ロイドウェルは目礼しつつ下がっていった。

その後、いくつかの公爵家も挨拶を終えた。

今後公務で関わるだろう高位貴族達は顔と名前を一致させることが出来たものの、下位貴族はあまり顔を覚えられなかった。

数多くの貴族達が挨拶に訪れたので前半の人達の記憶がどうしても霞んでしまう。

そして後半の人達は比較的覚えている。

「さあ、リュシエンヌは好きにしておいで」

お父様の言葉に振り向く。

「お父様は皆様とお話なさらないのですか?」

「私はここにいる。今日はお前の誕生パーティーだ。料理を食べたり、誰かと踊ったり、好きにするといい」

「またルルと踊っても?」

わたしの問いにお父様がくく、と笑った。

仕方ないなと言いたげに眦を下げる。

「それは構わないが、必ず、二度続けて踊ったら、間に誰かを挟むか一旦休憩しなさい。三度連続は夫婦だけの特権だ」

「分かりました」

頷いて、ルルのエスコートを受けて立ち上がる。

とりあえずはダンスを終えて一休みしているお兄様の下へ向かうことにした。

お兄様は立て続けに何人ものご令嬢と何曲も踊っていたけれど、よく体力が続くなと思う。

元々剣の鍛錬で体力はあるだろうが、これで更に体力というか持久力がついたのかもしれない。

毎回こうでは疲れるだろう。

「お疲れ様です、お兄様」

飲み物片手に休んでいるお兄様へ声をかける。

お兄様はわたしを見ると微笑んだ。

「リュシエンヌもな」

どうやら貴族達からの挨拶を見られていたようだ。

「そういえばお兄様への挨拶はどうなるのでしょうか?」

「私はこれからだ。本当はもっと話したいところだが、離れたほうがいい。……ここにいると挨拶をしに来た者に捕まるぞ」

最後だけ小声で言われて頷き返す。

エスコートしていたルルが囁くように「もう一度踊る〜?」と訊いてきたので、深く頷いた。

「踊る」

お兄様が「行って来い」と笑った。

ルルに手を引かれてダンスの輪へ混じる。

そしてわたし達はまた二度続けて踊った。

今後もルルとお兄様以外、踊ることはないだろう。