軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ロイドウェル=アルテミシア(2)

「アリスティードはそれでいいのかい?」

見る限り、アリスティードは義妹である王女をかなり可愛がっている。

それに侍従と王女の話をしている間、アリスティードは始終苦しそうな表情だった。

……もしかしてアリスティード、君は……。

何と声をかけたら良いのか分からず、曖昧な訊き方をしたロイドウェルにアリスティードが困ったような顔をした。

「父上が決めたことだ。僕はリュシエンヌの兄で、リュシエンヌは僕の妹だ。何より、まだ死にたくない」

最後の言葉の意味は分からないが、アリスティードはどうやら自分の立場を受け入れているようだ。

それならロイドウェルが言う言葉はない。

「そっか。……良かったら王女殿下のこと、もっと教えてくれる?」

アリスティードが目を鋭くした。

「先ほども言ったがリュシエンヌはやらないぞ」

それにロイドウェルは苦笑する。

「違う違う。ほら、これからも会うかもしれないし、いつまでも親友の妹に怖がられたままっていうのはちょっと悲しいから、何とか怖がられないように出来ないかと思って」

「そうだな、ロイドはよくうちに来るし、親友が妹に怖がられたままというのも困る。それにリュシエンヌも十二歳になれば公務に出る。もう少し人慣れさせておかないとまずいかもしれない」

「でしょう?」

そうして、その日はアリスティードから王女の話を聞き出すことにした。

王女が王位を継ぐ気がないとしても、それは今だけかもしれない。

もし王位に関心を示した時、王女はアリスティードの脅威になり得る。

……近くで見張っていた方が良さそうだ。

* * * * *

「──以上の点から、今現在、王女が王位につく可能性は非常に低いと思われます」

ファイエット邸から帰宅したロイドウェルは、その足で父親であるアルテミシア公爵へ報告に向かった。

父親も王女の婚約者の話は聞いていなかったようだが、ロイドウェルほど驚きはしなかった。

「そういうことだったか」

「父上は何か既に聞き及んでいらしたのですか?」

「いや、仔細は知らぬ。だが王女をどう扱うか尋ねた際に『何れ表舞台から消える』とだけおっしゃられていた。もしや王女を亡き者にするのではとも考えていたが、その侍従と結婚させ、公の場から引き離すつもりだろう」

いくら王女と言っても、貴族でない者と結婚すれば王族の籍からは抜ける。

そうでなかったとしても王は王女を表舞台に残しておく気はないようだ。

「その侍従、名は何といった?」

「ルフェーヴルだそうです。茶髪に灰色の瞳の、とても見目の良い青年でした」

「その者についても調べておこう。お前は引き続き殿下のお側に控え、王女と出来るだけ親しくなっておくように。もしも王女が妙な気を起こした時は速やかに私へ報告を」

「分かりました」

父親の言葉にロイドウェルは頷いた。

王女の監視は親友を疑うようで少し心苦しいが、それでも、やめるつもりはない。

自分はアリスティードの親友であり、幼馴染であり、そして側近となる。

友情と等しいくらい忠誠心を持っているつもりだ。

親友を守るためならば何だってする。

アルテミシア公爵家は旧王家にも忠誠心を持って仕えていたが、結局、旧王家はそれを理解しなかった。

それどころか忠誠心を示せと、金を、女を、領地を差し出せと迫った。

従わぬ者は殺せと命令した。

もう、罪のない民を手にかけたくはない。

その思いからファイエット侯爵家を、クーデターを支援し、新王家に忠誠を誓った。

旧王家に媚びて甘い汁を啜っていた貴族達からは「不忠者」と後ろ指差されたが、その程度、痛くも痒くもない。

新王家に対して何かと突っかかっているが、やがて、その貴族達の家は衰退していくだろう。

アルテミシア公爵家が手を下すまでもない。

父親の書斎を後にしながら考える。

王女の監視を任されたが、当の王女は人見知りで、怖がられてしまっている。

すぐに親しくなるのは難しいだろう。

……さて、どうやって近付いたものか。

ロイドウェルは、とりあえずまずは食べ物や綺麗な物で釣ってみようと思いながら自室へ向かった。

父親との会話の一部始終を覗かれていることに、父親も、ロイドウェルも気付くことはなかった。

* * * * *

アルテミシア公爵邸から抜け出したルフェーヴルは、そのまま、古巣である闇ギルドへ足を向けた。

アリスティードの親友だというロイドウェル=アルテミシアは、アルテミシア公爵家の意向もあり、リュシエンヌの動向を把握しておきたいらしい。

ファイエット邸で顔を合わせた時、ルフェーヴルはロイドウェルに自分に近い空気を感じ取っていた。

自分が優先すべきもの以外は切り捨てられる。

大事なもの以外は興味がない。

そしてロイドウェルにとって重要なのは親友であり仕えるべき主人となったアリスティードだろう。

いつか主人の脅威になるかもしれないリュシエンヌを警戒しているのだ。

屋根から屋根へ飛び移り、空間魔法を展開して布を取り出すとクビに巻き、目的の建物の窓を風魔法で開けてそこへ飛び込む。

同時に風魔法で窓を閉める。

室内にいた用心棒達は武器を構えていたが、侵入者の顔を見るとそれらを下ろした。

「ちょ〜っとお邪魔するよぉ。アサドはいる〜?」

その緩い口調に用心棒達は頷いた。

「はい、書斎にいらっしゃるかと」

「分かったぁ」

そうして自分で扉を開けるとルフェーヴルは廊下へ出る。

元々窓の少ない建物で、廊下は窓がないので暗く、所々にあるランタンに明かりが灯っていなければ歩くのは難しいだろう。

ルフェーヴルは最上階の一つ下の階から入ったため、一階分、階段を上っていく。

最上階には特別な防御魔法が組まれているので、外から侵入するには手間がかかるため、ルフェーヴルは大抵一つ下の階から入っている。

一階から入ると、階段もさることながら、酒場で絡まれることも少なくないため、もっぱらこのような入り方だ。

階段を上って、歩き慣れた廊下を抜けるとローブ姿の用心棒が立っている扉があった。

そこへ真っ直ぐに向かう。

ローブ姿の用心棒は、訪れたのがルフェーヴルだと分かると扉を何度かに分けて叩いた。

中からベルの音が一度だけ響くと、用心棒は扉を開けてルフェーヴルを中へ通した。

「珍しいですね」

壁一面の本棚に、大きな執務机、来客用のソファーとテーブル、そして机に向かって置かれている革張りの椅子に座った人物がルフェーヴルへ言った。

基本的にルフェーヴルは仕事の依頼と任務完了の報告以外でここに来ることはない。

この建物内に専用の部屋もあるが、そこへは寝る時くらいにしか立ち寄らないため、ギルドの者でルフェーヴルの姿を知らない者も多い。

ルフェーヴルから進んでここへ来たのは片手で数えられる程度である。

「何か御用ですか?」

灰色がかった茶髪に暗緑の瞳、丸眼鏡をかけて、穏やかな微笑を浮かべたまま、闇ギルドの長は問う。

ルフェーヴルが来客用のソファーの背もたれに寄りかかるように座った。

「一つオネガイがあってねぇ」

その仕草に闇ギルドの長アサドは内心で驚いた。

どのような形であれ、座るということは、それなりに長い話をするつもりなのだ。

今までのルフェーヴルは依頼内容の確認と完了の報告をしたらさっさと出て行ったので、このように腰を据えることはしなかった。

「内容によりますが、聞きましょう」

アサドは持っていたペンをペン立てに戻す。

「これから多分、アルテミシア公爵家がオレの情報を欲しいって頼みに来ると思うんだよねぇ」

「情報を売るな、と?」

ルフェーヴル=ニコルソンという暗殺者に関する情報料はとても高額だ。

性格に難はあれど非常に優秀な暗殺者であり、間諜であり、変装や偽装の達人でもある。

闇ギルドではメンバーの実力に見合った額の依頼料が依頼主に請求されるので、その依頼料でメンバーの実力が分かるのだ。

そしてこの暗殺者への依頼額は最低でも金貨数十枚から始まると言えば、実力が、この闇ギルド内でも上位に位置することが窺える。

ルフェーヴルは今まで依頼を完遂出来なかったことがない。

その実績もあり、依頼料が高額なのだ。

この闇ギルドの稼ぎ頭の一人でもある。

そのような事情もあって、ルフェーヴル=ニコルソンという暗殺者に関する情報は高額で、ギルド側もまず誰かに売ることはない。

だがアサドの言葉にルフェーヴルは首を振った。

「その逆だよぉ。欲しがったら売ってやって〜」

それにアサドが目を丸くした。

「良いのですか?」

「うん、出来るだけ高値で売りつけちゃっていいよぉ。オレも今はお金が欲しいしねぇ」

「……確か今はファイエット邸で働いていたはずでは? かなり良い給金をもらっていると思うのですが」

情報を売る時、必ず本人の同意を得て闇ギルドはそれを売る。

誰に自分の情報が売られたか知っておけば、もし情報を買った相手に狙われても対処が出来るからだ。

それに本人の同意がなければ売ることは出来ない。

闇ギルドに所属した際に交わした契約にはそのように明記されているため、勝手に売り払えば、メンバーはあっという間にここから離れてしまうだろう。

ルフェーヴルは今まで何度か情報を売っているが、ほとんど、情報を買った相手を殺している。

今生きているのは現国王くらいかもしれない。

そしてこの暗殺者はどうしたことか、その国王のお膝元であるファイエット邸で、旧王家の生き残りである王女の侍従なんて職業についている。

突然、王女の侍従になるから今後の仕事は夜に出来るものだけ寄越せと言われた時はさすがのアサドも驚きに声を上げてしまったものだ。

そしてファイエット邸はかなり給金が良い。

昼間は侍従として、夜は暗殺者として働く生活を、ルフェーヴルはもう三年も続けていた。

二重の生活で金ならかなり溜まっているはずだ。

しかしルフェーヴルは「ん〜」と首を傾げる。

「お金貯めてるけどぉ、どれだけ必要か分からないしぃ、足りないかもしれないからさぁ」

一体、どれほどの金を、何に注ぎ込むつもりなのか。

ルフェーヴルは食住に関して興味が薄いことはアサドも理解している。

ギルド内にある部屋も最低限にしか使用されていないし、ここ三年は完全に空き部屋と化している。

この暗殺者が金を使うのは装備を整える時だ。

「何に使うつもりなのですか?」

よほど高い武器でも購入するのか。

アサドの問いにルフェーヴルが傾けていた首を戻す。

「あと八年したら結婚するからぁ、そのための準備金みたいな感じぃ?」

「…………は?」

けっこん、とアサドの口が音を出さずに動く。

「あなたが、結婚、するんですか?」

「そうだよぉ」

「失礼ですが、どなたと?」

「この国の王女サマとだよぉ」

アサドの頭は混乱した。

この人間として色々と欠落しているというか、間違っている、倫理観をあまり持たない男が結婚?

それも王女様とは、侍従として仕えているリュシエンヌ=ラ・ファイエット王女殿下のことか?

………………。

「まさか王女を攫うつもりではありませんよね?」

さすがに国を相手にはしたくない。

ルフェーヴルが「あはは〜」と笑う。

「違うよぉ。ちゃ〜んと王サマに許可もらってぇ、本人と約束したんだよぉ。十二で婚約してぇ、十六でお嫁さんにもらいますぅって」

ルフェーヴルの言葉にアサドはホッとした。

だが、同時に疑問が湧く。

「よく陛下のお許しが出ましたね」

旧王家の王女とは言え、王女は王女だ。

本来ならばそれなりに高い爵位の家に嫁ぐはずだろうに、それがどうして暗殺者の下へ降嫁が許されたのか。

ルフェーヴルが「ああ、それねぇ」と目を細めた。

「オレ以外の人間を婚約者にしたら、その人間を殺すって言ったんだぁ。オレってば意外と心狭かったんだねぇ」

けらけらと笑っているが笑い事ではない。

暗殺者が一国の王を脅したも同然だ。

「まさか、王女の侍従になったのは……」

「結婚するまで傍で守ってあげてるんだよぉ。あの子、新王家派からも旧王家派からも狙われてるからねぇ。何より一番近くで成長するの見たいしぃ、邪魔しようとする奴がいたら排除出来るしぃ?」

今度こそアサドは絶句した。

目の前の暗殺者がファイエット邸で侍従として働き始めたのは三年前。

現在、御歳八歳の王女はその時五歳だ。

五歳の子供を気に入り、その子供と結婚の約束をして、この三年間傍に居続けた。

しかも結婚に必要な金を貯金している。

色々と突っ込みたい部分はある。

五歳の子供相手に執着するのはどうかとか、よりにもよって何故王女なのかとか。

この暗殺者が誰かと共になるために動いているというのも信じ難い話だった。

だが、それならば辻褄も合う。

決して一つの依頼に時間をかけない暗殺者が、自ら国王の屋敷で王女の侍従として今まで隠していた素顔をさらしてまで働いているのか。

この三年間、二重生活を続けているのか。

まじまじと見れば、暗殺者はどこか楽しげだ。

「あなた、子供が好きなんですか?」

「オレが好きなのはその王女サマであってぇ、子供が好きってわけじゃないよぉ」

「そうですよね……」

実際、任務で暗殺対象が子供や赤ん坊であってもルフェーヴルは躊躇わない。

ファイエット邸は使用人達の忠誠心の高さ故に、内部の情報を得ることが難しい。

しかもルフェーヴルもいるので迂闊に間諜でも紛れ込ませようとすれば、即座に使い物にならなくされるだろう。

それにしても、この男が……とアサドはまるで奇跡を目にしたような気持ちになった。

必要とあらば自身の師や兄弟弟子ですら平然と殺しかねないルフェーヴルが、まさか唯一の存在を作るなんて思いもよらないことだった。

「とにかく、アルテミシア公爵家には情報売っていいよぉ。これでもかってくらいにふっかけてねぇ?」

ちなみに買い手から支払われた情報料は六割を闇ギルドがもらい、四割を情報を売られる本人へ支払われる。

「ああ、そうそう〜。オレ達に手を出そうなんて思えないくらい、えげつないのでよろしくぅ」

それはつまり、ルフェーヴルがこれまで何人暗殺してきたかということも流せということだ。

中には間諜のために拷問した記録もある。

今までのルフェーヴルの経歴を知っているアサドですら敵に回したくないと思うほどだ。

「分かりました。もしアルテミシア公爵家から調査依頼がありましたら、あなたのお望み通り高額で情報を売っておきましょう。……王女殿下との婚約や婚姻についても含んでよろしいですか?」

「うん、その辺も教えちゃっていいよぉ」

「では、そのように」

「よろしくねぇ」と言ってルフェーヴルは立ち上がり、扉を開けて出て行った。

元より、触れれば何が飛び出すか分からないような人間ではあったが、この短時間で何度驚かされたことか。

アサドは小さく息を吐く。

闇ギルドにアルテミシア公爵家から『茶髪に灰色の瞳の、ファイエット邸で王女殿下の侍従として働いているルフェーヴルという男』について情報が欲しいと使者がやって来たのは、その翌日のことだった。

アサドはルフェーヴルの要望通り、情報を売った。

情報の書かれた紙は特殊な魔法が付与されており、アサドの手を離れてから半日ほど経つと自然消滅するようになっている。

量がかなりあるため、良くても二、三人が回し読みするのが精一杯だろう。

しかも複製魔法は効かない。

売値は本来の値の三倍に近かったが、それでもアルテミシア公爵家の使者は有り金を全部はたいてルフェーヴルに関する情報を買ったのだった。

* * * * *