軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

遺跡探索(2)

その日も、遺跡の探索を終えたお父様達が天幕で話し合っていた。

かなり議論が白熱しているのか、天幕の外まで声が聞こえており、その様子からしてまた何か大きな問題が起こったのかもしれない。

天幕から漏れる声を、騎士や他の調査隊の人々も気にしている。

しばらくして、夕食前くらいになると天幕からお父様とスウェン様が出てきた。

スウェン様は苦笑していて、お父様も少し疲れている様子だった。

「お父様……お疲れのように見えますが、大丈夫ですか?」

声をかけるとお父様が「ああ」と眉を下げて困ったように微笑んだ。

「遺跡内部に方向感覚を狂わせる精神干渉系魔法がかかっているという話があっただろう? そのせいで同じ場所を回ってしまうんだ」

「目印はつけているんですよね……?」

「そうだ。それに同じ道を進まないよう、曲がった順も記しているんだが……気付くと同じ場所に戻ってきてしまってな。メガネをかけていてもこれだと、かけずに入った者はもっと迷うだろう」

「迷路みたいですね」

「遺跡というのは大抵、そのようなものだ」

……迷路かあ。

精神干渉系魔法を完全に無効化するのは難しいだろう。

……そういえば、元の世界では有名な迷宮の話があった。

「毛糸を使ったらいかがですか?」

「毛糸?」

「はい、毛糸玉を持っていって、進む度に毛糸を解いていくんです。本来は帰る道が分からなくならないようにするものですけど、毛糸の張っていない道はまだ通っていない、という目印になると思うんです」

「なるほど」

お父様が考えるような仕草をする。

方向感覚が分からなくなるなら、それに頼らず解決するしかない。

目印をつけるのも大事だけど、多分、目に見える形で通った道が判別できないと結局は何度も繰り返し迷うことになるのだろう。

お父様が何か思いついたというふうに顔を上げる。

「毛糸の案、役に立ちそうだ。……ありがとう、リュシエンヌ」

お父様に頭を撫でられる。

わたしが発案したものではないが、お父様の役に立てるならいいことだ。

お父様はすぐにまた天幕の中に戻ってしまった。

ルルとわたしは顔を見合わせ、ルルが肩を竦める。

「まだ時間がかかりそうだねぇ。オレ達は先に夕食摂って、休もっかぁ」

「うん、そうしよう」

あの様子だとしばらくは出てこないだろう。

今日は屋敷に戻らないので、夕食後はわたし達用の天幕でゆっくりしよう。

ルルと手を繋ぎ、大きな天幕から離れる。

……調査、進展があるといいなあ。

* * * * *

数日後、騎士が近くの街から大量の毛糸玉を仕入れてきた。

大きな箱にみっちり大きな毛糸玉が詰まっていて、全て色が違っていた。

やはり、遺跡調査で使うらしい。

お父様の話によると、毎日毛糸玉一つ分進むそうだ。

色を変えることで、いつ通った道なのか分かるし、遺跡調査に何日かかっているかも分かる。毛糸はかなり太いので軽く踏んだくらいでは切れないだろう。

罠を解除しながら進むので毛糸を床に垂らしていても困ることはない。

途中で毛糸に印を付けるそうで、帰りはそれを辿って戻ってくる。

お父様達はこの方法が正しく使えるかどうかも含めて調べるために、また遺跡内部に下りていった。毛糸の最初の端は外の太い木に括りつけてある。

……雨で毛糸が弱くならないかなあ。

と、心配していたら遺跡の外に出ている部分は強化魔法がかけられているようだ。

「ルル、散歩したいな」

わたしもルルも、遺跡調査に来てからはほとんど暇だった。

でも屋敷に帰っていると呼ばれた時に困るし、何より、わたし達が急に消えたら騎士や他の調査員達に怪しまれる。屋敷に帰るのも数日に一度、夜の間だけだ。

「いつもは川のほうばっかりだしぃ、反対の森も散策してみる〜?」

「うん、行ってみたい」

騎士に声をかけ、ルルと二人で少しだけ森の中を散策することにした。

この辺りは深い森で、整えられていないので足元は草や木の根が多い。

ルルが「足元に大きな根があるよぉ」「草に気をつけてぇ」と声をかけてくれるので、気をつけながらゆっくり歩く。木が大きくて、ほとんど日陰だ。

湿った土のような、草木の青い匂いが野営地より強く感じる。

「ん?」

チラリと視界の端に何かが見えた気がした。

足を止めて見れば、ルルが「どうかしたぁ?」とすぐに振り返る。

「あっちに何かあるみたい」

わたしが指差す方向にルルが顔を向け、首を傾げた。

視界には森しか広がっていないけど、何かを感じる。

「行ってみてもいい?」

「いいよぉ」

わたしが指差す方向に、ルルが前に立って向かう。

……うん、気のせいじゃない。

何か『波』のようなものを感じる。地震の揺れではなく、空気を伝って感じる──……表現するなら柔らかな小波のような不思議な感覚だ。

ガサリと茂みを抜ければ、少し開けた場所があった。

そこだけは木が生えておらず、ぽっかりと空が見えており、黄色い花が沢山咲いていた。その黄色い花畑の中心に女神様の像が建ててある。

「綺麗だね」

思わずそう言えば、ルルがまた首を傾げた。

「綺麗? ただの空き地だけどぉ?」

「え?」

ルルが花畑に目を向けたものの、その視線は女神様の像を通り抜けた。

……もしかしてルルには見えてない?

「黄色い花畑と女神様の像……見えない?」

「見えないねぇ」

……こんなに綺麗なのに。

花畑に近づき、手を伸ばせば、可愛らしい黄色い花が風に揺れる。

瞬間、ルルに「リュシー!」と抱き寄せられていた。

驚いて見上げれば、ルルも驚いた表情で花畑を見つめている。

今度はルルの視線が女神様の像に向けられた。

「……今は見える?」

「……うん、リュシーが手を伸ばしたら急に現れた」

よほど驚いているのか、ルルの口調が間延びしていない。

可愛らしい黄色の花畑の中、白い石材で造られた女神様の像がある。

女神様の像は、洗礼を受けた泉で見た、両腕を広げた姿だった。

……あの像から波が広がってる……?

近くに来て分かったが『波』はとても心地好い。

釣られるように歩き出したわたしの腕をルルが掴んだ。

それにハッと我に返る。

「あの像が気になるのぉ?」

「……うん、不思議な感じがするの。『波』が伝わってくるっていうか……」

「波?」

ルルがジッと像を見て、目を瞬かせた。

「……魔力、じゃないよねぇ? リュシーは魔力がないしぃ」

「この『波』は魔力に似てるの?」

「ん〜、似てるようで似てないようなぁ……オレも分かんないなぁ」

ただ、ルルも僅かながらに『波』を感じられるらしい。

でもわたしに言われるまで気付かないくらいだから、わたしが感じているよりもずっと小さな感覚なのだろう。よほど不思議なのか、ルルが上半身ごと首を傾けている。

「近くに行ってもいい?」

ルルが眉根を寄せて考える。

「オレも一緒なら、まあ、少しだけね……」

ルルがわたしの手を握る。何かあった時にすぐ助けられるようにだろう。

二人で黄色い花畑に足を踏み入れた。

花を踏むのは少し可哀想で、振り向いたが、踏んだはずの花は潰れていなかった。

ルルが歩いていくのでついていく。

そして、像の前に着いた。

「……コレ、遺跡と同じ材質じゃなぁい?」

ルルの言葉に、そう言われてみれば遺跡の入り口も内部も白い石材のようなもので造られていた。滑らかで、光が当たると僅かにキラキラしていて綺麗だ。

そっと手を伸ばし、女神様の手に触れてみる。

ふわっと黄色い花びらが散って、足元が光り輝いた。

「リュシー!」とルルに抱き締められ、光に包まれる。

眩しさに思わず目を閉じれば、慣れた浮遊感があり、足裏に固い感触が伝わった。

目を開ければ真っ暗だった。

ルルが「ちょっと待って」とゴソゴソと動き、ややあって小さな詠唱があり、パッと黄色い明かりが広がった。空間魔法からランタンを取り出してつけたのだろう。

ルルが片手をわたしに回しつつ、ランタンを掲げて辺りを見回した。

「……もしかして、遺跡の中?」

そこは八畳ほどの部屋らしく、四方の白い壁には彫刻が施されていた。

扉は一つ。そばには小さな枯れた噴水みたいなものがあった。

「そうみたいだねぇ」

「でも、部屋を見つけたって話は聞いてないよね……?」

「まだ未探索の場所なんじゃなぁい?」

ルルが空間魔法から何かを取り出した。

……あれ、そのメガネって……?

「それ『探知メガネ』だよね?」

「秘密だよぉ」

ルルが悪戯っ子みたいに楽しそうな表情で言う。

……あ、これ、お父様に黙って勝手に作ったんだ。

しかし、ルルとノワイエ宮廷魔法士が付与したのだから、二人は魔法式を覚えており、ルルが自分用にこっそりメガネを作るのは簡単だっただろう。

ルルがメガネをかけて視線を向ければ、明かりがつく。

ランタンをわたしに持たせ、ルルがもう一度室内を見回した。

「……この部屋に罠はないみたいだねぇ」

それにホッとしつつ、ルルに声をかける。

「ルル、ごめんね……その、わたしのせいで……」

「別に怒ってないよぉ。まあ、遺跡内では転移魔法が使えないみたいだけどぉ、食料とか水はそこそこ持ってるしぃ、義父上もオレ達の姿が見えなくなれば探すと思うよぉ」

「でも遺跡の中にいるのは分からないよね?」

「外で探知魔法を使えば近くにオレ達がいないことは分かるでしょ。……とりあえず、オレ達は出口を探すために遺跡の中を歩き回るしかないよぉ」

ここにずっといても、必ずお父様達が来てくれるわけではない。

脱出するには出口を見つける必要がある。

「さすがにルルも毛糸は持ってないよね?」

「持ってないねぇ」

そうなると、本当に歩き回るしかなさそうだ。

ルルがメガネをかけたまま、扉に近づき、ジロジロと観察する。

「この扉、取っ手がないねぇ」

え、と思って扉を見て、首を傾げた。

「取っ手、ここにあるよ?」

「ソレ取っ手なのぉ? 掴むところないじゃん」

言われて、なるほど、と気付く。

扉にある取っ手は丸いヘコみになっていて、いわゆるこの世界でよく見る『ドアノブ』ではない。そもそもこの扉は押したり引いたりして開ける造りではなかった。

「この扉は多分、横に滑らせて開けるんだよ」

「滑らせる?」

「うん、こうやって……」

取っ手に指をかけ、横に動かすと少し重いけれど、意外と滑らかに開いた。

ルルが目を瞬かせ、扉と壁を見ている。

「壁の中に扉が入るんだねぇ」

「元の世界でわたしが住んでた国は、こういう扉が多かったよ」

「へぇ〜」

ルルが真似して、扉を開けたり閉めたりする。

確かに、わたしも記憶を取り戻して以降、この世界でスライド式の扉を見たことはなかったので、きっと一般的なものではないのだろう。

満足したのか、扉を開けたままルルが廊下に顔を覗かせた。

左右を見て「近くに罠はないみたいだよぉ」と言う。

ルルと共にランタン片手に通路に出た。

ここは行き止まりにある部屋のようで、左手は壁で、右手に通路が広がっていた。

通路はやはり、壁に動物や植物の彫刻がされていて変化がない──……。

「んん?」

違和感を覚え、ランタン片手に壁に近寄った。

壁の彫刻を見たものの、彫刻の動物と目が合って思わず「ひぇ……」と声が漏れた。後退ったわたしをルルが抱き寄せてくれたが、警戒させてしまったらしい。

「リュシー、どうかした?」

「壁の彫刻の動物が、こっち見てる……」

「……うん?」

ルルが不思議そうに首を傾げて壁の彫刻を見る。

「……確かに、コッチ向いてるねぇ?」

それがどうかしたのか、というふうにルルが反対に首を傾げた。

もしかしてルルは壁の彫刻を気にしていなかったのだろうか。

部屋を出て正面の壁には、右に体を向けた動物達が彫られているけれど、その顔がなぜか全て、こっちに向いている。反対の壁も同じ方向に体を向けているものの、顔だけはこっちを向いていた。

……なんか、すごくゾワッとした……!!

精巧に彫られているからか、まるで本物の動物と目が合ったような気分だった。

「前に遺跡に入った時、わたしは罠が分からないから、ずっと壁の彫刻を見てたの。でも、その時は目が合わなかったし、彫刻の動物もみんな同じ方向を向いてた気がする……」

「まあ、これはなんか不気味だよねぇ」

「と、とりあえず通路を進もう? ちょっとこの彫刻、嫌かも……」

ルルが頷き、先を見ながらゆっくりと歩き出す。

忙しなくルルの視線が前方を見ているので、きっと『魔力の糸』で動く罠の位置を確認しているのだろう。時々、ルルが横に避けたり屈んだりする。

わたしは関係ないのでそのまま普通に歩いているが。

しばらく進むと分かれ道に当たった。分かれ道は四方に向かっている。

ルルがどの道を行こうか考えている間、わたしはそれぞれの道の壁を確認した。

「ねえ、ルル。やっぱり彫刻の動物の顔、向きが違うよ!」

先ほどまで歩いてきた一本道ではずっと動物がこちらに顔を向けていた。

だが、他の通路のうち二本は奥に向かって動物達が顔を向けており、一本は奥に背中を向けていて、通路によって動物の顔の向きが違うということが分かった。

ルルも興味深そうに壁の彫刻を眺める。

「ホントだねぇ」

「動物が向いているほうに何かあるのかな?」

「向いているほう、行ってみる〜?」

ルルの問いにわたしは頷いた。

「うん、わざわざ彫刻で向きを変えるなんて何か理由があると思う」

「そうだねぇ。どっちに行くか決めるのも大変だしぃ、試してみよっかぁ」

そういうわけで、わたし達は彫刻の動物達が向いているほうに歩き出した。

……ああ、やっぱりさっきのは気持ち悪かった。

ルルの後ろを歩きながら、こっそり鳥肌の立った腕をさする。

分かりやすい変化のおかげで彫刻に気付けたものの、あまり見たくないと思う。

しばらく、夢に出てきそうだった。