軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

遺跡到着

バウムンド伯爵領から更に東に二日、森の中を走った。

そうしてやっと、わたし達は深い森の中にある遺跡に到着した。

わたしは久しぶりに認識阻害のメガネをかけ、馬車から降りる。

……わ、思ったより人がいる。

いくつも天幕が張られていて、結構、大所帯だった。

そんなことを思っていると視線を感じ、振り向けば、男の人と目が合った。

……あれ、あの人って……。

ルルがポンとわたしの頭に触れる。

「リュシー、義父上が呼んでるからアッチ行こ?」

「あ、うん」

ルルと手を繋ぎ、大きな天幕に向かう。

中に入るとお父様とノワイエ宮廷魔法士、他にも今回一緒に来た調査隊の人達、そして先発隊だろう人々も集まっていた。

集まった視線に思わず立ち止まると、後ろから人が入ってきた。

「っと……失礼しました」

危うくぶつかりそうになったものの、ルルがすぐにわたしを引き寄せてくれたおかげでぶつかることはなく、わたしも思わず「いえ、こちらこそすみません」と返事をした。

お父様に手招きをされてそちらにルルと近づく。

「メガネを外しなさい」

「はい」

わたしがメガネを外すと、どよめきが広がった。

「今回の遺跡調査には娘の力も必要になるかもしれないと思い、同行してもらった。皆には後ほど誓約書を交わしてもらうが、娘がここに来たことは内密に頼む」

お父様の言葉にわたしは一礼し、挨拶をする。

「ニコルソン伯爵家の当主、ルフェーヴル=ニコルソンの妻リュシエンヌ=ニコルソンです。夫ともども、しばらくの間よろしくお願いいたします」

横でルルも一礼した。

「リュシエンヌは何度か会ったことがあるだろうが、私の側近の一人、スウェンだ」

「チャリス伯爵家の当主バッカス=チャリスの弟、スウェン=チャリスと申します。先ほどは失礼いたしました、伯爵夫人。どうぞスウェンとお呼びください」

オリーブグレーの短い髪を前で分けており、焦茶色の瞳をした、どこか優しそうな顔立ちの男性──……スウェン様はさっきわたしと目が合った人だった。

……やっぱりお父様の側近だった方だ。

見覚えがあるな、と思っていたが勘違いではなかったらしい。

「スウェンには今回の遺跡調査の先発隊を任せていた。こう見えて遺跡関連に詳しい上に、周辺国の言葉もよく知っていてな」

「ベルナール様、こう見えて、は余計ですよ」

「ははは、すまない」

お父様の側近の中ではあまり目立たない人だったけれど、そういうことだったのか。

「伯爵と夫人が来てくださり、嬉しいです。遺跡入り口の言葉は解読できたものの、その後はまったくどうにもいかず、手詰まりだったので……」

「『女神に承認されし王にのみ、過去は語られる』ですか?」

「はい、おっしゃる通りです。我々はその言葉を解読した時に、旧王家の成り立ちを思い出しました。旧王家は昔から『女神様の血を引く一族』と言われ、王位に就いておりましたので、その正統なる血筋の方がいらっしゃれば入り口は開くのでは、と」

「わたしもそうかもしれないと思い、ここに来ました」

他の人達が誓約書を書いている間、わたし達で話をする。

スウェン様の話によると、天幕を張っているここのすぐ向こうに遺跡があるようだ。

遺跡から随分近いなあと思ったが、どうやら遺跡の影響なのか、この辺りは野生の獣が近づかないそうで、天幕を張るのに丁度良いのだとか。

遺物らしきものはあまり転がっていないものの、元は女神様を 祀(まつ) っていた神殿が風化しかけ、今は地下にある遺跡の入り口だろう場所だけが残っている。

でも、その入り口だろう場所もまったく開く気配がない。

なんとか書かれた文字を読み取り、解読したのが、先ほどの言葉だった。

「文言もそうですが、近隣の村で聞き取りをしたところ、昔はここに女神様を祀る神殿があった。つまり、ここには確実に女神様と旧王家に関わる何かがあるはずなんです。これまでいくつかの遺跡を巡ったことはありましたが、未踏の地があるとは。これは歴史学者としても、遺跡好きとしても黙っていられなくて──……」

「と、いうふうに少々遺跡に関して過ぎるところはあるが、悪い男ではない」

お父様がスウェン様の言葉を切り、言う。

スウェン様もハッとした様子で「度々失礼いたしました」と頭を下げる。

……考古学者的な人なのかも?

「いえ、大丈夫です。わたしもこの遺跡のことは気になっているので、できることはなんでも協力します! わたしもアズール国の言葉は得意なほうなので、解読が必要な際はお手伝いします」

「ありがとうございます、伯爵夫人」

嬉しそうなスウェン様にわたしもニコリと微笑み返す。

……まさかこの世界で遺跡調査をすることになるとはなあ。

それから、少しずつ人を呼んでわたしについて説明していくそうで、わたしはメガネをかけ直してルルと一緒に天幕を出た。

主だった人には実際に外して見せたし、明日になったらメガネも要らなくなるだろう。

特にやることもなくて、草を食べてる馬を眺めて過ごす。

ルルも一緒になってそばにいるが、暇そうだ。

「うーん、暇」

「ヒマだねぇ」

「……歩き回ったらダメだよね?」

「この辺りは遺跡の中っぽいしぃ、リュシーは下手に動かないほうがいいかもねぇ。何かに触ったら変なものが動き出した〜とかありそうだしぃ」

「確かに」

よく物語だと遺跡の中を歩き回っていたら、うっかり入り口を開けちゃいました的な展開を見るけど、あれってすごく危ないし、単独で入っていくのはもっと良くない。

「遺跡ってどんな感じなのかな?」

「オレも詳しくはないけどぉ、そういうの専門のヤツらはたまにいたよぉ。遺跡には色々な罠があってぇ、それを潜り抜けながらお宝を見つけるんだってさぁ」

「わあ、本物のトレジャーハンター? 危なくないのかなあ」

「そういうのも楽しみの一つなんだろうねぇ」

ルルと並んで屈み込み、馬が草を食べているのを眺める。

森の中なので葉の擦れ合う音や小鳥の鳴き声などが聞こえ、穏やかな気持ちになる。

屋敷も森の中だが、ここはもっと鬱蒼としていて、森の匂いがする。

「近くに川とかあるなら釣りしてみたいなあ」

「多分あるんじゃなぁい? 水場から離れたところで野営はしないだろうしぃ」

「そっか」

「夜に帰った時に、女たらしから釣竿を強だ……借りてくるよぉ」

……今さらっと『強奪』って言おうとしなかった?

「クウェンサーさんって釣りするの?」

「たまにしてるらしいよぉ。使用人の何人かは釣り好きがいるみたいだしぃ、餌ももらってきて、二人で川釣りでもしよっかぁ」

「うん、やってみたい」

使用人のみんなは静かなので、釣りをしていても魚に逃げられることはなさそうだ。

そんなことを考えていると天幕からお父様が出てきて、辺りを見回し、わたし達を見つけると近づいてきた。

「何をしているんだ?」

「暇なので馬を見てました」

「そうか」

「近くに川があったら明日釣りをしようと思うんですけど、いいですか?」

お父様が目を瞬かせる。

「ああ、それだが、明日から遺跡調査を再開することになった。釣りはまた後日にしなさい」

「……分かりました」

なぜかお父様が小さく笑い、わたしの頭を撫でる。

「そう焦らずとも、遺跡調査は数日で終わるようなものではない。釣りをする時間などいくらでもある。釣り道具は屋敷から持ってくるのか?」

「そうだよぉ。家令の釣り道具借りてこようと思ってねぇ」

「そうか。あまり大きな川ではないが、気をつけるように」

ぽんぽん、とわたしの頭を撫で、お父様は離れていった。

……しばらくは森の中かあ。

でも、ここはここで新しい楽しみを見つけられそうだ。

* * * * *

「ってわけでぇ、明日から遺跡調査に入るよぉ」

ルフェーヴルの言葉に、足元で遊んでいた子供が顔を上げる。

「いちぇちぇ」

「オレ達は探検してくるけどぉ、オマエはココでお留守番ねぇ」

「あーぃ」

子供は遺跡よりも、今は魔法のほうに関心があるらしい。

リュシエンヌの書斎から持ってきた簡単な魔法書を開いて眺めている。

さすがにまだ文字を教えていないので読めないだろうが、中身は普通ではないので、もしかしたらなんとなく書物の内容を理解しているかもしれない。

ただ、魔封じを着けているので魔法を使うことはできないだろう。

先ほど初めて羽ペンを持たせてみたが、力加減が上手くできないようで、思いきりペン先を潰してしまい、手がインクまみれになっていた。

リュシエンヌは「やっぱりまだ早いよね」と笑っていたが、子供は少し悔しそうだった。

今は暖炉の燃えかすに布を巻いただけの炭で紙に絵を描いているが、それもまだ思うようにいかないらしく、たまに癇癪を起こしていた。

そうは言っても、しばらくすると落ち着いてまた描き始めるので酷くはない。

「遺跡は罠もあると聞きます、お気をつけください」

子供の侍従の言葉に、リュシエンヌは「うん、そうします」と頷く。

「あら、ティエリーは遺跡に入ったことがあるの?」

「いや、俺はない。知り合いがそういうのを生業としていて、よく話を聞いたんだ」

「へえ、世の中にはいろんな職業があるのね」

侍女と侍従がそんな話をしている。

この二人は恋人らしい。別に屋敷の中で恋愛をする分には構わないので、ルフェーヴルも黙認にしているが、リュシエンヌは仲の良さそうな二人にニコニコ顔で嬉しげだ。

「今度戻ってきた時に、どうだったかメルティさん達にも教えるね」

「はい、楽しみです。でも一番はリュシエンヌ様達が元気でいることですから、遺跡探検が面白いからと無理をしてはいけませんよ?」

「はーい」

まるで姉のようにリュシエンヌに注意をする侍女に、リュシエンヌはやはり嬉しそうに返事をした。真似をして子供も「あーぃ」と両手を上げる。

ルフェーヴル以外の全員が微笑ましい、という顔をした。

ふとルフェーヴルは思い出し、兄弟弟子に声をかける。

「そぉそぉ、女たらしから釣竿借りといて〜。あと餌も。多分、向こうでヒマになるだろうから、リュシーと釣りでもしようかなぁって思って〜」

「かしこまりました」

兄弟弟子が一礼して下がっていく。

「あの遺跡で見つかったものってどうなるのかな?」

「多分、国のものになるんじゃなぁい? 義父上が個人で保管するより、旧王家に関係することなら国で管理しておいたほうが無難でしょぉ」

「そっか。……せっかくなら、遺跡から出たものを集めて博物館とか作ればいいのに。見に来た人から入場料を取れば、維持費とか保存の費用に充てられるし、面白いと思うんだけどなあ」

リュシエンヌはよく面白いことを思いつく。

……遺物を集めた博物館ねぇ。

そのための建物やら警備やらを考えると手間だが、物好きは集まってきそうだ。

「義父上に言ってみたら〜?」

「うーん……やっぱり、やめとく。お父様も忙しそうだし」

リュシエンヌが子供の頭を撫でながら首を横に振った。

昔から魔法が好きだったリュシエンヌだが、遺跡のことも気になるようだ。

子供は絵を描くことにも飽きたらしく、侍女に手を拭いてもらい、立ち上がるとルフェーヴルに手を伸ばしてきた。これは抱っこしてほしい時の仕草である。

子供をひょいと抱き上げ、膝の上に乗せる。

初めて抱いた時とは比べられないほど、ずっしりと育っている。

あの時は『これが本当に人間に育つのか』と疑問だったが、今は『小さな人間』という感じがする。まだ言葉も満足に話せないが。

「ちぇーえ……」

子供に呼ばれてルフェーヴルは返事をした。

「なぁに〜?」

子供はルフェーヴルの胸元に寄りかかると、ぺたりとくっつき、目を閉じた。

それから、面白いほど簡単に眠りに落ちた。

少し鼻水が詰まっているのか、ぷぅぷぅ、と寝息が響く。

「ふふ、ルド寝ちゃったね」

寝る時間にしてはいつもよりやや遅いので、頑張って起きていたのだろうか。

子供なりに両親と過ごす時間を増やそうとしていたのかもしれない。

何度子供を抱いても、このずっしりとした重さには少し慣れない。

慣れないというか、これほど小さいのにこんなに重いのかと驚かされる。

これから成長し、もっと大きくなっていくだろう息子だが、ルフェーヴルにはまだこの子供が自分ほどまで大きくなるという実感がなかった。

「ルドヴィク、寝かせてきて〜」

子供を侍従に任せれば、侍女と侍従が子供を連れて居間を出ていった。

途端に居間が静かになった気がする。

リュシエンヌが寄りかかってきた。

「……なんだか夢みたいだなあ」

「何が〜?」

「わたしがルルと結婚して、幸せで、子供も生まれて、もっと幸せで……昔は『ルルと結婚する』って分かっていても、具体的な想像はついていなかったから。……ルルと家族になれて良かった」

その言葉にルフェーヴルもリュシエンヌを抱き締めた。

「オレも、まさかこんなふうに家庭を持つとは思わなかったよぉ」

暗殺者は孤独に生き、孤独に死ぬ。

誰にも背中を預けないし、誰にも心を預けることはない。

そう思っていたのに、この十七年でルフェーヴルは変わった。

よく義父やアリスティードに『人間らしくなった』と言われてきたが、多分、本当にその通りなのだろう。リュシエンヌとの出会いがルフェーヴルを人間に変えていった。

それが嫌ではなく、むしろ心地好くて、守るべきものを持つ覚悟も知った。

……大人になってから成長するってこともあるんだねぇ。

昔のルフェーヴルは『余計なものがあると弱くなる』と思っていたが、それは違うと今なら分かる。

大切なものがあるからこそ守りたいと思うし、もっと強くなりたいと感じ、何がなんでも生き残ってやるという気持ちが湧く。

「でも、今はオレも幸せだよぉ」

「うん」

「それにルドヴィクの成長も楽しみだしねぇ」

息子が大きくなったら、ルフェーヴルの全てを叩き込む。

昔、師匠がルフェーヴルに全ての技術を教えたように、ルフェーヴルもまた、子にそれを受け継がせていく。当たり前のことだが、とても大切なもののように感じる。

「もうしばらく、一緒にルドを見守ろうね」

まだ死ねない、とルフェーヴルは笑いながら頷いた。

* * * * *