軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔力回復薬の行方 / 這いずり

* * * * *

「ねえ、ルル。魔力回復薬、作り方変わった?」

リュシエンヌにそう訊かれて、ルフェーヴルは目を瞬かせた。

「いんやぁ、そういう話は聞いてないよぉ」

「そっか。……じゃあわたしの味覚がまた変わったのかも」

手に持っていた魔力回復薬の、最後の一口をリュシエンヌが飲み干した。

子供を妊娠中、リュシエンヌは魔力欠乏症にならないために魔力回復薬を飲み、ルフェーヴルが定期的に腹の中にいる子に魔力を注いでやっていた。

出産後はそれがなくなったものの、リュシエンヌはしばらくこれを飲み続けていた。

腹から子供が消え、それでもリュシエンヌの中にはそれなりの量の魔力が残っており、一気にそれが抜けていくと弱っている母体に悪影響が出るかもしれなかった。

そのため、魔力回復薬で残った魔力を維持しつつ、飲む間隔を広げていくことで少しずつ体内の魔力量を減らしていった。

そして、これが最後の魔力回復薬だった。

もうリュシエンヌの体内に魔力はほとんどなく、これ以上、魔力回復薬を飲む必要はない。

「味、変わったように感じる〜?」

「うん、前は結構美味しく感じたけど、なんか、あんまり美味しくない」

「元々美味しくはないから、正常な味覚に戻ってきたってことだよぉ」

小首を傾げながらも瓶の蓋を戻したリュシエンヌの手から、それを受け取った。

子供が生まれる直前には毎日のように飲んでいたのに、出産後は五日に一度になり、一週間に一度になり、現在は二週間に一度にまで頻度が減った。

「もう飲まないかもって思ったら、もっと味わえば良かったかな」

と、言うリュシエンヌをルフェーヴルは抱き寄せた。

「美味しくないものなんて味わう必要ないよぉ」

その唇に口付ければ、魔力回復薬の味が微かにした。

唇が離れるとリュシエンヌに問われる。

「美味しくない?」

「美味しくないねぇ」

それにリュシエンヌがおかしそうに笑った。

リュシエンヌの声に反応したのか、子供用のベッドから「あーぅ!」と子供の元気な声がした。

侍女の一人が子供用のベッドに近づき、シャンシャン、と玩具を鳴らす。

そうして侍女がベッドの柵の中に玩具を入れて、渡せば、シャンシャンシャンッと勢いの良い音がして、子供の楽しそうな声が響く。

「魔力回復薬、結構お金かかったよね……?」

申し訳なさそうな顔をするリュシエンヌの額に口付ける。

「大丈夫だよぉ。アサドが割安で売ってくれたからぁ、普通に買うよりかは安かったしぃ」

「そうなの? ギルド長さんには良くしてもらってばっかりだね」

「まあ、その分、オレが沢山仕事こなして稼いでるからいいんじゃなぁい?」

ギルドランク一位のルフェーヴルには大量の依頼が舞い込んでいる。

それをルフェーヴルはできる限り受けているので、依頼料の何割かを受け取っているギルドもそれなりの額は稼げているはずだ。

その上でアサドが『便宜を図ってもいい』と言っているのだから、こちらもそれに乗っておけばいい。

「それでも、お礼を伝えてもらえる?」

「りょ〜かぁい」

子供用ベッドからは楽しげな声が聞こえている。

……魔力回復薬を買わなくなるだけでも、余裕ができそうだねぇ。

金銭面では全く問題はないが、やはり魔力回復薬にかかる費用は大きかった。

それがなくなるだけでもだいぶ変わってくる。

子育てというのは本当に金も手間もかかるものだと、ルフェーヴルは内心で小さく息を吐いた。

しかし、そう悪いものではない気がした。

* * * * *

「魔力回復薬だけどぉ、もう要らないよぉ」

ギルドランク一位の暗殺者、ルフェーヴル=ニコルソンの言葉にアサドは訊き返した。

「夫人のお身体はもう大丈夫なのですか?」

「魔力に関してはってところだけねぇ。まだ体のほうは完全回復とはいかないしぃ、妊娠中に体力も落ちちゃってるしぃ、まだ授乳もしてるから寝不足とかもあるんだよぉ」

「なるほど」

伯爵夫人──元王女殿下──は、できるだけ子育てを自分でしたいらしい。

だから代用品も使わず、授乳を続けているそうだ。

さすがに侍女達にも子育ては手伝ってもらっているようだけれど、普通の王侯貴族からすれば考えられないくらい子育てに参加しているだろう。

そして、それは目の前のルフェーヴルもそうである。

「お子様はいかがですか?」

「首がすわって、寝返りもできるようになったから、ベッドの中でよく転がってるよぉ」

口元を隠しているので、我が子について話すルフェーヴルの表情を窺うことはできない。

だが、その声はどこか機嫌が良さそうだ。

気分屋なところのあるルフェーヴルだが、アサドが予想していたよりもずっとしっかりと子育てに参加して、伯爵夫人の負担を減らそうとしているようだ。

「赤ん坊って思ったより握力があるんだよねぇ。今は手で掴んだものを全部放り投げるっていう遊びが好きらしくてぇ、シャンシャンとか積み木とか、何でも投げるかなぁ」

「シャンシャン……」

「そぉ、持ち手があって、こっち側に音が鳴るのが並んでるヤツ〜」

ルフェーヴルが説明して、何となく子供の玩具が想像できた。

だが、アサドが引っかかったのはそこではない。

暗殺者の口から飛び出した可愛らしい単語に驚いたのだ。

確かにその玩具の正式名称は分からないし、表現からしてそういった音のなるものなのだと理解できるが、赤ん坊や子供向けの単語が出てきたことの違和感が強い。

「オレのこの辺りにうつ伏せになって、顔に向かって投げてくるんだよねぇ」

この辺、と足の付け根辺りを叩き、ルフェーヴルが言う。

ルフェーヴルが夫人以外にそうやって触れさせていることにも驚いた。

子育てはするものの、必要最低限の触れ合いだと思っていたが、どうやら違うらしい。

「まだ赤ん坊なのにもう人の急所とか分かるのかねぇ」

「……ただ投げているだけだと思いますよ」

「やっぱりそう思う〜? でもオレ以外には投げないんだよぉ」

何だろうなぁ、とぼやくルフェーヴルは相変わらず実年齢より若く見える。

「父親に遊んでほしいのかもしれませんよ」

と、言えば、ルフェーヴルがキョトンとした顔で目を瞬かせた。

そして、灰色の目が柔らかく細められる。

「オレと? ……そうだとしたら、なかなか大物になりそうだねぇ」

「ギルドランク一位の 大物(あなた) の息子ですからね」

きっと、ルフェーヴルの息子も大物になるだろう。

その子が成人するまではさすがにアサドもギルド長を続けてはいないだろうが、いつか、ルフェーヴルの子供とは会ってみたいものだと思う。

……夫人に似ているのか、父親似か。

どちらにしても見目が良いことだけは確実だ。

* * * * *

「あーぅ……う!」

コロンと顔の横に積み木が転がってくる。

ルフェーヴルの足の付け根辺りにうつ伏せになって、子供が頭を持ち上げた状態で元気に手足をばたつかせている。

子供はルフェーヴルの上で積み木を投げる遊びがお気に入りらしい。

子供用ベッドの中でも投げているが、ルフェーヴルの上にこうして乗って、手の届く場所に積み木を置くと、ルフェーヴルの顔のほうに向かって投げる。

放り投げられても顔まで届くほどではないが、転がってはくる。

ルフェーヴルの顔のほうまで積み木が転がるとパチパチと両手を合わせて喜んでいる。

最近は手足の力がついてきて、ルフェーヴルの上から落ちそうになることもあるため、ルフェーヴルは床に敷いた絨毯の上に寝転ぶことが増えた。

ソファーでは授乳を終えたリュシエンヌが胸元を濡らした布で綺麗にしていた。

顔のそばに転がった積み木を拾い、子供の手の届く場所に戻す。

「ホントにコレ好きだねぇ」

ただ積み木を投げているだけのどこが楽しいのか。

小さな手が積み木をわし摑み、あむ、とかじりつく。

「食べ物じゃないよぉ。美味しくないでしょ〜?」

つん、と柔らかな頬をつつくと口から積み木を離し、放り投げる。

涎(よだれ) まみれの積み木がルフェーヴルの胸元に転がった。

子供の涎や小用については気にしていない。

まだ母乳しか飲んでいないからかさほど臭いはしないし、ルフェーヴルからすれば『汚物』の部類に入るほど汚いとも感じなかった。

ただ、鼻水や涎を垂らしている時は一応、拭ってやる。

「何度も投げるわりには届かないねぇ」

他の積み木を握った子供が、またそれを投げた。

今度は意外と飛距離が伸びて、ルフェーヴルの顎下くらいまで飛んできた。

「なぁんだ、やればできるじゃん」

積み木を拾い、もう片手で子供の頭を撫でる。

子供はキョトンとした顔でルフェーヴルを見つめている。

積み木を握らせるともう一度投げた。またルフェーヴルの顎近くまで遠く。

「そぉそぉ、物を投げる時は適当に放るんじゃなくてぇ、ちゃんと狙って投げないとねぇ」

積み木を拾い、また子供に持たせる。

ルフェーヴルが片手で自分の顔を指差したが、子供が投げた積み木は肩に当たった。

「ん〜、まだ分かんないかぁ」

「まだ生まれて半年も経ってないんだし、言葉は分からないと思うよ」

積み木を子供に渡していれば、リュシエンヌが言う。

子供は手にある積み木にまたかじりついた。

ここ数日は特に、口に物を入れようとすることが多くなった。

元より物への関心が強い雰囲気だったが、より色々なものに興味を感じているのかもしれない。

……それとも食欲旺盛なだけかねぇ。

相変わらず毎日リュシエンヌが授乳しており、子供はよくお乳を飲む。

「ん?」

体の上で子供がジタバタと動く。

その動きがいつもと少し違うことにルフェーヴルは顔を向けた。

小さな手がルフェーヴルの服を掴んだ。生まれた時から、小さいわりに握力がある。

ずり、と子供がルフェーヴルの上を、顔のほうに向かって僅かに移動した。

「へぇ」

「え?」

ルフェーヴルとリュシエンヌの声が重なる。

子供がまた手を伸ばしてルフェーヴルの服を掴み、少しだけだが、ずり、と前進した。

それに侍女達が「あら」「まあ!」と小さく嬉しそうな声を上げた。

これまでは寝返りを打つか、うつ伏せから顔を上げるかしかできなかった子供が初めて自力で移動した。

リュシエンヌが立ち上がり、ルフェーヴルの頭のそばに膝をついた。

「ルド〜、お父様とお母様のところまでおいで〜」

と、リュシエンヌがルフェーヴルの肩を叩く。

……いや、コイツがいるのオレの上だけどぉ?

思わず内心でルフェーヴルはそんなことを思った。

だが、子供はリュシエンヌに声をかけられ、ふやぁ、と顔いっぱいで笑う。

涎が垂れていることには目を瞑った。気にするだけ無駄である。

「おいで〜」

リュシエンヌの言葉に釣られるようにまた子供が、ずり、と前進する。

ずり……ずり……と息子が這い上がってきて、ルフェーヴルの頬に小さな手が触れた。

「わあ、ルドすご〜い! 初めて動けたね〜!」

リュシエンヌが小さく拍手をすると、子供も真似をして両手を叩く。

「床に柔らかい絨毯敷いたら動き回るかもねぇ」

視線でどうするか問えば、リュシエンヌが頷いた。

「試しにやってみようよ」

「そうだねぇ、動けるなら今のうちから体を動かして筋力をつけたほうがいいしぃ」

視線をそのまま侍女に向ければ、静かに「手配いたします」と言った。

とりあえず、ルフェーヴルは子供を抱きながら起き上がった。

暖炉で室内が暖かいとはいえ、子供の涎のせいで腹から胸元が少し冷たい。

近づいてきた侍女に子供を渡し、ルフェーヴルはシャツを脱いでそれを兄弟弟子に放る。

代わりのシャツを空間魔法から取り出して着た。

子供の涎で濡れることが多いため、空間魔法に何枚もシャツを入れておくのが癖になった。

以前はリュシエンヌのものが大半で少し自分のものを入れていたけれど、そこに子供に関わるものも加わって、空間魔法には常に色々なものが収まっている。

……暗殺者の空間魔法におしめが入ってるなんて、誰も思わないよねぇ。

そう思うとなんだかおかしくて、ルフェーヴルは小さく笑ってしまった。

リュシエンヌが不思議そうな顔をする。

「ルル、どうかした?」

「何でもないよぉ。赤ん坊って成長が早いなぁって思ってねぇ」

「確かに。この間、生まれたばっかりって感じなのにね」

リュシエンヌが真面目な顔で頷き返す。

生まれた時は赤くて小さくてしわくちゃだったが、今は小さいが人間だと認識できる。

少し前までは泣き続けて大変で、物を投げるようになったかと思えば、もう動き出す。

子供の世話をしていると一日がとても短く感じる。

立ち上がり、リュシエンヌと共にソファーに移動する。

リュシエンヌがルフェーヴルに寄りかかり、手が重ねられたので、握り返す。

「お兄様達の話は聞かないけど、あっちもすくすく育ってるのかなあ」

こちらの子供よりも少し先に、アリスティードの第二子が生まれている。

新国王となってからは特に忙しいようで、ここ最近はあまり連絡が取れていない。

義父のところに定期報告に行った時に聞いたが、王妃はもう社交界に復帰したそうだ。

子育てを乳母に任せるため、体調が戻ればすぐに公務や社交界にでなければならず、産後の体で動き回っていて夜は疲れて早く休んでしまうらしい。

あちらの子については興味がないので訊いていないが、何も言わないということは、問題なく育っているのだろう。

たまに連絡を取り合えても手短になるため、互いに必要最低限になっていた。

「大丈夫じゃなぁい? 王妃ももう復帰してるから、忙しいだけだよぉ」

「え、もう? お義姉様、大丈夫かなぁ……」

同じく出産を経験しているからか、リュシエンヌが心配そうな顔をする。

「向こうには宮廷医官もいるしぃ、王妃も体調はしっかり管理できてると思うよぉ」

「そっか、それもそうだよね」

「そぉそぉ」

リュシエンヌを抱き寄せて口付ける。

「リュシーは自分の体を大事にしてよねぇ」

他の誰よりも、ルフェーヴル自身よりも、リュシエンヌが大事なのだから。

子供が生まれた分、軽くなっただけとリュシエンヌは言うが、確実に妊娠前より痩せている。

「うん、ありがとう。ルルもルドのお世話をしてくれて嬉しいけど、体を大事にしてね」

「そうするよぉ」

子供が成人するまで見たいとリュシエンヌが言う以上、ルフェーヴルも死ぬわけにはいかない。

……オレが自分の命を気にかける日が来るとはねぇ。

誰かを殺す以上、殺されたとしても文句は言えない。

それでも、何となくルフェーヴルも『生きてみたい』と思う。

自分の血を受け継いだ子供の能力がどの程度のものなのか、見てみたい。

そういう意味では、今後の楽しみとも言えるのだろう。

* * * * *