軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

オモチャ / ご挨拶

魔の三週間を終え、出産から二ヶ月。ルドヴィクの機嫌が良くなった。

あんなにぐずって泣いていたのが嘘のように、今は機嫌が良い。

ベビーベッドにいるルドヴィクの前で、ルルが木製のオモチャを鳴らしている。

カランコロンと木同士がぶつかる優しい音にルドヴィクが手足をばたつかせた。

「『魔の三週間』って何だったんだろうねぇ」

ルルが不思議そうに言う。

ルルとリニアお母様達侍女三人のおかげで乗り越えられたが、魔の三週間のルドヴィクは本当に大きな声で泣くので精神的につらい時もあった。

……赤ちゃんの泣き声ってすごく耳に残るんだよね。

今でもルドヴィクが、ふぇ……、と泣きかけると体が反応してしまう。

たった三週間のことなのに『泣いたら抱く』という癖が体に染みついたようだ。

手を伸ばしたルルが小さな手に触れば、キュッとルドヴィクがルルの指を握る。

数秒それを眺めていたルルが小さな手から指を抜き、持っていた木製のオモチャ──……ガラガラの持ち手をルドヴィクに差し出した。ルドヴィクの手には大きいが、それでも、しっかりとルドヴィクがガラガラの持ち手を握った。

「ほら、鳴らすよぉ」

小さな手の上からルルの手が包み、支え、ガラガラを鳴らす。

カラコロ、カラコロとオモチャが鳴るとルドヴィクが楽しげな声を上げた。

自分の手の動きに合わせて音が鳴るのが楽しいのだろう。

「これなら赤ん坊用のオモチャも掴めるかもねぇ」

ルルの言葉にリニアお母様がオモチャを差し出した。

木製で、小さな楕円形の輪に小さな金属製の飾りがついているオモチャだ。鳴らすと金属同士がぶつかって可愛らしくシャンシャンと鳴る。これを与えるのは初めてだが、どうだろうか。

気になってソファーから立ち上がり、ベビーベッドのそばに置かれた椅子に移動する。

ルルが小さな手からガラガラを抜くとルドヴィクが、ふぇ……、と泣きそうになる。

けれどもルルはルドヴィクが泣く前にその手にシャンシャンを握らせた。

ルドヴィクが灰色の目を丸くしてジッと自分の手にあるものを見つめている。

落とさないようにルルが手を添えていて、軽く揺らせば、シャン……、と小さく音が鳴った。

もう一度、揺らして鳴らす。

ルルが手を離すとルドヴィクはしっかりとオモチャを握っていた。

揺らすというより、腕ごとオモチャを振り回す。

オモチャがシャシャンと鳴る。ルドヴィクが音に反応して手足をばたつかせ、また鳴った。

シャンシャン、シャンシャン、と鳴らしてルドヴィクが遊んでいる。

「赤ちゃんって成長が速いんだね。こういう遊びってもっと先かと思ってた」

思わずベビーベッドを覗き込むと、ルドヴィクの手からシャンシャンが落ちる。

ベッドに落ちたそれを拾い、ルドヴィクに持たせてあげたが動かない。

「坊っちゃまはいつも手足を動かしているので、他の子より筋肉がついているのかもしれませんね」

リニアお母様の言葉に、なるほど、と思う。

ルルの手が伸びて、シャンシャンに触れて音を鳴らす。

「成長なんて個人差があるんだしぃ、気にすることないんじゃなぁい?」

ルルが鳴らすとルドヴィクはまた、手足をばたつかせてシャンシャンを振り回した。

オモチャの音が鳴り響くが、小さいのでそれほどうるさくはなかった。

どうやらシャンシャンはガラガラよりもお気に入りらしい。

全身を動かして音を鳴らす様子は可愛かった。

「そうだね。それにルルがこんなに大きいんだから、ルドヴィクも同じくらいになるって思ったら、どんどん成長していくのは当然だよね」

魔の三週間があったものの、この二ヶ月でルドヴィクは生まれた時の倍近くまで大きくなった。

最初は少し体重が減って心配したものの、よくあることで、その後はお乳をいっぱい飲んですくすく育ってくれている。生まれた時は意外と細かった体も今はむっちりし始めていた。

最近はお腹の上にうつ伏せの状態で乗せると少し顔を上げるようになった。

まだ首は座っていないものの、その周りの筋肉が出来つつあるのだろう。

「でもコレはちょ〜っとうるさいねぇ」

ルルがベビーベッドから離れ、オルゴールを手に戻ってくる。

オルゴールを鳴らしてベビーベッドの角に置くとルドヴィクは静かになった。

うっとりと聴き入っているようにも見える。

その間にルルは小さな手からシャンシャンを取り上げ、リニアお母様に返す。

「ルドはオルゴールが好きだね〜」

そっとお腹を撫でてあげると気持ち良さそうだ。

「ねぇ、握ると鳴るオモチャがあれば探してきてぇ」

「かしこまりました」

ルルの言葉にリニアお母様が頷く。

「何で握ると鳴るオモチャなの? シャンシャンとかガラガラは?」

振って遊ぶオモチャでも十分楽しめているようだが。

ルルがベビーベッドから視線を外し、わたしの座る椅子の背もたれに寄りかかる。

「握る動作を繰り返すと握力が上がるんだよぉ。シャンシャンもガラガラも腕力をつけるのにはいいけどぉ、握って開いて〜って動作も訓練させたいんだぁ」

「なるほど」

まだ生まれて二ヶ月だが、ルルはもうルドヴィクの訓練のことまで考えているらしい。

……そのうち、この子も大きくなったらクルミを割るようになるのかなあ。

ルルはリンゴも素手で簡単に割るから、ルドヴィクもそれくらいまで鍛えられそうだ。

「クルミを手の中で転がすのもいいんだけどぉ、まだ手が小さいからねぇ」

つん、とルルがルドヴィクの手をつつく。

しかし、ルドヴィクはすっかり夢の中だった。

* * * * *

そうしてついに今日、ルドヴィクを使用人のみんなにお披露目することとなった。

階段を自力で移動するのはまだやめてほしいとルルに言われ、ルドヴィクを抱えたわたしをルルが抱えるという格好で一階まで下りた。今日のルドヴィクはとてもご機嫌だ。

初めて別の階に下りてもルドヴィクは泣くこともなく──幼いので場所の移動も理解出来ていないのだろうけれど──、わたしの腕の中でシャンシャンを両手で握っている。

シャンシャンで遊ぶようになってから、音や人の声に反応して鳴らすのが楽しいらしく、なかなかオモチャを手放してくれない。取り上げるとぐずるので本人が望む限りは好きにさせることにした。

今日はわたしも体調が良いから歩けるのだが、心配したルルはそのまま使用人用の食堂までわたしを抱えていった。

ついて来ていたリニアお母様達が扉を開けてくれて、ルルに抱えられた状態で食堂に入る。

視線を感じたものの、突き刺さるようなものではなく、どちらかといえばわたしを気遣うような優しさを感じた。ニコリと微笑めば、使用人達も僅かに微笑み返してくれる。

椅子に下ろされ、ルルにルドヴィクを渡す。

待機していたクウェンサーさんが小さく咳払いをする。

「皆、既に知っているだろうが、旦那様と奥様の間に坊っちゃまがお生まれになった」

「コレがオレとリュシーの子で『ルドヴィク』っていうよぉ。まあ、これから大きくなったら屋敷中走りまわったりするかもしれないしぃ、見かけたら適当に構ってやって〜」

ルルが抱いているルドヴィクの顔が見えるように少し前屈みになる。

使用人達の視線が集まり、それを感じたのかルドヴィクがビクリと反応した。

……あ、これ泣くかも。

と心配したが、予想に反してルドヴィクは泣かなかった。

明るい声を上げて両腕を上下に振ったので、シャンシャン、と音が鳴る。

初めて見た大勢の人達に驚くかと思いきや、興奮した様子で手足をばたつかせた。勢いあまってシャンシャンを放り投げてしまうくらい。こんなに強い反応は初めて見た。

「あ〜、はいはぁい、落ち着いて〜」

とルルが抱き起こし、肩に頭を乗せさせて背中を優しく叩く。

それでも手足をばたつかせるのでルルが苦笑した。

「みんなのことが気になるのかも」

「そうだねぇ。……全員、手洗ってきてぇ。戻ったヤツから順にルドヴィクに挨拶していいよぉ」

ルルがそう言えば、使用人達が顔を見合わせ、数名ずつ手を洗いに行く。

全員でワッと行かないところが面白い。

顔を見合わせただけなのに意思疎通が出来ていて、多分、みんなで行っても詰まるから少人数ずつ行こうということにしたのだろう。しかも手洗い場に近いほうから動いている。

ルルが使用人達に背を向け、ルドヴィクからみんなが見えるようにした。

ルドヴィクはルルの肩にかじりついていた。

立ち上がってルドヴィクの顔とルルの肩の間にハンカチを挟む。

今更だが、これ以上涎で濡れるよりかはいいと思う──……のだけれど、ハンカチごとルルの肩をもぐもぐしているので無駄かもしれない。ルルは多分、気にしないだろう。

ルルがクウェンサーさんと話している間もルドヴィクの目は使用人のみんなを見ている。

そうして、使用人達もルドヴィクを見ている。

最初に手を洗いにいった使用人達が戻ってくるとルルがルドヴィクを肩から離し、わたしに渡す。

その時にルドヴィクの涎が垂れたことでルルが小さく「うわ……」と呟いた。

わたしが肩にかけたハンカチを見て、ルルが呆れた顔をする。

「何でも口に入れたがるのって赤ん坊の癖なのかねぇ」

ルルの視線の先、わたしの腕の中で、リニアお母様が拾って洗ってきてくれたシャンシャンの楕円形の一部をルドヴィクが口に含む。

これは赤ちゃん用に口に入れても大丈夫なものらしいので問題はないのだけれど、ルルは自分の濡れた肩を見て、ハンカチをそのままにした。

「じゃあ、一人ずつ顔合わせして〜」

椅子に座るわたしがルドヴィクを抱いているからか、最初の使用人がわたしのそばで跪く。

ルドヴィクが向いている方に膝をついたので、ルドヴィクからも顔が見えたのだろう。

灰色の目がジッと使用人を見つめる。

……あ、この人、ランドローさんだ。

メルティさんの恋人で、ルドヴィクの世話役に手を挙げてくれた人。

「奥様、坊っちゃまに触れてもよろしいでしょうか?」

落ち着いた声で問われ、頷き返す。

「どうぞ」

ランドローさんの手がそっと、ルドヴィクを驚かせないように小さな手に触れる。

「初めまして、坊っちゃま。ティエリー=ランドローです。坊っちゃまの世話役としておそばにつくことを認めていただきましたので、今後ともよろしくお願いいたします」

ランドローさんの言葉を理解出来ていないだろうけれど、ルドヴィクがランドローさんの手をキュッと握り返した。無表情だったランドローさんが微かに口角を引き上げる。

そうして、触れた時と同じくらい丁寧にルドヴィクの手を優しく元の位置に戻す。

その後、使用人達が名乗って、ルドヴィクの手に触れて挨拶をする。

途中でぐずるかもしれないと心配していたが、それは杞憂だったようで、ルドヴィクは終始ご機嫌だった。

そんなルドヴィクの様子を見たルルが軽く肩を竦めて笑う。

「ルドヴィクは人見知りしないねぇ。こういうところはリュシーに似てるよぉ」

「そう? ルルも別に人見知りしないでしょ?」

「いんやぁ、オレは人見知りすごいよぉ」

それに使用人達の視線がルルに向かった。

少し呆れているような視線だった。

「人見知りだから警戒心も強いしぃ?」

……人見知りだから人と接さないというわけではないってこと?

ルルは誰に対しても気兼ねなく接しているように見えて、実は警戒心が強くて、滅多に他人に心を開かないし、そう簡単に信用もしない。そういうのも人見知りと言えばそうなのだろう。

「コイツは警戒心がなさすぎて心配だけどねぇ」

つん、とルルがルドヴィクの頬をつつくと小さな手がルルの指を掴み、口に入れる。

「またそうやって何でも口に入れて〜」

と呆れ顔をしながらも、無理に指を引っ張り出すことはしない。

ここで引き抜くとルドヴィクがぐずると知っているからか、ルルはいつも好きにさせている。

使用人達は微笑ましそうな表情で挨拶を続け、全員の挨拶が終わると、ルドヴィクが手足をばたつかせた。いつも以上に暴れるので落とさないよう慌てて抱え直しているとルルが抱き上げる。

先ほどと同じく肩に頭を乗せさせて後ろを向き、使用人達を見えるようにすると少し落ち着いた。

ルドヴィクの腕が動き、シャンシャンがルルの腕にぶつかって鳴る。

「とりあえず、生まれた報告はいいよねぇ? コレの使用人だけどぉ、 女たらし(コイツ) と相談して手が空いたヤツからコッチに移動して〜。ああ、世話役は早めにヨロシク〜」

ルルが話している間もシャンシャンと音が鳴る。

恐らく、ルルの言葉に合わせて振っているつもりなのだろう。

クウェンサーさんが「かしこまりました」と返事をしても、シャンッと元気良く鳴らした。

興奮しているらしく、いつもより動いているし、いつもより長く起きている。

「オマエはそろそろ寝なよぉ」

と、ルルがルドヴィクの背中を優しく叩く。

やはり疲れていたのか、そのままルドヴィクは眠ってしまった。

寝ていてもシャンシャンはしっかりと握っていて、ルドヴィクがわたしの下に返される。

「じゃあ、各自仕事に戻っていいよぉ」

ルドヴィクごと、ルルに抱き上げられる。

「もう少しルドヴィクが大きくなったら、みんなも遊んであげてください」

ルルの腕の中から言えば、使用人達は頷き返してくれる。

……人見知りがなくて良かった。

この様子なら、ルドヴィクはみんなから可愛がられて育つだろう。