軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

出産祝い

* * * * *

「子供が生まれたからぁ、お祝い受け取りに来たよぉ」

と転移魔法でやってきたルフェーヴルに、アリスティードは溜め息を吐いた。

国王となってからは忙しく、以前と比べて連絡の頻度は減ったものの、全くないわけではない。

来るなら事前にそう伝えてくれれば良いのだが、この男はいつもこうである。

深夜というほどの時間ではないが、夜であり、人気がない時間帯を狙って来たのは確実だろう。

アリスティードがペンを置くと、ルフェーヴルは政務机の端に腰掛けた。

「そういうことは普通、こちらが言うまで黙っておくものだ」

……出産祝いをもらいに 国王(わたし) の政務室に忍び込むとは。

相変わらず何を考えているのか分かるようで分からない、不思議な男だった。

机に座っているルフェーヴルが書類に肘を置く。

書類を崩さずに体重をかける様子から、それをやり慣れているのが窺える。

父であるベルナールか、それとも闇ギルドのギルド長か。その両方かは不明だが、恐らくそこでも同じようなことをしているのだろう。

……父上もヴァルグセインも、ルフェーヴルに甘くないか?

「こら、書類に肘を置くな」

「別に崩してないんだからいいじゃん?」

「そういう問題ではない」

退かすように手を振れば、ルフェーヴルはあっさり肘を下ろし、体を左右に揺らす。

アリスティードよりもずっと歳上なのに、何歳になっても子供みたいことをするのも変わらない。

それに呆れつつも、アリスティードはホッとした。

国王となってから周囲の人々の態度は変わった。

当然のことだと分かっていても、ロイドウェル達側近が恭しく膝をついて 頭(こうべ) を垂れた時、そこに確かな距離と国王となることの重責を改めて感じた。

ロイドウェルのその後の対応は変わらなかったものの、それはアリスティードの中に強く残った。

だからこそ、ルフェーヴルの以前と変わらない態度を見ると心が和らぐ。

「で、くれるんでしょぉ? 出産祝い〜」

ズイ、と差し出された手にアリスティードは呆れたが、口元に笑みが浮かんだ。

「ああ、もちろん」

アリスティードは空間魔法を展開し、そこから目的の小箱を取り出し、魔法を操作して書類と同じくらいの大きさの箱をルフェーヴルのそばの空いている場所に出した。

それを見たルフェーヴルが「へぇ」と感心したふうに言う。

「アリスティードも空間魔法、使えるようになったんだねぇ?」

「リュシエンヌの加護の影響のおかげで、一応全属性を扱えるからな。……しかし空間魔法は思いの外、難しい。それに最初に魔力をかなり使ったが、私ではこの部屋くらいの空間で精一杯だった」

「それでも十分広いほうだよぉ」

アリスティードは元々闇属性に親和性がなく、空間魔法は扱えなかった。

それがリュシエンヌの加護から影響を受けて全属性を扱えるようになり、こうして空間魔法も使えるけれど、ルフェーヴルのように自由自在には物を出し入れ出来ないし、空間も狭い。

「オレは祝福の影響で魔力量が元の倍以上になったしぃ、何ならいまだにちょ〜っとずつ増えていってるみたいなんだよねぇ。自分でも魔力量がどれくらいあるか分かんなぁい」

あは、と笑うルフェーヴルにアリスティードは小さく息を吐く。

「そのお前に負けず劣らずの魔力量で息子が生まれたんだろう?」

「そぉそぉ、ビックリだよねぇ。成長が楽しみだよぉ」

ルフェーヴルの口から意外な言葉を聞き、アリスティードは前のめりになった。

「お前でもさすがに自分の子には関心があるんだな」

「ちょっとぉ、オレだって それなり(・・・・) に子供のことは考えてるってぇ。リュシーが頑張って産んだ子だしぃ、リュシーを共有するのは面白くないけどぉ、子供がいれば絶対にリュシーがオレから離れることはないでしょぉ?」

「共有って……子供がいなくてもリュシエンヌはお前から離れたりしない」

「分かってるよぉ。そもそも関心がなかったら子供の世話なんかしないってぇ」

子供の世話と聞き、アリスティードは好奇心から問いかけた。

「子供の世話か。何をしているんだ?」

「おしめ替えたり〜、寝かしつけたり〜、たまに遊んでやったりもしてるよぉ」

予想外すぎてアリスティードは一瞬、言葉を失った。

……こいつが子育て……?

とてもではないが想像がつかない。

てっきりリュシエンヌや侍女達が子供の世話のほとんどをしていると思っていた。

「オレが寝かしつけると起きなくていいんだってぇ。でも、何でかおしめ替えはオレがやると漏らすんだよねぇ。リュシーとか侍女がやる時はそういうことないみたいなのにさぁ」

子育てに関する愚痴のようなそれを聞き、アリスティードは色々な意味で感動した。

ルフェーヴルが子育てに参加し、しかも我が子のおしめを替えたり寝かしつけたりしている。

アリスティードの知るルフェーヴル=ニコルソンという男は、興味のないことには冷徹なまでに無関心で、それ故に我が子とはいえども自ら世話を焼いているという事実に驚いた。

今までリュシエンヌの世話しかしなかった男が、我が子に手を焼いているのだ。

まだ父親らしいといって良いのか難しいところではあるが、ルフェーヴルなりに我が子に接しようとしている努力が感じられて微笑ましくもある。

「私も抱き上げた時に漏らされたことがある」

「あ〜、あるねぇ」

「げっぷで服を汚されたこともある」

「あるある〜。オレの子はわりとげっぷが上手いらしいけどぉ、たまに抱き上げた時に胸とか肩とかにやられるねぇ。吐き戻した後にすっごくスッキリした顔するんだよねぇ、赤ん坊のくせに〜」

まさかルフェーヴルとこんな話をする日が来るとは。

だが、話の道筋が外れてしまったことを思い出し、アリスティードは我に返る。

「まあ、それはともかく、そちらの箱は私からの祝い金だ。子供が生まれると何かと入り用だろう? それから、これは以前話していた記念硬貨と飾り用の木製品だ。リュシエンヌに見せてやってくれ」

小箱を差し出せばルフェーヴルが受け取り、蓋を開ける。

中には大金貨と白金貨が収めてあり、大金貨に父・ベルナール、白金貨にアリスティードの横顔が彫られている。額が大きいので貴族の間でも滅多に使うことはないと思うが。

それとは別に、硬貨そっくりの木製のものもある。

ルフェーヴルが微かに笑う。

「そっくりだねぇ」

そうして、蓋を閉じて小箱と箱を空間魔法に収納する。

ルフェーヴルがひょいと立ち上がった。

「もう行くのか?」

「うん、次はアサドのところに行くからねぇ」

アリスティードはヴァルグセインに少しばかり同情した。

恐らくだが、父のところにはもう行ったのだろう。

出産祝いをもらいに回る様子に呆れたが、ルフェーヴルらしい、とも思う。

「あまり大きな額を強請るなよ?」

「そこはアサドの『お気持ち』次第だよぉ」

「それが分かっているならいい」

ルフェーヴルが魔法の詠唱を行なった。

「あ、ソッチの出産祝いだけどぉ、一回だけどんな依頼でもタダで受けてあげるよぉ。もし邪魔なヤツがいたら、声かけて〜」

そう、言うだけ言ってルフェーヴルは「またねぇ」と小さく手を振った。

「その機会がないことを願っておく」

呆れながらもアリスティードが手を上げて応えるとルフェーヴルの姿がかき消え、来た時と同様に転移魔法で出ていった。

突然の訪問であったが、良い息抜きにもなった。

あと少し残った書類を片付けるため、アリスティードはペンに手を伸ばしたのだった。

* * * * *

「ってわけでぇ、義父上とアリスティードとアサドから出産祝いもらってきたよぉ」

「『ちょっと出かけてくる』ってそういうことだったの?」

帰ってきたルルはとても機嫌が良い。

外の汚れを気にしたのか入浴したらしく、ルルからほのかに石鹸の匂いがした。

ラフな私服姿のルルがわたしの横に座った。

そして、わたしの腕の中にいるルドヴィクを覗き込んだ。

「ほんと、寝てるか飲んでるかだねぇ」

ルドヴィクはわたしの胸に吸いついて、一生懸命お乳を飲んでいる。

空間魔法を展開したルルが、テーブルの上に色々と出していく。

それからルルが小さめの箱二つに手を伸ばし、それぞれを開けた。

二つの箱の中には金貨と銀貨が大量に入っていた。

「コレは義父上から〜。金貨ばっかりだと使いにくいの分かってるねぇ」

金貨を一枚摘み、それを箱の中に落とすと金属同士のぶつかる涼やかな音が響く。

次にやや大きめの箱を開け、ルルが言う。

「コッチはアリスティードからだよぉ」

そちらの箱は金貨のみだった。

「多分、王妃からの『お気持ち』も入ってるんじゃなぁい?」

「こんなに貰っちゃっていいのかなあ……」

「『くれる』っていうんだから、貰えるものは貰っておけばいいんだよぉ」

ルルが楽しそうに鼻歌を歌うと、ルドヴィクが胸から口を離し、ルルの鼻歌に合わせるように手を動かす。それが面白かったのかルルはまたルドヴィクの顔を覗き込んだ。

「ご機嫌だねぇ」

ルルの指がルドヴィクの眉毛をなぞった。

「ルルの機嫌が良いから、それを感じ取ってるんじゃないかな?」

「ふぅん? 単純なヤツ〜」

そう言いながらもルルは指でルドヴィクの鼻をなぞり、頬をつつく。

ルドヴィクが楽しそうにジタバタして、ルルが小さく笑った。

どこからどう見ても父と子である。

どうやらルドヴィクはもうお腹いっぱいのようで、胸に戻る様子はない。

それに気付いたルルがルドヴィクを受け取ってくれたので任せ、リニアお母様からお湯で濡らした布をもらい、胸周りを綺麗に拭く。

ルルがルドヴィクのおしめの辺りに触れて確認をした。

「ん、今は大丈夫そうだねぇ」

ゆらゆらと左右に体を揺らすルルに、ルドヴィクがまた手足をばたつかせていた。

ルルに向かって伸ばされた小さな手に、ルルがもう片手を伸ばし、指を掴ませる。

片手にルドヴィクを抱き、もう片手の指を掴ませ、ルルの手は塞がっていた。

「父上に抱っこしてもらって良かったね、ルド」

ルルの腕の中でルドヴィクが暴れ出し、ルルが慌てて抱え直す。

「っと……生まれたばっかでも赤ん坊ってこんな元気なのぉ?」

「どうなんだろう? でも、この子はお腹の中にいた時もよく蹴ったし」

「そういえばそうだねぇ」

ルドヴィクがわたしに向かって手を伸ばしたので、ルルからルドヴィクを受け取る。

その可愛い目がジッと一点に向けられているのに気付く。

金貨が気になるらしい。キラキラしているから目につきやすいのだろう。

ルルが金貨を一枚取って、ルドヴィクに見せたが、渡すことはしなかった。

「金貨だよぉ」

目の前で金貨が左右に振られるとルドヴィクの目がそれを追いかける。

伸ばされた小さな手をルルが避けた。

「何でも口に入れちゃうからダメだよぉ」

そうして、ルルが金貨を戻すと平たい小箱を手に取った。

パカリと開けて、わたしに見えるように差し出される。

「そぉそぉ、コレ、記念硬貨ね〜」

やや大きめの大金貨には恐らくお父様だろう人物の横顔が。

大金貨より小さめの白金貨にはお兄様だろう横顔が彫られている。

こうして見ても二人はよく似ていて、お兄様がポニーテールに髪をまとめていなければ同一人物かと思うほどだ。お父様を見ているとお兄様の成長後のイメージがつきやすい。

大金貨は左に、白金貨は右に置かれていた。

そしてその下には木製のものもある。

「どうして二人とも反対を向いてるんだろうね?」

顔を合わせるでも、同じ方向を向くでもなく、互いに背を向け合っている。

「『背中を預けられる』って意味なんじゃなぁい?」

「なるほど」

この置き位置と方向には、きちんと意味があるのかもしれない。

腕の中のルドヴィクが小箱に手を伸ばした。

ルルが大金貨を取り、服で軽く拭ってからルドヴィクに渡した。

小さな両手が大金貨を掴み、上下に振って楽しんでから、あぐ、とルドヴィクがしゃぶりつく。

美味しくなかったのかすぐに口と手を離した。

ルドヴィクの上に落ちた大金貨をルルが回収し、また服で拭く。

「美味しくなかったでしょぉ?」

小箱に大金貨を戻し、蓋をして、ルルはテーブルに箱を戻した。

「ああ、あとオッサンからも出産祝い奪って……じゃなかった、貰ってきたよぉ」

「おっさん……?」

「ランク二位のオッサン、ハインリヒ=バッヘル。ルドヴィクを見たがってたぁ」

屋敷に引っ越した当初、ルルが闇ギルドランキング戦で戦った人だ。

東の国出身で、ルルに負けて一位から二位になり、ルルが休んでいる時は回せる仕事をバッヘルさんに任せているらしい。気さくで豪快な人という印象だった。

……それにルルのこと『ルー坊』って呼んでるんだよね。

もしルドヴィクを会わせたら、何と呼ぶのだろうか。

「でも、そのうちアイツも引退するんじゃないかなぁ」

そう言ったルルの表情はいつも通りだったけど、少しだけ残念そうな雰囲気があった。

「うちで雇う?」

わたしの問いにルルが目を丸くし、そしておかしそうに笑った。

「アイツにそれは無理だねぇ。なかなか一つの場所に留まらないヤツだからさぁ」

「そっか」

ルルがそう言うなら、そうなのだろう。

「ルドヴィク。あなたが生まれてきたことを、みんながお祝いしてくれて嬉しいね」

この子は書類上だけの話だが、孤児院から引き取った子、という扱いになる。

だから将来、ルドヴィクはわたしとルルの実子として扱われないこともあるだろうし、それについて他人から色々と言われるかもしれない。それで苦労することも出てくるはずだ。

そうだとしても、今はこの子の誕生を心から喜びたい。

「生まれてきてくれてありがとう、ルド」

誰が何と言おうと、あなたはわたしとルルの可愛い息子である。