軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

使用人と賭けの話 / 近況報告

女主人の妊娠が発覚してから半年が過ぎた。

お腹の中の子供は順調に育っているらしく、散歩をする主人夫婦を見かけた使用人達はいつもその様子を共有していた。皆、女主人の様子を知りたいからだ。

明るく、穏やかで、寛容な性格の女主人はそれでいて、あまり他人の事情に踏み込んでこない。

何より、使用人達のこれまでの経歴に理解がある。

暗殺者だろうが、元傭兵だろうが、関係なく一人の人間として接してくれる。

だから使用人達は女主人を好意的に思っているし、金払いが良くて規則さえ守っていれば多少のことは黙認する理解のある主人の下で働く現状に満足していた。

「奥様と旦那様の子、どっちなんだろうな」

たまに行われる使用人のお茶会の席で、一人がそう言った。

「男でも女でも、どっちでもいいんじゃないか?」

「いやいや、旦那様は奥様似の娘がいいって言ってるし、性別は重要だろ」

「娘なら溺愛しそうだし、息子なら鍛えるつもりだと思うわよ」

「子供の頃から旦那様に鍛えられるとか、命が足りなさそうだな……」

各々が好き勝手に言う中、明るい声が響く。

「多分、男の子よ」

そう言ったのはメルティだった。

使用人達の落ち着いた静かな声の中で、メルティの明るい声はよく通る。

多分というわりには確信を持った響きであった。

メルティの横にいたその恋人、ティエリーが問う。

「何でそう思ったんだ?」

「うーん、説明は難しいわ。でも、奥様をそばで見てきた私の……ううん、女の勘ね」

それに別の使用人が言う。

「女の勘も意外と馬鹿に出来ないからな」

「私も男の子だと思うわ」

「俺は女」

その場にいる使用人達が口々に「男だ」「女だ」と自分の予想を言う。

それを聞いていたティエリーが「待て」と軽く手を上げた。

「どうせなら、予想を書いておいて当たるか賭けようぜ」

主人夫婦の子は、使用人からすれば未来の主人でもある。

その性別がどちらなのかは気になるし、同じ日々を繰り返す中で娯楽がほしい。

ティエリーが一旦席を立ち、紙とペン、インクを持って戻ってくる。

「一人ずつ、名前と予想を言ってくれ」

使用人達が予想して、ティエリーが紙の真ん中に線を引き、左右の上にそれぞれ『男』『女』と記し、予想した性別のほうに使用人の名前を書いていく。

ちなみにティエリーも予想は男だった。

食堂に水を取りに来た者や通りかかった者にまで聞き、使用人達の名前で紙がいっぱいになった。

「……今更だけど、奥様や旦那様に怒られそうだな」

ティエリーの疑問にメルティが笑う。

「きっと大丈夫よ。みんなが子供に関心を持ってくれているって、リュシエンヌ様は喜ぶと思うわ」

「ああ、まあ、奥様ならありえそうだな」

ティエリーだけでなく、他の使用人達も納得した表情をする。

「とりあえず、外れたら『敗者の味』支給だな」

「あれ、すごく酸味が強くて食べた時はつらいのに、なんだか癖になるのよね」

「分かる。しばらく経つとまた食べたくなるんだよなあ」

「眠気覚ましに良さそうよね」

「いっそ、固めて『気付け薬』にでもすればいいんじゃないか?」

ティエリーとメルティの言葉に使用人達が静かに笑った。

普段は無口な使用人達だが、喋らないわけではなく、仕事中は不要な話をしないだけだ。

闇ギルド経由で雇われており、互いの素性を訊かないという暗黙の了解があり、ほど良い距離感を保っていられるので、彼ら彼女らにとっては過ごしやすい職場だった。

「ティエリー、それ書き写してもいい?」

「それは構わないが……どうするんだ?」

「リュシエンヌ様に見せようと思って」

「なるほど」

そうしてメルティが別の紙に同じように文字を書き写し、立ち上がった。

「それじゃあ見せてくるわね」

「恋人の俺を忘れないでくれよ」

ティエリーが頬を出せば、メルティはそこに口付け、笑って食堂を出ていった。

他の使用人達はそんな二人の様子を気にすることなく、主人達の間に生まれてくる子供についてのんびりと予想しながらお喋りをして過ごしたのだった。

* * * * *

「──……というわけで、こちらがその賭けの予想です」

メルティさんが差し出した紙をルルが受け取り、見て、渡される。

紙は真ん中の縦線で左右に区切られて、左が『男』で右が『女』で、そしてそこには予想したのだろう使用人達の名前が書かれている。

「アイツら暇なのぉ? ……仕事増やしてやろうかなぁ」

「ルル、違うよ。みんな、この子が気になって仕方がないんだよ」

お腹を撫でれば、内側からポコンと蹴られる感覚がした。

「男の子でも、女の子でも、こんなに喜んでくれる人がいるんだから良いことだね」

書かれている名前はどれも『ありきたり』なもので、それが本名かは分からないが。

…………あれ?

「リニアお母様とヴィエラさんの名前がないね?」

「私は参加しなかったので。主人の子の性別で賭けをするなんて……」

「どちらでも良いと思ったので参加しませんでした」

リニアお母様が溜め息を吐き、ヴィエラさんは微笑んだ。

参加したメルティさんは腰に手を当て、自信満々の表情をする。

「私は『男の子』に賭けました。ちなみに、外れた人は『敗北の味』を食べることになります」

「『敗北の味』って……?」

「一番酸っぱいレモンジャムのことだよぉ。賭けで負けたら食べるっていうのが使用人の間で流行ってるみたいでさぁ、最近、レモンと砂糖の購入量が増えたんだよねぇ」

……なんて酷い名前の付け方だ。

というか、レモンジャムがいつの間にか罰ゲーム品になっているとは思わなかった。

「当たったら何かもらえるの?」

賭けというのだから、当たった人にも何かあるのだろう。

「いえ、さすがにお金を賭けるのはどうかということになり、特にはありませんでした」

「……どっちが生まれても、レモンジャムが沢山必要になりそうだね」

男も女も半々くらいで名前が書かれている。

一人一人がどれくらいの量を食べるかは知らないが、レモンと砂糖は大量購入になりそうだ。

興味なさそうにしていたルルが自分の爪を眺めながら言う。

「じゃあ予想が当たったヤツの中から、子供の世話役とか護衛とかを選べばいいんじゃなぁい?」

「うーん、まあ、それも悪くないかも? 運も実力のうちって言うし」

「それに、オレ達の子で賭けをするなら責任は取ってもらわないとだよねぇ」

爪を眺めるのも飽きたのか、ルルがわたしに抱き着き、お腹をそっと撫でてくる。

そういうわけで、賭けが当たった使用人の中から子供の世話役などを決めることとなった。

* * * * *

【そんな決め方で本当にいいのか?】

と、通信魔道具越しにお兄様が呆れた顔をする。

今日はお義姉様の姿が見えないので、もしかしたらもう就寝しているのかもしれない。

お義姉様のほうが悪阻の期間が長かったらしく、しかも今回は肉やパンなどがあまり食べられなくて、野菜や果物中心の食事──体調が良ければ卵は食べられる──だったこともあり、少し痩せたそうだ。

今後のことを教えてくれるために通信魔道具で一度顔を合わせたが、体調は悪くないのだとか。

体重に気を付ける必要はあるものの、これからきちんと食事を摂っていけば戻るだろうけれど……それでも、やはり同じ妊婦として色々と心配になってしまう。

お兄様の話ではゆっくりとだが体重は戻りつつあるそうだ。

「いいんだよぉ。どうせ誰をつけたって同じなんだからさぁ」

【いや、全然違うだろう。子供の性格にも影響が出るんだぞ?】

「暗殺の技術を教えるのはオレで〜、貴族の礼儀作法はリュシーが教えて〜、子供は屋敷の中で好き勝手にすればいいよぉ。どうせ暴れたところで使用人のほうが強いんだしぃ」

【そういう問題か? というか、暴れる前提なのか……】

やっぱりお兄様が呆れた顔をした。

「魔力量だけなら、アリスティードに負けず劣らずってくらいもうあるんだよねぇ」

ルルがわたしのお腹を撫でながら笑った。

子供の魔力量は予想通りどんどん上がり、ルルが注ぐ魔力の量も増えている。

……出産前は毎日、魔力を分けてもらわないといけなくなるかも。

現在ですら既に二日に一度くらいの頻度になっている。

ルルの言葉を聞いたお兄様が眉根を寄せた。

【……冗談、ではないよな?】

「こういうことで冗談は言わないよぉ。このままだとオレと同じくらいの魔力量で生まれてくるかもしれないんだよねぇ。小さいうちから徹底的に暗殺者の在り方ってのを叩き込んでおかないと、何するか分かんないしぃ? 多分、喋れるようになったら魔力封じの魔道具を着けることになるだろうねぇ」

【そうか……】

頭が痛い話を聞いたというふうに、お兄様がこめかみに指を押し当てる。

魔力量の多い子供に魔法を教えるのは危険である。

そのため、あまりに魔力量の多い子供は魔法の扱いに慣れるまで魔力封じの魔道具を持たせることもあるそうで、多分わたし達の子はそれが必要になるだろう。

ルルとしては孤児院から適性のありそうな子を引き取り、子供の従者にしたいそうだ。

競う相手であり、信頼出来る腹心であり、子供の行動を見張る存在にもなる。

引き取る子は子供よりいくつか歳上にするつもりなのだとか。

屋敷には他に子供がいないので、孤児院から養子を引き取る案は良いと思う。子供も歳の近い遊び相手がいたほうが楽しいし、寂しくないし、協調性を養えるだろう。

「オレとしてはリュシーそっくりの可愛い娘がいいんだけどねぇ」

【その場合、屋敷に閉じ込めておくつもりだろう?】

「どうだろうねぇ」

【リュシエンヌそっくりの娘が他の男と結婚すると言い出したら、お前、許せるのか?】

ルルは黙ってニコリと微笑んだ。

……許さないかもしれないなあ。

娘は娘で、わたしはわたしだとしても、わたしそっくりの娘が他の男性と一緒にいる姿を見て、ルルがどう思うか。まさか娘の目の前で相手を殺しはしないと思うが……。

【……私としても男児が生まれてくることを願っておく】

確かに男の子なら爵位も継げるし、暗殺者稼業もしやすい。

「はいはぁい。……あ、また王太子妃のところに話を聞きに行くから、言っておいて〜」

【分かった。だが、あまり遅い時間は避けてくれ。エカチェリーナの睡眠時間は確保したい】

「そうするつもりだよぉ」

お兄様の言葉にルルが頷いた。

【それと来月、父上の退位が決まった。同時に私の戴冠式も行う】

ついにその時が来たんだ、と思う。

真剣な表情のお兄様にわたしは微笑んだ。

「お兄様なら、きっと良き王となって国を治めてくれますね」

【そう在れるよう、努力はするつもりだが……父上のようにはいかないかもしれない】

「そんなことありません。だってお兄様はお父様の息子で、お父様が『譲位しよう』と思うくらい優秀で……王太子としてお兄様は今までずっと努力してきたのをわたしも、みんなも知っています」

けれども、お兄様の表情は晴れなかった。

【……たまに無性に恐ろしくなる時があるんだ】

お兄様が洗礼の日に見た夢──……リュシエンヌ=ラ・ファイエットが悪役の王女としてヒロインのオリヴィエをいじめ、害し、それを知ったお兄様が怒りのままに妹に剣を向けてしまうという内容が含まれた、恐らく原作の物語。

その夢がずっとお兄様の中で引っかかっているそうだ。

【私はいつか、あの夢のように……リュシエンヌではなくとも誰かを感情に任せて傷付けてしまうのではないか。正義を忘れ、我を失い、動いてしまうのではないか……その不安が消えないんだ……】

お兄様は自分が国王となった時、もしも自分がそういうふうになってしまったらと思うと怖くてたまらないのだと言う。

今までのお兄様を見てきて、そんなことはないと思うのだが、それぐらいお兄様にとって洗礼の日に見た夢の内容は衝撃的で忘れられないものだったのだろう。

何と返したらいいか迷っているとルルが口を開いた。

「もしアリスティードが暴君になったら、その時はオレが殺してやるよぉ」

それにお兄様が目を丸くして、そしてフッと笑った。

【国王の暗殺宣言とは大胆だな】

「それが嫌なら清く正しく生きればいいだけだよぉ」

【……そうだな】

お兄様が笑って頷いた。

【お前に殺されないよう、気を付けるとしよう】

その後、夜も遅い時間になったので挨拶をして通信を切った。

魔道具の蓋を閉めて片付けたルルが戻ってくる。

抱き寄せられ、ルルに寄りかかる。

「まあ、本音を言えばどっちでもいいんだけどねぇ」

「子供の性別のこと?」

「そぉそぉ。出産が無事に終わればそれでいいよぉ」

主治医が毎回『出産は命懸け』と言うので、ルルも非常に心配してくれている。

「大丈夫だよ。……わたし達には女神様がついてくれているんだし」

「確かに、もし何かあっても女神サマが何とかしてくれるかもねぇ」

もうすぐ妊娠七ヶ月目に入る。

お腹もかなり膨らんで、子供が内側から蹴ることも増えてきた。

……あと三ヶ月ちょっとで会えるんだね。

わたしとルルの子供。まさか、子供を産めるとは思っていなかった。

旧王家の血筋は誰からも歓迎されないと分かっていたから。

でも、みんなに祝福されてこの子は生まれてくる。

……ルルにこの子を抱いてほしい。

お父様にも、リニアお母様やメルティさんにも、屋敷のみんなに抱いてほしい。

「女神様に祈っておかないとね」

わたしの言葉にルルが笑った。

「オレがもう祈ってあるよぉ」