軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

発覚

ドランザークとファイエット侯爵領から帰ってきて数日後。

秋も深まり、もうあと二月もしないうちに年が変わる。

ルルは本職の仕事に出かけていて、わたしは屋敷でのんびりと過ごしていた。

暖炉の前に揺り椅子を置き、それに座って本を読む。これが一人の時の読書スタイルだ。暖炉の暖かさと気持ちのいい揺れ具合が好きで、しかし、たまに気持ち良すぎて寝落ちしてしまうこともあるが。

今日も揺り椅子に座って本を開いたけれど、数ページも読まないうちに眠気を感じた。

……最近、なんだか眠いなあ。

本を閉じて膝の上に置き、目を閉じる。

眠いけれど、すぐに眠ってしまうほどの睡魔ではなく、目を閉じていれば十分だった。

目を閉じていると体に膝掛けだろうものがかけられる感覚がする。

……居心地が良すぎるから眠くなるのかも。

しばらく揺り椅子の上でうとうととしながら過ごす。

けれども、静かな室内に大きな音が響き割った。

ぐぅ、きゅるる〜……という音にビックリして飛び起きた。

「えっ!?」

音はわたしのお腹から聞こえてきた。

時々お腹が鳴ることはあったけれど、こんなに豪快な音は初めてだった。

思わずお腹を押さえて振り向けば、リニアお母様が微笑んだ。

「そろそろ昼食のお時間ですね、リュシエンヌ様」

「あ、うん……聞こえた、よね?」

わたしの問いかけにリニアお母様は何も言わずに笑みを深めた。

……あんな大きな音、聞こえないわけないよね!

このお腹の中に怪獣でもいるのかと思うくらい、大きな音だった。

あれは『腹の虫』なんて可愛い鳴き声じゃない。

リニアお母様が時計を確認して、歩み寄ってくる。

「本を書斎に片付けて食堂に向かいましょう。着く頃には丁度、食事のお時間になりますから」

ルルがいない時のわたしの活動パターンが同じで、昼食はいつも決まった時間に摂る。

魔法の研究をしている時は書斎で摂ることもあるが、基本的には食堂に行く。

朝は寝室でルルと食べて、昼と夜は食堂で、合間にティータイムをしたり夜食を挟んだりもする。

「はーい」

椅子から立ち上がったものの、ずっと暖炉のそばにいたからか少し体が熱っぽい。

最近は肌寒くなってきたので体を冷やさないよう、本を片手に膝掛けを羽織った。

わたしは女神様の加護のおかげか風邪ひとつ引かないが、用心するに越したことはないだろう。

リニアお母様と共に居間を出る。

今、書斎はメルティさんが掃除中だ。

他の使用人が掃除する際は立ち会っているが、メルティさんの時は任せている。

書斎の扉を叩けば、中から開かれる。

「あれ? リュシエンヌ様、もう読み終わったのですか?」

メルティさんの問いにわたしは首を横に振った。

「読もうと思ったけど、暖炉の火に当たっていたら眠くなってきちゃって」

返事をしながら棚に本を戻す。

メルティさんが「暖炉の前は気持ちいいですからね」と笑った。

丁度メルティさんも掃除を終えたところだったらしく、最後に窓の鍵がかかっているか確認をしてから三人で書斎を出て、鍵をかける。

ルルみたいに鍵開けが出来る人にとっては無意味かもしれないが、防犯上は大事なことだ。

メルティさんが道具の片付けに行き、わたしはリニアお母様と食堂に向かった。

「今日のお昼はなんだろな〜」

食堂に着き、席に座ると食事が並べられる。

リニアお母様が一口ずつ小皿に取り、毒見を行った。

屋敷だからいいのではとも思うのだけれど、ルルだけでなくリニアお母様もメルティさんも『毒見は必要』と絶対に譲らなくて、結局、王女時代のまま続いている。

全ての毒見を終えて、リニアお母様が「問題ありません」と頷き、食べることが出来る。

パンも焼き立てで香ばしくてフワフワで美味しいし、サラダもさっぱりとしたドレッシングがかかっていて美味しいし、肉料理も美味しいし、スープも美味しい。美味しくないものなんてない。

……ああ、今日も美味しいご飯が食べられて幸せ……。

大きな音が鳴るくらいだったので、自分でも気付かないうちに空腹だったらしい。

いつもわたしの食事量に合わせて出してくれているが、ぺろりと平らげてしまった。

それどころかデザートのアップルパイも二切れ食べた。

普段は一切れしか入らないのだが、なんだか今日はよく食べられる。

「ご馳走様でした」

と食事を終える挨拶をすれば、お皿が片付けられていく。

リニアお母様が歩み寄ってきた。

「最近、召し上がる量が増えましたね」

「うーん、秋だからかも? ほら、食欲の秋っていうし、どれも美味しくて……食べすぎかな?」

……太ったら嫌だな。

思わずお腹周りを触って確認していると、リニアお母様が「大丈夫ですよ」と言う。

「リュシエンヌ様はあまり脂物を好まないので、いつもより多めに食べても問題ないかと。それでもご心配なら、散歩の時間を増やすというのも健康的で良いと思いますよ」

「そうだね、散歩の時間をちょっと増やそうかな」

「かしこまりました。頃合いを見て、お声がけいたしますね」

食後のお茶を一杯飲んでから席を立ち、首を傾げた。

いつもより多めに食べたけれど、なんとなく、もうちょっとお肉が食べたい気分だった。

「夕食はわたしの分のお肉を、もう少し多めにしてもらいたいです」

壁際に控えていた使用人が静かに頷いた。

食堂を出て、屋敷の中を散歩がてら遠回りしながら居間に向かう。

相変わらず使用人の姿どころか気配もなく、屋敷全体が静けさに包まれている。

窓の外では森の木々が色付いていてとても綺麗だった。

秋の景色は美しいけれど、どこか物悲しいような寂しさを感じるのは何故だろう。

ふと視界の端に動く影を見つけて視線を向ければ、庭師が丁寧に落ち葉を掃いている。この時期なので、掃いても掃いても落ち葉が降ってくるだろう。

……落ち葉が沢山集まったら焼き芋もしたいなあ。

サツマイモもいいし、ジャガイモもいい。焚き火で焼いたホクホクの芋にバターをつけて食べると、それはもう美味しくて、外で食べる特別感もあってとても楽しいのだ。

以前に焼き芋をした時も楽しかったが、今度は使用人のみんなも交えてやりたいものだ。

居間に戻り、暖炉の前の揺り椅子にまた座る。

食後のせいかすぐに眠気がやってくる。

……食べた後の眠気ってなんでこんなに心地良いんだろう……。

* * * * *

「リュシー、お腹に何着けてるのぉ?」

夕方、仕事から帰ってきたルルが開口一番にそう言った。

ルルに抱き着こうとしていたわたしは、立って両手を広げた状態で固まった。

「え? お腹……?」

思わず自分のお腹を触ってみたが、特におかしなところはない。

しかし、ルルは一歩下がってわたしの全身に視線を巡らせた後に、やっぱりお腹を見た。

……も、もしかしてお昼に沢山食べたせいでお腹が出てるとか!?

もう一度触って確かめているとルルの手がわたしの腹部に触れた。

そうして不思議そうに首を傾げる。

「今日、変なもの食べたぁ?」

「ううん、昼食後に寝ちゃったからティータイムもしていないよ」

「んん〜……?」

ルルが首を反対のほうに傾げ、眉根を寄せてわたしのお腹を見る。

リニアお母様が、昼食のメニューやわたしの食事量をルルに伝え、特に変わったことがないことを報告する。ヴィエラさんもジッとわたしの腹部を注視していた。

首を戻したルルがヴィエラさんに医者を連れてくるように言った。

ヴィエラさんはすぐに部屋を出て行き、わたしはルルとソファーに座った。

よほど気になるのかルルの視線はわたしのお腹に向けられたままだ。

「とりあえず着替えてきたら? 仕事着に匂いがついちゃうし」

「そうだねぇ」

ルルが立ち上がり、居間を出ていった。

けれども五分ほどで着替えて戻ってきたので、あまり良い状況ではないのかもしれない。

ルルが戻ってきてから更に五分ほど後、我が家の主治医である使用人がヴィエラさんと共に来た。

元は闇ギルドで雇われていたが、生かすよりも殺すことのほうが多く、それが嫌になってこの屋敷の使用人の道を選んだらしい。いつも丁寧に診察をしてくれて、時々、わたしの体調のことや屋敷の環境などでルルと話しているのを見かける。ちなみに女性だ。

主治医は一礼すると近寄ってきて、わたしのそばに膝をつく。

「奥様、ご気分の悪さはありませんか?」

「はい、いつも通りで、特に違和感はないです」

「それは良うございます。診察のために触れさせていただきますね」

頷けば、主治医が手首で脈を計ったり、額で体温を確認したり、わたしの全身をくまなくチェックして、手元の本に書き込んでいる。わたしの診察の時に必ず持っているので多分、カルテみたいなものなのだろう。

それらが終わると問診に移る。

「食欲が減ったり、増えたり、何か食べて気持ち悪くなることはありましたか?」

「えっと、食欲は増えたかもしれません。昼食もいつもより多く食べました。でも、もうちょっとお肉を食べたいと思って……今日食べたもので気分が悪くなるようなものはなかったです」

「肉?」

ルルが驚いた様子で訊き返してくる。

肉が嫌いというわけではないけれど、これまで脂っぽいものはそれほど食べられなかったわたしが『肉が食べたい』と言ったからだろう。

主治医が小さく頷いた。

「奥様、少し体温が高いように感じられますが暑くないですか?」

「暑くないです」

「いつもと違うな、と思ったことは?」

「……そういえば、昼寝の時間が伸びた気がします」

その後もいくつかの質問をされ、答え、最後にリニアお母様達にわたしの最近の様子について聞き取りを行う。

わたし自身よりもリニアお母様達のほうが細かなことまでよく見て、覚えていて、主治医の質問にしっかりと答えていた。最後にルルにも聞き取りをする。

「旦那様はどうして奥様の腹部に違和感を覚えたのでしょうか?」

「リュシーって魔力がないじゃん? だけどさぁ、なぁんかリュシーの腹部辺りから何か感じるんだよねぇ。……すっごく小さくて微かだけどぉ」

「なるほど」

そんな感じで診察や聞き取りを済ませ、最後に主治医がわたしの腹部を触診で確認した。

時間をかけて触診をしてから主治医が顔を上げる。

何故か、わたしとルルの顔を交互に見て、一瞬思案するように目を伏せた。

だが、すぐに視線を戻すと口を開いた。

「奥様はご病気ではございません。健康そのもので、体のどこにも異常はありません」

それにルルが訊き返した。

「じゃあコレは何なのぉ?」

コレとルルがわたしの腹部を指差す。

やはりまだ、ルルはわたしの腹部に何か感じるらしい。

主治医が深呼吸をして、覚悟を決めた顔でわたし達を見た。

「奥様はご懐妊しておられます」

時間が止まった。

ヴィエラさんが「やっぱりそうなのね」と呟いた。

……ゴカイニン、って何?

思考停止するわたしの横で、ルルも目を瞬かせている。

わたしもルルも理解出来ていないと気付いた主治医が、改めて告げた。

「奥様のお腹の中に、お子様がおります」

「うそ…え、お子様って、あ、赤ちゃんってことですか…!?」

「はい、そうです」

驚いてお腹に手を当ててみても、いつも通りの自分のお腹しかない。

リニアお母様とメルティさん、ヴィエラさんに驚いた様子はないが、ルルは不可解そうに眉根を寄せた。

「体温の上昇、食欲増進、眠気、月のものではないのに少量の出血があり……何より、旦那様が奥様の腹部に感じているもの。これは恐らく、お子様の魔力です。奥様は魔力がないですが、子供にはあるので、それを感じ取ったのでしょう」

主治医の言葉にルルが言う。

「全然、腹は膨らんでないけどぉ?」

「妊娠したばかりはこのようなものです。子供が大人に成長するように、十月十日かけて母親のお腹の中で赤ん坊は大きくなっていきます。ゆっくり、ですが確実にこれからお腹が膨らんでいきますよ」

ルルがまじまじとわたしのお腹を見て、わたしも自分のお腹を見下ろした。

……ここに、ルルとわたしの赤ちゃんがいる?

これまでの結婚生活で夫婦らしいことはしているのだから、妊娠しても不思議はないが、わたしは月のものが不安定で、ルルも修行で口にした毒の影響で子供は出来ない可能性が高いと教えられていた。

子供がいなくてもルルがいればそれでいい。そう思っていた。

だから、あまりに突然のことで実感が湧かなかった。

ルルが主治医に訊いた。

「リュシーの体は耐えられるの? 妊娠や出産って母体の負担が大きいんでしょ?」

「絶対に安全とは申し上げられません。奥様の場合、治癒魔法が効かないので出産時に何かあっても奥様自身の体力に頼るしかないのです。ただ、年齢・健康面で見ても妊娠に問題はないでしょう」

間延びしていない真剣なルルの声と主治医の声に、これは現実なのだと思うと、遅れて感情がじわりじわりと広がっていく。

喜びと不安と心配と驚き──……言葉に言い表せない気持ちで息が詰まりそうになった。