軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ファイエット侯爵領(3)

馬車に乗って、墓地に向かう。

お墓は街の端にまとめられているそうで、お母様もそこに眠っているのだとか。

領主の一族のお墓なのに分けないのだろうかと疑問になり、訊いてみたら、お父様は笑って「大勢いたほうが寂しくないだろうからな」と言った。

それに、お墓のほうは小高い丘になってて景色も良いらしい。

街を抜けて、人気がなくなり、林の中に入っていく。

やがて、林が開けた場所で馬車が停まった。

馬車から降りると林の間から覗く空は夕焼けに染まり、そこだけは静けさに包まれていた。

「こっちだ」

歩き出したお父様の後を追い、墓地の中に入っていく。

新しいもの、古いもの、沢山の墓石が並んでいるけれど、古いものの割合のほうが多い気がする。

その中を抜けて、林が途切れ小高い丘の上にある大きな木に辿り着いた。

わたしが抱き着いても手が回り切らないほど太い幹の木の根本に、一つの墓石があった。

小まめに掃除がされているようで墓石は綺麗に磨かれていたが、他のものと同じだった。

そこに『ヴィヴィア=ファイエット』の名前と生きた年数が刻まれている。

お父様が膝をつき、墓石の前に花束を供える。

「遅くなってすまなかった、ヴィヴィア。少し忙しくてな……いや、それも言い訳か」

穏やかで、静かで、落ち着いた──……けれどもどこか寂しげなお父様の声が響く。

「君が亡くなってから、色々なことがあった。クーデターも起こした。簒奪者の妻という汚名を着せてしまって、すまない。……君は全てを見て、知っているだろうが、この子がリュシエンヌだ。私の……私達の娘だ。そして、娘の夫のルフェーヴル」

お父様が振り向いたので、わたし達は墓石に向かって礼を執った。

「初めまして、リュシエンヌと申します。ウェディングドレス、いただいてしまいましたが、大丈夫でしたでしょうか? ……素敵なドレスのおかげで素晴らしい結婚式を行えました。ありがとうございます、お母様」

「初めましてぇ、オレはルフェーヴル=ニコルソン。リュシーの夫だよぉ。まあ、よろしくねぇ」

ルルがわたしを抱き寄せる。

そんなルルにお父様とお兄様が苦笑して、墓石に顔を戻す。

「ルフェーヴルはこんなだが、リュシエンヌに関しては誠実な男だ」

「ちょっとぉ、酷くなぁい? 仕事に対しても 誠実(・・) でしょぉ?」

「お前の場合はこだわりが強いだけじゃないか?」

お父様の言葉にルルが抗議して、お兄様が呆れた顔で返す。

……もし、もしお母様が生きていたらどうだったのかな。

お父様はクーデターを起こしたのだろうか。

クーデターが起きなければ、わたしはどうなっていたのだろうか。

全部『もしも』でしかないけれど、多分、お母様の死がなければお父様は立ち上がらなかったかもしれないし、わたしは助けられることもなく、王妃の操り人形となって空っぽの女王として玉座にいたかもしれない。

それか、王妃とそっくりな性格の最低最悪な女王が歴史に名を残したか。

歴史の分岐点が一人の女性の死だったとしたら、人の運命はなんて不確かなものなのだろう。

そして、なんて残酷なのだろう。

クーデターにより旧王家から政権を奪い、国を安定に導き、民を救い──……どれほど多くの人々を幸せにしたとしても、お父様は最も大切な人を失ったまま。

たとえわたしが酷い扱いを受けていたとしても、養女に迎えるのは抵抗があっただろうに。

お父様は初めて会った時から優しくて、わたしに実の娘のように接してくれた。

お父様は、お兄様とわたしに接する時に差をつけなかった。

「母上、ご報告が遅くなりましたが、私は王太子になりました。……もうすぐ、王になります。まだまだ未熟者ですが、どうか見守っていてください。この国はいつか、母上が語った『素晴らしい国』となるでしょう。それまで何年、何十年とかかるかもしれませんが、父上の跡を継ぎ、父上と母上が愛した民を、国を、今度は私が支え、守っていきます」

お兄様が屈み、墓石にそっと触れ、花束の横に小箱を置く。

「だから心配しないでください。私はもう『小さなアリスティード』ではありません」

お兄様の決意に満ちた横顔が夕日の濃いオレンジ色に染まる。

秋の肌寒い気温のはずなのに、温かく柔らかな一陣の風が吹き、わたし達の間を抜けていった。

白百合と小箱のリボンがふんわりと揺れる。

お父様が目を細めて、木を見上げ、夕日に目を向けた。

「……ああ、そういえば、君に求婚した時も夕日が綺麗だったな」

お父様も墓石に手を置き、愛おしそうにその表面を撫でた。

「君といた時間は短かったが、今でもあの日々を鮮明に思い出せる。君の声も、笑顔も、横顔も、仕草や会話も……何年経とうとも、君は私の中に鮮やかに残っているよ、ヴィヴィア」

お父様が国王となって以降、新たに結婚をして王妃を迎えてはという話も上がった。

だが、お父様はそれらを全て退けた。

旧王家派や教会派に警戒していたのもあるだろうが、よほど政治的に必要なことでなければ、結婚はしたくなかったのだと思う。お父様はお母様だけを愛しているから。

そして、そんなお父様の姿にお兄様も安心したのではないだろうか。

「しかし、不思議だな。血の繋がりがないのに、時々、リュシエンヌに君の姿が重なる。君が生きていたら、リュシエンヌと良い関係を築けただろう。……君とリュシエンヌが並んで笑い合う姿を見たかったと思うのは、私のわがままだな」

フッと微かに笑い、お父様が立ち上がる。

「また来る。……王位を譲って以降のことだから、またしばらく先になるが」

「ルフェーヴルに頼めばいいですよ」

お父様の言葉にお兄様が言い、ルルが親指と人差し指で丸を作る。

「次は仕事として請け負ってもいいよぉ」

「お前な、もう少し便宜を計ってくれてもいいんじゃないか?」

「ココまで飛ぶと魔力量の消費が結構すごいんだよぉ。魔力回復薬込みの往復送迎分で、ギルドランク一位のオレを馬車代わりに使えるなら安いと思うけどねぇ」

「そう言われたら否定出来ないな……」

ルルとお兄様のやり取りに、お父様が明るい笑い声を上げた。

それに釣られてお兄様とわたし達も笑ってしまう。

「まあ、こういうふうに家族で仲良くやっているので心配はない。孫を抱くことも出来たし、そちらに逝くまでに多くの土産話を持っていけるようにするから、楽しみにしてくれ」

お父様が墓石に向かって柔らかな声で言う。

お兄様も置いた小箱を手に取って「中身は私が後で食べます」と笑った。

夕日は沈み、空はオレンジから藍色に変わり始めている。

それほど長居をしたつもりはなかったが、思っていたよりも時間が経っていたようだ。

「いつか……いえ、アルベリクがもう少し成長したら、連れて来ますね。母上の場合はもしかしたら、もう見に来ているかもしれませんが……」

困ったような表情でお兄様が微笑む。

そんなお兄様の肩に、お父様がそっと手を置いた。

「そろそろ帰るとしよう。あまり政務を放っておくと後が大変だ」

「そうですね」

お父様とお兄様が頷き合い、最後に一度だけ墓石を見て、振り向いた。

二人に促されて元来た道に歩き出す。

前を行くお父様とお兄様が「戻ったら書類が山積みだろうな」「日付けが変わる前に終わるといいんですが」と話していて、わたしの横にはルルがいる。

不意に風が吹いた。

視界の端に白い花弁のようなものが見え、思わず振り向けば、お母様の墓石の上に女性がいた。

髪の色も瞳の色も分からないけれど、シンプルなドレスを着た、二十代前半くらいのその女性と目が合った。全身がほのかに青白く光っていて、明らかに生きている人間ではないのに、不思議と恐怖心は湧かなかった。

女性はわたしに向かって優しく微笑んだ。

昔、王都のファイエット侯爵邸に飾られていたお母様の絵とそっくりだった。

あ、と思ったものの、次の瞬間には吹いた風に巻き上げられた落ち葉に視界が遮られ、目を開けた時には墓石のところには誰もいなくなっていた。

「リュシー?」

ルルの呼びかけにハッと我に返って顔を戻せば、二、三歩先でこちらを見るルルがいる。

もう一度お母様の墓石に目を向けても、もう何も起きなかった。

……お母様……。

あの微笑みは、わたしを娘として受け入れてもらえたということなのだろうか。

慈愛に満ちた優しい微笑みに胸がキュッと切なくなった。

「どうかしたのぉ?」

問われ、わたしは微笑みを浮かべてルルに歩み寄る。

「ううん、何でもない」

ルルの横に並べば大きな手が差し出され、手を繋ぐ。

歩き出しながらもわたしは最後に一度だけ振り返り、声は出さずに口だけ動かした。

──……ありがとうございます、お母様。

そして、今度こそ前を向いて歩く。

わたしの背中を押すように、ほのかに甘い花の香りを含んだ風が吹き抜けていった。

* * * * *

領主の館に戻ると、お父様とお兄様はオールディン様や使用人達に挨拶を済ませ、あっさりとルルの転移魔法で王都に帰っていった。

ルルが戻り、わたし達も帰ろうとしたのだが、何故かオールディン様に引き留められてしまった。

「伯爵、夫人、お待ちください……!」

どこか慌てた様子だったものだから、わたし達は顔を見合わせた。

「どうか、一晩だけでもご滞在いただけないでしょうかっ?」

「それは……わたしはお父様の養女に迎えていただきましたが、旧王家の王族でもあります。このお屋敷には、お……亡きファイエット侯爵夫人を慕う方々も多いでしょう。皆様を不快にさせたくはないのですが──……」

「不快だなんて、そのようなことはございません!」

オールディン様が大きな声で否定し、けれど、礼を欠いたことに恥じるように浅く頭を下げた。

「大声を出してしまい申し訳ありません。……しかし、この誤解だけは解いておきたいのです」

「誤解、ですか……?」

はい、とオールディン様が頷いた。

「我々も、領民も、あなたを恨んでいません」

意外な言葉にわたしは驚きのあまり、まじまじとオールディン様を見てしまった。

「昔から『親の因果が子に報いる』といいますが、大奥様が亡くなられたのは国の上層部全体が腐敗していたからです。……何より、奥様はご自身の命があとどれほどか理解しておられました」

オールディン様の話によると、お父様やお兄様に告げるよりも先に、お母様は医者から自身の病について説明を受け、その時に自分の命がもうどれほども長くないと知ったそうだ。

お母様は数日悩んだものの、治療をしても完治する見込みはなく──……当時の物価では治療に必要な薬はかなり高価で、領民が苦しんでいる中で治療にお金を費やすのは無意味だと考えた。

確かに、重税がなければ、国が腐敗していなければ、お母様は治療を受けることで多少の延命は出来たかもしれない。

だが、お母様は助からない自分の命よりも、お金があれば助かる領民の命を優先させた。

病床にあっても、お母様は使用人達にこう言い続けたそうだ。

『私が病にかかったのは、それが天命だったから……だから、誰も恨まないで。暗闇に、怒りに、絶望に、沈まないで。この道は私が選んだ道なの。最期まで、領主の……あの人の妻として、領民のためにこの命を使いたいの』

オールディン様の口からその言葉を聞いて、どうしてか涙がこぼれ落ちた。

目を閉じれば、墓石の上で佇んでいたお母様の姿が脳裏に浮かぶ。

あの優しくて慈愛に満ちた微笑み。

……あれは、あの意味は……。

わたしのせいではない。わたしのことを恨んではいない。そういう意味もあったのかもしれない。

突然泣き出したわたしに、ルルが心配そうな声でわたしの名前を呼んだ。

それに『大丈夫』と返事の代わりに微笑み、オールディン様に頭を下げる。

「教えていただき、ありがとう、ございます……っ」

本当はずっと心の奥底に棘のように突き刺さっていた。

お父様の最愛の人を、お兄様のお母様を、この屋敷の人々が敬愛した人を、わたしの実の父親が行った圧政によって殺してしまった。あの当時はこんなこと珍しくはなかっただろう。

……本当は怖かった……。

お父様やお兄様、エカチェリーナ様達が守ってくれたけれど、いつか、誰かに『お前は存在自体が許されない』『一生償え』と罵倒されるのではないか。

もしも糾弾された時、わたしはどうすればいいのか分からなかった。

頭を下げても、命を差し出したとしても、失われた命は戻らない。

しかし、オールディン様は『恨んでいない』と言った。

「いいえ……こちらこそお伝えするのが遅くなり、申し訳ありません。夫人の立場を思えばもっと早くにお伝えするべきでした。今更になってしまいましたが、あなたは陛下の娘であり、王太子殿下の妹であり、たとえ嫁いだとしてもファイエット侯爵家の一員です」

ポロポロと涙が止まらず、あふれてくる。

「いつでも、お越しください。我々はあなたの……お嬢様のお帰りを歓迎いたします」

……ああ、今回、ここに来られて良かった。

心の奥にずっと引っかかっていたものの一つが消えていくのを感じる。

わたしは引き取られた時から、ちゃんと、お父様の娘だった。

ルルがそっとわたしを抱き締めて、涙をハンカチで拭ってくれる。

「良かったねぇ、リュシー」

柔らかなルルの言葉に、わたしは何度も頷いた。