軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

里帰り

夜、通信魔道具でお父様とお兄様に連絡を取ることにした。

ルルが空間魔法から通信魔道具を取り出し、蓋をパカリと開ける。

……実は何度見てもちょっと面白いんだよね。

前世のファンデーションなどを入れる丸いコンパクト容器をイメージして作ったものだから、それをルルが持っていると、ちぐはぐな感じがして笑ってしまう。

お父様とお兄様も同じものを使用していると思うと尚更、面白かった。

通信魔道具にルルが魔力を通し、二人の通信魔道具に繋げる。

先に出たのはお兄様だった。

ふわりと半透明のお兄様の姿が映し出される。

【こんばんは。二人とも問題はなかったか?】

「こんばんは、お兄様。はい、鉱山の件は問題なく話が進みました」

「後はもう調査団が入るだけでぇ、オレ達はもういる必要もなさそうだよぉ」

わたしとルルの返事にお兄様が「そうか」と微笑んだ。

【鉱山の採掘量はそれなりにありそうか?】

「鉱夫のまとめ役の話じゃ、そこそこあるってさぁ。ボタ山からも採れそうだしぃ、調査団も多分『採掘可能』って判断になるんじゃないかなぁ」

【それは非常に助かるな】

お兄様が安堵した様子で頷く。

記念硬貨を作るための素材がなければ、どうしようもない。

素材を集められそうだと分かってホッとしているのだろう。

通信魔道具が短く震え、お兄様の横にお父様の姿が現れる。

【遅くなってすまない】

【お疲れ様です、父上】

「お疲れ様です、お父様。先ほど繋げたばかりなので大丈夫です」

ルルは特に何も言わなかったが、軽く手を上げて挨拶をし、それにお父様も同様に返す。

お父様もお兄様も忙しそうだけれど、映像で見る限りは体調を崩したり寝不足だったりということはないようだ。

「鉱山については問題ありません。加護の話も信じていただけましたし、今日の昼間に鉱山にもう一度入って、ロイド様達が素材の採れそうな場所を確認してくれました。……鉱山の中が淡く金色に輝いて、とても綺麗でした!」

【それは私達も見てみたかったな】

【確かに……ですが、私は狭い場所は少し苦手です。馬車のように外の景色が見通せるならともかく、それ以外はちょっと……】

どうやら、お兄様は若干だが閉所恐怖症っぽいところがあるらしい。

普段から広い場所で過ごして慣れているから、狭くて圧迫感の強い場所は苦手なのかもしれない。

それにルルが笑って返す。

「アリスティードには鉱夫の仕事は向かないねぇ」

【人には向き、不向きがあるが、私は王太子だから鉱夫の仕事が出来なくてもいいだろう】

「あはっ、それもそうだねぇ」

お兄様が少し拗ねた顔をして、ルルが笑った。

それをお父様が微笑ましいという顔で聞いている。

【そちらまで行ったのなら、せっかくなら海を見てきたらどうだ?】

お父様の言葉にわたしはキョトンとした。

「海、ですか?」

「ここは少しだけ海に接してるとこがあるんだよぉ」

ルルが空間魔法から地図を取り出し、見せてくれる。

確かに少し離れたところに海がある。

地図を覗き込み、すぐそばに『ファイエット』という文字を見つけて「あ」と声が漏れた。

……そっか、隣はファイエット侯爵領なんだっけ。

わたしは一度も行ったことがないけど、お父様が治める領地である。

「一日、二日かかってもいいなら海、見に行く〜?」

ルルの提案にわたしは思わず勢いよく振り向いた。

「いいのっ?」

「いいよぉ」

「ルル大好き!」

ギュッとルルに抱き着けば「オレもだよぉ」と抱き返される。

【侯爵領か……】

【懐かしいですね】

【ああ……国王となってからは戻れていないからな】

と、お父様とお兄様が言い、ルルが通信魔道具に顔を向けた。

「それなら、そっちもくればいいじゃん?」

【国王と王太子が何日も空けられるわけがないだろう】

お兄様の返事にルルが片手を振って否定する。

「違うちがぁう。確かファイエット侯爵領の主要な街って、海沿いにあったでしょぉ? どうせ海に行くなら、転移魔法で義父上とアリスティードだけ連れてくれば、行けないことはないかな〜ってさぁ」

お父様とお兄様が驚いたように目を丸くする。

わたしも、ちょっと驚いた。

ルルがお父様とお兄様にこういう提案をするとは思ってもみなかった。

お兄様が恐る恐る問いかけてくる。

【お前、ルフェーヴル……だよな?】

「逆にオレ以外の誰に見えるわけぇ? 別に嫌ならいいけどさぁ」

ムッとした表情でルルが顔を背けた。

【そう不機嫌になるな。だが、そうだな……久しぶりに墓参りがしたい】

お父様の言葉にハッと気付く。

国王となって以降、お父様はファイエット侯爵領に戻っていない。

そして、お母様──……ファイエット侯爵夫人のお墓は侯爵領にあった。

お兄様もどこか懐かしそうな表情で目を細めている。

【そうですね……】

「半日くらいなら時間作れるでしょぉ? 取りに行くから手紙書いてよぉ。ここからファイエット侯爵領の領主の館に送っておけば、オレ達が到着して、そっちを連れてくれば墓参りくらいは出来るだろうしぃ」

【分かった。後で適当な頃合いに取りに来てくれ】

「はいはぁい」

さくさくと話が進み、ファイエット侯爵領に行くことが決定した。

……わたしが行っても大丈夫かな。

心配しているとお兄様に声をかけられる。

【大丈夫だ、リュシエンヌ】

励ますのとは違う、どこか確信を持った言葉だった。

「リュシーは海を楽しめばいいよぉ。ファイエット侯爵領に行くのはオマケみたいなもんだしぃ?」

「……うん。わたしもお墓参り、してもいいですか?」

【もちろん】

【母上もきっと喜ぶ】

そういうわけで、ファイエット侯爵領に行くこととなった。

翌日、ロイド様とセクストン子爵が話をして、わたし達はもう立ち会う必要はないだろうという結論になり、その日は旅の準備のために領主の館で過ごした。

……ちょっと不安もあるけど、海は楽しみ。

今生で初めての海なのだ。

* * * * *

そうして、旅の準備を整えた翌日の朝。

領主の館の玄関前にはいくつかの馬車が並び、騎士達も揃っていた。

「今回の立ち会い、ありがとうございました。またいつでも、お越しください」

セクストン子爵夫妻と管理官、ロイド様が見送りに出てくれる。

子爵の言葉にわたしとルルは頷いた。

「はい、またいつか。セクストン子爵夫妻もご健勝でお過ごしください」

「今回は色々と便宜を計っていただき、感謝いたします」

使用人のみんなへのお土産もしっかり荷馬車に積み込んである。

鉱山のことでロイド様は忙しそうで、初日以外ではなかなか話す機会は少なかったけれど、久しぶりに会えて本当に嬉しかったし、ドランザークの街の人々が少しずつでも元気を取り戻していることが分かって良かった。

女神様の加護の影響という問題はあったが、それも良い思い出になりそうだ。

「ロイド様も、またいつか。今度はミランダ様と一緒にお会い出来ると嬉しいです」

「うん、その時はうちの双子も紹介するよ」

「はい、楽しみにしています」

その『いつか』がいつ来るかも、本当に再会出来るかも分からないけれど──……きっと、いずれはみんなと再会出来る時が来るだろうという確信がわたしの中にあった。

こうしてロイド様と会えたように、多分、いつか会える。

最後に管理官に顔を向ける。

「採掘の件、よろしくお願いします。でも、鉱夫の皆さんの安全を優先してください」

「はい、お任せください」

相変わらず神経質そうにメガネのツルを押し上げ、管理官が返事をする。

ドルッセルさんとのやり取りからも信頼関係が感じられたし、この管理官なら、鉱夫に無理をさせることはない。これまでのように彼らを気遣って、子爵と共に良い運営を行ってくれるだろう。

わたし達は馬車に乗り込み、扉が閉められる。

騎士達もそれぞれ、馬に乗り、出発の準備が整う。

ゆっくりと動き出した馬車の窓から四人に手を振った。

全員が手を振り返してくれて、すぐに姿は見えなくなってしまったが、わたしはしばらく車窓の外の景色を眺めて過ごす。ドランザークの街の景色も覚えていたかった。

馬車は街の外壁の門で一旦止まり、けれどもまたゆっくりと走り出す。

「リュシエンヌ様、膝掛けをどうぞ」

メルティさんが差し出した膝掛けを、ルルが受け取り、わたしの膝にかけてくれる。

「ありがとう、ルル、メルティさん」

返事の代わりにルルがわたしを抱き寄せた。

促されるまま寄りかかり、ルルの手を握る。

「ビックリすることもあったけど、楽しかったね」

「そうだねぇ」

「……山の次は海かあ」

わたしの呟きにルルが小さく笑った。

ヴィエラさんとメルティさんも微笑んでいる。

「奥様、海の魚や貝も美味しいし、景色もきっと良いでしょう」

「でも、湖とは違って危ないので海辺で遊ばないでくださいね。見るだけですよ」

「はーい。でも、砂浜で貝殻拾いなら出来るかな?」

メルティさんに訊き返すと、珍しく難しい顔をされた。

「……一人で海に近づかなければ」

「オレがそばにいるから大丈夫だよぉ」

「それもそうですね」

ルルに言われて、メルティさんが頷いた。

……海も楽しみだけど、お父様とお兄様と過ごせるのも楽しみ!

通信魔道具で頻繁に話しているが、やっぱり直に会うほうが嬉しい。

「ここからファイエット侯爵家のマナーハウスまで、どれくらいかかるの?」

「ちょ〜っと待ってねぇ」

ルルが空間魔法から地図を取り出し、膝の上に広げる。

「今日はここにある村に泊まるからぁ、着くのは明日だねぇ」

ルルの指が地図の上を辿り、村の辺りをトントンと軽く叩いてから、ファイエット侯爵領に指を滑らせる。

目的地はファイエット侯爵領の最も海側に位置する、領主の館がある街・リールエット。

港もあるため、栄えているのだとか。タイミングが合えば大きな船も見られるかもしれない。

「わたし、行っていいのかな。……お母様の件で嫌われてそうだし……」

旧王家時代、お母様は自分の病の治療よりも、重税に苦しむ民のためにお金を使うようにお父様に促し、そうして病により亡くなってしまった。

だから旧王家──……前国王の娘であるわたしは嫌われて当然だ。きっと、お母様も民から慕われていただろうし、わたし自身に直接的な関わりがなくても、良い顔はされないだろう。

ルルの手がわたしの頭を撫でる。

「アリスティードが『大丈夫』って言うなら、大丈夫なんじゃなぁい? もしリュシーのことを悪く言うヤツがいたら、さっさと帰っちゃえばいいんだしぃ」

「……そうだね。わたしが無理に歩み寄ろうとしても、きっと不快にさせるだけだよね」

「リュシーは何も悪くないんだから、気にすることないよぉ」

慰めるようにルルがわたしの額にキスをした。

「それよりもさぁ、海に行ったら貝殻拾いするんでしょぉ? 他にやりたいことってある〜?」

気を紛らわせるためか、ルルが別の話題を振ってくれた。

その気遣いが嬉しかったので、わたしも笑顔でルルを見上げる。

「ヴィエラさんも言ってたし、魚とか貝とかも食べてみたいな。海辺をルルとお散歩して、貝殻拾いをして、海を眺めて──……それで十分。だってルルと一緒ならどこでも最高の場所だもん」

「リュシーはオレを喜ばせる天才だねぇ」

嬉しそうに笑ったルルにギュッと抱き締められる。

「海辺なら真珠を売ってそうだし、装飾品の一つくらい買おっかぁ。リュシーは色白だから、ネックレスとかブレスレットよりも、髪飾りのほうが似合いそうだねぇ」

「ルルに選んでほしいな」

「はぁい、任されましたぁ」

ルルの返事がおかしくて笑みが浮かぶ。

……そっか、だからお母様のドレスに真珠を使ったんだ。

ウェディングドレスに散りばめられた真珠やネックレス。あれはファイエット侯爵領の特産品でもあって、手に入れやすかったからかもしれない。

ウェディングドレスも装飾品も、今も大事に仕舞ってある。

……帰ったらウェディングドレス、もう一度しっかり見よう。

あの綺麗なドレスをただ眠らせておくのは勿体ない。

時々は出して、眺めて、結婚式の時のことを思い出してもいいだろう。

あの瞬間が一番幸せだと思ったけど、結婚後も幸せで、そう思うといつだって幸せだ。

「せっかくだから、いっぱい楽しもうね」

「そうだねぇ」

まだ行ってもないのに、余計な心配をするのはやめよう。

今はお兄様の言葉を信じて行くだけだ。

「ところで、ルルは海の魚とか貝とか、食べたことある?」

わたしの疑問にルルが頷いた。

「昔、魚は一度だけあるけどぉ、海の貝はないねぇ」

「貝かあ。……今度はちゃんと砂抜きしたものだといいね」

クリューガー公爵領で食べた貝のスープは砂入りだったから。

それをルルも思い出したのか、微妙な顔をする。

「もし砂入りだったら、もうリュシーには食べさせないよぉ」

ルルはあまり貝の砂が好きではないのだろう。

何とも言えないルルの表情に思わず笑ってしまった。