軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

立ち会い調査(2)

鉱山の入り口に向かうと、ふわりと風が中に吹き込んでいく。

よく見ると鉱山の入り口の壁に魔法式が描かれていた。

……これは風属性の魔法?

とてもシンプルなもので『優しく風を送る』というだけの魔法のようだ。

鉱山内部は空気の流れが悪いから、それを解消するために施してあるのだろう。

直系二メートル半ほどの入り口に立つと、奥が見える。

なかなかに深くまで掘ってあるようで、ゴツゴツとした壁に、わたしの両手の中指と親指をくっつけて作った丸くらいのものやもっと太い丸太が組まれている。足元は砂利や砂などを踏み固めただけで、左下に小さな細い溝がある。パッと見た感じは『思ったよりも広そうだ』という印象を受けた。

右手に赤色の塗料で、左手に青色の塗料で矢印が書かれている。矢印は淡く光を放っており、これなら薄暗くても向かう先を見失うことはなさそうだった。

中に入っていくと、生温い空気に包まれる。

「鉱山内部は奥に行くほど暑くなり、空気も悪くなる。体調に違和感があればすぐに引き返すからな」

ドルッセルさんが話しながらゆっくりと鉱山内部に入っていく。

それほど大きな声ではないのによく響く。

鉱山内部は湿気があり、暗く、遠くで微かに水の音がするけれど、他の音はない。

わたし達の歩く足音が随分と大きく聞こえた。

外から見た時は広く感じたのに、入ってみると思いの外、壁や天井が近い。崩落しないようにさせているのだろう丸太によって、実際の広さよりも狭くなっている。

……閉所恐怖症の人はきついだろうなあ。

なかなかの圧迫感に、つい呼吸を止めてしまいそうになる。

少し歩いて、道が緩やかな下り坂になっていると気付いた。

足元を見れば、いつの間にか左下の溝に細く水が流れている。

「ここからいくつか道が分かれているんで、気を付けてくれ。まあ、他の道はここより細いし、わざと入ろうとしない限りは迷うことはないと思うけどな」

わたし達のいる大きな道が右に曲がり、その曲がり角で確かに他に逸れる道もあったが、その奥は複雑になっているようで、暗闇の中に赤と青の目印が入り交じるように淡く光っている。

前を歩くルルの背中を追い、更に奥に進む。

足元も踏み固められているものの、砂利や砂などで歩きにくい。

さすがのルルもここでは足音を消すことが出来ないようだった。

「ここから少しの間、天井が低くなるんで頭上に注意だ」

ドルッセルさんの言葉が響く。

ルルが体を屈めて中腰になり、一番背の小さいわたしでも少し前のめりにならないと進めないほど天井が低くなった。より圧迫感が増した気がする。

しばらく歩くと天井の高さが戻ったけれど、ルルは少し身を屈めないといけないくらいだ。

前に人がいると道の先は見通せないし、暗くて、湿っていて、空気は生温かい。

足音の中にバシャ、バシャ、と水音が交じって聞こえてくる。

「右手に池があるが、絶対に近づくなよ。ここは特に池の周りが脆いんだ」

数メートル進むと確かに右手に水場があった。

水は深い青色が僅かに翠がかって神秘的な美しい色合いをしており、透き通っている。

しかし、魔道ランタンの明かりが届かない場所は暗く、穴の位置からして下に向かって深く続いているように見える。遠目に見てもそう感じるのだから、実際はもっとずっと深いのだろう。

水場の端にバケツがいくつも縦に連なったものがあり、それがゆっくりと回って水を汲んで上に運んでいく。

「あれは何ですか?」

と訊けば、ドルッセルさんが教えてくれた。

「あれは水汲み装置だな。こういった場所の水は放っておくと増えてあふれちまうから、常に排水しているんだ。この池もあれで人の背丈の倍以上の深さがあってな。昔から『鉱山の池で溺れた者は助からない』って言われていて、引き上げられても、その後に苦しんで死ぬって話だ」

「それは怖いですね……」

鉱山の有害物質を多量に含んでいるからか、それとも別の理由なのか。

どちらにしても近づかないほうがいいというのは確かである。

水場の周りは黄色い塗料で囲って目印がつけられているが、空間に限りがあるからか、安全柵などはない。歩き出したドルッセルさんについてわたし達はまた奥に進んだ。

……暗いし、景色も同じだから、どれくらい歩いたか分からなくなりそう。

そのうち、やや広い空間に出た。

そこからいくつも細い道が枝分かれに広がっている。

「この辺りでいいだろ」

ドルッセルさんが立ち止まり、全員がその空間に集まる。

「一番必要な金属はもっと奥にあるんだが、他のものはこの辺りでも多分それなりに採れる」

「……どこもただの岩壁のように見えますが……」

「はははっ、慣れない人間が見分けるのは難しいよな」

ドルッセルさんが近くの道の出入り口付近の壁にそっと触れる。

「たとえばこの道の先には金鉱脈がある。で、この辺りの壁は金鉱脈で、岩の中に金が含まれていて、砕いて魔法で抽出すると金が採れたりする」

「なるほど。他のものについての採掘量はどの程度になるか分かりますか?」

「俺の経験で言うなら『そこそこある』と思うが、なんせ今まで採掘対象外だったものもあるからな……掘ってみないと分からないというのが正直なところだな」

「少量でも採れるのであれば欲しいです。……必要量はさほど多くはないのですが、含有量が極めて少ないということは聞いています」

ドルッセルさんとロイド様が壁を見ながら話している。

壁は淡いマゼンタ色のような風合いをしており、ここに何かが含まれていると言われて、ようやく『そうなのか』と思えるだろう。知識がなければ少し変わった色の壁だと感じるだけだ。

「あの、少しだけ壁に触ってみてもいいですか……?」

わたしの質問にドルッセルさんが微笑ましげに笑った。

「構わないが、素手はやめたほうがいい。あと、触るなら優しく頼む」

それにルルがポケットから手袋を取り出した。

「リュシー、これを」

「ありがとう、ルル」

ルルの手袋を借りて着けると、かなり大きかった。

わたしが左手に手袋を着けて、ルルも右手を着けると、ドルッセルさんの許可を得てからルルが慎重な手つきで壁に触れた。検分するようにしばし触れてから、わたしに頷き返す。

……この壁に金が含まれているなんて、見た目からは想像もつかないなあ。

手袋を着けている左手でそっと壁に触れた。

瞬間、壁が淡い金色に輝き、その光が鉱山内部の壁に伝染するように広がった。

それにわたしだけでなく、その場にいた全員が驚いた。

ふわりと温かな何かに包まれるような感覚がした。

……あれ、この感覚、どこかで……?

「リュシー!!」

ルルがわたしを抱き寄せ、素早く壁から引き離す。

すると、広がっていた光がフッと消える。

突然のことで何がなんだか理解出来ないが、今の現象が普通でないことだけは分かった。

シンと場が静まり返る。

「い、今のは何だっ?」

ドルッセルさんが驚いた様子で言う。

管理官が眉根を寄せ、口を開いた。

「夫人、今、魔法をお使いになられましたか?」

「い、いえ、わたしは魔法が使えないので……」

ルルがわたしの顔を心配そうに覗き込んでくる。

「大丈夫ですか? どこか具合が悪くなったり、違和感があったりしませんか?」

「何ともないよ。驚いたけど、それだけ」

ロイド様が珍しく難しい顔でわたしを見る。

管理官とセクストン子爵が顔を見合わせた。

「先ほどの光、分離魔法を使った際に見られる反応に似ていませんでしたか?」

「言われてみれば……しかし、夫人は魔法が使えないはずだが……」

ロイド様が顔を上げるとわたしに声をかけてきた。

「リュシエンヌ様、よろしければもう一度壁に触れてみていただけませんか?」

「はい、分かりました」

「リュシー」

ルルに呼ばれて、微笑み返す。

「大丈夫。嫌な感じはしなかったよ」

むしろ、あの感覚はどこか懐かしささえ覚えた。

それでも心配なのか、ルルがわたしの右手を握り、わたしはもう一度壁に触れた。

やはりわたしが触れると壁の至る所が淡く金色に発光し、その光が広がっていく。

ロイド様が今度はドルッセルさんに振り向く。

「ドルッセル殿、もしかして光っている場所は何らかの鉱物が含まれているのではありませんか?」

ロイド様の言葉にドルッセルさんが慌てて壁を見て、光っている場所を確かめた。

「え? ……ああ、そうだ! ここも、そこも、あっちも!」

「やはり……」

目を伏せたロイド様がすぐに顔を上げる。

「鉱山のそばには、掘り出した土を貯めて出来た山がありますよね? そちらにも案内していただけませんか? 僕の予想が正しいのであれば調査は進められますが……申し訳ありません、これは国の重要機密に繋がるため今ここで説明をするのは難しいことなのです」

ロイド様が困ったような様子でそう言った。

全員で顔を見合わせ、とりあえず、わたしは壁から手を離した。

ルルがまじまじと壁を見て、わたしと繋がっている手を見て、自分の手を見た。

「この感覚って……」

どうやら、ルルもこの感覚に覚えがあるらしい。

ルルがわたしを見て、ロイド様に顔を向けた。ロイド様が小さく頷き返す。

ロイド様とルルは何かに気付いたようで、珍しくルルが苦笑した。

「とにかく、鉱山内部の立ち会い調査はこれで問題ありません。外に出て、掘り出した土のほうに行きましょう。……恐らく、そちらも同様の反応が見られるかと」

確信を持ったロイド様の声が静かに響く。

鉱山内部に長時間いるのも良くないということで、そのまま外に戻ることになった。

* * * * *

鉱山から出ると外の明るさに少し目が眩んだ。

思わず目を細めていれば、気付いたルルがわたしの額に手をかざして、目元に影を作ってくれる。

そうして『大丈夫?』と訊くように顔を覗き込まれたので、頷き返した。

「ありがとう、ルル。ちょっと眩しくて……」

「暗闇から出ると明るさに慣れるまで時間がかかりますからね」

自分で額に手をかざして目元に影を作ると、ルルの手が離れていった。

ルルは空間魔法から日傘を取り出し、それを広げるとわたしに差しかけてくれる。

そうしているとヴィエラさんが近づいてきて、ルルから日傘を受け取った。

「ボタ山はあっちだが、足元が悪いから気を付けてついてきてくれ」

ドルッセルさんの問いに全員が頷いた。

鉱山から掘り出したものや分離後の土は、別の場所に積み上げられる。

それをここではボタ山というらしい。

鉱山の中も足元はあまり状態が良くなかったが、外はより砂利や砂などがあって歩きにくい。

ルルは片腕を貸してくれたので、ありがたくそこに掴まらせてもらった。

鉱山の出入り口から少し下りた平らな場所に、小さな山──と言っても鉱山より小さいというだけで、領主の館よりも大きい──がいくつもあり、鉱山から掘り出した土の量がどれほどのものかを実感させられる。

……魔法があるとはいえ、これを人が掘ったなんてすごいことだよね。

ボタ山を見上げているとロイド様がドルッセルさんに問う。

「この山に触れても問題ありませんか?」

「ん? ああ、大丈夫だけど……?」

「では、リュシエンヌ様、こちらの山に触れてみてください」

ロイド様に促されて、山に近づき、恐る恐る触れた。

日差しの下で分かりにくいが、ボタ山がほのかに金色に光る。

「ありがとうございます。もう離していただいて結構ですよ」

と言われて手を離せば、光も消えた。

セクストン子爵と管理官、ドルッセルさん、それからヴィエラさん達がやはり驚いた様子で顔を見合わせ、わたしを見るが、訳が分からないのでわたしは首を横に振った。

「この件については口外しないでいただきたいです。陛下と王太子殿下に連絡を取る必要がありますので、詳しい話は明日、 行(おこな) います。……少なくとも、この鉱山には必要な鉱物があるということは分かりました」

ロイド様の言葉にルルを見上げれば、小さく頷き返される。

全員の中に謎を残したまま、本日の立ち会い調査は終わることとなった。

ロイド様と子爵、管理官、ドルッセル様は今後のことについて話があるそうで、わたしとルルは一足先に領主の館に戻るため、馬車に乗った。

ヴィエラさんも乗っている馬車の中で、わたしは先ほどのことを思い出した。

……壁に触れた時のあの感覚……まるで女神様の祝福を受けた時みたいだった。

温かくて、柔らかくて、優しいものに包まれる不思議な安堵感。

それと共に鉱山内部やボタ山が淡い金色に輝いた。

その二つが全くの無関係とは思えない。

考え込んでいると、ルルに抱き寄せられる。

「女神サマってのは、実は世話焼きなのかねぇ」

というルルの言葉に確信する。

壁が光ったのは、やはり女神様の加護が関係するのだろう。

「ルルもあの感覚、感じた?」

「感じたよぉ。多分、リュシーと手を繋いでいたからだと思うけどねぇ」

どこか呆れたような顔でルルが言う。

「リュシーはほんと、女神サマに愛されてるなぁ」