軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

家族(1)

その日は朝から何となく落ち着かない気分だった。

どうやらお屋敷の主人、つまり新国王にしてわたしの義理の父となる人が一度戻って来るらしい。

朝、部屋にやって来たリニアさんとメルティさんが教えてくれた。

お屋敷は毎日使用人達がピカピカに掃除しているけれど、今日は更に丹念に掃除がされて、夕食も普段より少しだけ豪華なものになるそうだ。

……普段でも十分豪華だけどなあ。

今まで自室で食事を済ませていたわたしも今日の夕食は食堂で、お兄様と義理の父と共に食べることとなった。

……お父様……。

そういえばクーデターの時に会った。

少しだけ言葉も交わしたが、思い出してみると、なるほどお兄様とよく似た人だった。

「さあ、お嬢様、今日は身支度で忙しくなりますよ」

そうリニアさんは言い、昼食後に少し休憩を取ってからわたしは身支度とやらのために入浴することになった。

頭の天辺から爪先まで丁寧に洗われて、全身マッサージされて、髪もヘアオイルみたいなのを随分時間をかけて馴染ませていた。

途中でわたしが転寝してもお構いなしだ。

わたしが入浴している間はルルはいなかったけど、リニアさんとメルティさんなら慣れたので大丈夫。

揺れる感覚で転寝から目を覚ますと、いつの間にか戻ってきていたルルに抱えられて寝室に移動している最中だった。

果実水と手で摘めるお菓子が部屋に用意されていて、ドレッサーの前に降ろされると、メルティさんがわたしの手にグラスを渡した。

ルルはわたしの後ろに回ると髪の具合を触って確かめた後、ブラシで梳り始める。

リニアさんが淡いレモンイエローのワンピースドレスを持って戻ってきた。

「今日は御髪を結っていただけますか?」

「いいよぉ」

「ではお先にこちらでお召し物を替えましょう」

頭上でそんなやり取りがあった。

そうして一度立たされると、リニアさんとメルティさんの二人がかりであっという間に服を着替えさせられた。

二人の話を聞いていると化粧をするかしないかとか、装飾品の代わりにリボンを巻くとか巻かないとか、あれこれ話し合っているようだった。

でも手は止まらなかった。

……義理の父に会うためにそこまでするの?

ルルはわたしの髪をブラシで梳き終えると、左側のこめかみ辺りの髪を多めにとって三つ編みにして、前髪の生え際の後ろから頭の右側までグルリと巻いて、ピンで留めていく。

……手慣れてるなあ。

そして最後に右側のピンを差した所に飾りのついた髪留めをつける。

「うん、かわいい」

出来栄えに満足した様子で頷いた。

確かに可愛い。

レモンイエローのワンピースドレスにちょっとだけ手の込んだ髪型で、良いところのお嬢様みたいだ。

……王女様だけどね。

何度も梳いた髪はツヤツヤしてる。

「お嬢様、失礼します」

リニアさんがわたしの頬を柔らかなブラシでササっと撫でると、頬がほんのり赤くなる。

「あまりお化粧をすると肌に負担がかかりますので、今日は頬紅だけにいたしましょう」

「もう少し成長されたら、お化粧しましょうね」

と、リニアさんとメルティさんが言う。

「リュシーは化粧なんてしなくても十分可愛いよぉ」

ルルがどこか不満そうにぼやいた。

それにリニアさんとメルティさんが頷く。

「そのままでも確かにお嬢様はお可愛らしいです」

「でもお化粧は身嗜みの一つですからね、薄くですが、した方が良いでしょう」

「面倒くさいねぇ」

二人の言葉にルルが言い、わたしも頷いた。

まだ子供のうちからお化粧なんてする必要ないと思うけれど、貴族の御令嬢や王族ではそれが当たり前なのかもしれない。

……だけど頬紅は必要かも?

あまり日に当たってなかったからか、わたしの肌は白を通り越して少し青白い。

このままではあまりに血色が悪いのだ。

だから頬紅くらいはつけた方が良いだろう。

最後に首や手首にドレスと同色のリボンを巻く。

「いかがでしょう? お嬢様」

ドレッサーの鏡には淡いレモンイエローの可愛らしいワンピースドレスに身を包んだわたしがいる。

頬紅のおかげで血色も良くみえ、まだかなり痩せているけれど、ドレスが痩せ過ぎた体を綺麗に隠してくれている。

艶のあるダークブラウンの髪がサラリと肩を流れ落ちる。

「ありがとうございます。すごく、かわいいです」

リニアさんとメルティさんが嬉しそうに笑った。

気付くと窓の外はもう夕暮れ時になっていた。

……身支度だけで何時間もかかったんだ。

毎日これだと疲れるが、時々なら何とか我慢出来るかもしれない。

可愛くなったわたしをルルが抱き上げて、ソファーへ移動する。

今のわたしの姿を気に入ってくれたのかルルはソファーへ腰を下ろすと、わたしを膝の上に乗せた。

「お疲れ様ぁ」

「夕食があるからちょっとだけねぇ」と言って、果実水の入ったグラスをわたしへ持たせる。

それから置いてあったお皿からクッキーを摘む。

口元に差し出されたそれにかじりついた。

ちょっとお腹が空いていたので嬉しい。

わたしがルルの摘んでいるクッキーを食べている間、もう片手をわたしの顎の下辺りに添えて、食べかすがドレスに落ちないようにしてくれている。

そうして三枚食べた。

後はグラスから果実水を飲んでまったりしていると、ルルが「あ、そろそろ戻ってきたみたいだよぉ」と言った。

耳を澄ませると部屋の外の気配が慌しい気がする。

「お出迎えに行かれますか?」

メルティさんに問われて考える。

……お世話になってるんだし、行った方がいいよね。

頷き返すと、ルルがお皿の上で手を軽く払って、わたしのドレスに食べかすが落ちてないか確認してからわたしを抱えて立ち上がった。

……そろそろ自分で歩きたいなあ。

足の傷は大体塞がっている。

お医者様が言うには後数日置いて、傷が開いたり腫れたりしていなければ、自分で歩いてもいいということだったけど。

リニアさんが部屋の扉を開けてくれて、ルルに抱えられながら廊下へ出て、多分玄関へ向かっている。

まだお屋敷の中は分からない。

……ルルはどうしてお屋敷の中が分かるんだろう?

いつもわたしの傍にいてくれたので、お屋敷の中を見て回る時間なんてなさそうに思えたが。

ルルの後ろにリニアさんとメルティさんが続く。

お屋敷の中を進んで、見覚えのある玄関に辿り着くと、そこには既にお兄様が来ていた。

「リュシエンヌも出迎えか?」

お兄様の言葉に頷き返す。

も、ということはやはりお兄様もそうなんだろう。

少しそわそわした様子が年相応で可愛い。

外に出ると使用人達が左右にズラリと並んでいた。

そこをお兄様と、ルルに抱えられたわたしが歩いて行き、リニアさんとメルティさんは使用人の列に加わった。

空は濃いオレンジから藍色へと移り変わっていくところで、美しい色のグラデーションを見上げた。

リュシエンヌ(わたし) はこんな綺麗な夕焼け空を空の下で見たのは初めてだった。

後宮で暮らしていた時は、この時間にはもう物置部屋にこもっていた。

小さな窓から差し込む夕日を眺めたことはあったけれど、それがわたしにとっての夕焼けだった。

……ああ、外の世界ってこんなに広いんだ。

当たり前のことなのに、少し怖い。

ルルの服を掴むと、ルルがわたしを見た。

「緊張してるぅ?」

本当は違うけど頷いた。

「少しだけ……」

「大丈夫だよぉ。前に一回会ったけどぉ、怖い人じゃなかったでしょ〜?」

「うん」

ルルが傍にいると実感すると肩の力が抜けた。

世界は広くて、きっと色んな人がいて、色んなことがあって、でも、広過ぎてちょっと怖い。

こんな広い世界でルルと離れ離れになったらって考えるだけで体が強張ってしまいそうになる。

だけどそんな不安は必要ない。

ルルはわたしの横にいる。

それだけでいい。

空を眺めているとお屋敷の敷地を囲っている柵の門が開いて、一台の馬車がゆっくりと入ってくる。

その馬車はわたし達の前に止まった。

執事のオリバーさんが近付き、馬車の扉を開けた。

そこから一人の男性が降りてくる。

「おかえりなさいませ、旦那様」

「何か問題はなかったか?」

「はい、何もございませんでした」

オリバーさんと男性が言葉を交わす。

そこにお兄様が近付いた

「父上、おかえりなさい」

振り向いた男性がお兄様に微笑む。

お兄様にそっくりの夜空みたいな黒髪に、宝石みたいな金色の瞳、切れ長の鋭い目付きと端正な顔立ちは冷たそうな印象を受ける。

「ああ、ただいま」

だが、お兄様へ返事をする声は柔らかい。

それからわたしへ視線を向けた。

「お、おかえりなさい……」

尻すぼみになったわたしの言葉に、義理の父となる人は穏やかに目を細めた。

「ここでの生活はどうだ? 何か困ったことがあれば、遠慮せず侍女かオリバーに言いなさい」

お兄様へ向けるのと同じ柔らかな声だった。

「こまること、ないです。まいにちしあわせです」

「そうか」

義理の父は微笑んだまま一つ頷いた。

そうして義理の父を先頭に、お兄様、わたしを抱えたルルが屋敷の中へ入っていく。

着替えのために義理の父は一度部屋に行くそうで、お兄様とわたしは先に食堂へ向かうことにした。

「まだ足の怪我は治らないのか?」

食堂への道すがら、お兄様に訊かれる。

「きず、ふさがりました。あと少しだけまって、きずがひらいたり、はれたりしなければ、あるけます」

「じゃあ歩けるようになったら屋敷の中を案内しよう。屋敷の中には図書室や遊戯室もあるし、外には温室もある。今度、温室でティータイムをしよう」

「はい」

そんな風に話しながら食堂へ着く。

大きなテーブルの、お誕生日席は多分義理の父の席で、お兄様はその席の向かって左手に座った。

わたしはお兄様の隣の席に降ろされる。

すぐに給仕の使用人が飲み物を持ってきてくれた。

「そうだ、もしリュシエンヌが嫌じゃなければ今日から食事はここで一緒に摂らないか?」

お兄様の提案に考える。

「まだ、きれいに食べられないです」

練習しながら食事をしているけれど、なかなか綺麗に食べるのは難しい。

子供の手にナイフやフォークは大きくて、動きもぎこちないし、食器にぶつけてしまうことやこぼしてしまうことも多い。

それを説明するとお兄様は「僕も昔はそうだったな」と頷いた。

「それでも構わない。リュシエンヌはまだ習ったばかりだし、これから上手くなっていくんだ。笑ったりしない」

「……いやじゃないですか?」

「全く嫌じゃない。それに同じ屋敷にいて、兄妹なのに別々に食事をするのは少し寂しいんだ」

真面目な様子でそう言うのでわたしはルルを見た。

ルルはちょっと考えるような仕草を見せた後、一つ頷いたので、良いということだろう。

「これからはいっしょに食べます」

「ああ」

お兄様の手がそっとわたしの頭に触れる。

ルルはよくわたしの頭を撫でるけど、お兄様は自分が嬉しい時にわたしの頭に触れるみたい。

多分、ありがとうって気持ちをわたしに伝えたいのだと思う。

最初の頃のルルみたいに、ぎこちない手付きでわたしの頭をわたしよりちょっと大きな手が撫でる。

ルルとは違うけど嫌じゃない。

「ついでに言葉も崩していいんだぞ。ルフェーヴルに話すみたいに」

「ルルはとくべつだから」

わたしが首を振るとお兄様は「そうか……」と残念そうな顔をしたが、怒りはしなかった。

「何だ、お前達、もう仲良くなったのか」

そんな声と共に義理の父が入ってくる。

そうしてあのお誕生日席に座った。

「はい、血は繋がっていないと言ってもリュシエンヌは僕の妹ですから。今度一緒に温室でティータイムをするんです」

どこか自慢するようにお兄様が言う。

義理の父がナプキンに手を伸ばしたので、お兄様もわたしも同様にナプキンを膝へ敷いた。

「そうか、問題がないなら良い。私はまた明日から王城へ戻るが、まだしばらくお前達を連れて行くのは無理そうだ」

義理の父の前のグラスにワインが注がれる。

王城と聞いて、後宮を思い出す。

「あの……おとうさま……」

「ん? どうした?」

呼び方に悩んで、お父様と呼んでみると、義理の父はすぐに反応してくれた。

わたしが父と呼んでもいいようだ。

促すように視線を向けられて思わず俯く。

「その、おしろにはぜったいに、すまないとダメですか……?」

後宮が一番嫌だけど、王城の敷地内というのも正直あまり行きたくない。

後宮がそこにある場所だから。

前菜が運ばれてきた。

義理の父、お父様が「ふむ」と漏らす。

「リュシエンヌには良い思い出のない場所だろうからな。 何(いず) れは移ってもらいたいとは思うが、あちらが嫌なら、まだしばらくはここで暮らしても構わない」

「……いいんですか?」

「ああ、だが王族としての公務が始まる十二歳からは王城へ移ってもらうが。住むのは後宮ではなく別の宮になる。あの後宮は取り壊す予定だ」

十二歳ということはまだ七年ある。

それまではここで暮らしていい。

しかもあの後宮はなくなるらしい。

重かった心の引っかかりがなくなった。

あの後宮でなければきっと大丈夫だ。

「ありがとうございますっ」

お兄様が「良かったな」と言うので頷いた。

「それから、わたしをひきとってくれてありがとうございます。何もかえせないけど、わたし、おべんきょうをたくさんがんばります」

「礼はいい。養女としたのは政治的な問題もあってのことだ。……暮らしに困らないようには出来るが、君に選ばせてやれなくて、窮屈な人生にさせてしまってすまない」

申し訳なさそうな顔をするお父様にわたしは首を振った。

「ううん、ルルにききました。わたし、大きくなったらルルとけっこんするって。今もおとうさまがきょかしてくれたから、ルルといっしょにいられます。だから、ありがとうございます」

感謝の気持ちを込めて頭を下げる。

それから顔を上げれば、お父様の表情はいくらか柔らかくなっていた。

何となく食堂の空気も和やかになった気がする。

堅苦しい雰囲気はなくなっていた。

「あ、父上、僕も公務が始まるまで、こちらに住みたいと思っています。それまでは王城にはここから通うつもりです」

「……随分と妹を気に入ったようだな」

「はい、見ての通り可愛い妹なので一人で残すのは心配ですから」

お父様が呆れたような顔をして「好きにしなさい」と答えてナイフとフォークを手に取った。

わたし達も同様に食事を始める。

お兄様が嬉しそうに「明日の朝食に寝坊するなよ」と言うので頷いておいた。

何はともあれ、義理の父は優しい人のようで安心したし、わたしを受け入れたのが嫌々でないと分かって良かった。

……さて、食事に集中しよう。

習ったばかりのテーブルマナーを思い出しつつ、前菜の一つにわたしは意識を集中させた。