軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ただいま / 優しい音色

* * * * *

「お飲み物のおかわりはいかがですか?」

母親よりも歳上の、優しそうなメイドに声をかけられて、エイベルはピンと背筋が伸びた。

「あ、だ、大丈夫です!」

「ケイト、もっとこれたべたい!」

「こら、ケイト……!」

皿を両手に持ってメイドに突き出す妹を、エイベルは慌てて止めた。

だが、メイドは穏やかに微笑むと頷いた。

「まだありますので、沢山食べてくださいね」

メイドが皿を受け取り、広いテーブルに並んだ皿から料理を取り分ける。

周りにはエイベルや妹と同じく誘拐された子供達がいて、テーブルを囲み、食事をしていた。

ここはこの国の国王陛下がいる城らしい。

平民が入る機会なんてない場所だ。

しかし、エイベル達は王太子殿下──……次の王様となる人に保護された。

城での扱いはエイベル達の想像もつかないことばかりだった。

魔法で怪我を治してもらい、温かな湯が沢山ある場所で体の汚れを落とし、新しい服を着たら、当たり前のように三食しっかりと食事が食べられる。

最初は柔らかな食事が多かったけれど、段々と変わり、今は普通の食事が出てくる。

貴族や商人のような裕福な家にしかいない使用人達が、エイベル達の世話をしてくれて、どんな質問にもきちんと答えてくれる。

それに、誰もがエイベル達に優しかった。

「はい、ケイト様。ゆっくり食べてくださいね」

肉とチーズがたっぷり使われたミートパイが皿の上にあり、妹の前にそれが置かれる。

「はーい!」と返事をしつつ、妹が手掴みでそれを食べてもメイドは微笑んだまま見守っている。

ケイトが口の周りをソースで真っ赤にしても、気にした様子もなく、それを拭いてくれた。

エイベルも食べかけのミートパイを頬張る。

少し冷めていたが、それでも今まで食べたミートパイの中で一番美味しかった。

ここにいられるのは今日で最後だと聞いた。

エイベルと妹は帰る場所があるので、そこまで騎士達が護衛しながら送り届けてくれるらしい。

他の子供達も同じように家に帰る子もいれば、帰る場所がないからと孤児院に入る子もいるようだ。

でも、みんな嬉しそうだ。

突然攫われて、檻の中に閉じ込められて、日に一度の少ない食事。騒げば暴力を振われる。

しかし抵抗しなければ奴隷にされて売り払われてしまう。

怖くて、不安で、寂しくて、でも妹の前でそんなところは見せられなくて。

保護されたと思えば、今度は自分が貴族になってしまったのかと勘違いしそうになるほど良い扱いをしてもらえた。

使用人達がいて、警備の騎士達がいて、毎日色々と訊かれる時間もあるけれど、事件解決のためだと教えてくれたのでエイベルは沢山話した。

王太子殿下も時々、顔を見に来てくれた。

エイベルと同じで王太子殿下にも妹がいて、この誘拐事件は王太子殿下の妹の偽者が悪さをしていたそうだ。

……王子様も兄ちゃんなんだ。

そう思うと、王様になるすごい人も自分と同じなんだ、という安心感があった。

一月近くここで過ごしたが、エイベルはなかなか使用人達に世話をしてもらう暮らしに慣れなかった。

両親に早く会いたい気持ちも強かった。

朝食後、親のところに帰るエイベル達は旅支度を済ませ、城の裏手の門に出た。

停められている馬車に紋章はないけれど、一目で貴族の馬車だと分かるくらいには良いものだ。

そこに旅で必要なものが積まれており、騎士達もいて、少し待つと王太子殿下が来た。

「騎士達がエイベルとケイトを家まで必ず送り届けてくれる。ご家族にも説明はしてあるが、今回は迷惑をかけてしまいすまなかった。……気を付けて帰るんだぞ」

と、声をかけてくれた。

王太子殿下は子供一人一人と挨拶をして、馬車に乗り込んだエイベル達が城を出て行く時にも見送ってくれた。

馬車が王都の中を進み、そして街の外へ出る。

そこから数日の旅はあっという間だった。

騎士達は優しくて、色々な話をしてエイベルやケイトがつまらなくならないようにしてくれたし、村に着くまでは宿に泊まった。

馬車は父親が使っていたものより揺れが小さくて、こんなに揺れない馬車があるんだとエイベルは初めて知った。

父親との時とはまた違った旅は面白かったし、家に帰れると思うと嬉しくて、村までの道が長く感じた。

数日後、エイベル達は生まれ故郷の村に着いた。

村に着くとすぐに懐かしい声が響く。

「エイベル! ケイト!!」

「良かった! 本当に無事だったんだな!」

母親と父親が駆け寄ってきて、エイベルは妹と共に抱き締められた。

少し痛いくらい強い力だったが、それほど二人に心配をかけてしまったのだと分かったし、泣く二人を見たらエイベルも涙があふれてきた。

「父さん、母さん……!」

ギュッと二人に抱き着く。

「おかえり、エイベル、ケイト……!」

「あなた達いなくなって、死ぬよりつらかったわ……!」

結局、妹も泣き出して、家族みんなで泣いて。

でも、二人も妹も、村のみんなも笑顔だった。

友達も集まって、誰もが「おかえり!」と声をかけてくれる。

……帰ってきたんだ。

嬉しくて、また帰ってこれたことに安心した。

「あの時、逸れてごめんな……!」

「ううん、父さんは悪くないよ! おれも、はぐれてごめんなさい! これからはもっとちゃんと父さんの言うことをきくよ!」

こうして、また父親と母親に会えた。

当たり前の日常が幸せなのだと、エイベルは笑って妹の手を握る。

ここまで護衛してくれた騎士達が、両親や村のみんなにこれまでのことを説明した。

みんな、悪いやつのことを怒っていた。

でも、国が責任をもって厳しく処罰をする、と言うと頷き合っていた。

「怖かったでしょう。 怪我はない?」

母親の言葉にエイベルは大きく頷く。

「ないよ。こわかったけど、王太子殿下が助けてくれたんだ! すごくカッコイイ人だったよ!」

エイベルもいつか、あんなふうに誰かを助けられる人になりたいと思った。

* * * * *

ふと、聴こえてきた音にリニア=ウェルズは顔を上げた。

用事があり、ランドリーメイドと外で話をしていたのだが、遠くから微かに響く軽やかな音楽に会話が止まる。

少し前に主人達が密かに王都へ出かけた。

どうやら気分が落ち込んでいたリュシエンヌ様を心配して、気分転換のために連れて行ったようだ。

その時にオルゴールを購入したらしい。

ボウルみたいなガラスの中に手を繋いだ一対の妖精の人形があり、オルゴールを鳴らすと中でゆっくりと回る、可愛らしいものだ。

リュシエンヌ様が選んだのだろう。

軽快な音楽は確か『妖精たちの踊り』という曲名で、それにオルゴールの形を合わせたのだと思う。

最近は暑くなってきて、窓を開けることも増えたため、こうしてオルゴールの音色が外まで響いているようだ。

屋敷の敷地の外までは届かないとは思うが。

軽やかで楽しげなオルゴール特有の高い音が、晴れ渡った空に似合う。

「良い曲ですね」

普段は無口なランドリーメイドが呟いた。

「『妖精たちの踊り』という名前の曲よ」

「そうなのですね」

リニアとランドリーメイドは、立ち止まったまま、しばしオルゴールの音に耳を傾ける。

この屋敷は静かすぎるのでオルゴールの音がよく通る。

その少し後にオルゴールの音が少し大きくなり、主人達の楽しそうな笑い声も聞こえてきた。

この曲は元々ワルツ用のものなので、バルコニーに出て二人で踊っているのかもしれない。

楽しげな笑い声にリニアはつい笑みが浮かぶ。

リュシエンヌ様の笑い声しか聞こえないけれど、恐らく、伯爵のほうも楽しんでいることだろう。

更に少し経つと綺麗な声が曲を歌う。

昔から、歌が上手だと感じていたが、屋敷の使用人達もそう思っているらしく、リュシエンヌ様が歌うと静かな屋敷がより静かになる。

誰もが歌を聴くために音を立てないようにする。

幸せそうなその声が、リニアは嬉しかった。

リニアにとって、リュシエンヌ様は我が子のように大切に仕え、見守ってきた存在である。

偽の王女による誘拐事件の時はとても心配だった。

……優しい方だから。

自分が貴族牢に入れられることよりも、攫われた子供達のほうに心を痛めていたようだし、夫に首輪を着けることも非常に嫌がっていた。

……一番最後は嫉妬心かもしれないけれど。

貴族牢の中でも平気そうな顔で過ごす姿には驚いたものの、ベルナール様と会った時は素直に『寂しい』と言っていて、リュシエンヌ様が精神的に弱ってしまうのではとリニア達は不安だった。

実際、貴族牢にいたリュシエンヌ様はどこか無理をしているように感じられた。

だが、アリスティード様と伯爵が来てからは、いつも通りのリュシエンヌ様に戻った。

やはり、リュシエンヌ様には伯爵が必要らしい。

「あなた、ワルツは踊れる?」

リニアの問いにランドリーメイドが首を振った。

「いえ、礼儀作法は学びましたが、ダンスは学習内容に含まれておりませんでした」

「今度教えるわ。多分、広間にあるミュージックボックスにこの曲が入っているから、お二方に使ってもいいか訊いてみましょう」

ランドリーメイドが黙った。

「……よろしいのでしょうか?」

「リュシエンヌ様は踊ることも、人が踊る姿を見るのもお好きなので、みんなで踊ろう、と言うかもしれないわね」

この屋敷に引っ越してから、リュシエンヌ様はもう社交界にもパーティーにも参加しない。

久しぶりにダンスパーティーを行えば喜ぶだろう。

いつも同じ暮らしであることにリュシエンヌ様が不満を漏らしたことはないが、たまには違うことをすれば新鮮みも出る。

「しかし、ダンスなんて出来るかどうか……」

「みんな身体能力が高いから、すぐに覚えられるわ。私達ですら出来るもの。あなた達が踊れないなんてことはないと思うわよ」

そんな話をしているとオルゴールの音が止まる。

ややあって頭上から「あ!」と嬉しそうな声がした。

「リニアお母様! フェイルンさん!」

と、リュシエンヌ様が手を振ってくる。

それにランドリーメイドが頭を下げ、リニアは手を振り返した。

驚くべきことだが、リュシエンヌ様は使用人全員の名前を覚えている。

屋敷に来てから少しずつ、使用人達とお茶会をして、全員の名前とどの仕事についているかを学んだ。

貴族の中には使用人の名前など覚えない者も多く、中にはまた名前を覚えるのは面倒だからと前任者の名前で呼ばれ、本名と呼び名が異なる使用人も珍しくはない。

「リュシエンヌ様、危ないですよ! 後ほどまいりますので、お部屋にお戻りください!」

リニアがそう応えれば、リュシエンヌ様が「はーい!」と明るく返事をする。

その横に伯爵がいるので、もしも落ちそうになったとしても彼が必ず助けてくれる。

分かっていても、リュシエンヌ様は時々、やらかすことがあるので心配だ。

ようやく頭を引っ込めてくれたリュシエンヌ様に、リニアはホッとした。

「それでは今度天気の良い日に、ドレスの洗濯をお願いね」

顔を戻すとランドリーメイドが頷いた。

「かしこまりました」

それから、リニアは屋敷の中に戻った。

厨房に寄ってお茶とお菓子を用意して、サービスワゴンを押しながら上階に向かう。

主人達がいるであろう居間の前に着き、リニアはその扉を軽く叩いた。

中から伯爵の「どうぞぉ」という声がする。

扉を開けて入れば、バルコニーに続く窓はまだ開け放たれており、ソファーでリュシエンヌ様と伯爵がのんびりと座っている。

「お待たせいたしました」

二人の前のテーブルにお菓子やティーカップを並べる。

伯爵が手を伸ばしてティーカップを取り、口をつける。

しかし、それは毒見というより、単に喉が渇いていたからというふうであった。

この屋敷で出る飲食物を伯爵が毒見することはない。

それだけ、使用人達を信用しているのだろう。

……まあ、今更毒殺なんて何の意味もないもの。

リュシエンヌ様は降嫁した身だし、伯爵は毒に強いそうだし、どちらを毒殺しても利益はない。

リュシエンヌ様も紅茶を飲む。

伯爵がカップケーキを掴み、食べる。

大きな口で食べるわりには食べかすを落とさない様子はいつ見ても不思議である。

「リュシー、コレ美味しいよぉ」

「そうなの? わたしも食べてみる」

リュシエンヌ様もカップケーキに手を伸ばし、一つ取るとかじりついた。

「ん……ほんとに美味しい!」

「でしょぉ?」

のほほんとした二人の会話に、壁際に控えているメルティも微笑ましげな顔をする。

恐らくリニアも同じ表情をしているだろう。

楽しげな二人の声が響く、昼下がり。

いつまでもこうして過ごしたいとリニアは思う。

「リニアお母様もメルティさんも一緒にお茶しよう?」

それにリニアもメルティも笑顔で頷いた。

* * * * *