軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

偽王女の捕縛(1)

そうして、誘拐犯と会う時刻の二時間前。

変装したルフェーヴルは予定通り、アリスティードと司祭、近衛、黒騎士、そしてメルヴィス伯爵の約五十三名を二回に分けて目的の街に転移させた。

黒騎士達が偵察したところ、取引場所は街の外れにある古びた倉庫であった。

報告によれば、元は大きな農家の土地だったが、廃墟となって誰も寄りつかなくなった──……しかし、現在は闇ギルドが密かに土地を有している。

人目を避けたい取引や物を保管するのに、街外れの古びた廃墟は都合が良い。

今回は、街にある闇ギルドの支店長にアサドが話を通し、誘拐犯にここを貸してルフェーヴル達以外が近づかないように手配したようだ。

おかげで近衛と黒騎士を近くに配置出来た。

メルヴィス伯爵は近衛二十名、黒騎士三名と共に、残りの近衛二十名と黒騎士三名は別の場所に待機。そしてルフェーヴルとアリスティード、司祭に黒騎士四名がついての行動となる。

誘拐犯達はまだこちらの存在に気付いていない。

全てが整い、誘拐犯との取引の時刻が近づいてくる。

取引場所から少し離れた林の中に、ルフェーヴルは馬車を転移させた。中にはアリスティードと司祭がおり、外に黒騎士達とルフェーヴルが立っている。

黒騎士達はすぐに姿を消し、ローブのフードを目深に被ったルフェーヴルは馬車の御者台に乗り込んだ。

今夜は危険なので御者を連れて来るのはやめた。

しかし、騎士達では動きで怪しまれるかもしれない。

そこで今回のみ、ルフェーヴルが御者も務めることとなった。

「そろそろ行くよぉ」

コンコンと馬車の壁を軽く叩けば、同じく二回、コンコンと返答があった。

それを聞き、ルフェーヴルは馬の手綱を持ち直し、やや遠くに見える倉庫の影に向かって馬車をゆっくりと走らせる。

シンと静まり返った夜道の中、月明かりを頼りに道を進む。

馬の歩く音と馬車の車輪が回る音がよく響く。

廃墟というのは表向きで、実際は闇ギルドのものだからか続く道は思いの外、悪くない。

雑草などが道端を覆っていても、道まで侵食しておらず、よくよく見ればそれとなく人の手が入れられているのが分かる。

ホーゥ……ホーゥ……と遠くで梟の鳴き声がした。

暗闇はルフェーヴルにとって、慣れ親しんだものだ。普通ならば不安や恐怖を感じるのだろうが、ルフェーヴルは安心感を覚える。

空には月と星が輝いていた。

しばらく夜道を進むと朽ちた門があった。

門戸は開けられており、ルフェーヴルはそのまま馬車を廃墟の敷地の中へと進ませる。

古びた建物を通りすぎて更に奥へ入る。

人影は見えないが、倉庫に到着すると人の気配を感じた。

馬車を停め、御者台からルフェーヴルは降りた。

そうして馬車の扉を開ければ、中からローブを着たアリスティードと司祭が降りてくる。アリスティードは幻影魔法で上手く変装しているようで、ローブから僅かに金髪が覗いていた。

馬車の扉を閉めると倉庫の両開きの大きな扉が、片方、ギギィ……と錆びた音を立てながら僅かに開く。

そこから荒くれ者らしき男が二人、顔を覗かせた。

馬車のそばに立つルフェーヴル達をジロジロと無遠慮に眺めるので、アリスティードがフードを外した。

「今夜、商品を見せていただけると約束しておりましたリスティよ。こちらはわたくしの護衛ですわ」

その姿を見ると納得したように男二人は頷き合い、扉をより大きく開けて『入ってこい』というふうに手招きをする。

ルフェーヴル、アリスティード、司祭の順に倉庫の中に入った。

倉庫の中は薄暗く、いくつかランタンが置かれているものの室内全体を見通すのは難しい。

複数の檻が倉庫には置かれていた。

中に子供の姿は見える。

それらの檻の前に人影が一つ。

他にも人の気配があるので、あえて見えにくい位置に潜んでいるのだろう。

……ただの荒くれ者の集まりじゃあなさそうだねぇ。

もしも荒くれ者達だったなら、わざわざ暗闇に身を潜めるようなことはしない。ああいう輩は鍛えた体や厳つい顔を隠さないし、外見から己の強さを誇示したがる。

このような隠れ方は隠密行動になれた者達が好む。

こちらに背を向けていた人数が振り返る。

ローブにフードを被っているが、人目を避けるためにしては黒地に金の刺繍が入った目立つローブである。

その裾から真っ赤なドレスの裾が見えた。

アリスティードを見て、その人物がフードを外す。

「いらっしゃい、リスティ」

楽しそうに微笑みを浮かべ、偽リュシエンヌがアリスティードの名前を呼んだ。

「突然場所を変更してごめんなさいね? 本当はもう少しウィルビリアに滞在する予定だったのだけれど、あの街ではもう粗方集めたから、別の場所で商品の補充をしたかったの」

「そうでしたのね。取引場所の変更は驚きましたけれど、こうしてお会い出来て良かったですわ」

アリスティードとルフェーヴル、司祭で偽のリュシエンヌに近づく。

偽のリュシエンヌが手に持っていたランタンを檻のほうへ向けると、中の子供達がビクリと震えた。

「どれも健康状態が良く、若くて顔立ちもそれなりに整っているし、あなたの望んでいた銀髪も用意してあるわ」

「まあ、ありがとうございます。子供を見てみてもよろしいでしょうか?」

「ええ、どうぞ」

偽リュシエンヌが檻から離れ、アリスティードにランタンを差し出した。

アリスティードがそれを受け取ると偽リュシエンヌは少し離れたところに置かれた木箱まで下がり、そこに座る。

ランタンを手にアリスティードが檻を覗き込む。

ルフェーヴルと司祭は動かずに待機する。

一つ一つ、檻の中の子供達を確認するアリスティードに、偽リュシエンヌが話しかけた。

「どうかしら? なかなか悪くはないでしょう?」

「はい、こう沢山いると悩みますわ」

「ふふふ、全部買うなら少しは安くしてあげてもいいわ」

広げた扇子で口元を隠しながら笑う偽リュシエンヌに、アリスティードが背を向けたまま返事をする。

「そうですわね、それも良いかもしれません」

最後の檻の中で二つの銀髪の頭が煌めく。

少年と、それより更に幼い少女が身を寄せ合っているが、他の子供と違いその少年はまだ諦めていないらしい。覗き込んできたアリスティードを睨み、こちらにも鋭く視線を向けてくる。

叫んだり暴れたりしないのは、そうすると危険が及ぶと理解しているからか。

「……決めましたわ」

アリスティードがランタンを手に戻って来る。

「全部買いましょう」

偽リュシエンヌの口元が弧を描く。

本物のリュシエンヌならばしない、どこか陰のある下卑た笑みを浮かべ、偽のリュシエンヌが嬉しそうに目を細めた。

偽リュシエンヌが扇子を閉じて振ると、暗闇から三名の男達が出て来る。全員荒くれ者のような格好をしているが、足音や気配のなさからして、やはりただの傭兵崩れや無法者ではないようだ。

「交渉成立ね。全ての商品の金額はそれよ」

偽リュシエンヌの言葉に男の一人が一枚の丸めた紙を放り投げたので、ルフェーヴルがそれを掴んだ。

中身を開いて確認すると子供達の名前と性別、年齢、攫った場所、そしてそれぞれの金額と全ての合計額が書かれている。

ルフェーヴルはアリスティードに紙を渡した。

内容を見たアリスティードが言う。

「まあ、わたくしの行動などお見通しでしたか」

「あなたは金払いが良さそうだったから。……それに、わたしも他国に用事があるから、いつまでも商品を持っていると困るのよ」

「出国されるのですか?」

アリスティードの問いに偽リュシエンヌが微笑む。

「少しの間よ。心配しなくても、また戻って来るから新しく商品を売ることは出来るわ」

それにアリスティードも微笑んだ。

きっと、内心では怒り狂っていることだろう。

アリスティードもベルナールも、この国の民を大切に思っているし、民は守るべき存在と考えている。

民を、幼く弱い子供達を攫われ、奴隷として売られていると知って怒らないはずがない。

しかし、ここで怒っては計画が無駄になる。

アリスティードがルフェーヴルを見た。

ルフェーヴルは頷き、空間魔法から金貨の入った袋を取り出した。

現行犯で捕まえるために、取引を行い、相手に一度金を渡すという手筈になっている。

用意した金貨は奴隷を全て購入しても余りあるほどの額だ。

ルフェーヴルが袋を、紙を差し出してきた男に渡す。

ジャラリと金貨同士の擦れる音が響く。

袋の口を開けて中身を確認した男が、偽のリュシエンヌに大きく頷き返した。

それに偽リュシエンヌが笑みを深める。

「あなたとは今後も良い取引をしたいわね」

多く金が支払われたことが嬉しいのだろう。

男が偽のリュシエンヌに袋を渡し、その重みに偽リュシエンヌが満足そうな表情をする。

よくよく観察すれば化粧をしていても顔立ちが似ていることは分かるが、表情や雰囲気が違いすぎて全くの別人に見える。

アリスティードがルフェーヴルに目配せをしてきたので、ルフェーヴルは枠だけの窓に向かって手を伸ばし、そして火魔法を放った。

掌から飛び出した火球が窓枠を破壊して外に飛び出した。

倉庫の外で火魔法が一際大きく燃え上がり、昼間のように一瞬、外が明るくなる。

思わずといった様子で偽リュシエンヌや男達が構えた。

ルフェーヴルがもう片手で空間魔法から取り出した剣をアリスティードに放り投げ、アリスティードが難なくそれを受け取り、鞘から抜いて構える。

偽のリュシエンヌがドレスのスカートからナイフを取り出し、男達もそれぞれに剣を抜く。

「残念だが、 今後(・・) はない」

アリスティードの言葉に偽リュシエンヌが眉根を寄せた。

「どういう意味かしら?」

「そのままの意味だ。お前達を捕縛する」

「あら、あなたに出来るの? わたくしはこのファイエット王国の王女。王族に刃を向けるだなんて、逆賊と思われるかもしれなくてよ?」

偽リュシエンヌの言葉に、今度はアリスティードが眉根を寄せて吐き捨てた。

「戯言を。お前達が悪事を働いたおかげで、本物の王女は現状、王城で監視下に置かれている」

それに偽リュシエンヌが笑みを浮かべたまま返す。

「それが偽者かもしれないじゃない。王城にいる者が本物だと、どうやって証明するのかしら?」

「心配せずとも、お前は本物とは似ても似つかない。どちらが本物で、どちらが偽者かは一目で分かるさ」

暗闇から更に男達が現れる。

ルフェーヴルもナイフを構え、司祭も魔法の準備を整える。

偽リュシエンヌが叫んだ。

「この者達を殺しなさい!!」

その声に反応して男達がじりじりと距離を詰めてくる。

アリスティードが剣を構えながら詠唱する。

次の瞬間、男達の足元から闇魔法の蔦が現れ、男達の足を地面に縫い留める。

ほんの数秒の時間稼ぎだが、それで十分だ。

ルフェーヴルはナイフ片手に男達へ駆け出し、足を動かせない男達の体に傷をつけていく。

今回は生捕りにしなければならず、ナイフには痺れ薬を仕込んであった。死なないけれど毒が体に回るとしばらくの間は痺れて動けなくなる。

腕でも、足でも、どこでもいい。

体のどこかをナイフで切ればいいだけだ。

……殺すほうがオレとしてはラクなんだけどねぇ。

男達の間をすり抜けながらナイフで切り裂いていく。

チッと偽リュシエンヌが舌打ちをする。

そうして偽リュシエンヌが詠唱し、魔法を放つ。

風の刃をギリギリでルフェーヴルが躱し、アリスティードが偽のリュシエンヌに斬りかかる。

その表情は眉根を寄せて酷く嫌そうだった。

夢の出来事を思い出しているのだろう。

偽のリュシエンヌがナイフでそれを受け止めた。

「王女に刃を向けるなんて死罪だわ!」

ハッ、とアリスティードが鼻で笑う。

「まだ王女のふりをする気か? 貴様はリュシエンヌではない。……私の妹の名をこれ以上、 汚(けが) すことは許さん!」

ガキィイインとアリスティードが剣を払う。

慌てて飛び退いた偽のリュシエンヌが眉間にシワを寄せたまま、アリスティードを見る。

「妹……? 何を言っているの?」

警戒しつつも偽リュシエンヌが戸惑った様子で問いかけてきて、アリスティードが小さく笑った。

「ああ、そうだったな。この姿では分からないか」

アリスティードが左手で首元のネックレスを外し、右手の指輪も外す。

金髪に赤い瞳の美女の姿が掻き消えて、そこには黒髪に青い瞳の青年──……本来の姿のアリスティードが立っていた。

ネックレスと指輪をポケットに仕舞いながら、アリスティードが偽リュシエンヌに問いかける。

「私の顔を忘れたか?」

偽リュシエンヌが目を見開いた。

その唇が 戦慄(わなな) く。

「あなたは、アリスティード……ッ!?」

酷く驚いた様子の偽リュシエンヌが半歩後退る。

その動きを追うようにアリスティードが踏み出した。

「そうだ。私こそがこの国の王太子、アリスティード=ロア・ファイエットである!」