軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リスティナ辺境伯領

ルルが陞爵し、伯爵になってから一ヶ月。

今日はリスティナ辺境伯領に果物を買いに行く予定だ。

あまり派手すぎない、昼間用の動きやすいドレスにして、髪もまとめてボンネットに仕舞う。

ルルも貴族の装いで、馬車二台と護衛の騎士達が数名、そして侍女にヴィエラさんが同行する。

基本的にルルの転移魔法でリスティナ辺境伯領まで行き、少し馬車を走らせて辺境伯の屋敷に少しの間、お邪魔させてもらって果物を買い、帰って来る。

そのためにルルはわざわざ、一度リスティナ辺境伯領へ行って、辺境伯の屋敷まで行って道中を確認して来たらしい。

……しかもわたしが寝てる間に行ってたんだよね。

全く気付かなかった。

「それじゃあ、転移するよぉ」

ルルの転移魔法でわたし達と二台の馬車は森の中の街道へ移動した。

少し道から逸れた、人目につきにくいところに転移させる辺りはさすがルルだ。

全員がいることを確認し、ルルと馬車に乗る。

ヴィエラさんはもう一台の馬車に乗り込んだ。

ちなみに、二台目の馬車には適当に旅行鞄などの荷物が放り込まれているが、全て、中身はない。旅行中のふりをしているだけだ。

馬車の扉を閉め、ルルが前方側の壁をコツコツと二度叩けば、ややあって馬車が動き出す。

「……辺境伯領は山が高くて多いね」

森の木々の間から、時折山岳地帯が見えた。

「今回戦争になったところも山間部だったよぉ」

「そうなんだ」

ルルとお兄様達が出征した今回の戦争、正式名称は『対ヴェデバルド王国リスティナ領戦』なのだが、あまりに戦争期間が短すぎて、そちらのほうが話題になり、ファイエット国内では『十日間戦争』と呼ばれている。

開戦宣言から終戦宣言まで二週間近くあったのだが、ヴェデバルド王国が休戦を申し出て来たのが丁度十日目で、それ以降は両軍がぶつかることもなかったので、あながち間違いではないのかもしれない。

きっと、ファイエット王国の歴史上、最も短い戦争として後世まで語り継がれることになるだろう。

「リスティナ辺境伯ってどんな人?」

「ん〜、獅子みたいな、熊みたいな〜? 身長はオレと同じくらいだけどぉ、体がデカくてリュシーからしたらもっと大きく見えるかもねぇ」

ルルの説明に頭の中でライオンとクマとが混ざり、よく分からない生き物が生まれてしまった。

……とにかく、大柄だってことは分かったかも?

「性格は大らかなんじゃないかなぁ。でも国境を守り続けてるからか、ちょ〜っと油断ならない感じもあったかもぉ?」

「ルルとしては気に入ったんだよね?」

「そうだねぇ、こうして果物の買い付けに行っても良いかなぁとは思える相手だったかなぁ」

ということだった。

ルルがどのような基準で人を見分けているかは不明だが、用心深いルルがそう言うなら、悪い人ではないのだろう。

しばらく森の中を進んだ後、視界が開けて、街に到着した。

街は堅牢な石造りの外壁に覆われ、一瞬、クリューガー公爵領への旅行を思い起こさせた。

しかし、近づくにつれて外壁の高さに驚いた。

クリューガー公爵領で見た街の外壁より高く、街へ入るために門を潜ったが、壁はとても分厚かった。

壁というより、もはや外壁そのものが城か宮殿のように見える。

街の中央にもやはり石造りの城が建ち、その周囲に街があるものの、城までの道のりはまるで迷路のようだった。

すぐそこに見えるのに、見える方向に進んでも辿り着けない。

街中をゆっくりと馬車が進みながら、ルルが御者席へ通じる小窓を開けたままにして、車窓を眺めつつ「次の角を右〜」「真っ直ぐでいいよぉ」「そこの広場は左で〜」と指示を出す。

時には城と正反対の方向に向かうので、離れてしまうのではと思っていたが、わたしの心配とは裏腹に城に到着した。

先に伝令が来ていたようで、城に着くと、オレンジがかった茶髪に髭を生やした、大柄の男性が待っていた。服装からして貴族のようなので、この男性がリスティナ辺境伯なのだろう。

ルルが言う通り、ライオンのようなクマのような……。

ルルの手を借りて、わたしも降りる。

「ニコルソン伯爵、伯爵夫人、ようこそリスティナ辺境伯へ! 遠いところを遥々、大変だったでしょう」

「いえ、リスティナ辺境伯と美味しい果物を思えば、この程度の距離など苦もなく来られます」

「ははは、そう言ってもらえると売る側としても嬉しい限りだ」

辺境伯とルルが握手を交わす。

ルルが誰かと握手をするのは珍しいことなので、本当に今後とも辺境伯と付き合っていきたいらしい。

それから、辺境伯がわたしに向き直った。

「ご挨拶が遅くなり、失礼いたします。リスティナ辺境伯領の領主、ウィレム=リスティナと申します。本当ならば妻と息子も紹介したかったのですが、どちらも国境の守護のために砦に出向いておりまして……」

少し申し訳なさそうな顔をする辺境伯にわたしは首を振る。

「いいえ、お気になさらないでください。わたしは今はもう降嫁した身ですので、伯爵夫人として扱ってくだされば幸いです。改めまして、リュシエンヌ=ニコルソンと申します。先の戦では夫と親しくしていただき、ありがとうございます」

「感謝したいのは儂のほうです。ニコルソン伯爵のおかげで、気持ち良く戦うことが出来ました。あれほど『勝ち』の匂いがする戦場もそうありませんからな!」

はっはっは! と辺境伯が豪快に笑う。

「さあ、どうぞ中へ! 伯爵と夫人に食べていただきたくて、果物も用意してあります」

と、城の中へ招かれ、応接室へと案内してもらった。

城の中は派手さがなく、落ち着いた、実用一辺倒といった様子の家具ばかりで、代わりに絵画はとても多い。

そして城内もかなり複雑な造りになっているようだ。

恐らく、街も城も敵に侵入された時に重要な場所に簡単には辿り着けないよう、わざとこんなに複雑なのだろう。

応接室に入るとティータイムの用意がされていた。

メイドが紅茶を淹れ、三つカップが載った銀盆を持ち、まずはわたしが、そしてルルが、最後に辺境伯が選べるようになっていた。

ルルが自分のティーカップの中身を一口飲み、わたしの持っていたカップと自分のものを入れ替える。

辺境伯はそれには触れず、自分も紅茶を飲んだ。

テーブルの上には三種類の果物が並んでいる。

「今が旬の果物で、右からイチゴ、リンゴ、ブラッドオレンジです。是非、味わっていただきたい」

どれも食べやすく一口大に切ってあった。

ルルがまず、それぞれから一口ずつ取って食べる。

その表情が『おっ!』という感じに少し驚いたものになり、ルルがフォークでイチゴを刺し、わたしへ差し出した。

口元へ出されたそれから、既に甘酸っぱい匂いがした。

パクリと食べれば、口いっぱいにイチゴの爽やかな甘酸っぱさと瑞々しさが広がった。実は食感もしっかりしていて、変な青臭さなどもない。

まるでお菓子のように甘くて、でもほどよい酸味とイチゴ独特のいい香りが上品に鼻へ抜けていく。

「美味しい……!!」

思わず口元を押さえたわたしに、辺境伯が嬉しそうに笑った。

「そうでしょう。我が領は肥沃な大地のおかげというのもありますが、皆が心を込めて一つ一つ丁寧に育てているのでとても美味なのです」

「そういえば、見た目もとても綺麗ですね」

ルルがお皿の上に置かれた、切られていないイチゴを見る。

真っ赤なイチゴは宝石みたいに綺麗だった。

辺境伯が嬉しそうに何度も頷いた。

次にルルが真ん中のお皿から、リンゴを取り、またわたしへ差し出した。

食べる。噛むと、シャクリと音がした。

じゅわっと口の中にリンゴの果汁が出てきて、蜂蜜みたいな甘さを感じる。酸味はほとんどない。噛めば噛むほど甘くなるような気がした。

目を丸くするわたしに辺境伯がニッと口角を引き上げる。

「とても甘いでしょう?」

今度はわたしが何度も頷く番だった。

「これをアップルパイにすると、もっと甘くなるんですよ。儂はこのリンゴで作ったアップルパイが大好物で、子供の頃はよく甘く煮たリンゴだけこっそり摘み食いをして怒られたものです」

「確かに、これを甘く煮詰めたらそれだけで十分菓子になりますね」

ルルが同意しつつ、シャクリとリンゴを一口食べる。

いつもはさっさと咀嚼して飲み込んでしまうのに、ルルは味わうようにしっかりとよく噛んでいた。

「このリンゴで作ったパイにカスタードクリームをたっぷりつけて食べるのがオススメですが、妻や息子には『食べ過るから』と禁止されて、なかなか食べられないのが残念でしてなあ」

甘いものは美味しいけれど、食べすぎは健康に良くない。

……でもアップルパイにカスタードクリームは美味しい。

想像するだけでお腹が鳴ってしまいそうだ。

「それはいいですね。我が家でもそうして食べてみたいです」

「おお、では果物と一緒にレシピも渡そう」

「是非よろしくお願いします」

そうして、最後にブラッドオレンジを食べる。

ブラッドと呼ばれるだけあって、実の部分が赤い。

「ん!」

……思っていたより甘い!

三つある果物の中で最も瑞々しく、口の中が果汁だらけで話せないほどだった。味が濃い。

でも、しつこい味ではなく、オレンジ特有のさっぱりとした微かな酸味と普通のオレンジよりも濃い甘さがより瑞々しさを感じさせる。

これはジュースとしても好まれそうな味だ。

しっかりと飲み込んでから、口を開く。

「どの果物も美味しすぎます……」

どの果物もそのまま食べてもとても美味しい。

きっとイチゴはケーキに入れたらよりケーキの甘さを引き立ててくれるし、リンゴはパイになればあっという間に主役になれるし、ブラッドオレンジはジュースにすればいつでも飲みたくなるだろう。

うっとりするわたしにルルが小さく笑う。

「ジャムを作って、スコーンとクリームと合わせて食べたくなりますね。毎日、どれを食べるか迷うのも楽しいでしょう」

「それは贅沢な悩みだね。だって、どれも絶対美味しいよ」

「では一口ずつ違うジャムを使いますか?」

「なんて罪深い……!」

わたしとルルの会話を聞いて辺境伯が、また豪快に笑い声を上げた。

「はっはっは! 伯爵夫妻なら、買った果物を最後まで美味しく食べてもらえそうで何よりだ! 夫人は果物はお好きかな?」

「はい、大好きです」

「ニコルソン伯爵は空間魔法も使える。旬の果物を多めに買ってゆっくり食べると良いでしょうな。それが終わる頃には次の季節の果物の出番がやってきます」

「一年中、美味しい果物が味わえますね」

横でルルが、ふふっ、と小さく笑った。

一年中、果物を食べているわたしを想像したのだろう。

わたしも想像してみたが、太ってしまいそうだ。

……でもそれくらいどれも美味しいんだよね。

買わないという選択肢はなかった。

三つとも購入するという話をして、その場でお金を支払ってルルが果物を箱でもらって空間魔法へ収納する。

その間に、わたしは辺境伯から果物を美味しく食べるためのレシピを教えてもらった。そのレシピも書面で箱につけてくれているというのでありがたいことだ。

それから、辺境伯とルルが今回の戦争の件で少し話をして、帰る時間になった。

辺境伯は終始、機嫌が良さそうだった。

「伯爵、夫人、いつでも来られよ!」

と言って、お城を出るまで見送ってくれた。

本当に気持ちの良い方で、ルルが気に入ったのも分かる。

街を出て、森の中に入って人目がなくなってから、再度ルルの転移魔法で屋敷へ帰る。

貴族の装いから、暗殺者の装いに着替えたルルが言う。

「義父上とアリスティード、あとアサドにも分けてくるよぉ」

そして、転移魔法で出かけて行ったルルは一時間半ほどで帰って来た。

お父様もお兄様も、闇ギルドのギルド長さんも果物のお裾分けを喜んだらしい。

……美味しいものはみんなで分け合いたいよね。

などとわたしは軽く考えていたけれど、お裾分けした果物はお父様とお兄様、ギルド長さんだけでなく、三人の周囲の人々も口にし、リスティナ辺境伯領の果物が一躍話題の的となった。

それからリスティナ辺境伯領の果物の売上が大幅に上がり、数年後には『果物と言えばリスティナ辺境伯領』とまで言われるようになるのだが、それは先の話である。

「とりあえず、リンゴでパイ作ってもらおうよぉ」

「カスタードクリームたっぷりのやつ?」

頷いたルルはとても楽しそうだった。

* * * * *

「このままでは原作通りになってしまう……」

暗い部屋の中、呟きが響く。

自国が敗戦したことは、もはやどうしようもない。

どうにか未来を変えることは出来ないのだろうか。

まだ馴染んでいない記憶を必死に手繰り寄せる。

このままでは自国はファイエット王国にやがて吸収され、名は残っても、国としては消えてしまう。

国を愛している。何よりも大切だと思う。

「……そうだ、旧王家の血筋……!」

閃いた作戦が成功するかも分からない。

しかし、何もしないよりかはいいのかもしれない。

「これでファイエット王家に貴族達が不信感を抱けば、もしかしたら……」

急いで立ち上がり、仲間達の元へと向かう。

上手くいけばファイエット王国で内乱を起こせる。

いまだファイエット王国では、旧王家は嫌われているため、きっとこの作戦が成功すれば国民も貴族も現王家に不満を持つ。

彼女(・・) は元より悪役である。

噂によれば王家の信頼厚い貴族に降嫁しているそうだが、ヒロインが王太子ルートならば、恐らく 彼女(・・) は王太子の親友に嫁入りしたはずだ。

これは王太子の地位にも影響を与えるだろう。

頭の中にちらつくのは、柔らかな茶髪の暗殺者の姿。

……忘れろ、忘れろ……!

戦場で突然現れた悪魔。原作の隠しキャラ。

あの男のせいで自国は負けたようなものだった。

もしかしたらヒロインは暗殺者ルートに入っているのかもしれないが、自分はそのルートを知らない。

それに原作でも何故自国がファイエット王国に負けたのか、細かな描写はされていなかった。

……とにかく、今はファイエット王国を何とかしなければ!

愛する祖国のためなら何だってする覚悟があった。

* * * * *