軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

出征(2)

ルフェーヴルがアリスティードと合流すると、連絡通り、馬から馬車へと乗り替えるところであった。

馬車にはアリスティードとロイドウェルがいた。

ルフェーヴルを見たロイドウェルが笑みを浮かべたものの、その表情はどこかぎこちない。

「お久しぶりです、ニコルソン子爵」

「そうだねぇ。そっちも子供生まれたらしいねぇ」

「ええ、ありがたいことに双子の男女でした」

微妙にぎこちない表情だったのに、子供の話となると嬉しそうに微笑むロイドウェルにルフェーヴルは座席に腰掛けたまま、膝に頬杖をついた。

……子供ねぇ。

アリスティードもロイドウェルも、子が出来て少し雰囲気が変わった気がする。

ルフェーヴルは自分の子が想像出来なかった。

「それで、今回の戦争はどんな感じなのぉ?」

「ああ、そうだな、お前にも説明しておこう」

今回の戦地はファイエット王国とヴェデバルド王国の国境にある、リスティナ辺境伯領の端に位置する。

少々特殊で、二本の河川に挟まれた土地。

周辺は山岳地帯でもあり、昔から、山や川で金が採れる。

水もあり、鉱物資源もあり、二つの川に挟まれた土地は肥沃で、遥か昔はファイエット王国の領土であったものの、時代が流れるうちに国境も曖昧になり、長年どちらの国の領地であるかという論争が続いていた。

だが頻繁に戦争を行えば互いに国力を損ない弱くなる。

そのうち、両国の間で暗黙の了解で、その土地はどちらの国のものではない中立地区として扱われるようになった。

しかし、ヴェデバルド王国がそれを破ったのだ。

最初は斥候部隊のようなものが何度か土地で確認され、居座るようになり、段々と兵が集結している様子から宣戦布告の可能性が出た。

その後、予想通りヴェデバルド王国より宣戦布告が行われた。

「現在、リスティナ辺境伯が私兵によってヴェデバルド王国の侵攻を食い止めているが、戦況はあまり思わしくない」

その土地をヴェデバルド王国が自領と公式で言ったことも問題だった。

それを許せば肥沃な土地をヴェデバルド王国に与えてしまうことになり、相手の国力を増やす結果となる。

何より、その土地の者達はヴェデバルド王国に吸収されることを嫌がっていた。

ヴェデバルド王国の国土となれば搾取されることは目に見えているため、どちらかの国に属するならファイエット王国が良いと、その土地や周辺の村の者達からリスティナ辺境伯に嘆願が上がってきているらしい。

「戦場は二つの河川に挟まれた土地の平地で行われる」

こちらの軍は総勢三万を予定している。

周辺の領主とその私兵達も出征し、現地集合という形で最終的に辺境伯の下に集まるのがその数である。

兵種は一般歩兵、軽装甲兵、弓兵、騎兵、魔導騎兵。

アリスティード直轄であり護衛でもある騎兵が四百、宮廷魔法士が若干名。残りが戦場で戦うことになる。

北に大きな山岳があり、南は二つの河川が丁度交わっており、中洲のような土地が戦場だ。

ファイエット王国は山岳地帯を抜けて川を渡る必要がある。

「で、オレはどこに配置されるのぉ?」

「お前はよほどのことがない限り、私の部下としてそばにいてもらうことになる。もし遊撃兵が必要になった場合は、それを率いて劣勢となっている場所に向かってほしい」

「なるほどねぇ」

ちなみに行軍予定は聞いていた通り一週間である。

途中の街や村で補給や休憩はするものの、人数が多いので基本は野宿となるだろう。

「周辺領地の領主と辺境伯、五名が指揮官として参加する。どこを誰が担当するかは向こうの状況次第だが、相手の情報収集や遊撃部隊の先行としてお前には働いてもらうだろう」

「まあ、オレならスキルを使用すれば戦場でも相手に気付かれずに殺せるからねぇ」

「そう考えるとお前のスキルは本当に反則級だよな」

敵に存在を察知されずに活動し、相手を殺すことが出来るというのは戦場でも安全に動ける立場と言える。

「それにしても、しばらくアリスティード達と毎日一緒に過ごさなきゃいけないなんてねぇ」

「学院時代に戻ったようだな」

「あの頃は毎日、顔を合わせていたよね」

「オレはリュシーの護衛としてついてただけだけど〜」

思わずといった様子でアリスティードとロイドウェルが苦笑する。

「だが、この面子でこうして話すのは初めてじゃないか?」

「確かに。……僕はニコルソン子爵ときちんと話をする機会があまりありませんでした」

それにルフェーヴルが器用に片眉を上げた。

「だってアンタ、オレのこと苦手でしょぉ?」

「それは、まあ、あなたのことを知って何とも感じない者のほうが少ないかと思いますが……。僕達を牽制する意図もあってご自分の経歴を売られたのでは?」

「そうだけどねぇ。でも、今はもうアンタのこと、警戒してはいないよぉ。そっちも結婚しているしさぁ」

それはルフェーヴルの本心であった。

もうロイドウェルは警戒すべき対象ではなく、リュシエンヌを脅かす存在でもない。

むしろ、今は友人としてリュシエンヌとロイドウェルは良い関係を築いているし、子も生した今、リュシエンヌが奪われることもありえないだろう。

「ルフェーヴルからすれば『あの夢の件』があったからな。もしルフェーヴルがいなければ、リュシエンヌの婚約者はロイドウェルか私になっていた可能性もある」

「実際、リュシエンヌ様がアリスティードと王位継承権を争わないために、公爵家に降嫁させるのも手だと思っていたからね」

アリスティードとロイドウェルが困ったように微笑んだ。

あの頃は皆、自分の気持ちばかり優先し、リュシエンヌがどうしたいかということは二の次だった。

ルフェーヴルもそれは例外ではないが。

「それを阻止するために義父上を脅したし、オレの情報を欲しがってる家にも警告の意味で経歴を売ったんだしぃ」

「……何度聞いても違和感がありますね……」

「リュシーと結婚したから、王サマとオレは義理の親子でしょぉ? 義父上って呼ぶのは自然じゃなぁい?」

「……そう、ですね……」

ロイドウェルが微妙な顔をする。

「みんなオレが王サマのこと『義父上』って呼ぶとそういう顔するよねぇ。そんなに変〜?」

「正直、お前に家族の絆や繋がりというものがあるのかという疑問がある。父上のことをそう呼んでいるのを聞いても、家族愛や敬いというより、利益優先で呼んでいる雰囲気を感じる」

「それについては否定はしないよぉ」

「だろうな」

ベルナールを義父と呼ぶことで、国王との繋がりを深く持ち、何かあった時に助力を得られればという思いはある。

だが、ルフェーヴルの我が儘を聞いてほしいからというよりかは、リュシエンヌを守り、助けてくれる相手を手放さないためという意味も強い。

そういうことも考え、ルフェーヴルからの義父呼びをベルナールは受け入れたのだ。

「……そうだとして、陛下を脅したのですか……」

ロイドウェルが唖然とした様子で呟く。

それにルフェーヴルは頷いた。

「そぉそぉ、リュシーをオレにちょうだいってねぇ。もしオレ以外の男と結婚させたら、その男を殺すって言ったんだよぉ。あの頃のオレも若かったからさぁ」

あは、と笑うルフェーヴルに、ロイドウェルは絶句した様子で、しかも若干引いていた。

アリスティードはそのことを知っているので、呆れた顔をするだけだった。

「次の王になるかもしれない、しかも自分の雇い主を普通脅すか?」

「だってリュシーが欲しかったんだよぉ」

さすがにルフェーヴルも、しばらく経ってからだが『危ないことしてたなぁ』とは思ったし、よくその我が儘が通ったものだと今でも思っている。

ロイドウェルが額に手を当てて、頭が痛いと言いたげな表情で溜め息を吐く。

「陛下もアリスティードも大変だったね……」

「犬に首輪はついているが、力が強くてひきずられている飼い主の気分だった」

「ああ……」

納得した様子のロイドウェルと、なんとも言えない顔のアリスティードが顔を見合わせ、頷き合う。

「ちょっとぉ、そこで通じ合わないでよぉ。第一、オレの雇い主はまだ王サマでしょぉ? あとオレの飼い主はリュシーだからねぇ?」

「まあ、リュシエンヌの言うことだけは素直に聞くしな」

「そういう意味でもだけど、この間、リュシーを主人にした隷属魔法を魂にかけたんだよぉ。魔法が正しく発動していれば、もし生まれ変わっても、オレはリュシーしか愛せなくなってると思うんだよねぇ」

アリスティードとロイドウェルが「…………は?」と固まった。

「待て、誰が主人で、誰が隷属するだって?」

「だからぁ、リュシーがオレのご主人サマで、魂にそれを刻んだんだよぉ。リュシーしか愛せないとか、リュシーとの間しか子供は出来ないとか、条件つけてねぇ」

「……そんなことが可能なのか?」

「うん、魂に傷つけるわけだし死にそうになったよぉ」

「逆にそれで何故生きてる?」

アリスティードの問いにルフェーヴルは笑った。

「なんでだろうねぇ」

ルフェーヴルとしても確実な理由は知らない。

だが、リュシエンヌに加護を与え、ルフェーヴルに祝福を与えた女神の様子からして、ルフェーヴルが死にそうになっても助けてくれるかもしれないという予感はあった。

しかし、それをアリスティード達に説明する必要はない。

説明しても、しなくても、恐らく呆れられるだけだ。

アリスティードが窓枠に頬杖をついた。

その表情はやはり呆れたものだった。

「……お前、まさかとは思うが女神様を利用したのか?」

これまでの付き合いの経験からか、アリスティードは聡かった。

ルフェーヴルは頬杖をやめ、体を起こすと左右へ軽く揺らしながら笑う。

「どうだろうねぇ?」

これにはアリスティードは深い溜め息を吐いた。

ルフェーヴルにとってリュシエンヌ以外はどうでもいい。

それはたとえ女神であったとしても例外ではない。

ロイドウェルも何かを察したのか少し顔色が悪くなる。

「……リュシエンヌは喜んだだろうな……」

「うん、凄く喜んでたよぉ」

「お前がそばにいるから、リュシエンヌの感覚もおかしくなってしまったのではないか……?」

「そもそも、オレが最初に殺そうとした時に喜んでたくらいだしぃ、元からそういう部分はあったんじゃなぁい?」

「……そうか……」

アリスティードがまた溜め息を吐く。

まだ戦場に行く途中なのに、既に疲れたような顔をしていた。

「あんまり溜め息吐くと幸せ逃げるよぉ?」

「誰のせいだ、誰の」

ルフェーヴルはそれにニッと笑って首を傾げた。

「さあ、誰のせいだろうねぇ?」

* * * * *

それから数時間後、今夜の野営地に到着した。

近くに町があるものの、大勢の兵達が中へ入ることは出来ず、アリスティードとロイドウェルは町長の館へと向かった。

ルフェーヴルも「来るか?」と声をかけられたが断った。

「もてなされるのはそんなに好きじゃないんだよねぇ」

それに、どうせ夜はリュシエンヌの下に帰る。

アリスティード達を見送り、兵達が町の外で野営をしているのを近くの木に寄りかかって眺める。

スキルを使用しているので兵達はルフェーヴルには気付いていない。

……一般兵って言っても体格のいいヤツが多いねぇ。

どれほど数が多くても、一人一人が細枝のように痩せていては簡単に負けてしまうが、こうして個々がそれなりに強ければ全体の強度は増す。

もちろん、一般兵なので強さの限度はあるだろうが。

木から背中を離し、森の中へと少し入る。

周囲に人の気配がないことを確認してから、転移魔法で離宮へと移動した。

……リュシーはあっちかなぁ。

隷属魔法で感じる気配を辿っていけば、思った通り、リュシエンヌがいた。

部屋は綺麗に整えられており、ベッドとテーブルセット、ソファー、机などの家具があり、リュシエンヌは窓際にある座って寛げる空間にいた。

いくつかのクッションにもたれかかり、別のクッションを抱え、ぼんやりと日が沈んだ窓の外を眺めている。

憂いを帯びた横顔にルフェーヴルは束の間、見惚れてしまった。

「……ルル、まだかなあ……」

クッションに顔を埋めたリュシエンヌが呟く。

ルフェーヴルは自分の口元に笑みが浮かぶのを感じた。

「ただいま、リュシー」

声をかければ、パッとリュシエンヌが顔を上げた。

美しい琥珀の瞳と視線が合うと、その目が瞬き、煌めく。

「ルル!」

立ち上がり、勢いよく抱き着いてきたリュシエンヌの体を受け止め、ルフェーヴルも細い体を抱き締めた。

「寂しかった〜?」

「うん」

見上げてくるリュシエンヌの額に口付ける。

やはり、リュシエンヌのそばが一番心地好い。

天井から影の者達の突き刺さるような視線を感じたが、ルフェーヴルはそれを黙殺した。

「離宮のみんなは変わらず優しいし、アルベリク君は可愛いし、お義姉様との夕食も楽しかったけど、やっぱりルルが一緒にいてくれないと寂しいよ」

「ごめんねぇ。その分、夜は出来るだけこうして帰ってくるから。オレもリュシーと離れっぱなしはつらいしぃ」

「本当? でも、転移魔法を毎日使うの大変じゃない?」

「大丈夫だよぉ」

この距離ならば、まだ魔力回復薬を飲むほどではない。

「毎晩、帰って来るから良い子で待っててねぇ」

リュシエンヌが嬉しそうに笑った。

「うん、ルルが帰って来るまでずっと待ってる」

ルフェーヴルはもう一度、リュシエンヌへ口付ける。

……アリスティード達にはちょ〜っと悪いけどぉ。

かわいい妻を今は可愛がりたかった。