軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

天使達の午睡

* * * * *

アリスティード達の子が生まれてから約半年が過ぎた。

初夏の爽やかな日の午後、ルフェーヴルはリュシエンヌと共に、以前リュシエンヌが暮らしていた離宮へ遊びに来ていた。

前回から二度目の訪問である。

居間に大きなカウチが置かれ、そこに元クリューガー公爵令嬢──……王太子妃が腰掛け、我が子を抱いている。

その横にリュシエンヌが座り、赤ん坊の顔を覗く。

「わあ、また少し成長しましたか?」

「ええ、毎日お乳をよく飲んで、よく寝て、よく泣いて、お医者様の診断でも異常はありませんでした。……日に日に大きくなって、そのうち重くて抱き上げられなくなってしまうかもしれませんわね」

「では今のうちに沢山抱いておかないといけませんね」

リュシエンヌが赤ん坊の小さな手に触れると、その手がリュシエンヌの指をしっかりと握る。

小さいが、きちんと生きて、人間の形をしているのがルフェーヴルの目には不可思議に映っていた。

人間だが、まだ言葉も話せない赤ん坊。

アリスティード達の子を見てリュシエンヌが子を欲しがるのではと危惧したものの、当の本人にそういった雰囲気はなく、今日も甥を可愛がっている。

ニコニコと笑顔を浮かべている姿は王女時代に孤児院の慰問に行っていた姿を彷彿とさせた。

もしリュシエンヌが「子供が欲しい」と言えば、出来る限り協力はするけれども、子が出来るかどうかは分からない。

ルフェーヴルとしては子はいなくても良い。

子が出来た王太子妃の様子を見ていると、もしリュシエンヌが妊娠した時に子供への気持ちが大きくなって、ルフェーヴルへの愛情が減るのではないかと思ってしまう。

……それは面白くないんだよねぇ。

リュシエンヌの一番はいつだって自分がいい。

だが、その一方でリュシエンヌそっくりの娘なら悪くはないと思うところもあった。

リュシエンヌとリュシエンヌそっくりの娘を想像したら、とてもかわいいし、きっとルフェーヴルも娘を可愛がれるだろう。

「わ、結構握る力が強い……!」

リュシエンヌが驚いている。

「そうなのです、わたくしも最初は驚きましたわ。我が子のことで、自分にもそんな時があったとは思うのに、毎日驚きの連続ですの」

楽しそうに王太子妃が笑った。

リュシエンヌも楽しそうに笑って頷き返す。

「最近は首も据わって、抱き上げやすくなりましたわ。今度、アリスティード様と三人で絵を描いていただく予定です」

「それは楽しみですね。素敵な家族絵になりそうです」

「でも、陛下やお父様も一緒に絵を描いてほしいと言い出して、何枚も書くことになりそうですわ」

「それだけアルベリク君が愛されているのでしょう」

リュシエンヌと王太子妃の楽しげな雰囲気を感じ取ったのか、赤ん坊がふやっと笑う。

それに二人が顔を見合わせ、笑みを深めた。

その様子をルフェーヴルはリュシエンヌの隣に腰掛け、組んだ足の上に頬杖をついて横目に眺める。

正直に言えば、アリスティード達の子に興味はない。

ただ、無視するとリュシエンヌが悲しむかもしれないので、一応、この赤ん坊について関心は向けている。

けれども、ルフェーヴルがこの子供のために何かをすることはないだろう。

この子供には国王、王太子、王太子妃、公爵家と守ってくれる存在も多いし、王子として護衛も使用人もついているし、ルフェーヴルが出る必要がないのだ。

……赤ん坊って変なのぉ。

王太子妃もリュシエンヌも、アリスティードも赤ん坊を「可愛い」と言うけれど、ルフェーヴルにはどこが可愛いのか分からなかった。

リュシエンヌが赤ん坊を抱く。

「痛っ」

赤ん坊がリュシエンヌの髪を掴んで強く引っ張った。

ダークブラウンの、絹のように滑らかな髪が乱れる。

ルフェーヴルは髪を掴んでいる赤ん坊の手に触れ、リュシエンヌの髪から手を離させた。

少しコツは要るが、出来る限り力を加えないようにして赤ん坊の手を開かせたのだ。

ルフェーヴルが軽く握っただけでもこの赤ん坊のふにゃふにゃの手では簡単に骨が折れてしまうだろう。

まるでクッションのようにふかふかな赤ん坊の手はあまり触っていたいものではなかった。

「ありがとう、ルル」

リュシエンヌが慌てて赤ん坊の手から自分の髪を離す。

「申し訳ありません、リュシエンヌ様。大丈夫ですか? かなり強く引っ張ってしまったようで……」

「大丈夫です。驚いてしまっただけで痛くはなかったので。前もそうでしたけど、髪が揺れて気になったんだと思います」

赤ん坊に代わり謝罪をする王太子妃に、リュシエンヌが明るく笑って返す。

「アルベリク君は悪戯っ子ですね〜」

と赤ん坊にも笑いかけ、軽く体を揺らす。

赤ん坊はそれが楽しいのかまたふやっと笑った。

「それにしても、アルベリク君は全然泣きませんね?」

「少し前に授乳したばかりで機嫌がいいのかもしれませんわ。普段はもっとよく泣くのですが」

「そうなのですね。……あ、眠くなってきちゃったみたいです」

リュシエンヌの腕の中で赤ん坊がウトウトとし、心地好さそうに目を閉じて眠った。

リュシエンヌがそんな赤ん坊をニコニコしながら眺める。

居間の扉が叩かれ、アリスティードが訪れた。

眠っている赤ん坊が王太子妃に返される。

「アルベリクは今眠ったところですわ」

「少し遅かったか」

アリスティードはカウチの肘掛けに座り、王太子妃の腕の中にいる赤ん坊を見た。

「お乳も済んで、いつもならばこの時間は昼寝をしておりますもの。本日は公務があると聞いておりましたけれど……」

「ああ、少し時間が空いたから見に来ただけだ」

「あまりご無理はなさらないでくださいませ」

アリスティードと王太子妃が話している。

王太子妃が我が子の今日の様子をアリスティードへ伝え、アリスティードが訊き返したり、頷いたりする。

最初はそれをニコニコしながら見ていたリュシエンヌであったが、赤ん坊の気持ち良さそうな寝顔に釣られたのか小さく欠伸をこぼした。

そうして、ウトウトし始める。

そっとリュシエンヌの肩を抱き寄せ、ルフェーヴルは自分へ寄りかからせた。

今日は過ごしやすい気温なので転寝をしても風邪を引くことはなさそうだった。

* * * * *

ふと聞こえてきた寝息にアリスティードは気が付いた。

遅れて、エカチェリーナもそれに気付いたようで、一瞬、揃って息子のアルベリクへ目を向けた。

よく眠っているアルベリクがむにむにと唇を動かしている。

だが、この寝息は息子のものではないらしい。

視線を上げれば、ルフェーヴルが自身の口元に指を当てた。

見れば、リュシエンヌがルフェーヴルに寄りかかって眠っていた。

昔から「どこででも寝れます」と言っていたリュシエンヌだが、こうして皆でいる時に転寝をするのは珍しい。

「昨日の夜、ココに来るのが楽しみで少し夜更かししちゃったんだよぉ」

とルフェーヴルが囁く。

リュシエンヌも深く眠っているのか起きる気配はない。

エカチェリーナが小さく笑った。

「リュシエンヌ様もアルベリクも、とても気持ち良さそうですわね。見ているこちらもなんだかホッとします」

「そうだな、どちらも幸せそうな寝顔だ」

ルフェーヴルがリュシエンヌにしっかりと腕を回し、ずり落ちないように手で頭を支え、自分の肩に寄りかからせている。

そのせいで若干背を丸める形になり、窮屈そうだが、ルフェーヴルの口元には柔らかな笑みが浮かぶ。

アリスティードも、エカチェリーナも、黙って見守った。

この妹夫婦は昔から、いつ見ても二人でいて、それで幸せそうだった。

妹と息子の寝顔はいつまでも見ていたいが、エカチェリーナもずっと息子を抱えているのは大変だろう。

「リーナ、アルベリクは私がベッドに戻そう」

「ええ、お願いいたします」

エカチェリーナからアルベリクを受け取り、そばにある柵付きの小さなベッドへ向かう。

そして、ゆっくり慎重にアルベリクをベッドへ寝かせる。

実は眠った赤ん坊をベッドへ寝かせるのがとても大変なことだと、アリスティードは息子が生まれてから初めて知った。

アリスティードが抱き上げると比較的すぐに眠ってくれるアルベリクだが、よく眠っていると思ってベッドへ寝かせると、途端に起きて泣き出すのである。

そういう時はいつもより大きな声で泣く。

だから、とにかくアルベリクの体があまり動かないように、慎重に、そっと、静かにベッドへ寝かせる。

両手を離しても眠っている息子にアリスティードは安堵しつつ、エカチェリーナのそばへ戻った。

その様子を眺めていたエカチェリーナが声もなく小さく笑っており、ルフェーヴルが不思議そうな顔でこちらを見ている。

「何やってるのぉ?」

「熟睡していても、ベッドに寝かせて手を離すと起きて泣くことがあるんだ。お前もいつか、もし子が出来た時に分かる」

ルフェーヴルは子が出来にくいかもしれないという話は本人から聞いている。

事実、リュシエンヌとルフェーヴルが結婚してから二年経っているものの、二人の間に子は出来ていない。

そういった行為を全くしていないとは考えられないので、ルフェーヴルの予想は当たっているのだろう。

この話はアルベリクの妊娠が分かった時にエカチェリーナにも伝えてあったが、下手に態度に出すと逆にリュシエンヌ達に気を遣わせてしまうので普段通りにしている。

「オレは子供は別に要らないけどねぇ」

「それならばいいが、もしかしたら子が出来る可能性もある。少しは子育ての知識を入れておいたほうがいいぞ」

「ん〜、もしリュシーが妊娠したら、その時は考えるよぉ」

曖昧な返答にアリスティードは小さく息を吐く。

「もしリュシエンヌが妊娠したら、こちらに報せてくれ。王家の医者達を派遣させる。口は堅い者達ばかりだ」

「そうだねぇ、その時はそうさせてもらうよぉ。さすがにオレも、屋敷の他のヤツらも、妊娠とか出産とかは分からないしねぇ」

「私も先輩として、父親のやるべきことを教えることくらいは出来るだろう」

アリスティードの言葉に、ルフェーヴルが嫌そうな顔をした。

「ええ、アリスティードに訊くのはちょっとなぁ。父親の仕事を教えてくれるならともかく、息子自慢されるのは鬱陶しいよぉ」

「本当にそういうところは変わらないよな」

一国の王太子相手に「鬱陶しい」なんて普通は言えない。

そこがルフェーヴルの長所であり、短所でもあるのだが。

「っと、そろそろ私も戻らないといけない時間だ」

公務の合間を縫って出てきたので、あまり遅くなるとロイドウェル達を困らせてしまう。

それに公務を遅らせれば、その分、夜に離宮へ顔を出す時間も減る。

仕事終わりにエカチェリーナとアルベリクの顔を見に、ここへ来るのはアリスティードの楽しみでもあり、日課でもあった。

「あら、もう戻られますの?」

「ああ、すまない。夜にまた来る」

アリスティードはエカチェリーナの額に軽く口付けた。

本当はアリスティードとて、もっとエカチェリーナとアルベリクと共に過ごしたいのだが、そうもいかない。

エカチェリーナからも頬に口付けられる。

「オレ達もそろそろ帰ろうかなぁ」

ルフェーヴルがリュシエンヌを抱え直しながら言う。

リュシエンヌは一度眠るとなかなか起きないというのもあるが、あまり長居をしてエカチェリーナの負担にならないようにしているのかもしれない。

「ニコルソン子爵、また遊びにいらしてくださいな」

エカチェリーナの言葉にルフェーヴルが小首を傾げる。

「ん〜、まあ、気が向いたらねぇ」

ルフェーヴルらしい返答に、アリスティードもエカチェリーナも苦笑した。

ルフェーヴルがリュシエンヌを横向きに抱え、立ち上がる。

その腕の中でリュシエンヌは気持ち良さそうにまだ眠っている。

「それじゃあ、またねぇ」

ルフェーヴルが魔法の詠唱を行い、ふわりと風に包まれる。

そして、二人の姿が掻き消えた。

「さあ、エカチェリーナも少し休むといい」

「そうですわね。二人の寝顔を見ていたら、なんだかわたくしまで眠くなってきましたわ」

「よく休めよ」

アリスティードはカウチの肘掛けから立ち上がり、エカチェリーナの頭に軽く触れ、そして部屋を出た。

……それにしても、本当に気持ち良さそうだったな。

リュシエンヌとアルベリクの寝顔を思い出し、小さく笑いながら、アリスティードは馬車へと戻ったのだった。

* * * * *