軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

兄と妹と花言葉

「リュシエンヌ、か?」

翌日、午後のティータイムに合わせてやって来たお兄様は、わたしを見て目を丸くした。

「はい、変ですか……?」

昨日の夕方に届いたという服は可愛かった。

淡い薄紅色のワンピースドレスはゆったりとした作りで体を締め付けず、襟や袖、裾にフリルがあしらわれているが、胸元から腰の辺りまで連なったリボン以外は装飾もなく、全体的にシンプルなものだった。

やや大きいのは、わたしの体格が分からなかったから、多少違っても着られるようにしたためらしい。

わたしの存在を知り、引き取ることを決めた時に、義理の父である元ファイエット侯爵が用意してくれたものだとか。

この部屋も、寝間着も、この服も、急いで準備してくれたのだろう。

そう思うと心が温かくなった。

……一応鏡で何度も確認したけれど。

わたしの問いにお兄様が首を振った。

「いや、少し驚いただけだ。よく似合ってる」

テーブルの向かい側に座り、お兄様が柔らかく笑った。

その笑みが嘘ではないと分かり、わたしも思わず薄く笑みが浮かんだ。

「よかった」

ルルの腕を疑っているわけではない。

ただ、お兄様に褒めてもらいたかったのだ。

横に立つルルを見上げてにこりと笑うと、ルルも灰色の瞳を細めてわたしを見た。

今日もわたしが食べられるのは果物だけだ。

それでも盛り付けられたそれは宝石みたいでとても綺麗だ。

リニアさんがお兄様に紅茶を淹れてくれる。

わたしにはルルが果実水を注いでくれた。

ついでとばかりに取り皿にいくつかの果物を取り分けて、食べやすいように一口大に切ってくれた。

「ありがとう、ルル」

「どういたしましてぇ」

ぽん、とルルに頭を一撫でされる。

ごほん、と一つ咳払いがした。

「あー、二人は仲が良さそうだが、どこで出会ったんだ?」

少し困ったような顔をしたお兄様に問われる。

「こうきゅう、です」

「後宮? だが、あそこは男は入れないだろう?」

不思議そうに小首を傾げた。

ルルを見上げれば、聞き返すように小首を傾げられたので、頷き返す。

あの場所でのことを口に出すのは難しい。

言葉にするということは、その時の記憶を思い出すということで。それはつまり、同じ体験を繰り返すようなものだった。

思い出すだけでも体が震える。

一度安全な場所で、穏やかな生活を知ってしまうと、もうあの頃には戻れない。

ぶるりと震えたわたしの両肩にルルの手が触れた。

そうして大きな手がわたしの耳を塞いだ。

* * * * *

震えるリュシエンヌの肩に触れ、その小さな耳を両手で塞ぎ、手の平に防音用の結界魔法を発動する。

向かい側のアリスティードが目を瞬かせた。

リュシエンヌの耳に両手を添えたまま、ルフェーヴルは口を開く。

「オレがリュシエンヌと出会ったのは後宮だけど、そこにオレがいたのは国王サマ、まあ元ファイエット侯爵に雇われて王族の様子を探りに行ったんだぁ」

「なるほど、父上の命か」

アリスティードはすぐに納得した。

前以て探りを入れていなければ、あれほど早くクーデターが終わるはずがない。

誰かが中の様子を確認していたからこそだろう。

ルフェーヴルも頷き返す。

「オレがリュシーを見つけたのはクーデターの二週間前、この子はね、ボロボロの古い服に裸足で、後宮の裏手の井戸で桶から直に水を飲んでたんだよぉ」

アリスティードだけでなく、リニアやメルティの視線を受けたリュシエンヌが首を傾げた。

「リュシーは後宮の隅にある埃だらけの物置部屋に押し込められてて、食事はカビたパンや余ったクズ野菜の味のしないスープ、残飯なんかでね、それでも良い方だったみた〜い。何も食べられないことも珍しくなかったらしいよぉ」

リュシエンヌは目を瞬かせたけれど、目の前にある果物の載せられた取り皿を見る。

琥珀の瞳がまるで宝石でも見つけたように煌めいた。

ルフェーヴルを見上げたリュシエンヌに、ルフェーヴルは頷いた。

するとリュシエンヌがフォークを掴んだ。

持ち方なんて適当で、握り拳で掴んだフォークで一口大に切られた果物を刺そうとしている。

「それだけじゃなく、リュシーは元王妃やその子供達から暴力も振るわれていたんだよぉ。今は見えないけど、この子の体は傷だらけでねぇ」

上手く刺せた果物をリュシエンヌが口元へ慎重に持っていき、ぱくりと食べる。

琥珀の瞳が一際輝いた。

……口に合ったか。

アリスティードからしたら特に珍しくもない果物ばかりに見えたが、リュシエンヌは噛み締めるように時間をかけてその一口を食べている。

「背中を蹴られたり叩かれたりするのは当たり前。殴られることもあったけどぉ、酷いと割ったティーカップの上を歩かせられたり、濃く煮出した熱〜い紅茶を四つん這いにさせて、犬みたいに舌で飲ませたりもしてたよぉ。泥まみれにさせたり、冬に外で何時間も立たせておいたり、それに初級魔法で攻撃もしてたねぇ」

歩かせられたりの下りでメルティが口を押さえた。

横にいたリニアが痛ましげに顔を顰める。

侍女二人はリュシエンヌの体を見ているので傷を知っていたが、それがどのようにつけられたものであるか想像して体が震えそうになった。

アリスティードは想像以上の凄惨な虐めに息を詰め、目の前のリュシエンヌを見やった。

……よく、生き残ったものだ。

この小さな体で耐えるには、あまりにも酷い。

当のリュシエンヌは果物を食べることに集中している。

「そんなリュシーを見つけて、オレは傷の手当てをして、食べ物を与えて、様子を見ていたんだぁ」

だからリュシエンヌは誰よりもルフェーヴルを信頼しているのだと理解出来た。

その話を聞いて、アリスティードの中にあったルフェーヴルへの対抗心はしぼんでいった。

「そうか、だからお前達は仲が良いのか」

ふとリュシエンヌがルフェーヴルを見上げた。

そしてにこりと笑ってフォークに刺さった果物を差し出し、ルフェーヴルは差し出された果物を食べた。

そうしてリュシエンヌの耳から手を離すと頭を撫でた。

「そういうことぉ」

対抗しようとするのが間違っている。

リュシエンヌが辛い時期に傍にいたのはルフェーヴルだけだったのだ。

リュシエンヌの心がルフェーヴルに向かうのは当然であった。

「……おわった?」

「終わったよぉ。急に魔法使ってごめんねぇ?」

「ううん、いいの。ルルはわたしにきこえないようにしてくれたんだよね? ありがとう」

ルフェーヴルの言葉にリュシエンヌは笑った。

……賢い子だ。

アリスティードとは二歳しか違わないのにしっかりとしているのは、我が儘を言わないのは、後宮での暮らしのせいか。

「ルル、はい、あげる」

「ありがとぉ」

リュシエンヌがまたルフェーヴルに果物を分け与えている。

……分かっていても少しへこむな。

この二人の間に割って入ることなど無理だろう。

誰が見ても分かるほど、二人の間には確かな絆があり、互いを大事に思っていることが伝わってくる。

義理の兄になったばかりのアリスティードがルフェーヴルに勝てるはずもなかった。

アリスティードはこぼれた溜め息を、紅茶を飲むふりで誤魔化した。

* * * * *

音が戻ってくる。

どうやらルルが魔法を使っていたらしい。

わたしに聞こえないようにして、後宮でのことを代わりに説明してくれたみたいだ。

あまり口に出したくないし聞きたくもなかったので、ルルの気遣いが嬉しい。

その後はお兄様と他愛もない話をして過ごした。

……まあ、殆どわたしは聞き手だったけど。

最初はお兄様も「好きな食べ物はあるか?」「好きな色は?」と質問してくれたが、わたしが「ここのしょくじ」「はいいろ」と答えたのでちょっと困らせてしまったようだ。

でもここで出た食べ物は全部美味しいのだ。

だからどれが好きかと言われても悩む。

好きな色は灰色。ルルの瞳の色。

お兄様はわたしが答えた時にルルの方をチラッと見たので、多分、分かったのだと思う。

いくつか質問されたけれど、答えられないことの方が多くて、お兄様はそれについては特に気にしなかった。

そもそも後宮とここ以外は知らないのだ。

狭い世界で生きてきた リュシエンヌ(わたし) が知っていることはとても少ない。

お兄様は途中から、ファイエット家のことや自分のこと、義理の父となる人のこと、料理のことなどを話してくれた。

ファイエット侯爵家は原作通り新王家となった。

でも、王城はクーデターのせいでまだ荒れてしまっているのでお兄様もわたしもしばらくはここに住むそうだ。

……王城にはあまり行きたくない。

第一王子となったお兄様と、第一王女となったわたしがいるため、このお屋敷は警備が以前よりも更に強化されたらしい。

侯爵領はそのまま王家直轄領になった。

領地は海と山が両方あって、どちらも食べ物が豊かで、そのおかげで他の領地よりも飢えで苦しむ領民は少なかったとか。

それでも王家の課した重税のせいで民の生活はギリギリだったそうだ。

侯爵家は食糧を配ったり、働き先を斡旋したり、民の払う税を減らしてその分を自分達の財産を削って補填したりしていた。

時には他領へ物資の支援などもしたらしい。

クーデターを起こすと決めた時に、支援した領地の領主貴族達は積極的にファイエット侯爵の手助けをしてくれたのだとか。

ファイエット侯爵、今の新国王である父親をお兄様はとても尊敬している風だった。

どのような人かというと「僕は父上に外見も性格もよく似てるらしい」とのことだった。

性格はともかく、確かに一度会ったわたしの父となる人は見目が良かったなとお兄様の顔を見ながら思ったのは黙っておこう。

「そうだ、庭を散歩しないか? ずっと部屋の中にいると息が詰まるだろう?」

……うーん、別に平気だけど……。

今までもずっと部屋に引きこもりだったし。

だけど、お兄様のどこか自信のなさそうな顔を見たら、断るのも何だか申し訳ない気がしてくる。

「オレが抱っこして行くならいいよぉ」

ルルがそう言った。

「まだ病み上がりだからか?」

「それもあるけどぉ、リュシーは足の裏に怪我しててまだ歩くの禁止なんだよねぇ」

「それは歩かない方が良さそうだな」

もう大分良くなってきたけれど、まだ誰も歩くことを許可してくれない。

それに裾の長いワンピースドレスで見えないが、足にも包帯が巻かれているので、靴は履けなさそうだ。

室内では柔らかなスリッパを履いているものの、歩くことは殆どない。

移動は全てルル任せである。

「どうする、リュシー?」

ルルに問われて考える。

「……ちょっとだけ、出たい」

「だってぇ」

わたしが言い、ルルがお兄様へ顔を向ける。

お兄様は嬉しそうに笑った。

「では中庭に行こう」

「あそこは花の種類が多いんだ」と教えてくれた。

お兄様が紅茶を飲み干して立ち上がる。

ルルがわたしを抱き上げると、リニアさんが持ってきた白いケープを羽織らせてくれた。

メルティさんが扉を開けて、お兄様、わたしを抱えたルル、リニアさんの順に廊下へ出る。

どうやらメルティさんは留守番らしい。

この建物はどうやらカタカナのロの字のように建てられていて、その中に小さな庭があって、文字通り中庭なのだとか。

お兄様を先頭に廊下を歩いていく。

すれ違った使用人達は脇へ避けて頭を下げる。

それが少し落ち着かない。

ルルに手を回してギュッと抱き着くと、宥めるように背中を撫でられた。

何とか音として聞き取れるくらいの囁き声で「大丈夫だよぉ」と言われると、強張りかけていた体がホッと緩む。

ギィ、と扉を開ける音がした。

「ここがうちの自慢の中庭だ」

お兄様の声に顔を前へ向ける。

開いた扉の外にルルが出た。

ふわっと風が頬を撫で、青い空の下、柔らかな日差しが降り注ぐ。

「うわぁ……!」

中庭なんて言うけれど、かなり広い。

中央に小さな噴水があって、十字に通路が走り、それ以外のところは全て植物が植えられている。

四つに区分けされたそれぞれに花が咲いている。

区画ごとに色の違う花が植えてあるらしい。

生き生きとした鮮やかな緑に花の色が映えて、白い石で造られた噴水には小鳥が数羽、羽を休ませていた。

とても美しい庭だった。

「……きれい……」

思わず溜め息が漏れてしまうほどだ。

「ゆっくり眺めて歩こう」

お兄様の言葉に頷き返す。

わたしを抱えたルルが、お兄様に歩調を合わせて、ゆっくりと歩く。

歩きながらお兄様は花の名前や特徴を教えてくれたけれど、沢山ありすぎて覚えきれない。

でもお兄様は「今すぐ覚えなくてもいい」と言った。

貴族の勉強の中に花の名前や花言葉を覚えるというものがあるそうで、その時に覚えていけばいいそうだ。

「あ」

歩いていたルルが珍しく声を上げた。

見上げると、ルルと目が合う。

「リュシー、ちょっと下ろしてもい〜い?」

「うん」

ルルは近くのベンチにわたしを下ろした。

それからお兄様へ顔を向ける。

「ここの花って切ってもいいのぉ?」

それにお兄様が「少しだけなら」と頷いた。

ルルはお兄様の返事を聞くと、真っ直ぐに赤いバラの咲く場所へ歩いて行った。

お兄様はベンチの傍に立ったまま、わたしと同じくルルを見ている。

バラのところへ行くとルルはキョロキョロとその辺りを見回し、それから、手を伸ばす。

片手にはいつの間にか細身のナイフが握られていて、それでバラの枝を切ったようだ。

何やらごそごそして、もう一本切ると、やっぱり同じようにごそごそしてから戻ってきた。

「はい、リュシー。あげるぅ」

わたしのまえに片膝をついたルルに、赤いバラを差し出される。

鮮やかな赤いバラは大輪の花を咲かせており、受け取ると、いい匂いがした。

「ありがとう、ルル。きれいだね」

「で、ちょ〜っと貸してぇ?」

「うん」

言われるがままバラを渡す。

するとルルが自分の胸元にバラを一本差した。

もう一本はわたしの胸元に。

「はい、お揃い〜」

ルルの嬉しそうな声にわたしも笑顔になる。

「ルルとおそろい、うれしい」

「オレも嬉しいよぉ」

ルルがわたしを抱き上げる。

横にいたお兄様が何とも言えない顔をした。

どうかしたの、と小首を傾げて見れば、何でもないという風に首を振られた。

わたしを抱えたルルは愉快そうに目を細めていた。

「バラの花言葉と本数の意味、習ったら教えてねぇ?」

ルルは知っているみたいなのに何故かそう言った。

わたしが頷く横で、お兄様が呆れたように小さく息を吐いたのだった。

* * * * *