軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

逆鱗(1)

「場合によっては先に謝っておいたほうがいいんじゃないか? もし高貴な身分の人間だったらお前危ないぞ」

「……そうだな、次に会った時に謝罪する」

あちこちで訊いて回ったので、リュカが彼女について探ったことが本人の耳に入るかもしれない。

貴族の 顰蹙(ひんしゅく) を買うのは避けるべきだ。

気になって行動してしまったが、考えなしな行動だったと反省した。

もし高貴な身分の者で、その怒りがリュカにだけでなく、両親や親族達にまで向かうこともある。

そうなれば平民の自分達に抵抗する力はない。

「それならいいけどさ」

じゃあな、と手を振って同じ平民出身の宮廷魔法士は離れていった。

それを見送り、リュカは小さく息を吐いた。

……ああ、本当に軽率だった。

相手が貴族だということは知っていたのに。

窓の外へ目を向け、そこに、今し方まで話題に上がっていた人物の姿を見つけ、リュカは慌てて駆け出した。

宮廷魔法士見習い、ルシール=ローズが今日は来ている。

急いで階段を下り、廊下を抜けて、外へ出る。

辺りを見回せば、目立つ赤い髪が裏庭へ続く植木の向こうに消えていくのを見つけた。

走って追いかければ、小柄な後ろ姿があった。

「ローズさん!」

走りながら声をかければ彼女が振り返る。

そして、辿り着いたリュカを見て、少し恐るように半歩下がった様子にリュカも気付いてしまった。

……探ったことをもう知られてしまっている?

「えっと、あの、何か御用でしょうか……?」

認識阻害で表情は読み取り難いが、前回よりもやや硬い声音にリュカは頭を下げた。

「申し訳ありません!」

頭を下げたまま、リュカは説明した。

彼女について探りを入れたこと。

あの無駄のない美しい魔法式をどうやって編み出したのか、どうすればあのような魔法を思いつくのか、知りたかったこと。

気になるなら本人に聞くべきだったこと。

「あなたの事情を考えずに、不愉快な思いをさせてしまい、本当に申し訳ありません」

好奇心のままに動いたリュカが悪い。

深く頭を下げたリュカに、柔らかな声がかけられる。

「頭を上げてください」

それに、リュカは恐る恐る顔を上げた。

「わたしのこと、何か分かりましたか?」

「……いいえ、分かりませんでした」

「そうですか。……もう二度と、このようなことをしないでいただけるのであれば、今回については何も申しません」

許すとは言われなかった。当然だ。

もしリュカが同じ立場であったとしたら、勝手に自分のことを探られて不愉快だし、いきなり探られたら怖いと思うだろう。考えが及ばなかったのが恥ずかしい。

彼女の声は硬いままだった。

そうして、もう話は終わりだと言う風に彼女が背を向ける。

そのまま行かせたら、二度と、彼女と話す機会を失ってしまうような気がした。

「っ、待ってください……!!」

その細い肩を掴んでしまったのは、無意識だった。

けれどもその瞬間にバチッと掌が弾かれた。

「嫌っ!!」

彼女が悲鳴を上げた。

ぶわっと黒い風が吹いた。

その黒が人間だと理解するのと、その黒い人間が彼女を守るように抱き締めるのは同時だった。

長い黒髪に紫の瞳が特徴的な男がそこにいた。

「とりあえず死ね」

リュカが反応するより早く、風魔法で吹き飛ばされた。

近くにあった噴水の縁に叩きつけられる。

……一体、なに、が……。

薄れゆく意識の中で、寄り添い合う二人の男女を見る。

黒と赤。それを最後にリュカは意識を手放した。

* * * * *

とっさに風魔法で近くにいた男を吹き飛ばした。

リュシエンヌに渡していたネックレスの 警報(アラーム) 魔法が発動し、ルフェーヴルのほうでそれを感知した。

ルフェーヴルは馬上だったが、とにかく、転移魔法で自分のみをリュシエンヌの傍に転移させた。

そうして、周囲を確認し、リュシエンヌの近くに唯一いた人間に風魔法を叩きつけた。

どのような状況かは関係ない。

リュシエンヌが『嫌』と言ったのだから。

警報(アラーム) はリュシエンヌが特定の単語を発したら展開するように設定してあった。

それが発動するということは、リュシエンヌは何か良くない状況に置かれていたか、恐ろしいと感じ、その言葉を発したのだ。

ルフェーヴルはただ、それを排除するだけである。

吹き飛ばした男が気を失う。

「リュシー、怖かったね。もう大丈夫だよ」

片手で抱き寄せていたリュシエンヌを見下ろした。

「ごめんなさい、ルル、その──……」

説明しようとするリュシエンヌの唇に指を当てる。

「とりあえず、このままだと騒ぎになるから屋敷に転移するね。……あの男についてはアリスティードに連絡すればいいでしょ」

リュシエンヌをしっかりと抱き寄せて転移魔法の詠唱を行う。

風魔法で少し周囲を荒らしてしまったので、今の音で誰かが来るかもしれない。

ふっと一瞬の浮遊感の後にルフェーヴルとリュシエンヌは住み慣れた我が家へ転移で戻ってきた。

ルフェーヴルはリュシエンヌをソファーに座らせると、その足で寝室に向かい、そこから通信用魔道具を持ってきた。

リュシエンヌの横に座り、妻を抱き寄せながら、魔道具の蓋を開けて魔力を通す。

しばらく魔力を通したが、相手の応答はない。

一度、魔力供給を切る。

ややあって、ルフェーヴルの持つ魔道具が振動した。

「急にどうした?」

展開させた通信魔道具に映ったアリスティードの第一声に、ルフェーヴルは「あ」と声を漏らした。

「オレだよ、オレ〜」

「ルフェーヴルか? その格好は何だ?」

「ちょっと仕事中で変装したままなんだよね」

やや興味深そうにアリスティードがルフェーヴルを見る。

それはともかく、とルフェーヴルは続けた。

「王城内で宮廷魔法士、一人ぶっ飛ばした。死んでないと思うけど、骨は何本か折れてるかもしれないから、回収しといて」

「待て、何があったんだ? 場所は?」

アリスティードの問いにルフェーヴルが答えれば、すぐにアリスティードが誰かに指示を出す。

返事の声からして、ロイドウェルが近くにいたのだろう。

扉の閉まる音がして、アリスティードがこちらを向く。

「それで、説明してもらえるか?」

リュシエンヌが頷いた。

「宮廷魔法士にリュカ=ノワイエという人がいるんですけど、この間、音声のみの通信魔法の試験に協力してもらったんです。でも、その人がルシール=ローズについてなんでか嗅ぎ回っていたみたいなんです」

「……リュカ=ノワイエ? 聞いたことのない名前だな」

お兄様が首を傾げた。

「わたしも、何度か塔に行っていますが、初めて会う人でした」

「それなら最近、宮廷魔法士になったのかもな。それで?」

「その人から、探ったことへの謝罪をされました」

リュシエンヌが説明を続ける。

事実かどうかは分からないが、リュシエンヌの作った通信魔法を見て、どうやったらそのような魔法が作れるのか気になり、ルシール=ローズについて調べていたらしい。

リュシエンヌが登城すると、宮廷魔法士の一人が教えてくれたそうだ。

リュシエンヌと面識のある魔法士達は、恐らくルシール=ローズを見て、話せば、その正体に気付くだろう。

ルシール=ローズになってからは人と接する機会は減ったものの、全く他の魔法士達と関わらないということはない。

王女時代はよく塔に行っていたリュシエンヌなので、もしかしたら、それなりの数の魔法士達がルシール=ローズの正体を察しているのかもしれない。

そして、その中の一人から注意を促されたという。

「リュカ=ノワイエという宮廷魔法士が、ルシール=ローズという見習い宮廷魔法士について訊いて回っています。どのような意図があるかは分かりませんが、気を付けてください」

そう言われてリュシエンヌは驚いた。

たった一度しか会ったことのない相手に何故探られるのか分からなかったし、いきなりのことで、怖いとも思った。

その場では、とりあえず声をかけてくれた魔法士に礼を述べたが、やはり探られる理由は全く思い当たらない。

魔法士長からも似たようなことを言われたそうだ。

そうしているうちに昼になり、休憩時間に裏庭で昼食を摂ろうと思ったところで、そのリュカ=ノワイエから声をかけられた。

探っていたことの謝罪と共に理由を伝えられた。

「でも、あまり関わりたくないと思ったので、とりあえず謝罪は受け入れて、もう二度とそのようなことはしないでほしいと伝えました」

あまり二人きりでいたくなかったので、リュシエンヌはその場を離れようとしたのだが、そこでリュカ=ノワイエに肩を掴まれた。

恐らく、何かあって引き留めようとしたのだろう。

だが、リュシエンヌからしたら、自分をコソコソと探っていた相手に突然触れられて、恐怖を感じたのだ。

「それで、思わず合言葉が出てしまって……」

アリスティードが首を傾げた。

「合言葉?」

「 警報(アラーム) 魔法の発動条件だよぉ。リュシーが『嫌』って言ったら発動して、オレのほうにそれが伝わる。で、オレは転移でリュシーのところに駆けつけたんだよね」

「……ああ、そういうことか」

それで全てを理解したのかアリスティードが頷いた。

「よく殺さなかったな」

アリスティードの言葉にルフェーヴルは眉根を寄せた。

「宮廷魔法士が王城内で死んだら問題になるでしょ? まぁ、そのまま殺しちゃってもいいくらいの気持ちはあったけど」

「さすがに宮廷魔法士が城内で死ねば、何故死んだのか公にする必要が出てくる。そうなればルシール=ローズがやったということになり、最悪、過剰防衛で罪になる可能性もある。……本当に殺していないんだな?」

「気絶はしてたけど、死んではなかった」

魔道具越しにアリスティードが難しい顔をする。

しかし、そこに扉を叩く音がした。

アリスティードが誰何の声をかければ、ロイドウェルだったようで、部屋の扉の開閉する音がした。

「件の魔法士は回収したよ。一応、魔法の試験中に失敗して吹き飛ばされたということにして、今は治療させてる。騎士も何名か置いてきたから、目を覚ましたらすぐに連絡がくるよ」

「ああ、ありがとう」

その魔法士が死んでいなかったことにルフェーヴルは内心で舌打ちを漏らす。

リュシエンヌに不快な、そして恐ろしい思いをさせた人間をそのまま生かしておくのは面白くない。

しかし、宮廷魔法士を殺すのは面倒が多い。

「魔法士についてはどうしようか?」

ロイドウェルの声にシンと静まり返る。

ルフェーヴルとしては 殺(け) してしまいたいが、そうもいかないため、黙っていることにした。

どうせ、言ってもアリスティードは許可しないだろう。

……こっそり 殺(け) すって手もあるけど。

「リュシエンヌはどうしたい?」

アリスティードの問いにリュシエンヌが答える。

「わたしに関わらないでいてもらえれば、それでいいです」

「分かった」

何やら考えるようにアリスティードが目を伏せる。

そして、その視線がすぐに上がってルフェーヴルに向けられた。

「殺すなよ。宮廷魔法士が減るのは国の損失になる」

「……分かったよぉ」

ルフェーヴルはわざと大きく溜め息を吐いた。

そして、口調を普段通りに戻せば、アリスティードはホッとしたような表情を浮かべた。

「リュカ=ノワイエについては秘密裏に事情聴取をして、その後はルシール=ローズに近付かないように厳命しておく。……もし不安なら、護衛をつけられるように手配しようか?」

リュシエンヌは首を振った。

「いえ、そうすると余計に目立ってしまいますから」

ルシール=ローズはあまり名の知れていない地方貴族の妻、という設定なので、護衛を連れ歩くのは少々おかしい。

高位貴族ですら護衛を連れていないのだ。

下位貴族のルシール=ローズが護衛を連れ歩けば、悪目立ちしてしまうし、違和感を覚える者も多いだろう。

「でも、ちょっと、行くのが怖いです」

「そうだろうな。しばらく、一月か二月は休むといい。その間にリュカ=ノワイエの件はこちらで片付けておく」

少し期間を置けば、リュシエンヌの気持ちも落ち着くだろう。

ただ、今後は仕事の予定を調整して、リュシエンヌがルシール=ローズとして登城する際に自分もついて行こうとルフェーヴルは思う。

やはり、傍にいなければ安心出来ない。

「ごめんなさい、ルル、お兄様、ロイド様。ご迷惑をおかけしてしまいました……」

しょんぼりと肩を落とすリュシエンヌの額に口付ける。

「リュシーは悪くないよぉ」

勝手に探られて、いきなり肩を掴まれて、リュシエンヌは怖かっただろう。

「そうだな、リュシエンヌは悪くない。今回のことは気にせず、少し休め。気が向いて、また登城してもいいと思ったら声をかけてくれればいい」

「……はい……」

リュシエンヌはやや俯いたまま頷く。

アリスティードの視線がルフェーヴルに向けられる。

励ましてやってくれ、と言われた気がして、ルフェーヴルはそれに頷き返した。

後処理をしてくると言うアリスティードにそれを頼み、通信魔道具への魔力供給を断つ。

そして魔道具の蓋を閉じて、テーブルへ置いた。

「……ルル」

ギュッとリュシエンヌが抱き着いてくる。

「肩を掴まれた時、思ったの。ルル以外の男の人に触られたくないって。肩を掴まれた時、気持ち悪くてゾワっとした。……怖かったの」

泣いてはいなかったし、声も震えていない。

でもリュシエンヌの声は囁くように小さく、弱かった。

リュシエンヌの体を抱き締め返す。

「やっぱり、登城する時はオレもついて行くよぉ」

「お仕事は?」

「リュシーの予定に合わせて調整する〜。オレ、こう見えてもギルドランク一位だよぉ? ちょ〜っとくらい我が儘言っても通るからねぇ」

リュシエンヌを安心させるためにその背中を撫でる。

そうすると、リュシエンヌの体から力が抜けた。

「……わたし、ルルがいないとやっぱりダメかも」

ルフェーヴルにとっては最高に嬉しい言葉だった。

だが、リュシエンヌに触れた男はやはり気に入らない。

……リュシーに触った腕、切り落としたいなぁ。

アリスティードからも、義父からも、恐らく許可は出ないだろうが、かわいいリュシエンヌに触れた手を切り落としてしまいたい。

……宮廷魔法士だったのが残念だよねぇ。

「ルル?」

リュシエンヌに呼ばれてルフェーヴルは微笑んだ。

「何でもないよぉ」

その男を殺せないのが本当に面白くないが、今は、愛しい妻の不安や恐怖を取り除いてやりたい。

ルフェーヴルは安心させるために、リュシエンヌの頬に口付けた。

* * * * *