作品タイトル不明
ルフェーヴルとアリスティード
* * * * *
「ってわけでぇ、また持って来たよぉ」
アリスティードの執務室に来て、ルフェーヴルは手に持った書類を示して見せた。
突然現れたルフェーヴルにアリスティードは驚いた様子はなかったが、代わりに、机の上にみっちりと積み上げられた書類の山に埋もれて少し疲れた顔をしていた。
アリスティードの表情が無になる。
「何が『ってわけで』なんだ」
「コレ、リュシーからねぇ」
ルフェーヴルが机に近付き、何とか空いている縁に座るとアリスティードへ書類を差し出した。
持っていたペンを置き、アリスティードはそれを受け取る。
だがすぐには書類の中身を確認しない。
「このままだと働き過ぎて死にそうだ」
手元の書類を机に置いてアリスティードが椅子の背もたれに体を預けた。
「なんでこんなに忙しそうなのぉ?」
「ちょっとな。最近、隣国との仲が微妙なんだ。それにクーデターの時に他国に逃げ延びた旧王家派の動きも少し怪しくてな。そちらの動向を窺いつつの外交だ。それに新しい政策に関すること。貧困層への配給案について教会との話し合いにルシール=ローズの作った 濾過(ろか) 魔法の検証と民への普及させる方法についてとか……」
「 義父上(ちちうえ) もいるでしょ〜?」
「父上は国内の政策や災害対応、各領地からの要望の対応に貴族の手綱を握るので手一杯だ。毎日私よりも忙しそうにしている」
ルフェーヴルは興味がなかったので「そうなんだぁ」と適当に答えた。
それに気付いたのかアリスティードは僅かにムッとしたが、溜め息を吐いただけだった。
「それで、今回はどんな政策だ?」
手元の書類へ目を向ける。
「簡単に言うとぉ、農業に力を入れることで食料を安定供給して国力を増やそう、みたいなぁ?」
「ふむ」
興味を引かれたのかアリスティードが座り直して書類を読み始めたので、ルフェーヴルは説明を続けることにした。
「まず肥料を今よりも効果の出やすいものにするんだぁ。今の農業は牛糞を使った肥料が主流だけど、そこに鶏の糞で作った肥料も混ぜるんだってぇ」
「牛糞だけではダメなのか?」
「植物を育てるには三つの栄養素が必要なんだけど、牛糞はそれが少ないからぁ、その栄養素を多く含んでる鶏糞の方が肥料としての効果が高いらしいよぉ」
アリスティードが書類を読み進め、なるほど、と呟いている。
「それだけだと肥料は良くなるけどぉ、土は良くならないからぁ、バーク堆肥っていう細かく砕いた木とか樹皮とかを使ったものを土に混ぜるんだってぇ。バーク堆肥は混ぜると土が柔らかくなって水はけも良くなるから植物が育ちやすい土作りが出来る〜」
「作物への肥料と土壌改良、両方を行うのか」
「そぉそぉ。あ、でも肥料の作り方に関してはオレ達は詳しくは分からないからぁ、まずは肥料作りから始めた方がいいよぉ」
リュシエンヌが記憶を掘り起こして作り方の説明を書き加えていたけれど、それはあくまで大まかなものであって、実際に作ってみれば恐らく色々と問題点が出てくるだろう。
「 樹皮(バーク) 堆肥か。間伐した木の皮や枝を使えば、全部が無駄にならなくて済みそうだ」
アリスティードが真剣な表情で書類を読む。
「肥料を良くしてぇ、作物の出来を良くすることで収穫量の増加や質を上げるんだよぉ。まぁ、それは一時段階に過ぎなくてぇ、作物の収穫量が増えて安定して採れるようになれば物の値段が下がってぇ、平民が色々な食べものを購入しやすくなるでしょぉ?」
「そうだな」
「そこで食料事情が少し改善するんだけどぉ、作物が沢山採れて余剰が出たらぁ、それを家畜に回すんだぁ。牛や豚、鶏なんかを沢山育てるんだぁ」
アリスティードがこちらを見る。
「家畜を増やすのか?」
「うん、そうして肉を増やすんだってぇ。健康な体を作るには肉も必要だからぁ、平民がもっと肉を食べられるようにすることで平民の健康を維持するんだよぉ」
「それが国力の増強か」
「病弱な人間の集まった国とぉ、健康な人間の集まった国なら後者の方が強いもんねぇ」
アリスティードが頷いた。
「それにぃ、この間の濾過魔法と合わせて飲み水の改善、食の改善が出来ればぁ、貧困層や子供の死亡率も下がってぇ国民数も増えるかもしれないしぃ?」
ルフェーヴルの言葉にアリスティードが考えている。
この国は十二年前に比べればマシになった。
あの頃の、いつ他国に攻め込まれてもおかしくないほど弱っていた国力に比べれば、かなり良くなってきている。
だが、まだ安心出来るとは言い切れない。
他国からすれば、領土は欲しいが手を出すかどうか大いに迷うところ、といった感じだろう。
周辺国は皆、他の国の出方を窺っている。
十二年前に王家が変わって以降、この国は勢いを取り戻しつつある。
十二年前はあまりに弱ってしまい、国土を奪ったとしてもうまみのない国だったが、今は違う。
周辺国が互いに顔を見合わせ、腹の探り合いをして、牽制しあっている今のうちにもっと国力を増強するべきなのだ。
手を出したら負けるかもしれない。
手を出したら大打撃を受けるかもしれない。
そう思わせられるくらいには国力が欲しい。
それが、今の思いだろう。
「……これを実現するには何年もかかるだろうな」
アリスティードの言葉にルフェーヴルは頷いた。
「簡単に国力を増やす手はないからねぇ」
「分かっている。地道に民の数と質を増やし、食料事情を改善して、もっと働き手を増やさねばならない」
「そのためにも農業にも力を入れるべき〜って案なんだよぉ」
リュシエンヌの案を丸々使う必要はない。
要はリュシエンヌの意図を汲んでくれれば良い。
あくまでこれらは提案に過ぎず、それを実際に取り入れるかどうかは国の運営を行なっているベルナールやアリスティード達が判断する。
ただリュシエンヌはこうしたものを出し続けるだろう。
……リュシーは優しいからねぇ。
もう王女ではないのに、民のことを考えている。
そういう優しくて素直な部分はかわいいが、同時に、ルフェーヴルからしたら面白くないと感じる部分でもあった。
……オレだけに集中してほしいなぁ。
でも、それは難しいだろう。
リュシエンヌは見て見ぬ振りが出来ない性格だ。
「あ、そぉそぉ」
ルフェーヴルの言葉にアリスティードが少し首を傾げつつ、顔を上げた。
「なんだ?」
「リュシーがさぁ、それを考えるのって国のためでもあるんだけどさぁ、結局のところはぁ、アリスティード達のためなんだってさぁ」
「私達のため?」
アリスティードが不思議そうな顔をする。
「そ、民のためになる政策を行うことでぇ、国王や次期国王が民の支持を得られるようにって思ってるみたいよぉ。……リュシーはさぁ、この国の民にアリスティード達のことを好きになってもらいたいんじゃなぁい?」
ルフェーヴルがそう言えば、アリスティードは驚いたように目を丸くした。
ややあって、嬉しそうに破顔する。
「そうか、民に好かれるように、か」
アリスティードもそういう気持ちがあるだろう。
そうでなければ今でも孤児院の慰問に出かけたり、仕事の合間を見て教会に出かけたりはしないはずだ。
リュシエンヌが思うように、アリスティードも、民の支持を得られるように努力している。
王家は民からの信頼が得られなければ立ち行かない。
それをリュシエンヌも理解している。
「そうだな、民に好かれなければ、どんなに優秀な王だったとしても誰もついて来ない」
「リュシーはもう表に出られないからぁ、 義父上(ちちうえ) やアリスティードを助けられないけどぉ、自分なりに応援してるってことだねぇ」
アリスティードが優しい眼差しで書類を見る。
「分かった。とりあえず、父上と相談して、内容に問題がなければ他の者達と検討してみる」
この国は王だけの国ではない。
特にベルナールやアリスティードは自分だけの考えで政策を行うことはなく、官僚達と話し合い、より良い方法を模索する。
そうして、良き案が出れば採用する。
人の話を聞くことを心がける王族なんて、面白いが、ベルナールやアリスティードらしいとも思う。
王に強い権限があるものの、暴君にはならない。
旧王家は私利私欲ばかりを追い求めていたが、現王家は民や国の幸福を追い求めている。
その違いをきっと民も感じているだろう。
「採用するってなったら魔道具で連絡してよぉ。リュシーが喜ぶから〜」
「ああ、そうしよう。今回のこれもルシール=ローズ案にしておくからな」
「魔法に関係ないことだけどねぇ」
宮廷魔法士の中にルシール=ローズはひっそりと名前が入れられたが、これはその仕事と言うには少々違う気はする。
それにアリスティードも苦笑した。
「まあ、いいんじゃないか? 一応、濾過魔法も案に含まれているし、宮廷魔法士はそもそも、普段は各自の得意分野に関する王家の相談役みたいなものだし」
ただ、とアリスティードが少し考える仕草をした。
「この案を採用することになったら、報奨を与えることにもなるだろうから、一度ルシール=ローズには王城に来てもらわないとな」
「あ〜、だよねぇ」
さすがに誰も姿を見たことのない人物というのはまずい。
「顔が分かりにくいように変装して出ればなんとかなるかなぁ。あと髪の色も変えた方がいいよねぇ?」
「ああ、恐らくリュシエンヌを知っている者は変装に気付くかもしれないが、姿を変えていると分かればある程度は察するだろう」
王女リュシエンヌ=ラ・ファイエットではなく、才能を持つ平民の娘ルシール=ローズ。
そういうことにしておけばいい。
一応、身元も既に用意してある。
王家直轄領で生まれた娘で、結婚しており、結婚相手は元子爵家の男性で、功績がなかったために現在は没落しているが、それでもそこそこ裕福な平民の家となっている。
夫は直轄領の管理をしている貴族の下で官僚を務めており、貴族と接することもあったため、礼儀作法は身についている。
まあ、そのような感じらしい。
「だが、リュシエンヌだと気付かない者達は全く姿を見せないルシールを怪しむかもしれない」
「面倒臭いなぁ」
ルフェーヴルの言葉にアリスティードは苦笑する。
「いいじゃないか。お前の仕事が始まったら、リュシエンヌは屋敷に一人になるんだろう? 気分転換にたまにはこっちに連れてくればいい」
……それが嫌なんだけどなぁ。
ルフェーヴルは黙って眉を寄せた。
「どうするかはリュシエンヌと話し合ってくれ。ただ、時々は顔を見せないと名前だけのおかしな魔法士がいると言われかねない」
「分かったよぉ」
……リュシーは喜んで出仕しそうだけどねぇ。
魔法が使えないけれど、魔法を構築することは好きだし、宮廷魔法士達のいる塔にいる方が安全面ではいいのかもしれない。
ただ男が多いのは少し気に食わない。
ルシール=ローズも結婚している、という設定だが、リュシエンヌは美しいから懸想する者が出てこないとも限らない。
……認識阻害の魔法をかけたメガネでもかけさせようかなぁ。
「とりあえず、リュシーの案は渡したからぁ、後はヨロシクねぇ?」
机から立ち上がればアリスティードに声をかけられる。
「もう行くのか? いつもそうだが、もう少しゆっくりしていったらどうだ?」
「ええ〜? 別にいいよぉ。男同士で顔付き合わせて長話なんて趣味じゃないしねぇ」
それに早く帰ってリュシエンヌと過ごしたい。
かわいい奥さんが家で待っている。
用事をさっくり済ませてさっさと帰るに限る。
嫌そうな顔をしたルフェーヴルに、アリスティードは少し呆れた顔をする。
「お前達の話を聞かせてくれてもいいんじゃないか? こういう時にしか直に会いに来ないんだ」
確かにルフェーヴルは用がある時しか、アリスティードの下を訪れない。
通信魔道具でのやり取りも、大抵、アリスティードからが多い。
「リュシーは元気だよぉ」
「それはお前を見れば分かる。そうじゃなくて、お前自身のことだ。今年の秋くらいから本職を再開するんだろう? つらくないか?」
アリスティードの言葉にルフェーヴルは目を瞬かせた。
暗殺者の仕事をつらいと思ったことはない。
たまに酷くつまらないと感じることはあるが、それで仕事を辞めたいだとか、苦しいだとか、そういう風には思わなかった。
「別につらくはないよぉ。むしろ、実入りのいい仕事だからぁ、そこそこ仕事をこなせば大金が手に入るしぃ、その金でリュシーと過ごせるからねぇ」
それに暗殺者の仕事はルフェーヴルに合っている。
「そうか……」
色々と思うところはあるようだが、アリスティードはそれらを呑み込んだらしい。
ルフェーヴルは転移魔法の詠唱を行う。
「それじゃあ、またねぇ」
アリスティードが言う。
「死ぬなよ」
仕事に復帰するのはまだ先のことなのに。
ルフェーヴルはそれに手を振って答えたのだった。
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