軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ルルとリュシーの日常(3)

ごろごろと猫のようにルルがくっついてくる。

「リュシーはいい子だねぇ」

頭を撫でられてドキッとする。

……今、それを言わないでほしい。

子供の頃ならともかく、最近は、ルルがわたしを「いい子」と言うのは夜の時が殆どだ。

ふっとルルが顔を上げた。

「早いけどぉ、入浴しよっかぁ」

ルルに抱き上げられる。

浴室は寝室と繋がっているので、ルルはわたしを抱き上げたまま、足で器用に扉をあけて、中に入ると閉めた。

椅子にわたしを下ろしてルルが浴槽に近付く。

詠唱を行い、手を翳すと、浴槽にお湯だろうものが張られる。かなり湯気が上がっていて熱そうだ。

そこにもう一度詠唱をして、今度は水らしきものを出して、お湯を薄めていく。

ルルがお湯に手を触れて頷いた。

「こんなもんかなぁ」

ルルが振り返る。

戻ってきたルルの手がわたしの夜着に伸びる。

……今日はルルのお人形。今日はルルのお人形。今日はルルのお人形……!

胸元のリボンがしゅるりと解かれる。

「リュシー、立ってぇ」

「……うん」

立ち上がり、ルルがわたしの夜着を緩めれば、それはあっさりストンと足元へ落ちた。

そのまま慣れた様子で下着も脱がされて、けれど、すぐに体に大判のタオルを巻かれた。

椅子に座らせられる。

ルルが今度は自分の番だとシャツを脱ぐ。

……何度見ても、惚れ惚れするなあ。

着痩せするタイプというか、確かに細いけど、筋肉がきちんとついていて、腹筋も割れている。

体には無数の古い傷跡があった。

ふと気付く。

「ルルはその傷、治癒魔法で治さなかったの?」

ルルがズボンに手をかけながら返事をする。

「一応元から治癒魔法使えるけどぉ、光属性の適正はそんなにないからぁ、ちょっとした傷を治せるってくらいだったんだよねぇ」

「そうなの?」

「そうだよぉ。だから大きな傷は治せなかったんだぁ」

だから大きな傷跡ばかりがあるのだろう。

「誰かに治してもらおうとは思わなかったの?」

「それは嫌だったんだよねぇ」

「なんで?」

ルルが昔を思い出したのか、小さく笑う。

「仕事で怪我して帰ってきたって知られるのが恥ずかしいのもあったけどぉ、それ以上に他人のこと全然信用してなかったからさぁ、怪我してるって知られること自体嫌だったんだよぉ」

他人に怪我を知られたくない。見せたくない。

それでルルは自分で手当てをしていたらしい。

お師匠様の訓練でついた傷もあるけれど、駆け出しの暗殺者だった頃の傷も多いということだった。

お師匠様の話ではルルは優秀だったと聞いたが、それでも、こんな跡が残るほどの怪我をしていた。

それだけ暗殺者の世界は厳しいのだろう。

腰にタオルを巻いたルルが振り向く。

「じゃあ、体と髪と、洗ってあげるねぇ」

……やっぱり恥ずかしくて死ぬかもしれない。

ルルに抱き上げられて数歩移動する。

陶器で出来た小さめの椅子の上に下された。

最後の砦のタオルはあっさり連れていかれてしまい、ルルが大きな桶にお湯を張って、小さな桶でお湯を掬ってわたしの体にかける。

何度かお湯をかけた後、体を洗うための石鹸を濡らし、スポンジで泡立てる。

……ちょっと泡立てすぎな気もするけど。

もこもこふわふわの泡がもったりついたスポンジを持ったルルに体を洗われる。

丁寧で、優しく、スポンジでというよりかは泡で洗われているような感じだ。

意外にもその手つきに性的なものはなくて。

楽しいのかルルが鼻歌を歌っている。

「リュシーの体は綺麗だよねぇ」

言いながら、爪先を洗われる。

「会った頃は傷だらけだったけどぉ、その傷も綺麗に消えて良かったよぉ」

それにわたしも頷いた。

ルルと出会った当初は傷だらけだったが、ファイエット邸に引き取られてきちんと治療が出来たからか、傷は跡が残らなかった。

もしかしたら女神様の加護の効果もあったのかもしれないが。

ルルがわたしの足の裏を確認して「うん」と頷いている。

「まあ、傷があってもリュシーはリュシーだけどねぇ」

洗い終えたのか、ルルが小さな桶でわたしの体についた泡を流していく。

泡がなくなると体にタオルを巻かれて、抱き上げられ、湯船の中にゆっくりと入れられる。

お湯は丁度良い温度だった。

頭を浴槽の縁へ誘導される。

今度は髪を洗ってくれるようだ。

頭にお湯がかけられる。

髪用の石鹸をルルが手の平で泡立て、たっぷりのそれで髪を洗う。

やっぱりこちらも丁寧な手つきだった。

マッサージするように頭皮を揉まれるのが気持ちいい。

「リュシーの髪って本当、チョコレートみたいな色だよねぇ。美味しそ〜」

ルルの感想に笑った。

「ルルはチョコ好きだね」

でも、それが嬉しい。

ルルの好きなものと共通点があるということは、ルルにとって、わたしは好意的なものということになるから。

「出たら一緒に食べなぁい?」

「うん、食べる」

ザァ、と髪の石鹸を落とされる。

「オレも洗っちゃうからちょ〜っと待っててぇ」

言って、ルルが石鹸を泡立てる。

雑に終わらせるのかなと思ったが、意外にも、ルルは丁寧に自分の体を洗っている。

……あれ、石鹸の匂いが違う?

わたしの花の香りの石鹸とは違い、ルルが使っているものはあまり匂いが感じられなかった。

……あ、そっか。

匂いのあるものを避けてるんだ。

ぼんやりルルを眺めていると、それに気付いたルルが、あは、と笑う。

「そんなにジッと見られると恥ずかしいよぉ」

そのわりに照れてはいないようだ。

わたしはルルに手を差し出した。

「スポンジ貸して。背中、洗ってあげる」

ルルはキョトンとしたものの、わたしの手にスポンジを渡すとこちらへ背を向けた。

浴槽の中で膝立ちになり、ルルの背に手を伸ばす。

……背中にも傷がある。

そっとスポンジでルルの背中を洗った。

わたしよりも大きくて、筋肉があって、でも全体的にはやや細く見える。

ずっとわたしを守ってくれてきた背中。

だけど、こうしてルルの背中を正面から見たのは数えるほどしかない気がする。

「リュシー、もう少し強くこすっても大丈夫だよぉ。それだとくすぐったぁい」

ルルが小さく笑う。

うん、と返事をして手に少し力を入れる。

この背中がただただ、愛しいと思った。

* * * * *

リュシエンヌが背中を洗ってくれている。

それはルフェーヴルにとって、不思議な感覚だった。

誰かに背中を洗ってもらったことなんてなかった。

それどころか、こうして、誰かと共に入浴すること自体が初めてである。

武器も衣類も身につけていない無防備な姿。

ルフェーヴルには一番落ち着かない時間だ。

だが、今日はそれほど嫌ではない。

スポンジでごし、ごし、と背中をこすられる。

柔らかなスポンジと泡の感触、そして、労わるように洗われる感覚が心地良い。

本音を言えばもう少し強くこすってくれた方がいいのだけれど、恐らく、背中にある古傷を見て、こする力を加減してくれているのだろう。

「ありがとぉ」

大体洗い終えたところで振り返り、スポンジを受け取る。

代わりにリュシエンヌの手の泡を流してやれば、浴槽の縁に両腕を置いて、静かにこちらを眺め出した。

ルフェーヴルは気にせず頭を洗う。

視線は感じるが、悪いものではない。

手早く髪を洗い、目元にかかった前髪を後ろへ流しつつ立ち上がれば、リュシエンヌと目が合った。

ぼうっとしているリュシエンヌへ笑う。

「リュシー、見過ぎ」

そう言えば、リュシエンヌがハッとした様子で顔を背けたけれど、濡れた髪の隙間から覗く耳は赤くなっていた。

ルフェーヴルが近付けば、リュシエンヌが浴槽の中の場所を空けてくれたので、そこへ入る。

座ったルフェーヴルの足の間にリュシエンヌが収まった。

その体を抱き寄せ、寄りかからせる。

「ほらぁ、肩まで浸かってぇ」

うん、とリュシエンヌが素直に寄りかかってくる。

色白の肩が淡く色づいている。

濡れた髪の張りつく感触はあまり好きではないが、温かな湯に浸かると体が温まって疲れが取れる。

そう分かっていても普段は軽く汗を流すだけで良しにしてしまうので、こうして長く湯に浸かるのは久しぶりである。

「あったかいねぇ」

「うん」

「リュシーってばさっきから『うん』しか言ってないよぉ?」

後ろからリュシエンヌの肩に顎を乗せて、顔を覗き込む。

……見なければ良かったかもしれない。

のぼせたわけではないだろう。

赤く上気した頬に少し潤んだ琥珀の瞳、恥ずかしそうにそれが逸らされて、小さく唇が引き結ばれている。

思わず、ルフェーヴルはごくりと喉を鳴らした。

「かわいい」

もう何度も夜を共にしているのに。

こんなことで照れているリュシエンヌがかわいい。

顎を離し、リュシエンヌの肩へ湯をかける。

花の香りが自分にも移ってしまうかもしれないが、今は休職中なので、たまにはいいだろう。

この甘い匂いも悪くはない。

「ルルは恥ずかしくない?」

リュシエンヌに問われて首を傾げた。

「ん〜、別に恥ずかしくないねぇ」

見られて困るような体ではない。

……まあ、見せるのも触らせるのもリュシーだけだけど。

むしろ、リュシエンヌが見惚れた様子でルフェーヴルのことを見ている時は少し嬉しいし、その様子がかわいいと思う。

「そう言うリュシーだってぇ、侍女達にはいつも見せてるでしょぉ? それにオレだって夜に見てるしぃ」

「侍女はいいんだよ。お仕事だし、同性だもん。……でもルルに見られるのはいつだって恥ずかしいし、色々気になる」

「気になるって何がぁ?」

ルフェーヴルとしては恥ずかしがっているリュシエンヌはかわいいので、恥ずかしがったままでも一向に構わないが。

だが、酔っ払った時の大胆さもいい。

……またお酒に誘ってみようかなぁ。

ルフェーヴルがそんな 邪(よこしま) なことを考えているとは、リュシエンヌは気付いていないだろう。

「他の人にはどう思われたっていいけど、ルルには綺麗とか可愛いとか思ってほしいし、そういう姿のわたしを見て、ずっと好きでいてもらいたいの」

それにルフェーヴルは「そっかぁ」とリュシエンヌを抱き締めた。

触れ合った部分から、リュシエンヌのドキドキと脈打つ心臓の鼓動が伝わってくる。

こういうのが健気というのだろうか。

リュシエンヌのうなじに口付ける。

「どんな姿のリュシーでも好きだよぉ。だけど、リュシーがそうやって努力してくれるのは嬉しいなぁ」

ルフェーヴルの愛を求めて努力する様は気分がいいし、それだけ愛されているという実感も持てる。

……うん、やっぱりオレの奥さんはかわいい。

「そろそろ出よっかぁ?」

「うん」

これ以上湯に浸かっていると、リュシエンヌがのぼせてしまいそうだった。

* * * * *

体を拭き、バスローブを着せてもらう。

ルルも雑にそれを着て、空間魔法から取り出したグラスに同じく取り出した果実水を注いで渡してくれる。

グラス半分ほどを飲んだら、それを脇へ置いて、ルルが化粧水などを顔につけ始めるので、本当にわたしはただ座っているだけだ。

それが終わるとルルがわたしの髪をタオルである程度拭いて、髪用の香油を丁寧に馴染ませていく。大変だろうにルルは鼻歌交じりだ。

髪全体に綺麗に馴染ませた後は風魔法で乾かす。

前世のドライヤーみたいな感じで心地良い。

髪が乾くと、またグラスを渡された。

ルルが自分の髪を雑に拭いて乾かしている。

……ちょっとかわいい。……格好良い?

あんまり雑に拭うので髪が乱れてしまっていて、それが目元にかかると鬱陶しいのか後ろへ掻き上げる。

オールバックみたいな髪型になるのだが、それが思いの外ルルに似合っている。

魔法でルルが髪を乾かし、新しい服を身につける。

ルルは滅多に夜着は着ない。

ラフな格好でも大抵、シャツとズボンである。

ルルの両手が脇に入り、立たされ、バスローブを脱がされると手慣れた様子で下着と夜着を着せられる。

………………。

羞恥心を抑えるのが大変だった。

なんで手慣れているかと言えば、それはもちろん、夜に色々した後にわたしが疲れて動けないとルルがあれこれ世話を焼いてくれるからだ。

ルルはわたしを抱えると浴室を出て、寝室へ戻り、わたしをソファーへ下ろした。

ベルを鳴らしてリニアさんを呼び、チョコレートを持ってくるように言い、それが運ばれてくる。

その間に用を済ませておく。

部屋に戻れば、ルルがチョコレートの載った皿を受け取っているところで、リニアさんが静かに下がる。

ルルが一つ食べる。

「はい、リュシー、あーん」

「あーん」

ソファーへ戻れば口元にチョコレートが差し出された。

それをわたしも食べる。

……うん、美味しい。

ルルとわたしとで交互に食べる。

何が嬉しいって、わたし達が交互に食べるのを料理人達は知っていて、わざわざ同じ種類のものを二つずつ入れてくれているのだ。

おかげで二人で同じものが必ず食べられる。

「そういえばさぁ」

ふとルルが何かを思い出した風に言う。

「チョコレートってぇ、昔は興奮剤として薬の代わりに使われてたらしいよぉ」

「そうなんだ? ……あ、確かに前世でも、馬とかにチョコレートをあげると興奮しちゃうからダメだって話、聞いたことある」

「へぇ、じゃあ、本当にそういう目的で使われてたのかもねぇ」

ルルがチョコレートを口へ放り込む。

もぐもぐとしばらくそれを咀嚼していたけれど、飲み込むと、わたしにチョコレートを差し出した。

それを食べているとルルに訊かれる。

「興奮する?」

ぐふ、と 咽(む) せたわたしは悪くない、はずだ。

咳き込んでいるとルルが背中をさすってくれた。

「ルル、ひどいよ……」

気管に少し入ってしまったようで、出した声は掠れてしまっていた。

「ごめんねぇ」と謝られたら怒れない。

とりあえず頷けば、ルルに抱き締められる。

「オレは興奮してるけどなぁ」

触れ合った部分から、とくとく、とルルの鼓動が伝わってくる。多分少し速い。

「チョコレートで?」

わたしが訊き返すとルルが笑った。

「チョコレートで興奮したってことにしたら、付き合ってくれる?」

何に、と訊くほど野暮なことはないだろう。

返事の代わりにルルにキスをする。

「チョコレートのせいだからね」

囁いたわたしにルルが目を細める。

そうして、今度はルルの方からキスをされた。

残りのチョコレートは明日食べることになりそうだ。

……明日もチョコレートのせいにしたら、ルルはわたしに構ってくれるかな?

そんなことを頭の片隅で考えつつ、ルルの首へ腕を回すと、抱き上げられる。

「お人形はココまでだねぇ」

ルルが言う。

「もういいの?」

「うん、ココから先は、お人形じゃなくて、リュシーに構ってほしいからさぁ」

ベッドへ向かうルルの頬にキスをする。

……お人形ごっこって言っても大体いつも通りだったかも。

「でも、今日はルルの好きにしていいよ」

ピタ、と止まったルルがおかしかった。

「優しくなくても、いいからね?」

そう言ったことを、若干後悔することになるのだけれど、それについてはまた別の話である。