作品タイトル不明
新婚旅行(3)
クリューガー公爵領に来て三日目。
今日は織物市に出かける日だ。
午前中はルルと近くの街並みを少しだけ散策してきた。
メルティさんとヴィエラさんに身支度を整えてもらい、午後の織物市にはヴィエラさんと護衛が二人つくことになった。
他の護衛もこっそりついて来るらしい。
ヴィエラさんは戦えて、いざという時、わたしを守ることが出来るから来てもらうそうだ。
少し目立つかなと思ったが、貴族の中には護衛や使用人を何人も引き連れている者もいるため、これくらいならさほど目立たないだろうということだった。
身支度を整えたルルにエスコートされて階下に下りる。
応接室に行けば、お義姉様が待ってくれていた。
「さあ、それでは参りましょう」
ルルと二人でそれに頷く。
移動はお義姉様の馬車とわたし達の馬車の二台だ。
わたし達はお義姉様の馬車に乗り、わたし達の馬車にはヴィエラさんや護衛が乗り、街へと出る。
「今回行く織物市は前回の場所とは違いますわ」
「そうなんですか?」
「以前来ていただいた時は市場の中でも高価な布を専門に扱う通りでしたが、今日はそれより少し質の低い布を扱う通りに向かっております」
お義姉様の説明にルルがふと、何かに気付いた顔をする。
「ああ、そっかぁ、今のオレ達は『子爵夫妻』だからねぇ。前ならともかくさぁ、子爵家が高級な布を大量に買ってたら変だよねぇ」
「あ、なるほど?」
確かに、王女だった頃ならばともかく、子爵夫人に過ぎないわたし達が高価な布をガサガサ買い漁っていたら違和感があるだろう。
そこから変に突っ込まれても困る。
だから今回はわたし達子爵家に合った場所を紹介しよう、ということである。
「以前の方がよろしかったかしら?」
「いいえ、大丈夫です」
わたしが言えばお義姉様がホッとした顔をした。
「どうしても良いものがないようでしたら、移動することも出来ますわ」
そういうことで、今回の織物市は前回よりやや質の低い布を扱うところになった。
しばらく馬車が走った後、停まった。
目的地に到着したらしい。
外から馬車の扉が開けられて、お義姉様、ルル、わたしの順に降りた。
「ここから少し歩きます」
それにルルが肘を差し出してくる。
その肘に手を添えてエスコートしてもらう。
お義姉様が歩き始め、わたしとルルがそれに続く。
後ろからヴィエラさん達もついて来る。
「人が多いので逸れないように」
これから入る通りは凄い人混みである。
前に行ったところもかなり人が多かったけれど、多分、こちらの方がもっと多い。
「こちらは前よりも値段も低いものが多いので、その分、購入したがる人が多いので人気があるんですの」
高級で高品質な布は値が張る。
でも、それなりに質が良くて、お手頃な価格の布の方が普段使いには好まれる。
だからここには観光客だけでなく、街の人々も布を買い求めに来るそうだ。
……平民は自分達で服を縫う。
お店で購入するのは貴族や裕福な家だけだ。
しっかりとルルの腕に手を添え直す。
ルルが大丈夫、という風に笑った。
お義姉様を先頭に通りへと入っていく。
先ほどの話を念頭において辺りを見回すと、言われてみれば、裕福そうな人というより、ごく普通の人達の方が多い気がする。
……でも、布もその分、違うんだなあ。
前に行った場所はもっと布の色合いにバリエーションがあり、刺繍も一つ一つが全部違う一点ものばかりだった。
しかし、この辺りでは似たような色合いと刺繍のものが沢山ある。
恐らく同じようなものにすることで作る手間を省き、その分を安くしているのだろう。
だけど似たものが沢山あるから、色違いで買ったり、同じ色で違う刺繍のものを買ったり、これはこれで楽しめそうだ。
ルルもお店を眺めている。
「いいのあった?」
そう訊けば、ルルが首を振る。
「ないかなぁ。リュシーにはやっぱり、もうちょ〜っと良い布じゃないとねぇ」
「わたしの分じゃなくて、ルル自身の分は?」
「オレ〜?」
ルルが「ん〜」と首を傾げる。
「ニコルソン子爵はどのような布がお好きですの?」
お義姉様の問いにルルが首を戻す。
「肌触りのいい布が好き、かなぁ」
それは分かる。思わずわたしも頷いた。
「ルル、刺繍は?」
「刺繍はあってもなくてもいいけどぉ、光沢のある糸で縫ったものは嫌だなぁ。あと、色も黒がいいねぇ」
「ニコルソン子爵、それって……」
話を聞いていたお義姉様が呆れた顔をした。
……うん、それって暗殺者として好きなものだよね?
光沢のある糸で縫った刺繍は目立ってしまう。
派手な色も、目に映りやすい。
そして黒は血がついても分かりにくい。
ルルが暗殺者として働く時に着ている服も、ほぼほぼ黒だ。首に巻いた布だけは赤いけど、それも、血がついても目立ち難い色合いと言える。
「まあ、確かにあの服もそろそろ買い替えなきゃなぁとは思ってるんだけどねぇ」
お義姉様の目が輝いた。
「それでしたら、わたくし達公爵家が使っている服飾店にご案内いたしましょうか?」
「いいですね、せっかくだからルルの普段着る服も買いましょう!」
ルルが「え?」と目を瞬かせる。
「では一旦馬車に戻りましょう!」
お義姉様に手を引かれ、わたしがルルの腕を引いて、元来た道を戻る。
すぐに馬車に戻ると扉が閉じて、馬車が動き出す。
ルルが「本当に行くのぉ?」と言う。
「だって、ルルっていつも適当に服選んでるよね? 格好良いのに、もったいないよ」
「そうですわ。ニコルソン子爵はお顔がよろしいのですから、もっと装いにも気を配るべきですわ」
二人揃って言えば、ルルが若干身を引いた。
「ええ〜、でもさぁ、服を作るってことは採寸するでしょ〜? 武器とか外さなきゃいけないしぃ、他人の前で無防備になるのって落ち着かないよぉ」
そういう理由があるから嫌なのか。
お義姉様が「ですが……」とルルの服を見た。
「ニコルソン子爵の着ていらっしゃる服、少し丈が合っておりませんわよね?」
言われて「え?」とわたしはルルの服を見た。
………………あれ?
よくよく見ると微妙に袖が短い、ような……?
言われるまで全く気が付かなかった。
でもどうしてルルの服は合っていないのだろう。
「ルル、どうやって服を買ってるの?」
「どうって、闇ギルドだけど……。そういえば、ここ数年なぁんか動き難いと思ってたけど、もしかして服が合ってないのかぁ」
当の本人のルルがのほほんと言う。
……ルルの服の大きさが合ってないって……。
「ルル、最後に採寸したのって、いつ?」
「侍従してた時は毎年採寸されたけどぉ、私服の方はいつだったかなぁ。本職の方の服に違和感があったのはこれだったんだねぇ」
ガシッとルルの腕を掴む。
ルルが驚いたようにわたしを見た。
「絶対、採寸してもらおう」
そして、ルルにきちんと合った服を買うのだ。
* * * * *
しばし揺られた後、馬車が停まる。
外から扉が開けられて馬車を降りれば、綺麗な三階建ての建物があった。
お義姉様がお店の扉を開けて声をかけている。
手招きされて、ルルの手を引っ張って中へ入る。
男性の貴族専門の服飾店らしい。
店内には男性ものの服が飾られていた。
こうやってまじまじと男性の服を見るのは初めてだけど、意外とデザインや柄があって面白い。
「本日はこちらのニコルソン子爵の服を選びに参りましたの。見てくださいまし、このお顔」
お義姉様が言い、店員達がルルをジッと見る。
男性の服専門だから男性が多い。
女性もいるけれど、お義姉様がわたし達は夫婦だと説明すると女性達は下がっていった。
「これはまた、整ったご尊顔で……」
思わずといった感じで呟く店員にわたしはつい、同意で頷いてしまった。
……うんうん、ルルは格好良いよね。
ずっと一緒にいるわたしですら、時々ハッとすることがあるし、いつも格好良いと思う。
「ですが、服が少々合っておられないようですね」
「あ〜、随分前に調べた大きさのものを調達してるんだぁ」
「調達……? 失礼ですが、以前採寸されたのはいつ頃でしょうか?」
ルルが首を傾げる。
「う〜ん、ええっとぉ……あ〜、五年くらい前かなぁ? あの頃、さすがにきつかったから測ったんだよねぇ」
ぽろ、とお義姉様の手から扇子が落ちた。
五年前なんて、それからルルがもしかしたらまだ成長しているかもしれないし、体つきだって、変わってくるだろう。
少なくとも五年前のまま、なんてことはない。
「……ルル」
ガシッとまたルルの腕を掴む。
「今すぐ、採寸、しよ?」
珍しくルルが何度も頷いた。
そうして、ルルが採寸するために奥へ通されたが、わたしから離れるのを嫌がったので、わたしも一緒にくっついて行くことした。
採寸室に行くとルルが溜め息を吐き、自分から服を脱ぎ始めた。
上着を脱ぐとホルスターがあり、そこに何本もナイフが収納してあったので、店員達が一瞬それを見たけれど、騒ぐことはなかった。
さすが公爵家御用達というだけある。
武器を隠し持っていても全く動じていない。
上着、ホルスター、靴を脱いだルルに店員達がテキパキと採寸していく。
それをわたしはソファーに座って眺める。
……うわあ、ルル、凄く嫌そうな顔してる。
ルルは人に近付かれるのがあまり好きじゃないからだろう。
店員達が採寸を終えると、ルルは手早く靴を履いて、ホルスターと上着を戻す。
ルルと一緒に店先へ戻った。
「こちらがデザインになります。子爵様のお体に合うものとなりますと、今店にあるものでは、こちらになります」
デザインが書かれた本を渡される。
店員がいくつかのトルソーを運んできた。
「いかがでしょう?」
……どれもルルに似合いそう。
「ルル、試着してみてくれる?」
「……分かったよぉ」
ふう、と小さく息を吐いて、ルルが立ち上がる。
着替えを手伝うと言う店員の申し出を断り、ルルが試着室に行く。
デザイン表を見ながらお義姉様と話していると、着替えを終えたルルが出てきた。
刺繍の多い華やかな装いは凄くルルに似合っていた。
思わず、うっとりと見惚れてしまう。
それに気付いたルルがニッと笑った。
「ど〜ぉ?」
「世界一格好良い」
そもそも、王女の婚約者として夜会などに出席していた時には華やかな衣装をルルは着ていた。
王女の婚約者が野暮ったい衣装では困るというお父様の配慮だったのだろうが、やはり、ルルはこういう服の方が似合う。
普段のシンプルな装いが似合わないわけではない。
だけど、こっちの方が断然いい。
うっとりするわたしに気を良くしたのか、それからルルは率先して試着してくれた。
刺繍の多いものもいいけれど、フリル多めも似合っていて、肩に上着をかけるお父様やお兄様がよくする格好も、ルルだとまた違って見える。
どれを着てもルルに似合っていて、困ってしまうくらいだった。
「これとそれとそっちのやつ、買うよぉ」
ルルが試着した後の服を何着か選び、購入を決めてくれたので、格好良いルルがまた見られると思うと嬉しくて堪らない。
思わずニコニコしてしまう。
他にも普段着をいくつか購入していた。
そちらはわりとシンプルなものが多かったけれど、何気に形が違ったり、よく見ると刺繍がされていたり、シンプルだけどオシャレなものばかりである。
……ルル、自分で選んだ方が絶対いいよ。
闇ギルド経由で適当な服を買うのはもうやめてほしい。
格好良いのだから、それを引き立てる服の方がルルに似合っている。
「リュシー、御機嫌だねぇ」
笑うルルに頷いた。
「だってルルが格好良いから」
「ふぅん? 惚れ直したぁ?」
「惚れ直した!」
その後はまた元の服に着替えていたけど、多分、明日からは服装が変わるだろう。
……夜にこっそり着てみせてくれないかな。
何度でも見たいと思う。
選んだ服は後ほど別荘に届けてくれるらしい。
「あ、ついでに服も作ってほしいんだったぁ」
ルルが言って、店員が頷く。
「どのような衣装をご希望でしょうか?」
「こういうのなんだけどぉ」
空間魔法を展開させて、そこからルルが服を取り出した。
それはルルが暗殺者として着ているあの黒い服で、店員が断りを入れて、それを広げた。
他の店員がそれを紙に描き写す。
ルルと店員がいくつか服について話をしているが、ルルは『動きやすさ』と『破れ難さ』に重きを置いているようだ。
店員が何度も頷きながらメモを取っている。
「それでぇ、刺繍も同じようなのでいいしぃ、糸は光沢のないものでぇ、布も光沢はなしでぇ、これよりちょ〜っと厚めの生地で肌触りのいいやつにしてぇ」
「お色もこのままでよろしいでしょうか?」
「うん、これと同じでいいよぉ」
暗殺者としての服をここで作るということは、ルルなりにこの服飾店が気に入ったか、試着した服の様子を見てここで作っても良いと感じたのだろう。
ルルは本職の服に強いこだわりがあるみたいだ。
店員とあれこれ話し続けている。
こっそりお義姉様が「あの服は……」と訊いてきたので「ええ、そうです」と頷き返せば、お義姉様が感心したような、呆れたような顔をした。
「リュシエンヌ様と結婚したのに、まだ続けるつもりなんですのね」
お義姉様はてっきり、ルルが本職を辞めるのだと思っていたそうだ。
子爵家として暮らしていくのは今でも苦労していない。
魔法開発の報奨金や鉱山のお金もある。
ルルの働いていた分のお金もある。
「ルルがしたいなら、それが一番ですから」
ルルの人生のほとんどは暗殺者としてのものだと知っているし、それがルルにとってやめたくないことなら続ければいい。
でも、死なないでほしいと思う。
ルルが生きていてくれるなら、それでいい。
「リュシエンヌ様がそうおっしゃるならば良いのですが……。不安ではございませんか?」
それにわたしは首を振った。
「ルルはそう簡単には死にませんよ」
だって、女神の祝福もあるのだ。
わたしとルルが結婚した時、祝福を受け、ルルは以前よりもずっとずっと強くなった。
だから信じている。
絶対、この人はわたしのところへ帰ってくる。
ルルはわたしとの約束は絶対に守ってくれる。
わたしに出来るのは信じて待つことだけだ。
ルルは強いから大丈夫。