軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その後の二人(3)

ルルと新しい魔法を作ることにした。

遠くにいる相手と連絡を取る魔法だ。

姿を見ながら話したり、声だけでやり取りをしたり、言うなれば、前世の通話とかビデオ通話みたいなものだ。

そういう魔法が出来れば王都にいるお兄様やお父様達とも、顔を合わせて話をしたり、声を直に聞けるようになる。

ルルはあまりわたしを屋敷の外には出したがらないだろう。

わたし自身もそれで構わないと思っている。

ただ、お兄様やお父様と会う機会が少ないのは残念だった。

だからこの新しい魔法を構築してみようと思う。

お屋敷の二階にあるわたしの書斎へルルと共に向かう。

わたし用の書斎には、宮から持ってきたわたしの本が大量に本棚へ並べてあり、魔法の構築などで書き出すのに使う紙やインクも大量に置かれている。

室内は落ち着いたブラウンで纏められており、本棚や机、椅子などの木製の家具に色合いがあわせてある。

落ち着いた雰囲気の書斎だった。

「まずは基礎となる二つの魔法を作りたいの」

机にある椅子へ腰掛ける。

ルルが椅子を持ってきて、向かい側に座った。

「離れた二箇所の場所を繋げる魔法と、映像や音を維持して送る魔法?」

「そう、基本はその二つになるから」

「そうだねぇ」

机の上に紙を広げていく。

それから、以前学院の対抗祭で書き写しておいた魔法のメモを引き出しの中から取り出した。

これはあの時から、こういう魔法を作りたいと思っていたのでここに来る時にも持ってきたのだ。

「ああ、対抗祭で書いてたやつ〜?」

「そう、使えると思って」

魔法で特定の場所の様子と音を、映像として空中に映し出すこの魔法は丁度良い。

学院創立時の学院長が作ったそうだ。

……何となく、その人もわたしと同じように前世の記憶を持っていたのではと感じてしまう。

映像を横向きの長方形に映し出すなんて、テレビ画面を彷彿とさせる。

この魔法も分解して、どのような構成になっているのか調べたので、それは頭に入っている。

「まず、この映像魔法をもうちょっと小さく表示出来るように、映像と音を綺麗に維持するように構築し直そう。ルルは先に転移魔法の魔法式をそっちの紙に書き出してくれる? 離れた場所同士を繋げる魔法には転移魔法を使いたいから」

「分かったぁ」

わたしの構想では、まず転移魔法を魔力を注いでいる間、ずっと展開し続けるようにしたい。

要は転移魔法で通信線の役割をさせたいのだ。

常に転移を発動させていれば、両側で撮った映像をそのまま相手に送るということが可能になるだろう。

……かなり魔力は消費してしまうが。

転移魔法ももう少し魔力消費を抑えたものに出来れば構築し直したいところである。

ルルに転移魔法を書き出してもらっている間に、わたしも映像魔法の再構築に着手する。

これが出来ればお兄様やお父様との連絡手段がつくだけでなく、ルルが出かけた時にもすぐに話が出来る。

……でも、この魔法は公開出来ないかもなあ。

離れた場所の人間同士が会話をし、互いの姿を確認しながら即座に連絡が取れる。

普通の人ならば喜ぶべきことだ。

しかしこういうものは戦争などで使われやすい。

戦争では情報が何より大事だ。

そして情報は新鮮であればあるほど良い。

この魔法を戦争で使えば、敵を偵察する人間が即座に自分の得た情報を自軍の長や上司に伝えることが出来る。

だが、ファイエット王国がもしどこかと戦争になった時、お父様もお兄様もこの魔法を使うだろう。

……これも禁書庫入りになるかもね。

お父様やお兄様ならば悪用はしないはずだ。

あとは後世の王族次第ということになる。

* * * * *

ここ数日、兄弟弟子とその奥様は、奥様の書斎にこもりきりになっている。

何でも遠く離れた場所にいる者同士で会話や姿が見られる特別な連絡魔法を作り出そうとしているらしい。

ヴィエラは侍女として控えているが、兄弟弟子と奥様の話している内容はよく分からない。

それなりに魔法については学んでいるし、扱えるという自信はあったが、その自信も今は崩れつつある。

奥様が魔法に詳しいのは知っていた。

王女殿下が生み出した新しい魔法がいくつも庶民の間に広まっていたし、ヴィエラも実際にそれを試してみたこともあった。

でもそれらはあまり複雑な魔法ではない。

だから、これほど魔法に造詣の深い方だとは思っていなかった。

……映像魔法も転移魔法も、そう簡単に構築し直せる魔法ではない。

「映像をもう少し小さくしたいんだけど……」

「でもあんまり小さいとハッキリ映らなくなるよぉ。せめて本人と同じ大きさくらいにした方がいいと思うけどぉ」

「等倍かあ……」

兄弟弟子が奥様の話について行けているのも凄い。

ヴィエラは何となく分かるような、でも説明出来るほどには理解が出来ていないような、そんな感じだ。

ただでさえ難しい魔法が二つ。

それを組み合わせようと言うのだから驚きだ。

「声の大きさはこれくらい?」

「いや、もっと小さい方がいいよぉ。基準の音の大きさが対抗祭の時のアレだからぁ、かなり絞るべきじゃなぁい?」

「あ、そっか」

二人がああでもない、こうでもないと話しながら手元の紙に色々と書き込んでいる。

……この書斎が鍵付きなのも頷ける。

はめ殺しの窓は格子状で人が入る隙間はない。

扉は頑丈な鍵が取り付けられていて、その鍵を持つのは兄弟弟子と、書斎の主人の奥様だけだ。

侍女ですら持たせてもらえない。

掃除の際は兄弟弟子か奥様が確認する。

それだけ重要なものがあるということだが、これを見ていれば、その対応も頷ける。

新しい魔法を奥様は今後も生み出すだろう。

それはある意味、宝石や金銭よりもずっと高価で価値のあるものだ。

……紙や本の取り扱いには細心の注意をしないといけないわね。

うっかり破いたり捨ててしまったりしたら大変なことになるだろう。

人目に触れさせるのもダメだ。

楽しげに魔法を構築する主人達を見ながらヴィエラは末恐ろしい気持ちで部屋の隅に控えていたのだった。

* * * * *

リュシエンヌとルフェーヴルが結婚して半年が経った。

学院を卒業したアリスティードも王太子として、父である国王ベルナールの公務を少しずつ受け持つようになっていた。

毎日公務で忙しくしていたが、それでも、やはり結婚して王城を出て行った妹のことを頻繁に思い出しては、一抹の寂しさを覚えていた。

……半年。半年だ。

あの二人のことなのでしばらくは二人っきりで過ごすことは想像に難くない。

だが半年も手紙一つ寄越さないなんて。

きっとルフェーヴルがリュシエンヌを独り占めしたくて、出来る限り連絡手段を絶っているのだろう。

闇ギルド経由でこちらから手紙を送っても、返事は「忙しいので落ち着いたらこちらから連絡をする」という内容だった。

……全く、これだからあいつは。

十一年も待ったのだから喜びもかなりのものだろうけれど、せめてリュシエンヌが元気に過ごしているかどうかくらい教えてくれても良いではないか。

まあ、ルフェーヴルのことだ。

リュシエンヌもきっと好きなように過ごしているのだろうが、気になるものは気になるのだ。

思わず、はあ、と溜め息が漏れる。

「溜め息吐くと幸せ逃げるよぉ?」

「っ!?」

懐かしい間延びした口調に振り返る。

アリスティードの執務室の、机に向かう自分の真後ろ。窓の脇に、光を避けるようにして黒装束の男が壁によりかかって立っていた。

「ルフェーヴル、か?」

アリスティードはつい尋ねてしまった。

「そうだよぉ」

それがおかしかったのか、微かに笑い混じりの聞き慣れた声が返事をする。

半年ぶりに会ったというのに目の前の男は相変わらず、フラフラへらへらした雰囲気を纏っている。

体に沿った服に短いコートを羽織っている。

長い柔らかな茶髪は三つ編みにされ、顔は下半分を布で隠しており、その下にも顔を隠すように口元を別の布で覆っているようだった。

「半年も手紙一つ寄越さないとはどういうことだ」

すぐに我へ返ったアリスティードが言う。

それにルフェーヴルが肩を竦めた。

「ちゃぁんと返事はしたでしょぉ?」

「『落ち着いたら連絡する』というアレか? あんなもの返事と呼ぶには短すぎるだろう」

「それでも返事は返事だよぉ」

椅子から立ち上がって詰め寄るアリスティードにルフェーヴルが「まぁまぁ」と手で制する。

「リュシエンヌは元気か?」

「元気だよぉ。一緒にダラダラしたりぃ、お茶したりぃ、魔法の開発もしててぇ、結構楽しく過ごせてると思うよぉ」

「そうか……」

元気に過ごしていることにホッとしつつ、自分達がいなくても寂しくないのだろうかと思うと少し残念に感じてしまうのは我が儘だろうか。

「意外と使用人達とも仲良くやってるしねぇ」

ルフェーヴルの言葉に驚いた。

「そうなのか? お前のところは闇ギルドで雇った者ばかりなのだろう?」

「うん、でもリュシーはそういうの気にしないからさぁ、気付いたらあっという間に仲良くなってるんだもん。オレも驚いたよぉ」

……そういえば、慰問した孤児院でもリュシエンヌは子供達とすぐに仲良くなっていた。

元より人を惹き寄せる何かがあるとは感じていたが、新しい場所でもそれは健在のようだ。

使用人達と仲良くやれているのならば何よりだ。

そう話しているルフェーヴルは若干、不服そうだ。

ルフェーヴルからしたら自分以外とリュシエンヌが仲良くなるということ自体が少し引っかかるのだろう。

「使用人達くらいは良いじゃないか。主人と使用人の間に信頼関係があった方が、長く暮らしていく上では快適に過ごせる」

「それくらい分かってるよぉ」

「男の嫉妬は醜いぞ?」

「アリスティードに言われたくない」

即答されて一瞬言葉に窮した。

確かにアリスティードは長いこと、ルフェーヴルに嫉妬していたし、その自覚もある。

別にルフェーヴルに隠していたわけでもない。

むしろ、アリスティードがリュシエンヌを想っていた頃は張り合っていたくらいだ。

今はリュシエンヌへの想いは兄が妹に感じる、家族としての愛情のはずだ。

少しばかりその気持ちは他の兄弟姉妹に比べたら強いかもしれないが、それでももう、アリスティードは自分の中のリュシエンヌへの恋情とは区切りをつけた。

そして今は婚約者のエカチェリーナと向き合い、何れは国の頂点に立つ者同士、共に生き、互いを支える同志として、夫婦となる男女として、信頼関係を築いている。

「そうそう、これリュシーからの手紙〜」

ルフェーヴルが差し出したそれを受け取った。

「それとぉ、こっちの魔道具も渡しておくねぇ」

「何だこれは?」

平たく丸い形のそれは見たことがない。

美しい装飾の施されたそれは、王族のアリスティードが持っていてもあまり違和感のないような造りである。

「これをこうやって開けて〜、中のココに魔石を入れてぇ、魔力を流すと魔法が発動するよぉ」

ルフェーヴルに教えられて、丸く平たいそれの丁度真ん中からパカリと上下に開く。

中には魔石を入れるための小さな空間があり、蓋の方に魔法式が鏡の中に刻み込んであるようだった。

「何の魔法だ?」

魔法式を見る限り、転移魔法と映像魔法の二つが主に使われていることは読み取れた。

「これ、通信魔道具だってさぁ」

「通信魔道具?」

「離れた場所にいる人間同士で話したり、相手の姿を見たりすることが出来る魔道具〜」

「何?!」

アリスティードは慌ててルフェーヴルを見やる。

ルフェーヴルは平然と話しているが、そのような魔道具など聞いたことがない。

離れた場所にいる人間と連絡を取り合うには手紙を送るか、映像を撮った魔道具を送るくらいしか手段がなかった。

……もしも遠くの人間とその場で連絡を取ることが出来たならば……。

色々な意味でそれは凄いことであり、国として、やり方によっては強みになる。

「……リュシエンヌが作ったのか?」

「そ、オレと一緒にねぇ。アリスティードや王サマと会えないのを寂しがっててさぁ、でも王都にはリュシーのこと知ってる人間が多いからあんまり連れて来られないでしょぉ? せめて直に会えなくても、顔を見て話したいって頑張ってたよぉ」

「こんな凄い魔法、かなり無理をしたんじゃないのか?」

そう簡単に構築出来るものではない。

そこで初めて、ルフェーヴルが苦笑を浮かべた気配がして、灰色の瞳が細められた。

「まあ、作るのに二月もかかったしねぇ。でもリュシーもオレも満足いくものが出来たと思ってるよぉ。リュシーの手紙にも書いてあるだろうからぁ、一人になった時、夜にでも使ってみて〜。確認はしたけど改めて確かめたいしぃ」

「分かった。夜に連絡を入れよう」

「その頃にはオレも帰ってるだろうしぃ?」

アリスティードは不思議な感じがした。

それが何なのか疑問になり、すぐに、ルフェーヴルの言葉にそう感じたのだと気付く。

ルフェーヴルが「帰る」と口にする。

それはリュシエンヌの傍へ戻るという意味だけでなく、自分達の家へ帰るという意味も含まれている。

……こいつにも帰るべき場所が出来たんだな。

感動にも似た感情が胸にじんわりと広がった。

「何か困っていることはないか?」

思わず訊いたアリスティードに、ルフェーヴルはキョトンと目を瞬かせた。

「いんやぁ、今はないかなぁ」

「そうか。リュシエンヌだけでなく、もしもお前も何か困ったことがあれば遠慮なく連絡しろよ」

「え、急に何ぃ? なんか怖いんだけどぉ」

「良いから頷いておけ」

少し身を引いたルフェーヴルだったが、アリスティードの言葉に思うところがあったのか一つ頷いた。

「うん、まあ、何か困ったことがあったら遠慮なく頼らせてもらうよぉ」

「ああ、そうしろ」

そしてルフェーヴルが何かに気付いた風に顔を上げた。

「それじゃあ、オレはそろそろ行くねぇ」

アリスティードも頷いた。

「ああ、また夜にな」

「じゃあねぇ」

ひら、と手を振ったルフェーヴルの姿が空気に溶けるように掻き消えた。

静かになった執務室が少し寂しい。

そう感じるのと同時に部屋の扉が叩かれる。

「誰だ?」

誰何の声に「ロイドウェルです」と返事が来る。

短く「入れ」と言えば、ロイドウェルが入ってきて、窓辺に立つアリスティードに首を傾げた。

「どうかした?」

その問いかけに首を振る。

「いや、何でもない」

そして窓の外の空を見上げた。

空はアリスティードの心を代弁するかのように、気持ち良いほどの快晴だった。

* * * * *