作品タイトル不明
新婚の二人(1)
新しいお屋敷に移った。
式の後、ルルはわたしを抱き上げるとそのまま教会を出て、いつの間にか準備が出来ていた馬車に乗り込んだ。
馬車は三台ほどあり、その一台にわたし達は乗った。
そして教会から走り出した馬車は人気、人目のない場所に到着するとルルが馬車から降りる。
窓からルルを見ていれば、ルルは馬車の傍に立ち、何やら魔法の詠唱を口にし始めた。
何をするのか疑問に感じているうちに、長い詠唱が終わり、大きな魔法式が三台の馬車の下に現れる。
……ん? これって……。
思わず窓に張り付いて魔法式を見れば、振り向いたルルがニッと笑った。
魔法式が光り、わたしは馬車ごと光に包まれた。
そして次に目を開けると馬車は森の中にいた。
「もしかして転移魔法?!」
「そうだよぉ」
ルルが頷きながら馬車の中へ戻ってくる。
扉が閉まると馬車は何事もなかったかのように走り出した。
「転移魔法は闇属性魔法だからルルが使えるのは分かるけど、大丈夫? かなり魔力を消費するって本で読んだよ? それに転移魔法は国王のお父様の許可が必要なはず……」
そう、転移魔法という魔法がこの世界にはある。
ただし転移魔法は魔力を馬鹿みたいに消費するし、魔力量の問題で長距離の移動は出来ないし、基本的にどの国でも国内での使用は禁止されている。
使って良いのは国王の許可を得た時のみだ。
「魔力はリュシーのおかげで増えたから大丈夫だよぉ。王サマからも使用許可はもらってる〜」
「そうなんだ……」
「新しい屋敷に行くのに時間がかかるとリュシーの負担になるからさぁ、パパッと移動出来るように前もって転移魔法の魔法式を見せてもらえるように頼んどいたんだぁ」
……なるほど。
車窓の森を眺める。
ということは転移魔法を使って新しいお屋敷の近くまで馬車を転移させたのだろうか。
王城内の林とは雰囲気が違う。
もっと生い茂った感じがして、本当に王都の外に出たのだと実感した。
そうして、しばらく馬車が走ると森が拓けた。
森の中に小綺麗なお屋敷が現れる。
柔らかな赤茶色のレンガで造られた屋敷は派手過ぎず、可愛らしいものとなっている。
やや広めの庭先には控えめに花が咲いていた。
門には既に門番がおり、馬車を止めて中を確認すると通された。
お屋敷は可愛らしいが、敷地の内と外を隔てるように背の高い塀と鉄柵が立てられ、しっかりとした門には分厚い扉が取り付けてあった。
お屋敷には使用人達もおり、わたし達が到着するとまるで最初から分かっていたかのように、彼ら彼女らは玄関ホールで待機してくれていた。
使用人は全部で二十人ほどのようだ。
後ろの馬車からリニアさんとメルティさん、そして数名の護衛騎士達が降りてきた。
多分、最低限の数だ。
騎士は後ほど残りがやって来るらしい。
ルルはお屋敷の内部構造を知っているようで、使用人達に迎え入れられて、そのままルルにエスコートされながらお屋敷の中を歩いていった。
お屋敷の三階、一番奥の日当たりの良い部屋にルルと共に入っていく。
室内は柔らかなオレンジや白、赤などの暖色系で統一されており、暖炉には火が灯っている。
ルルに誘われてソファーへ腰掛けた。
ふんわりとソファーがわたし達を受け止める。
「うわ、ふわふわ……!」
柔らかなソファーに驚いているとルルが笑った。
「これならリュシーが座っていても体がつらくならないでしょぉ? それにここで寝ちゃっても大丈夫〜」
「これだけふわふわだとお昼寝したくなっちゃうね」
「ん〜、そうだねぇ、昼寝なら後で一緒にしよ?」
こてん、と小首を傾げながら言われて頷き返す。
「うん」
それからルルが首を動かした。
「使用人の紹介は明日でいいけどぉ、執事と侍女だけは挨拶させておこうかなぁ」
その言葉に、いつの間にか部屋の隅に侍女らしき女性と先ほど玄関ホールで見た執事が控えていた。
ルルの視線を受けて二人が音もなく近付いてくる。
……この二人も闇ギルド経由で雇ったんだよね?
戦闘も出来る使用人ということだ。
「はぁい、挨拶してぇ」
ルルの声に二人が礼を執る。
「改めましてクウェンサー=スペラードと申します。このお屋敷で執事を務めさせていただいております」
「ヴィエラ=ラジアータと申します。本日より奥様の侍女兼護衛としてお仕えさせていただきます」
「どうぞよろしくお願いいたします」と二つの声が重なる。
クウェンサーさんは執事で、ルルに「まだか」と催促の手紙を送ってきた人。
緑がかった灰色(オリーブグレー) の短髪に切れ長の淡い水色の瞳の、精悍な顔立ちの男性だ。年齢は三十代後半くらいだろうか。執事服の上からでも筋肉質なのが分かる。
ヴィエラさんは侍女で、浅黒い肌に豊かな赤い巻き毛、鮮やかな緑の瞳の妖艶な女性だ。赤髪と緑の瞳、豊満な体つきはミランダ様を思い起こさせる。年齢は三十代前半ほどだろうか。
「あ、ちなみに侍女の方はオレの兄弟弟子だよぉ」
…………え?
ついルルに耳打ちで訊く。
「前に聞いた、気が弱い人?」
ルルが頷いた。
「そぉそぉ、あんな見た目なのに気が弱くてよく泣くんだよぉ。見た目と合わないよねぇ」
「余計なお世話です」
ルルの言葉にヴィエラさんが淡々と答える。
この気の強そうで色気のある女性が実は気弱で泣き虫……。
……ギャップ萌えってやつ?
目が合うとヴィエラさんが微笑んだ。
「お美しくお可愛らしい奥様にお仕えすることが出来て光栄です。私のことはヴィエラとお呼びください」
どう見ても出来る女性という感じだ。
「よろしくお願いします、クウェンサーさん、ヴィエラさん。リュシエンヌ=ニコルソンといいます。元は王女でしたが、今は子爵夫人ですので、あまり堅くならないでください」
こほん、とクウェンサーさんが咳払いをする。
「奥様、使用人のことは呼び捨てにしてくださっても構いませんが」
「ごめんなさい、わたしが呼び捨てにするのはルルだけなんです。それに呼び捨ては慣れなくて」
「……そうですか」
何故かクウェンサーさんの肩が落ちた。
それをルルが声もなく笑い、ヴィエラさんが横目に呆れたような顔をする。
………………ん?
「ヴィエラさん、ルルの兄弟弟子なんですよね?」
「はい、そうでございます、奥様」
「ということは──……」
全員の視線がわたしへ集まる。
「クウェンサーさんとヴィエラさんは夫婦なんですか?!」
ルルから前に聞いた話だ。
兄弟弟子と執事は結婚しているという。
ヴィエラさんがキョトンとした顔をする。
……うわ、美女のキョトン顔かわいい。
ヴィエラさんが頷いた。
「ええ、私共は夫婦です」
「でも家名が違いますよね?」
クウェンサーさんはスペラード、ヴィエラさんはラジアータの姓を名乗っていた。
「正確には事実婚なのです。仕事柄、名前が変わると依頼が減るためそのままにしております。他にも色々と理由はあるのですが」
「同じ姓を名乗れなくて寂しくありませんか?」
「いいえ、特には」
「そうですね、特には何も感じませんね」
ヴィエラさんとクウェンサーさんが首を振った。
結構ドライな雰囲気だった。
隣同士で並んでいても、あまり互いを気にしている様子もなく、言われなければ二人が夫婦だとは気付かないだろう。
ルルがからからと笑う。
「この二人はオレ達とは違うんだよぉ」
……まあ、夫婦なんてそれぞれだよね。
「リュシー、汗を流しておいで〜。そのドレスのままだと疲れるでしょぉ? 別の服に着替えて来た方がいいよぉ」
「そうだね、そうしようかな」
ヴィエラさんが手を差し出してくる。
「では、ご案内いたします」
ルルがわたしの手をヴィエラさんへ渡した。
ヴィエラさんがわたしの手を引いて立たせてくれると、そのまま手を借りて部屋を出る。
そして少し廊下を歩いて別の部屋に通される。
そこは落ち着いたモスグリーンとレモンイエローと白色で纏められていた。
それからメルティさんが待っていた。
「リュシエンヌ様、素晴らしいお式でした……!」
感極まった様子で言うメルティさんに微笑んだ。
「ありがとう、メルティさんも参列してくれて嬉しかったよ。改めてこれからもよろしくね」
「はい、リュシエンヌ様、今後とも誠心誠意お仕えさせていただきます」
そしてメルティさんとヴィエラさんは手短な挨拶をした後、湯浴みをすることにした。
メルティさんとヴィエラさんが二人がかりでヴェールやドレスを脱がせてくれる。
ドレスは手入れをしておいてくれるそうだ。
ドレスを大体脱ぐと体が一気に軽くなる。
纏めていた髪も解いた。
そうして隣室に移動する。
隣室は浴室になっており、肌着や下着を脱ぎ、体を洗ってもらう。
髪は布で纏めたままだ。
浴槽は猫足のバスタブでわたしが入ると温かな湯を継ぎ足してくれた。
縁に頭を乗せれば、ヴィエラさんが髪を洗ってくれる。
…………。
「ヴィエラさんはルルに信用されてるんですね」
ヴィエラさんが目を瞬かせた。
「そうでしょうか?」
「わたしを預けるってそういうことでしょう?」
「……そうですね、そうなのかもしれません」
ヴィエラさんが苦笑して頷いた。
ルルは信用していない相手にわたしを預けない。
わたしが湯冷めしないように肩へ湯をかけてくれる手つきは優しくて、それでいて必要以上にわたしには触れないようにしているらしかった。
何となくヴィエラさんをわたしにつけた理由が分かった。
わたしにあまり触れないのは、多分、自分が暗殺者という裏社会の人間だからかもしれない。
なるほど、気の強そうな外見とは裏腹に細やかな気遣いの出来る人なのだろう。
洗い終わった髪を纏められる。
「ねえ、昔のルルってどんな感じでした?」
そう問えば、ヴィエラさんが困った顔をする。
「何と申し上げれば良いか……」
「あ、ルルが暗殺者だってことは知ってます」
「やはりご存知でしたか」
頷き返す。
「わたしが知ってるのは初めて出会った十一年前のルルだから。それより前のルルは知らないんです」
ヴィエラさんはやはり苦笑している。
「旦那様はあまり自分のことを勝手に話されるのを好まないと思います」
その言葉に、それもそうだなと思った。
「そうですね、さっきの質問はなかったことにしてください。本人に直接訊きます。……でも、やっぱり気になるのでルルに訊いていいか許可を取ってから、ルルがいない時にこっそり聞きたいです」
「かしこまりました」
ふふ、とヴィエラさんが小さく笑った。
湯船で温まったので浴槽から出る。
メルティさんとヴィエラさんが布で優しく体を拭ってくれて、二人がかりで髪を乾かし、体に香油を塗られる。
そしてマッサージしている間に髪にも香油を馴染ませ、丁寧に何度も梳られる。
その後、起き上がって肌着を着ると元の部屋へ戻る。
「さあ、どの夜着になさいましょう?」
「え、夜着?」
ヴィエラさんの言葉に首を傾げた。
窓の外はまだ十分に明るく、夕方にもなっていない時間帯で、こんな昼間にもう夜着を着るのは変だろう。
メルティさんが近付いて来てそっと耳打ちされる。
「リュシエンヌ様、初夜というのは何も夜を待つ必要はありません。ウェディングドレスを脱いで汗を流すということは、つまり、そういうことでございます」
……そういうこと?!
瞬時に顔が赤くなるのが分かった。
初夜は夜でなくとも構わない。
言われてみれば、別に夜でなくては絶対にいけないということはない。
……でも、そういうことって夜するものじゃない?! いや、まあ、昼間はダメって理由もないけど……!!
ルルはそういう目的でわたしに汗を流しておいでって言ったのだろうか。
しかし、ウェディングドレスだと疲れるから他の服に着替えておいでと言われたような……。
「リュシエンヌ様はこちらの真っ白な夜着の方がお可愛らしいです。それに白はウェディングドレスのようで素敵でしょう? レースで上品に肌が見えますよ」
メルティさんが白いレースの夜着を勧めてくる。
その横でヴィエラさんが黒いレースの夜着から手を離した。
「あら、子爵は扇情的なものより可愛らしいものの方がお好きなのかしら?」
「ええ、いつもリュシエンヌ様を『かわいい』『かわいい』とそれはもう見ているこちらが恥ずかしくなるほどに溺愛なされております」
「では可愛い路線でいきましょう」
ヴィエラさんがピンクの夜着を手に取った。
メルティさんと二人で振り返る。
「リュシエンヌ様」
「奥様」
「どちらがよろしいですか?」と二つの声が重なる。
夜着以外という選択肢はなさそうだ。