軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ドレス / 見守る心

アルトリア王国の双子の留学生の件はあったが、それ以外は何事もなく時は過ぎていった。

そして後期試験。

最後の学院で受ける試験であった。

わたしもお兄様も、誰もが全力で臨んだだろう。

残念ながら、わたしは二位のままだった。

お兄様は一位の座を死守したのである。

わたしがお兄様から一位の座を取れたのは、たったの一度だけであった。

悔しいという気持ちよりも、お兄様への尊敬の気持ちの方が強い。さすがお兄様である。

お兄様は学院を首席で卒業することになる。

この国の王太子であるお兄様に相応しい。

そして後期試験が終われば、残された学院の行事は卒業パーティーのみとなる。

お兄様達と共にわたしも卒業する。

……あっという間の一年間だった。

この一年で色々あった。

楽しいことも、楽しくないことも。

「リュシエンヌ様」

リニアさんに声をかけられてふと我へ返る。

「あ、もう時間?」

「はい、そろそろ行かれた方がよろしいかと」

後期試験も終わり、学院は授業もない。

そのため卒業パーティーまでの一週間は休みなのだ。

今日は卒業パーティー用のドレスが出来上がったということで、王家御用達のデザイナーがドレスを持って来てくれることになっていた。

先ほど宮に到着したと言っていたので、そろそろ応接室へ向かえば、あちらも準備を終えている頃だろう。

ルルとリニアさんと共に自室を出る。

応接室へ向かう足取りは軽い。

……だって今回のドレスは特別だ。

卒業パーティー用のドレスはわたしがデザインをお願いして作ってもらったものだ。

楽しみに思わないはずがない。

応接室へ着くと、リニアさんが扉を叩いた。

そして扉を開く。

中にいたデザイナーと数名の針子達が礼を執る。

「王女殿下にご挨拶申し上げます」

わたしは中へ入りながら声をかけた。

「顔を上げてください」

デザイナーと針子達が顔を上げる。

ソファーへ腰かければ、デザイナーが対面に座り、針子達は壁際に控えている。

室内にはわたしの宮のメイドも数名いる。

「ドレスが出来上がったと聞きました」

「はい、お待たせいたしました」

針子達が動く。

「こちらが王女殿下のご依頼されたドレスと衣装でございます」

かけられていた布が外される。

そこには、これまでにないドレスと男性用の衣装がトルソーに着せられ、飾られてあった。

前世の彼岸花を彷彿とさせる紅い花。

それが描かれた白い布と黒い布。

それぞれで作られた衣装は異国風だ。

デザイナーがドレスについて説明してくれた。

わたしの着るドレスは胸元の開いたドレスだ。

黒いドレスの袖や胸元にはフリルがあしらわれており、両脇は紐で絞るようになっている。

そのドレスの上から紅い花の描かれた白い生地が、胸元と背中から前後に伸び、腰の辺りから左右の生地が増えて、スカート部分は逆さまになったチューリップのようだ。

スカートの生地同士が重なる部分には房飾りがある。

そしてスカートの生地には黒いフリルとレースが縫い付けられて、ふんわりと広がっている。

二の腕まである長い手袋もフリルがある。

胸には刺繍と同じ紅い花。

ルルの衣装は紅い花の描かれた黒い生地だ。

首元から袖まで覆われ、上着の前後は足首まで長く、下には同じ布で細身のズボン。

足元はブーツではなく靴だ。

袖と襟には白いフリルがついており、胸元にはわたしと同じく紅い花のコサージュがついている。

「試着されますか?」

それにわたしは頷いた。

「ええ、もちろん」

「ニコルソン子爵はいかがされますか?」

……ルルの衣装も見てみたいなあ。

チラと見上げれば、ルルが視線に気付いてわたしを見下ろした。

そしてふっと笑った。

「では、私も試着させていただきます。ああ、一人で着替えられますので手伝いは結構です」

「かしこまりました」

ルルの言葉に針子達が若干残念そうに目を伏せた。

……まあ、気持ちは分からなくもないけどね。

わたしは別々に仕切られた空間に入る。

ルルは服を持っていくと一旦部屋を出て行った。

服の下に色々武器も装備してるから、着替えには少し時間がかかるだろう。

わたしも今着ているドレスを脱がせてもらう。

針子だけでなくリニアさんも手伝ってくれるので安心だ。

それから新しいドレスを着せてもらう。

大きさは丁度よく、ピッタリと体に沿う。

今回は髪はそのままだ。

着替えで乱れた髪をリニアさんが整えてくれた。

上半身は体に添い、腰の辺りからチューリップのように広がったスカートは可愛らしい。

長い手袋をつけ、同じ生地で作った靴も履く。

着替えを終えて仕切りの外へ出た。

「まあ、大変素敵ですわ……!」

デザイナーが両手を合わせて声を上げた。

メイド達が姿見を持ってきてくれる。

それで全身を確認する。

……思ったよりも違和感はない。

チャイナドレスの雰囲気は残しつつ、きちんとこの国で好まれているドレスの形をしており、それほどまでおかしくはない。

姿見の前で回って確認していると部屋の扉が叩かれた。

メイドの一人が出て、ルルが入ってくる。

黒い布地に紅い花の刺繍がされた衣装を身に纏ったルルは物凄く格好良い。

長身で手足の長いルルが着ると、衣装のおかげでより細身に見える。

前後の長い生地でルルの足が隠されているが、歩く度に、そこから長い足がスラリと伸びる。

ルルの整った顔立ちに派手な衣装は必要ない。

むしろ、装飾が少ないからこそルルの顔が際立ち、体に沿った衣装はルルの痩身だけど、ほどよく筋肉のある男性的な体躯を綺麗に見せてくれる。

誰からともなく感嘆の息が漏れる。

「ルル、格好良い……」

いつもルルを見慣れているわたしですら、ドキドキしてしまう。

普段と違う衣装だから、首元や袖口をちょっと気にしている仕草も色気がある。

「リュシエンヌ様もとてもお美しく、愛らしいですね。ずっと妖精のようだと思っていましたが、いつの間にか精霊になってしまわれていたようです」

歩み寄ってきたルルがそっとわたしの手を取った。

そして指先にキスされる。

周りから「ほう……」と溜め息が聞こえた。

「ふふ、わたしはもう子供じゃないよ?」

「ええ、そうですね、あなたはもう私の妻です。私だけの妖精、私だけのお姫様」

抱き寄せられて二人で姿見の前へ立つ。

色違いの布地で作った衣装は対になっている。

わたし達二人が並ぶと同じ意匠のものだと一目で分かるし、互いに互いの色が相手を引き立てる。

「ねえ、ルル」

「ん?」

「大好き」

こうしてお揃いの意匠の服を纏って。

こうして並んで寄り添える。

なんて幸せで喜びにあふれているのだろう。

大切な人が傍にいる。

「私も大好きです、リュシエンヌ様」

額にキスが落ちてくる。

思わず笑みこぼれてしまう。

……幸せだなあ。

* * * * *

午後の昼下がり。

窓から差し込む柔らかな日差しの中で、リュシエンヌとルフェーヴルが寄り添って笑い合っている。

それを一歩下がったところでリニアは静かに見守っていた。

この二人の様子を見慣れている宮のメイド達は表情を崩さないが、デザイナーや針子達は顔が少し赤い。

それも仕方のないことだと思う。

夫婦とは言えど、ここまで仲が良く、人目を気にせずに触れ合うのは珍しい。

宮に配属されたばかりのメイド達のようだ。

リニアは顔を赤くしながらも空気になろうしているデザイナーと針子達に内心で苦笑しつつ、自分も同様に静かにその場で控える。

婚姻以前であればもう少し接触を控えるように進言したが、婚姻して夫婦となった二人にリニアがあれこれ口を出す必要はもうない。

色違いで揃いの刺繍が施された衣装を身に纏う二人は本当に対に見える。

ルフェーヴルの言葉はお世辞ではない。

異国風のドレスは可愛らしいデザインで、成長してともすれば年齢以上に大人びて見えてしまうリュシエンヌを年相応にしてくれる。

そして手足の長く背の高いルフェーヴルは、上着の前後が長くなっている独特な衣装でその長い手足だけでなく、引き締まった痩身を際立たせている。

どちらも美しい顔立ちで体型も理想的だ。

そのため、色違いの意匠で並ぶ二人は本当に精霊のように美しく、まるで初めからそうなるために存在しているかのごとく、似合いの二人だった。

そんな二人が柔らかく微笑んで、内緒話をするように、愛を囁き合っている。

誰がそれを邪魔出来るだろうか。

リュシエンヌの王女という立場を差し引いても、見目麗しい二人の仲に割り込む猛者はいない。

リニアは初めからリュシエンヌに仕えてきた。

十一年、傍で見守ってきた。

成長も、二人の関係も。

昔からリュシエンヌとルフェーヴルは一緒だった。

だが、昔はどちらかと言えばルフェーヴルがリュシエンヌを溺愛し、かなり一方的に世話を焼いたり構ったりしている記憶がある。

リュシエンヌもルフェーヴルを好いていたが、昔はルフェーヴルだけしか知らないから傾倒している風にも見えた。

しかし歳を重ねる毎にリュシエンヌの愛はルフェーヴルに傾き、ルフェーヴルの愛もまた、変化した。

以前はもっと押し付けがましいものであった。

もちろん、それはリニアから見て、だ。

幼い頃のリュシエンヌにはルフェーヴルの鬱陶しいほどの構い方が良かったのだろう。

どこに行くにも一緒で、何をするにも傍で手伝い、共に笑って日々を過ごす。

他の人間であれば息が詰まると感じるだろう。

けれども、それまで愛を得ることの出来なかったリュシエンヌはルフェーヴルの愛情を受け続けた。

きっと、リュシエンヌが心優しく育ったのはそのおかげなのだ。

初めてリニアがリュシエンヌと出会った時、リュシエンヌはまだ五歳だった。

ルフェーヴルに抱かれて不安そうにしていた。

驚くほど我が儘を言わず、欲もなく、表情も乏しく、ルフェーヴルが傍にいないと不安定な子供。

少しでも目を離してしまえば消えてしまいそうな、どこか掴みどころのないふわふわとした空気を持っていた。

今ならば分かる。

風が吹けば飛んで消えてしまいそうな、どこか遠くを見てばかりいたリュシエンヌを引き留めていたのはルフェーヴルだ。

引き留め、縛り付けた。

そしてリュシエンヌは遠くを見ることが減っていき、現在はしっかりと自分の居場所を見つめている。

それに伴って、ルフェーヴルの態度にも変化が訪れた。

一方的に与え、押し付け、リュシエンヌの意思を汲みながらも然程本人の意思を考えていなかった当初に比べると、今のルフェーヴルの行動はリュシエンヌを思い、その意思を尊重してのものが多くなった。

「リュシエンヌ様と揃いの衣装で嬉しいです」

……この話し方だけは何度聞いても慣れないけれど。

この十一年、あの間延びした独特な喋り方と付き合ってきたせいか、きちんとした話し方をされると、何故かリニアはいつも強い違和感を覚える。

やがては自分達の主人となる相手だが。

「わたしも一緒で嬉しい」

リュシエンヌの幸せそうな笑顔を引き出せるのはルフェーヴルだけだ。

今までも、そしてこれからもそうだろう。

それを傍で見守り続けたいと思う。

これもまた、愛なのかもしれない。

……そろそろかしら。

こほん、と小さく咳払いをする。

二人をいつまでも見守っていたいけれど、このままではデザイナーや針子達が身の置き場がない。

リュシエンヌの琥珀の瞳がリニアを見る。

「ドレスの具合はいかがでしょうか?」

煌めくその瞳にリニアは微笑んだのだった。

* * * * *