軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

王子と王女と

* * * * *

「この学院には、後期試験もしくは入学試験の上位十名に与えられるバッジがあります。このバッジは一年間有効で、学院内で専用の個室を与えられたり、バッジ保有者は無料でカフェテリアを利用出来たり、様々な恩恵を受けられます」

エルヴィスは前を行く少女を眺めた。

ファイエット王家唯一の王女。

そして旧ヴェリエ王家の唯一の生き残り。

ダークブラウンの柔らかそうな髪に、まるで宝石をそのままはめ込んだかのようなパッチリとした琥珀の瞳。顔立ちは美しく、細身だが長身で、二歳年下とは思えないほど落ち着いて大人びている。

どこか自分の姉達を思い起こさせる。

長女は堂々として物怖じしない性格の人だ。

次女は物静かで非常に思慮深い性格の人だ。

長女は他国に、次女は自国の貴族に嫁ぎ、それぞれが嫁ぎ先で大事にされている。

長女は他国の王太子の妻として、既にご令嬢達を束ね、次代の王となる夫を陰に日向に支えている。

次女は自国の公爵の妻として、夫が自領を不在の間、代わりに領地を治めている。

どちらも性格は違えど優秀な女性である。

そして目の前のファイエット王国の王女からも、どこか常人とは異なる空気をエルヴィスは感じていた。

旧王家の生き残り。

この国を訪れる前に、ファイエット王家については調べたし、その情報も頭に入れてある。

この王女が旧王家で虐待されていたことも。

新王家に引き取られた理由も。

何故、王女でありながら低い爵位の者と婚姻を結ぶのかも。

……正統な血筋だからこそ、か。

その血筋を悪用されないために監視下に置かれ、結婚後は表舞台からも離れ、そして子も成せない。

貴族の、王族の女性からしたら屈辱だろう。

しかも王太子の地位を脅かさぬよう、爵位の低い者と結婚する。

王女と子爵が相思相愛なのが救いである。

そうでなければ王女は一生を寂しく過ごすことになるだろう。

そんな立場であるにも関わらず、目の前の王女からは一切悲壮さは感じない。

それどころか子爵と早く結婚するために飛び級までしたというのだから驚きだ。

時折、王女は後ろに控える子爵と目を合わせ、幸せそうに、本当に嬉しそうに微笑んでいる。

義理の兄である王太子との仲も良好そうだ。

まるで実の兄妹のようだった。

どちらも家族として互いを大事に思っているのが伝わってきたし、互いを信頼しているのも感じられた。

飛び級でありながら、成績も兄である王太子と一位を競い合うほどに優秀だ。

魔力がないという、人より劣った部分を持ちながらも、新たな魔法を生み出すほど努力家で。

クラスメイト達から話を聞いても、誰もが「王女殿下は素晴らしい方だ」と口を揃えて言う。

慈善活動にも熱心で、身分関係なく誰にでも優しく声をかけ、物静かで控えめな性格だが気弱ではなく、人を纏めることにも長けている。

それでいて王位に興味はなく、兄である王太子が王位につくことを望み、夫である子爵とは婚約した当初からとても良好な関係を築いている。

旧王家とは似ても似つかない。

中には、社交界から去ってしまうことを残念に思う声もあった。

……ミリーとは正反対だ。

アルトリア王国の社交界では、王女なのに、我が儘なエルミリアは厄介者扱いされていた。

下手なことをすれば王の反感を買ってしまう。

だからどのお茶会や夜会にも呼ばれるが、どこでも、出来れば来て欲しくないと思われてしまっている。

エルミリアは王族故に魔力量は人一倍ある。

だが昔から勉強嫌いで、ダンスや作法、ピアノなどの自分の興味のあるもの以外は全く受けつけなかった。

そのせいで勉学の成績も、魔法の成績も悪い。

魔法なんて初級魔法くらいしか扱えない。

勉学も、正直に言えば、追いつけていない。

試験前に何とか勉強させて今の成績だ。

もし勉強させなければ学年最下位というのもありえるのではないかとエルヴィスは思っている。

……ダンスや作法は完璧なのに。

踊らせれば、黙ってさえいれば、エルミリアは母親や姉達ですら文句のつけようがないほどに優雅に振る舞える。

外遊中の他国の王弟に見初められるほどだ。

それなのにエルミリアはその話を断った。

第三王女のエルミリアなら、王弟の下へ嫁いでも何ら差し障りはなかった。

むしろ王位を継ぐこともなく、王族としての地位を維持しながら最低限の公務だけで済むのだから、好条件であったはずなのに。

顔が好みでないというただそれだけの理由でエルミリアは嫌がった。

対外的には「年齢差に不安を感じるので」と断ったが、年齢差は七歳ほどで、貴族や王族の結婚ではさほど珍しい歳の差ではない。

結婚を申し出た王弟も、エルミリアの性格を理解した上でのことで、これ以上の良縁はなかった。

……このままではミリーは。

婚姻も出来ないままになってしまうかもしれない。

いつまでも王家に残ることは出来ない。

相手が見つからないまま適齢期を過ぎれば、更に結婚の可能性は下がり、やがてはどこかの貴族の後妻という道しか残らなくなる。

それすら無理だと修道院へ行くことになる。

王族が結婚も出来ないままでは体裁があまりに悪いため、表向き、王族の一員として神に身を捧げるという名目で入れられてしまうのだ。

これまでの歴史にもそういう王族はおり、その大半は問題を起こした者ばかりだった。

……ミリーは自分の立場が危ういと分かっていない。

それが一番の問題なのかもしれない。

「どうかされましたか?」

目の前の王女が振り返った。

あれこれと思い出している間に歩みが遅くなってしまったようだ。

「お疲れでしょうか? また明日、改めてご案内いたしましょうか?」

「いや、問題ないので続けて欲しい」

「そうですか?」

琥珀の瞳にジッと見上げられるとドキリとする。

まるで内心を見透かされそうだ。

ふ、と王女が微笑んだ。

「やはり今日のご案内はここまでにしませんか? 実は歩きすぎて少し足が痛くて……」

しかし姿勢正しい姿は、とても足が痛そうには見えなかった。

……ああ、気遣われたのか。

エルミリアのことを考えすぎて深刻な表情を見せてしまった可能性もある。もしくはそれほど自分の顔色は悪いのか。

どちらにせよ、その気遣いを受けることにした。

「それでは今日はこれくらいにしよう」

「はい、申し訳ありません」

「いや、僕も慣れない場所で少し疲れていたから丁度良い。今日はもう帰ることにする」

そうして王女が学院の正門まで案内してくれた。

……本当にミリーとは全く違うな。

それがエルヴィスには悲しかった。

* * * * *

学院のカフェテリアにエルミリアはいた。

大きなテーブルに、数名の見目の良い男女に囲まれて、ちやほやされて、ご機嫌だった。

自国の貴族達は王女のエルミリアにどこか壁を作っており、エルミリアが仲良くしようとしても、殆どは「恐れ多い」と下がってしまう。

だがファイエット王国の貴族は友好的だ。

エルミリアの話をよく聞いてくれるし、何か訊いてもはぐらかさずにきちんと答えてくれる。

立ち居振る舞いについても賞賛される。

王女らしく優雅で洗練されている。

美しくて愛らしい。

さすがアルトリア王国の王女殿下だ。

その賞賛の言葉にエルミリアは酔いしれていた。

自国だと母や姉、兄達だけでなく、乳母や侍女まで口うるさくあれこれ注意してくるばかりで、全然エルミリアを褒めてくれない。

ダンスや作法は多少褒めてくれるものの、いつも「授業を真面目に聞きなさい」だの「もっと勉学に励みなさい」だの小言が多い。

国王である父はエルミリアを可愛いと言う。

魔法があまり出来なくたって騎士達が守ってくれるし、勉学が出来なくとも政には関わらないのだから必要ない。

それよりも女性は愛されることに力を注ぐべきなのだ。

美しく、可愛らしく、愛される存在でいればいい。

結婚したら跡継ぎを産むことが何より大事だ。

だから女性は男性より優れていない方がいい。

余計な知識はつけない方がいい。

実際、こうして他国の貴族達からも賞賛されて人気を集めている。

……あの王女より私の方が人気かも?

エルミリアはファイエット王国の王女に嫉妬していた。

ファイエットの王女は美しかった。

髪色は平凡なダークブラウンだが艶があり、琥珀の瞳はまるで本物の宝石のように煌めいて睫毛は長く、色白の肌は陶器のように滑らかそうで。

女性にしては長身だがスラリと手足が長く、バランスの取れた体に折れそうな細い腰。

エルミリアも自分の体型や顔立ちに自信があったけれど、ファイエット王国の王女の方が確かに美しかった。

エルミリアは可愛らしいと称される部類だ。

聞くところによるとファイエット王国の王女は二歳も年下らしい。

それなのに、自分の方が負けている。

しかもあんなに素晴らしく見目の良い子爵と既に婚姻しているなんて。

エルミリアはまだ婚約すら出来ていないのに。

しかも恋愛結婚だというのだ。

「王女殿下と子爵ですか?」

「あのお二方は婚約した当初から仲睦まじいご様子で、相思相愛でしたね」

「いつもご一緒で微笑ましいですわ」

「王女殿下に甲斐甲斐しく接する子爵を見ていると殿下のことが羨ましくなりますね」

「いやいや、子爵も羨ましいですよ」

二人の話を聞けば聞くほど、尚更エルミリアは子爵のことが欲しくて堪らなくなった。

……私もそれくらい愛されたい。

あの美術品のように美しい顔で愛を囁かれたい。

甲斐甲斐しく世話を焼いて欲しい。

あの顔なら毎日だって見飽きないだろう。

……どうやったら手に入る?

父王に頼もうと思ったが、護衛の騎士に酷く怒られてしまった。

それに父王と約束もしている。

この国で問題を起こせばすぐに国へ返されるだろう。

自分が問題を起こさず、それでいて子爵を手に入れる方法を考えなければならない。

しかも相手は結婚している。

ただ恋人になるだけではダメだ。

それでは足りない。

…………そう、離縁させればいいんだ。

そうして子爵を手に入れれば良い。

王女と離縁した子爵はきっとファイエット王国では立場があまり良くなくなるだろう。

エルミリアがそこで自国に誘えばきっとついて来るに違いない。

その後、ゆっくり愛を育めば良い。

もしかしたら、アルトリアに誘ったエルミリアに好意を抱いて、自分から告白してくれるかもしれない。

……離縁なんて貴族でも珍しくない。

もっと情報を集めなければ。

きっと、どこかに付け入る隙があるはずだ。

* * * * *

第二王子と第三王女が留学して三日目。

どうやら、あれから第三王女はわたしとルルについて調べているらしい。

……まあ、調べると言っても単純に訊き回ってるだけみたい。

せめてこっそり動けば良いものを、見かけた生徒に片っ端から声をかけるものだから、目立ってしまい、本人の方が噂の的になっている。

わたしとルルについてかなりしつこく尋ねてくるそうで、実際声をかけられた生徒の何人かが「こういうことがあった」と教えてくれた。

何でもわたしとルルの関係について探ろうとしているらしく、仲は良いのか、喧嘩をしたことはないか、互いのことで不満を言ってはいなかったか、など知っている限りのことを根掘り葉掘り訊いてくるという。

「ニコルソン子爵についてもかなり訊かれました」

でもルルの情報についてはほぼ流れていないため、第三王女はルルについて全くと言ってもいいほど情報は得られていないだろう。

ルル自身が自分の情報を規制しているから。

精々、手に入れられる情報など、表向きの薄っぺらい内容だけだ。

虐待されていた幼い王女を陰ながら支え、クーデターで功績を残し、王女に仕え続け、婚約者となると同時に男爵位を授かり、その後も王女を守護し続けて婚姻して子爵となった。

性格は穏やかで紳士的、世話焼きという表向きのものしか得られない。

ルルの本職や本性までは辿り着けない。

「恐らくアルトリアの王女殿下はニコルソン子爵に好意を寄せているのではないでしょうか」

「お気を付けください」と言われて頷き返す。

「ええ、そうします。教えてくださってありがとうございます。とても助かりました」

教えてくれた生徒は礼を執り、去って行った。

それまで黙っていたミランダ様が腕を組み、怒った様子で口を開く。

「誰かを愛してしまうことは仕方ないにしても、既に結婚されていらっしゃる方を狙うなんて、一国の王女とは思えませんわ。普通は諦めるか、想っていても表には出さないものでしょう」

……普通なら、ね。

でも恋や愛というのは人を変える。

良い意味で変わる人もいれば、悪い意味で変わる人もいて、そればかりはなってみなければ分からない。

「自国で甘やかされて育ったというのは事実のようですわね。私も気になって話してみましたが、確かに立ち居振る舞いは美しいけれど、中身はまるで子供でしたもの」

ということらしい。

「そういえば明日の放課後、お茶に誘われました」

「まあ、私もご一緒しましょうか?」

「いえ、大丈夫です。もし何か言われても受け流しますし、王女同士であれば対等な立場ですから我が儘を言われても聞く必要はありません」

もしミランダ様も一緒に行ったとして、第三王女が我が儘を言った時、侯爵令嬢に過ぎないミランダ様がその我が儘を聞かなければならなくなる。

他国とは言え王女の言葉を無視することは出来ない。

それならば王女同士だけの方が良い。

たとえ第三王女が我が儘を言っても、対等の関係であるファイエット王国の王女であるわたしが彼女の我が儘を叶えてやる義理はないのだ。

友好国ではあるが、そこに上下関係はない。

……いや、どちらかと言えばアルトリア王国の方が立場的には少し弱いかな。

ファイエット王国の西に位置するアルトリア王国は周囲を険しく深い山々に囲まれている。

攻められ難いという利点はあるが、同時に貿易という面では険しい山々のせいで商人達が足を運び難いという欠点もあった。

アルトリア王国に物を輸入するにはどうしてもファイエット王国を通過する必要がある。

そのため、昔からアルトリア王国とファイエット王国は良好な関係を維持し続けている。

ヴェリエ王国の時代は少々微妙な関係ではあったそうだけれど、お父様が国王となってからは、ファイエット王国は近隣諸国と手を取り合って友好的な関係を築いているのだ。

アルトリア王国からしたらファイエット王国との間に軋轢を生むようなことはしたくないはずだ。

……でもそういうの分かってなさそう。

「早く帰っていただきたいですわ」

ミランダ様の言葉にわたしは苦笑で留めておいた。

* * * * *