軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

オーリの望み

黒髪の少女と話を終えた後。

オーリが使っている来賓用の部屋へ向かう。

地下牢へ行く前に、オーリがもう一度目を覚ましてわたしと話したがっていると報告があった。

一晩経って少しは落ち着いたようだ。

今回の件はある意味では良かったと思う。

わたし達の構築した封印魔法では、もしかしたらオーリに何か障害が残った可能性もある。

けれど、メイドから様子を聞く限り、オーリは特に問題がなさそうだった。

……さすが女神様。

一つの体にあった二つの意識を切り離しただけではなく、弾き出したもう片方にきちんと肉体まで与えるなんてまさしく神の御業だ。

あの時の閃光は十中八九、女神様の力で。

あのおかげでわたしも本当の意味でリュシエンヌ=ラ・ファイエットになった。

色んな意味で女神には感謝している。

ルルと共にオーリの下を訪れると、男爵家から来ているというメイドが出てきた。

少し気弱そうで若いけれど、接してみて悪い感じはない。

「王女殿下にご挨拶申し上げます」

丁寧な礼を執り、取り次いでくれる。

通された応接室で待っていると他のメイドが紅茶を用意したが、口をつける前にオーリが現れた。

入室したオーリが丁寧に礼を執る。

同じ外見のはずなのに、所作が違うだけでまるで別人のようだった。

「王女殿下にご挨拶申し上げます。改めましてセリエール男爵家の長女、オリヴィエ=セリエールでございます。私の件では王女殿下に多大な迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳なく……」

「オーリ、そうかしこまらないで」

深々と頭を下げるオーリを手で制する。

そして向かいの席を示せば、オーリはもう一度浅く頭を下げてからソファーへ腰掛けた。

酷く申し訳なさそうな顔をするので微笑み返す。

「あなたは今回の件では被害者です。女神様がおっしゃられたように、悪事を働いたのはもう一人の彼女であり、オーリに罪はありません。罪のない者が謝罪の言葉を口にするのはおかしいでしょう?」

それについてはお父様もお兄様も同意見である。

むしろオーリは抑圧され続けて、長い間、苦しめられていた側の人間だ。

彼女が謝罪をする必要はない。

しかしオーリの表情は沈んでいた。

「ですが、私の体で行われたことは、私が行ったことと同じだと思うのです。家族だけでなく大勢の方々にご迷惑をおかけして、王家の方々にも不敬を重ねてしまい、本来であれば合わせる顔もない身です」

オーリの後ろでメイドが心配そうに主人を見る。

わたしはオーリの言葉に首を振った。

「いいえ、彼女とあなたは別の存在であり、別の人間です。良いですか、これは王家の判断でもあります」

「そう、ですか……。分かりました」

王家がそうだと判断したならば、そうなのだ。

だからオーリが気に病む必要はない。

「体の具合はどうですか? あなたがご両親に修道院行きを申し出て以降、手紙がなかったので心配していました」

オーリが驚いた様子で顔を上げる。

「ご存知なのですか?」

「ええ、あなたには非常に不愉快なことでしょうけれど、彼女の行動を把握するために密かに監視をつけておりました。……ごめんなさい」

「いえ! それは当然のことです。もし私が逆の立場だったとしても、そうしたと思います」

「そう言っていただけると助かります」

……ああ、本当にヒロインちゃんだ。

慌てて両手を振って否定しているオーリは素直で、柔らかな雰囲気で、話していると不思議と心地好い。

自分もつらい立場だったのに、その声からは負の感情が感じられない。

貴族の令嬢としては少々感情が表に出過ぎているが、その素直さがこの少女の好ましい点になっている。

彼女とは正反対の女の子である。

「あ、体は元気です。その、精神的にはまだちょっと理解が追いついていなくて……。昨日のことも、よく分からないのです」

「それはそうでしょう。あなたはあの時、気絶していましたから。今日はその話をするために来ました。少々長い話になるけれど、大丈夫ですか?」

「はい、一晩ゆっくり休んだので問題ありません」

ぴしっと背筋を伸ばす様子はかわいらしい。

チラ、と横のルルを確認するが、ルルは貼り付けたような笑みを浮かべたまま微動だにしない。

それでいて、わたしの視線に気付くと問いかけるように小首を傾げられる。

何でもないと小さく首を振って視線をオーリへ戻す。

「まずは、昨日のことはどこまで覚えていますか?」

オーリが泣きそうな顔をする。

「王女殿下に、その、ナイフを……」

最後まで言う勇気はなかったようだ。

どうやらきちんと体の中で見ていたらしい。

「あれは 彼女(・・) の凶行です」

オーリのせいではないと言い含め、そうして昨日の豊穣祭についてわたしは語った。

彼女がわたしへナイフを突き立てようとしたこと。

その時、閃光が走り、天上から雷に似た光が彼女の体に落ちたこと。

リュシエンヌとのことについては語る必要はない。

目を開けると、オーリと彼女が倒れていた。

その後はお兄様と大司祭様が動いて、その場を何とか収めてくれて、彼女を捕縛し、オーリを保護した。

「その、彼女は今、どうしていますか……?」

オーリに隠すことはない。

わたしは正直に答えた。

「捕らえています。彼女は王女であるわたしを明らかな殺意を持って襲いました。ですから現在は王族殺害未遂の犯人として地下牢へ」

「反省していましたか?」

「いいえ、全く。それどころか自分は オリヴィエ(あなた) でヒロインは自分なのだと喚いて話になりません」

「そうですか……」

オーリが悲しそうな表情を浮かべた。

一度俯いたオーリが顔を上げる。

「あの、私は彼女の記憶も見ていたので、彼女が善人でないことは知っています。……でも、彼女の考えていたことや気持ちは少し理解出来ます」

そしてオーリが話してくれた。

彼女は元は別世界の人間で、そこで、こことよく似た世界観の物語のゲームを遊んでいたこと。

家族や友人など、周囲と心を通わせることのなかった彼女は、このゲームにのめり込んだ。

特にルルのルートが大好きだったようだ。

だからこそ、この世界がゲームと同じ世界だと知った時、彼女は狂喜して自分の幸運を受け入れた。

彼女にとっては前世の世界はあまりに希薄だった。

しかも自分がヒロインに転生したと分かり、更に彼女の思い込みは強くなった。

「彼女は常日頃から『この世界はヒロインのためにある』と考えていました。実際、記憶の中のゲームはヒロインに都合の良い物語になっていましたから……」

彼女は夢が現実になったと思ってしまった。

正確に言えば夢と現実の区別がつかなくなった。

自分はヒロインで、世界は自分のためにある。

セリエール男爵夫妻が彼女を甘やかしてしまったのも、それに拍車をかけてしまったらしい。

幼いオーリの意識はあっという間に支配権を奪われ、体は彼女のものとなる。

甘やかされて我が儘放題に彼女は幼少期を過ごし、そしてそのまま成長した。

「思えば、彼女の間違いを正してくれる人は誰もいなかったのです。父も母もそうですが、使用人達も彼女の癇癪に辟易していて、関わりたくないと思われていました」

そして彼女は動き始めてしまった。

攻略対象に出会うために王都をうろつき、会えないと、今度は王城や攻略対象の家の近くを徘徊した。

それでも会えないので癇癪は酷くなる。

癇癪が酷いので使用人達は更に彼女の存在を敬遠し、仕事以上の関わりを持たなかった。

「間違いを正してくれる人がいないというのは残念なことでしたが、彼女は生前の記憶もあったのでしょう? それならば、記憶を取り戻した時点で善悪の判断はある程度出来たはずです」

誰も真面目に関わりを持とうとしなかった。

その点で言えば憐れだが、しかし、それを理由にこれまでの行いを許すことは出来ない。

わたしが転生した時のように彼女も記憶を取り戻したのだろう。

そうだとしたら、その時点で物事の善悪の判断がそれなりにつくようになっていたはずだ。

「セリエール男爵夫妻が甘やかし過ぎたという点は問題ではありますが、言動については彼女本来の気質が大きいと思っています」

「……そうですね、そこは庇いようもございません」

オーリもそれは理解しているのだろう。

寂しそうに苦笑した。

どんな人間であっても、十数年共にいたのだから、色々と思うところもあって然るべきだ。

「彼女はどうなりますか?」

その問いにも包み隠さず答えた。

「王族を殺害しようとしたのです。極刑は免れないでしょう。それにあの様子では減刑も難しいです」

「やっぱり……」

しょんぼりとオーリが肩を落とす。

そして何かに気付いた様子で慌てて手を振った。

「あ、刑に不満があるわけではなくて、その、これまでずっと一緒だったから、つい気になってしまって!」

その慌てように思わず笑ってしまう。

「ええ、分かっています」

「彼女は悪いことをしました。許されないことも、沢山しました。だからその報いを受けることになったんです。それについて反対する気持ちはありません」

「まだ『一人』には慣れませんか?」

「……多分、そうだと思います」

わたしの問いにオーリが何とも言えない表情で頷いた。

悲しいような、寂しいような、怒っているような、でも安堵しているような、様々な感情が複雑に絡み合っている風に見えた。

「そのうち慣れますよ」

本来、人は一人なのだ。

一つの体に一つの魂が正しい形である。

もう一つの人格が消えたことで生まれる喪失感には、オーリほどではないが、わたしにも覚えがあった。

リュシエンヌの手を取った時。

確かに、わたしの中に喪失感が残った。

わたしの場合は同化したため失ったわけではないけれど、やはり、今まであったはずのものがなくなるというのは寂しいものだった。

わたしの言葉にオーリが頷く。

「そうですね」

「今は静か過ぎて少し落ち着きません」と苦笑する。

それだけ彼女の思考や感情は騒がしかったのだろう。

先ほど会った時の様子からしても、それは何となく分かる気がする。

「彼女に会いますか? あまりお勧めは出来ませんが……」

オーリは考えるように視線を彷徨わせ、ギュッと瞼を閉じると首を振った。

「いいえ、もう、彼女と私は違う存在です。それに私を見ても彼女は私を ヒロイン(じぶん) の偽物だと言うでしょう。……彼女に関わるのは、疲れました……」

そう言ったオーリはつらそうだった。

どんな存在であってもずっと一緒にいた。

オーリは苦しめられてきたけれど、それでも何かしらの情はあったのかもしれない。

しかし黒髪の少女は罰を受けなければならない。

オーリに出来ることは何もないと理解しているのだろう。

それ以上は何も言わなかった。

「オーリが罪に問われることはないでしょう。ですが、セリエール男爵家は何かしらの形で責任を取る必要があります。彼女の暴走を止められたのは、男爵夫妻だけでしたから」

「はい……」

オーリが痛みを堪えるように唇を噛む。

彼女にとっては愛すべき家族だ。

その家族が、自分に責任はないとは言えど、自分に関係することでつらい思いをすることは彼女にとっても苦しいことだろう。

だが、こればかりはどうしようもない。

男爵夫妻には彼女の凶行を止めることが出来た。

しかし夫妻は何もしなかったに等しい。

その責任は負わねばならない。

「オーリ、あなたはこれからどうしたいですか?」

オーリがわたしを見る。

「私、ですか?」

「ええ。学院に、王都に残るのか。それとも地方へ行くのか。大したことは出来ませんが、あなたが望むようにいくらか取り計らうことは出来るでしょう」

「私の望み……」

オーリが目を伏せる。

髪と同じ金色の、長い睫毛が目元に陰を落とす。

急かすつもりはないのでわたしは紅茶を飲んで、オーリの返事を待った。

しばし経って、オーリが視線を上げた。

「私は王都を離れたいと思います。……ここにいても良い思い出はありませんし、周りからも奇異の目で見られるでしょう」

それに頷き返す。

「そうですね、どうしてもオリヴィエ=セリエールに関するこれまでの悪評や噂を消すことは難しいです。それに昨日の件で王都の民達も彼女の行いを目撃しています。たとえ同じ姿の別人だったと言っても、あなたを見る目は厳しいものになってしまいます」

オーリも頷いた。

「それなら、私は学院を辞めてどこか地方の修道院へ入り、女神様へ感謝を捧げながら静かに暮らしたいです。父と母にも迷惑をかけてしまって、セリエール男爵家に残るわけにもいかないでしょう」

……やっぱりその道を選ぶんだね。

手紙でやり取りしていたから、オーリの性格はそれなりに理解していたけれど、そうでなかったとしても殆どの人間ならこの道を選ぶだろう。

オーリにとっては王都に残っていて良いことはない。

地方に下がって、気持ちが落ち着くまで静かに暮らし、それからその場所でやり直すことも出来る。

「では東の修道院はいかがですか?」

「東の?」

「ええ、気候も穏やかですし、規律は多少厳しいですが訳ありの人が多いですから、あれこれと詮索されることもないと思います。教会と併設しており、近くには孤児院があるそうです。ワインやブドウジュースが有名な土地ですよ。わたしもあそこのブドウジュースが大好きです」

「そうなのですね」

わたしの最後の言葉にオーリがふふ、と笑う。

それまで強張った表情ばかりだったので、少し安心した。

今、笑うことが出来るならばきっと大丈夫だ。

「そういえば、ムーラン伯爵子息も学院卒業後は聖騎士となって、どこか地方の教会へ行く予定なのだとか」

そう言えばオーリが目を丸くする。

「女神様にお仕えする者同士、どこかで出会う機会もあるかもしれませんね」

意味を理解したのだろう。

オーリの表情が泣きそうにくしゃりと歪み、すぐに下を向いた。その膝にポタポタと雫が落ちる。

テーブル越しにハンカチを差し出した。

オーリは戸惑いながらもそれを受け取ったものの、涙を拭わず、ギュッと大事そうに握った。

「ありがとう、ございます……っ」

震える声に、わたしは黙って微笑んだ。

わたしはただ勝手にお節介をしただけだ。

オーリとレアンドルが顔を合わせたとしても、その後どうなるかは二人次第である。

それに二人が上手くいくかは分からない。

……でも、上手くいって欲しいな。

これまでつらい思いをしてきたオーリの心が少しでも癒されるように。

なかなか涙の止まらないオーリに休むように言い、部屋を後にする。

それから、お父様に報告するために執務室へ向かうのだった。

……きっと、オーリの望みは叶う。

しかし、家族と離れて過ごすという選択肢は決して幸福なものではない。

それを思うと、本当に一番の被害者はオーリなのだと改めて考えさせられた。