軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

対面

* * * * *

一週間後、オリヴィエは謹慎が解けた。

だが既にイベントの一つである対抗祭は終わってしまっており、攻略対象のカッコイイスチル場面は見ることができなかった。

しかも一週間の間、屋敷の庭に出ることすら許されず、みっちりと貴族令嬢の教育とマナーを再教育させられた。

おかげでオリヴィエは頭が痛かった。

……たった一週間であんなに勉強させられるなんて!

学院へ登校し、イライラしながら教室へ向かう。

そして自分の机に座り、鞄の中から出した教科書などを入れようとして、ふと、机の中に何かが入っていることに気が付いた。

「何……?」

手を入れて机の中身を引っ張り出す。

オリヴィエの手には一通の封筒があった。

宛名も差出人もない。

それでもオリヴィエの机に入っているということは、宛先はオリヴィエなのだろう。

適当に封を切って中を見る。

便箋が一枚入っていた。

便箋を取り出して、オリヴィエは手紙の内容に目を通した。

そして思わず笑みを浮かべてしまった。

……まさか向こうから声をかけてくるとは。

オリヴィエは便箋を封筒に戻すと、封筒を鞄へ突っ込んだ。

あの女に呼び出されるのは少し癪だが、あの女の傍にはルフェーヴル様がいる。

もしかしたら会って言葉を交わすことも出来るかもしれない。

ヒロインのわたしと会えば、きっとルフェーヴル様の気持ちを得られるはず。

オリヴィエは上機嫌になって椅子へ座る。

……放課後が楽しみね。

* * * * *

放課後、わたしはカフェテリアに向かった。

今日は護衛騎士を連れて来ており、ルルはスキルで姿を消してわたしの傍にいる。

ただスキルを使用しているため、周りからしたら、珍しくわたしがルルと一緒にいないという風に見えるだろう。

カフェテリアに着くと、まだオリヴィエは来ていないようだった。

わたしは空いている席に座った。

護衛騎士がわたしの左斜め後ろに立った。

右斜め後ろにはルルがいる。

護衛騎士にもルルの姿は見えていないが、前もってルルも隠れて護衛していると告げてある。

カフェテリアの給仕にティータイムセットを注文し、のんびりと待つ。

来ないとは微塵も思わなかった。

必ずやって来る。

ケーキスタンドやティーセットが運ばれる。

給仕に礼を述べると一礼して去っていった。

それと入れ替わるように、カフェテリアに目的の人物が姿を現した。

オリヴィエ=セリエール男爵令嬢だ。

彼女はキョロキョロと辺りを見回し、わたしを見つけると、近付いて来た。

テーブルの前まで来たオリヴィエに声をかける。

「ご機嫌よう、セリエール男爵令嬢」

「……ご機嫌よう」

チラ、とオリヴィエの視線がわたしの後ろへ向く。

そしてあからさまに残念そうな顔をした。

……どうやらルルは見えないみたい。

わたしの右後ろを視線が滑っていく。

「お招きいただき光栄です」

全く心のこもっていない言葉にわたしは頷いた。

「どうぞ、おかけください」

「失礼いたします」

騎士の引いた椅子へ静かに腰掛ける。

どうやら一週間という短期間の集中再教育はそれなりに効いているらしい。

感情を押し隠すのは出来ていないけれど、受け答えや所作は男爵家の令嬢にしては、まあまあ、問題ない程度には身についているだろう。

席についたオリヴィエに自ら紅茶を注ぐ。

「どうぞ」

「……ありがとうございます」

それから騎士へ振り返る。

「下がってください」

騎士が浅く頭を下げると距離を開ける。

それからピアスに触れた。

一瞬、オリヴィエが身を震わせた。

「防音の結界魔法を張らせていただきました。この中での会話は外に漏れませんので、気を楽にしてくださっても大丈夫ですよ」

そう声をかければオリヴィエの肩が僅かに下がる。

「改めて初めまして、リュシエンヌ=ラ・ファイエットと申します」

「セリエール男爵家の長女、オリヴィエ=セリエールです」

「今日は来ていただけて嬉しいです。一度、話をしてみたいと思っていたものですから」

オリヴィエにじっとりと見つめられた。

わたしの真意を探ろうとしているようだった。

それへニコリと微笑み返せば、眉を寄せられる。

「そう警戒なさらなくとも、何もいたしません」

そう声をかけて、やっとオリヴィエが口を開く。

「……ルフェーヴル様は?」

その問いにわたしは微笑んだ。

* * * * *

リュシエンヌの右斜め後ろに控えながら、ルフェーヴルは原作のヒロインであるオリヴィエ=セリエールを見ていた。

柔らかな金髪に新緑の瞳。

小柄で、細身で、庇護欲を誘う可愛らしい顔立ち。

確かに外見で言えばかなり愛らしいだろう。

だが、それだけだ。

原作ではスキルで隠れたルフェーヴルに気付いたらしいが、このオリヴィエ=セリエールは全く気付かなかった。

ただでさえ少ない興味はそれで完全に失せた。

元々あった興味というのも『リュシエンヌの敵』に対するものだったが、今はもう、その興味すらなくなった。

……オレが見えないなら問題外だねぇ。

不満そうな顔をするオリヴィエ=セリエール。

彼女は気付いているだろうか。

防音の結界魔法は使っているが、遮蔽してあるわけではないため、外からでも自分達の様子が見えているということに。

「彼が何か関係ありますか?」

リュシエンヌが問い返す。

「あるわ。あなただって転生者でしょ? 私はルフェーヴル様推しだったのよ」

リュシエンヌが困ったように微笑んだ。

それは否定とも肯定とも見える。

「隠さなくたっていいわよ。原作通りにいかないのは全部あなたが仕組んだことだって分かってるわ。今まで、ずっと私の邪魔をしてきたこともね」

ジロリとオリヴィエ=セリエールがリュシエンヌを睨む。

しかしリュシエンヌは優雅に紅茶を飲んだ。

「何のことでしょう?」

「とぼけないでよ。アリスティード達攻略対象と出会えなかったのはあなたがそうさせていたんでしょ? しかもルフェーヴル様まで無理やり手に入れて。……正直言ってムカつくのよ、あんた」

オリヴィエ=セリエールの言葉が崩れる。

「わたしは何もしていません。ただ、わたしはわたしの幸せのために生きているだけです」

リュシエンヌは動じない。

「それが邪魔だって言ってるの。悪役は悪役らしく、ヒロインのために役に立ちなさいよ」

リュシエンヌがカップとソーサーを置く。

そして微笑んだ。

「今、この状況でヒロインなのは誰だと思う?」

「は?」

「お兄様達に囲まれて、愛されているのは誰? 逆に嫌われて突き放されているのは? お兄様達があなたを避けているのは、あなたが無理やり近付こうとしたからですよ。わたしのせいではありません」

オリヴィエ=セリエールが立ち上がった。

ガタリとテーブルが揺れる。

「嘘よ! あなたがわたしに近寄らないように言ったんでしょ?!」

「いいえ。でも、もしわたしが何か言ったとしても、お兄様達は自分で考えて行動したでしょう。お兄様達があなたと親しくなりたいと思えば、親しくなったはずです」

「じゃあ何で会えないのよ? おかしいじゃない!」

「何がおかしいのですか?」

立ち上がったままのオリヴィエ=セリエールをリュシエンヌは悠然と眺めた。

座っているはずなのに、まるでリュシエンヌの方が見下ろしているかのようだった。

「自分の行く先々に現れて、無理に話しかけようとする人間を、自分を監視する人間を、好きになる人はいるのでしょうか? 仲良くなりたいと思いますか?」

「っ……」

オリヴィエ=セリエールが手を握りしめる。

リュシエンヌの言っていることは正論だ。

アリスティード達は昔から、オリヴィエ=セリエールの執拗な行動に辟易していた。

自分の行く先々に現れ、近寄られる。

そんなことが何度も繰り返されれば、むしろ不信感を持つのが当然である。

「わたしは何もしていません」

リュシエンヌがもう一度言う。

「じゃあ何でルフェーヴル様を連れてるのよ?」

怒りを押し込めた声だった。

「何故って、彼はわたしの侍従であり、護衛であり、夫だからです。夫婦が一緒にいるのは当たり前でしょう?」

「そこがおかしいのよ!」

バンッとオリヴィエ=セリエールがテーブルを叩く。

周囲で遠巻きにしている生徒達が驚いたり、眉を顰めたりしているのが見える。

王女相手にテーブルを叩くなんて普通はありえない行いだ。

一週間の再教育もあまり役に立たなかったらしい。

「ルフェーヴル様はファンディスクの隠しキャラでしょ? 学院卒業後に出てくるはずなのに、何であんたが手に入れてるのよ?! 私が会うはずだったのに!!」

怒鳴りつけられてもリュシエンヌは微笑んでいる。

でも、その手は僅かに震えていた。

リュシエンヌは怒鳴り声やヒステリックな声が苦手なのに、耐えている。

そっとリュシエンヌの背中に触れれば、その細い肩から少しだけ力が抜ける。

「そう言われても、彼はもうわたしのものです」

「何でよ! ヒロインのわたしに返しなさいよ!」

「嫌です。それにわたしと彼の結婚は王命によって成されたものです。それに反対するということは、王命に逆らうということでもあるのですが、分かっておりますか?」

そう、ルフェーヴルとリュシエンヌの婚約・婚姻は王命で定められたものだ。

それに異を唱えるのは王命に逆らうのとおなじだ。

だがオリヴィエ=セリエールは言う。

「知らないわよ! そんなの 原作(ゲーム) にはなかったじゃない!! さっさとルフェーヴル様と離れなさいよ!!」

リュシエンヌが「はぁ……」と溜め息をこぼす。

「セリエール男爵令嬢、ここは現実です。あなたの言う 原作(ゲーム) ではないのですよ」

「うるさい! ヒロインは私なのよ!!」

「いいえ、あなたはヒロインじゃない」

オリヴィエ=セリエールの言葉をリュシエンヌがはっきりと否定する。

パッと口元を扇子で隠した。

「原作のオリヴィエは転生者だった?」

その言葉にオリヴィエがハッとする。

「ねえ、セリエール男爵令嬢、お願いですからこれ以上問題を起こさないでください」

オリヴィエ=セリエールがリュシエンヌを見る。

新緑の瞳が見開かれていた。

「この間もクリューガー公爵令嬢にもご迷惑をおかけしたでしょう? あのようなことはやめていただきたいのです。……これ以上問題を起こせば、あなただって無事では済まないと思うの」

オリヴィエ=セリエールの瞳がリュシエンヌを睨む。

その瞳にはありありと憎しみの光が宿っている。

逆にリュシエンヌは穏やかなものだった。

穏やかに、冷静に、リュシエンヌが告げる。

「このまま静かにしていてくれるなら、 王女(わたし) の悪評を広めようとした件についても問いません」

わなわなとオリヴィエ=セリエールが震える。

リュシエンヌが優しく問いかける。

「セリエール男爵令嬢?」

オリヴィエ=セリエールが俯いた。

「……っぱり……」

バッと顔を上げ、リュシエンヌを睨む。

「やっぱりあんたは悪役なのよ……!」

そう言うと、オリヴィエ=セリエールは踵を返してテーブルから離れていった。

リュシエンヌがピアスに触れ、周囲の喧騒が戻ってくる。

リュシエンヌがカップを口元へ寄せながら呟いた。

「……わたしって交渉下手かも」

溜め息混じりのそれに囁き声で返す。

「違うよぉ。アレは話が通じないだけだってぇ」

「それはそれで困るんだけどね……」

給仕がやって来て一口も飲まれなかった紅茶がティーカップごと下げられる。

リュシエンヌは考えるように手元のティーカップに残った紅茶を見つめていた。

* * * * *

……うーん、ダメだったなあ。

思った以上に会話出来なかった。

彼女もわたしも、互いを敵と認識していて、そしてそれを互いに感じ取ってしまっている。

警告も恐らく嫌味に聞こえただろう。

まあ、あえて警告したのだけれど。

そうすればオリヴィエは絶対に動くから。

オリヴィエの今度の標的はわたしになるはずだ。

原作通りにしようとするなら、わたしに虐められている風に装うだろう。

でも、それはもう通じない。

お義姉様の時に使ってしまったからね。

だけどオリヴィエには他の道は残されていない。

諦めて静かに過ごすか、わたしを悪役に仕立て上げるか、二つに一つだ。

……原作のリュシエンヌはどんな虐めをしたっけ?

きっとオリヴィエは今回の呼び出した件についても、虐められたと言うだろう。

でも誰もわたし達の会話は聞いていない。

しかし周囲からは見えている。

オリヴィエが、男爵令嬢が感情に任せて立ち上がったりテーブルを叩いたりして、挨拶もせずに去っていった。

それも王女相手にその無礼。

良識ある人々ならばオリヴィエに近付かないし、オリヴィエがわたしに虐められたと言っても信じないだろう。

わたしは始終微笑んで話していただけだ。

「ルル、今夜は作戦会議ね」

囁くように言えば、斜め後ろで頷く気配がある。

それはともかくティータイムのセットをどうしようか。

せっかく注文したのに紅茶以外、全く手をつけていないままだ。

このまま片付けられてしまうのは、作ってくれた料理人にも申し訳ない。

「ルル、一緒にお茶しない?」

そう声をかければすぐに返事がある。

「いいよぉ、ちょっと待っててねぇ」

それからルルは一旦カフェテリアを出ると、少しして戻ってきた。

多分、スキルを解除したのだろう。

ルルとカフェテリアでお茶をしつつ、お兄様を待って、馬車で帰宅した。

お兄様にとても心配されたけれど、ルルが説明してくれたらホッとした様子で「そうか」と言っていた。

お兄様もオリヴィエのことは知っている。

この間、お義姉様と関わったからね。