軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

剣武会(2)

* * * * *

午後になり、二回戦が始まった。

今度はさすがにきちんと観戦しよう。

トーナメント表を見やる。

…………あれ?

もう一度まじまじと見る。

見覚えのある名前がお兄様とミランダ様の他にあった。

……エディタ様とケイン様も出ていたんだ。

二人とも、一回戦を勝ち進んでいる。

エディタ様はアンリの婚約者で、ケイン様はわたしとお兄様が何度も慰問に訪れているフレイス孤児院の男の子だ。

エディタ様もケイン様もあまり関わりはない。

エディタ様は三年生だけど、生徒会ではないので昼食を一緒に摂ることもなく、そもそもアンリもあまり昼食の席には来ない。

「エディタ様とロチエ公爵子息はいつも昼食の席に来ませんよね?」

横にいるロイド様へ訊いてみる。

「うん、アンリは一年生だから第二校舎の三階まで来るのは大変だろうし、アルヴァーラ侯爵令嬢は生徒会ではないからね。でも二人は一緒にカフェテリアで摂ってるらしいよ」

「仲が良いのですね」

「そうだね、あの二人も前よりかなり打ち解けてる感じがするよ」

婚約者と仲が良いのは喜ばしいことだ。

話していると闘技場の中に生徒が二人現れる。

……あ、ケイン様。

数年前に孤児院で一緒に遊んだ時から彼はかなり成長した。背も伸びて、細かった体も筋肉がついて、気の強そうな顔立ちも精悍さが増している。

原作では剣武会にはお兄様とレアンドルが出場していたけれど、ここでも変化があった。

……第一ヒロインであるオリヴィエ=セリエールも対抗祭にはいなかったっけ。

オリヴィエは謹慎中なのだ。

そしてレアンドルも剣武会で選出されなかった。

原作とは大分違っている。

闘技場の中央で対戦相手とケイン様が剣を構える。

対戦相手は片手で真っ正面に構え、ケイン様は片手を腰の後ろに添え、もう片手で剣を横向きに構える。

変わった構え方だ。

「へえ、あの茶髪の一年生は双剣使いらしい」

ロイド様の言葉に訊き返す。

「でももう一本がありませんよ?」

「剣武会は剣一本が原則だから」

試合開始の笛が鳴る。

じりじりと対戦相手がケイン様へにじり寄った。

そして踏み込む。

対戦相手の剣が下から振り上げるようにケイン様へ襲いかかった。

カァンッと音がして、ケイン様がそれを脇へ弾く。

更に相手が追撃する。

上から、右から、左から、連続して振り下ろされる剣をケイン様は冷静にいなしている。

「凄いね、彼。最小限の動きしかしてないよ」

ロイド様が感心した様子で言う。

確かにケイン様はあまり動いていない。

逆に対戦相手は剣を振り回して少し息が上がっており、何度向かっても戦いが通じないことで焦っている風でもあった。

カンッ、ガンッ、カコォンッと木のぶつかる音が響く。

この時点でどちらが優位なのかは言うまでもない。

どれだけ打ち込んでも通らない。

対戦相手の顔が顰められる。

「かかってこい!」

その言葉にケイン様が頷いた。

「分かった」

ケイン様がやや姿勢を低くする。

グッと地面を踏み締め、前方へ駆け出した。

対戦相手も剣を構える。

右斜め下から上へ、振り上げるようにケイン様が木剣を相手の剣へ叩きつける。

バキィッと大きな音がした。

同時に、真っ二つになった対戦相手の木剣の破片が少し離れたところへ落ちた。

対戦相手は受け止めきれなかったのか後ろへ尻餅をつき、木剣を手放した。

その首筋にケイン様が自身の木剣を突きつける。

試合終了の笛が鳴った。

「一撃で……」

「強いね」

力技と言えばそうなのだが、あの硬い木剣をへし折るなんてそう簡単なことではない。

しかもケイン様は剣を振った時でさえ片手だった。

もし両手で構えて打ち合ったなら、一体どれほど強い衝撃に見舞われることか。

笛が鳴るとケイン様は木剣を下げて、座り込んでいる相手へ手を差し出した。

相手は悔しそうな顔をしつつもその手を取った。

そして立ち上がると互いにそのまま握手をして、対戦相手は一礼すると下がっていった。

ケイン様もそれを見送ると下がる。

「腕力も凄いけど、彼は良い目を持ってるんだと思うよ。相手の剣筋を全て受け流してたでしょう? 恐らく相手の動きが全部見えているんだよ」

「凄いですね……」

「うん」

魔法のあるこの世界だが、剣も魔法と同じくらい重要視されている。

理由は簡単だ。

剣と魔法を比べた時、近接戦では剣の方が強い。

魔法は魔道具を使用しない限り、どうしても詠唱を行う分、間が空いてしまう。

剣技に長けた者ならば、詠唱の間に距離を詰めて相手を殺すことが出来る。

魔法が威力を発揮するのは相手と距離がある場合で、近接戦では剣の方が確実に早い。

あれほどの腕力なら一撃で相手の首を断てる。

「一年であれか。今後が楽しみだね」

ロイド様の言葉に頷く。

「ケイン様はお兄様の騎士になりたいそうです」

「彼を知ってるの?」

振り向いたロイド様に頷き返す。

「はい、お兄様とよく慰問に訪れる孤児院の子です。お兄様とも仲が良いようですよ」

「そうなんだ、今度話しかけてみようかな」

何かを考える仕草を見せた後、ロイド様がそう言った。

そして次の試合に移る。

次はエディタ様の試合だ。

長身でスラリと背が高く、凛とした面差しは男性顔負けに格好良いエディタ様が登場すると、観客席から黄色い声が上がる。

「エディタ様ぁ!」「アルヴァーラ様〜!」とかけられる声にエディタ様が騎士の礼を執ると、更に黄色い声が沸き起こる。

「す、凄い人気ですね……」

「彼女は一年の時からあんな感じで女生徒からの人気が厚いんだ」

「なるほど」

言いたいことは分かる。

エディタ様は女性だと分かっていても格好良い。

同性同士なのでご令嬢達が騒いでも問題ない。

……エディタ様、ファンクラブとかありそう。

「ロチエ公爵子息は大丈夫なのでしょうか?」

あのエディタ様に婚約者なんて〜、とか言い出す人はいないのだろうか。

「アンリはあの容姿だから、むしろ好意的に見られてるみたいだよ」

……ああ、そうなんだ。

アンリはわたしと同じ歳だけど、身長は実はわたしと同じくらいなのだ。

わたしが女性にしては長身なだけなのだけれど、エディタ様はそのわたしよりも更に僅かだけど背が高い。

線が細くて可愛らしい顔立ちのアンリと女性にしては背が高くてキリリとした顔立ちのエディタ様。

ある意味では釣り合いが取れている。

立場としては逆転しているが。

エディタ様の人気に相手がちょっと引いてる。

……うん、あれだけ黄色い声援が凄いとね。

それでも剣を構え合えば声援はやんだ。

試合開始の笛が鳴り響く。

エディタ様は片手を拳にして腰の後ろへ当て、もう片手で剣を真っ直ぐに構えている。

相手が打ち込んできた。

ガツンと強くぶつかる音がする。

ギリギリと鍔迫り合いをしているが、エディタ様はそれでももう片手を使おうとはしない。

それどころかカンッと相手の剣を軽く弾いた。

相手はエディタ様とそう変わらない身長だ。

木剣のぶつかり合う音が響く。

相手はどうやらムキになっているようだ。

とにかく打ち込むのだけれど、エディタ様は全て受け止めている。

あの細身のどこにそれだけの力があるのか。

思わずルルを見れば「ん?」と小首を傾げられた。

それに何でもないと首を振って視線を戻す。

エディタ様は一歩もその場を動いていない。

「……ふむ」

それまで剣を受け続けたエディタ様が首を僅かに傾けた。

そして半歩前へ出る。

「貴殿はまず、構えが甘い」

カァンッと剣を弾き、エディタ様が己の木剣で相手の肘を軽く叩いて脇を締めさせる。

相手が驚いた顔をする。

「それに相手の動きを見ていない」

エディタ様が初めて打ち込んだ。

相手は慌ててそれを受け止める。

「そして握りも弱い」

鍔迫り合っていた剣をエディタ様が絡めるようにぐるりと手元で回すと、軽い動作で上へ振り上げた。

すると相手の手からするりと剣が抜ける。

からん、とそれが地面へ落ちた。

相手は自分の手と剣を交互に、ありえないものでも見るかの如く呆然と眺めている。

「腕力だけでは剣は振れないぞ」

エディタ様が剣を下ろす。

試合終了の笛が鳴った。

……これは。

「対戦相手は精神的にやられましたね」

エディタ様は始終淡々としていた。

非常に冷静だった。

冷静に相手の欠点を指摘し、そこを攻めた。

やられた方はきっと精神的ダメージ大だろう。

ロイド様が微妙に引きつった笑みで頷いた。

「あれはちょっと、ね」

「まるで教育でしたね」

「まるでというか、多分、アルヴァーラ侯爵令嬢はそのつもりだったと思うよ」

……ですよね。

試合を終えて、対戦相手の生徒ががっくりと肩を落とした。

エディタ様が「欠点を直せば強くなる」と追い討ちをかけている。

淡々と指摘された挙句に負けた相手にそう言われても、すぐには消化出来ないだろう。

相手は肩を落としたまま、去っていった。

その背をエディタ様が若干不思議そうに見送った。

「あれ、わざとではないですよね?」

「ないと思うよ」

エディタ様、格好良くて強いけれど、ちょっと天然なところがあるのかもしれない。

そして黄色い歓声に騎士の礼を執り、エディタ様も下がっていった。

先ほどの試合は相手の生徒が少し可哀想だった。

でも選出されるくらいの腕はあるのだから、エディタ様が言うように、めげずに頑張ってもらいたいものだ。

「あ、次はミランダの番だね」

闘技場にミランダ様が現れる。

相手の生徒はまた随分と体格が良い。

同じ太さの木剣のはずなのに、相手が持つと何だか細く頼りなく見える。

相手が両手で剣を構える。

ミランダ様は変わらず片手で構えている。

「あんなに体格差があるなんて……」

わたしの「大丈夫でしょうか?」という声は試合開始の笛にかき消されてしまった。

相手が動く。

「おらぁああっ!」

何の技術もない動きだ。

ミランダ様がバックステップで避ける。

避けた途端に相手の木剣が地面へめり込んだ。

……力技すぎる。

あれではミランダ様が剣を受け止めるどころか、受け流すことさえ難しいのではないだろうか。

いくら身体強化が許されているとしても、差は埋まらない。

ブン、ブォン、と木剣が空を切る音がする。

ミランダ様は相手の剣を避け続けていた。

「どうした、避けるだけか?!」

相手がまた地面へ木剣を叩きつけた。

あまりに強過ぎて剣先が折れた。

「チッ、これだから木剣は嫌なんだ」

そうぼやきながらも折れた木剣を地面から引き抜く。

こんな相手にミランダ様は勝てるのだろうか。

気付けば、観客席はシンと静まり返っていた。

顔を上げたミランダ様がにっこりと微笑んだ。

「では、参ります」

ミランダ様が駆け出した。

相手が剣を横薙ぎに振るも、ミランダ様はグッと身を低くして躱し、その勢いのまま飛び上がった。

相手がそれを追って顔を上げる。

一瞬、相手の動きが止まった。

ミランダ様の木剣が相手の肩に振り下ろされる。

そしてパリィインッとガラスの割れるような音が闘技場内に響き渡った。

そしてミランダ様が宙で一回転して相手の背後へ着地する。

身体能力を使っているからだろうが、見事な一回転だった。

試合終了の笛が鳴る。

「今の音は?」

「あれは魔道具の音だよ。一定以上の衝撃を代わりに受け止めてくれるんだ。あの音がしたということは、ミランダの勝ちだ」

つまり、ミランダ様のあの攻撃は実戦だったら致命傷を負わせるものだったということだ。

肩を打たれた相手はそこを手で押さえながら、振り向いた。

「あんた凄いな!」

負けた相手は何だか嬉しそうだ。

「あなたは力に頼り過ぎですわ。戦う時には、その場所、その時、周囲のものを利用することも大事ですのよ」

「ああ、勉強になったよ!」

相手の生徒がわはは、と笑っている。

そっと横のルルに問う。

「ミランダ様は何をしたの? 一瞬、相手の動きが鈍くなったよね?」

「太陽を背にして目眩しに使ったんですよ」

「太陽を?」

見上げた空は快晴で雲一つない。

太陽は丁度、天上から少し傾いた辺りにいる。

高く飛び上がって太陽を背にすることで、ミランダ様を追って見上げた時に、太陽を直に見ることになったのだろう。

今日は日差しが強いので、あれを直に見たら目が眩んでしまう。

見下ろせば、闘技場でミランダ様と対戦相手が握手を交わしている。

「……少し近いな」

ぼそっとロイド様が呟いたのは聞かなかったことにしよう。

横から微妙に圧を感じるけれど、気のせいだろう。

何はともあれ、ミランダ様の勝利である。

そして最後の試合はお兄様だ。

ミランダ様達が下がると今度はお兄様が現れる。

対戦相手はお兄様より僅かに体格が小さい。

どうやら一年生らしい。

王太子と当たってしまって、落ち着かない様子の対戦相手にお兄様が声をかけた。

「大丈夫だ、全力で来い」

お兄様が片手で真っ直ぐに剣を構える。

…………あれ?

「下手に手を抜いたら不敬罪だぞ?」

お兄様のからかうような言葉に相手はハッとすると、慌てて両手で剣を構えた。

試合開始の笛が鳴る。

お兄様は構えたまま動かない。

相手はじりじりと正面から左側へ移動し、そして踏み込んだ。

「はぁああっ!」

気合いと共に打ち込んだ一撃をお兄様が受け流す。

「良い剣筋だ」

続く二撃目、三撃目も受け流していく。

相手の生徒もお兄様も怯まない。

何度も打ち込まれる剣をお兄様は全て、片手で受け流し、その場から一歩も動いていない。

それでも相手の一年生も諦めない。

上や横がダメなら下から、下がダメなら突きでと様々な方向から剣を向ける。

……体力あるなあ。

闘技場内に木剣同士のぶつかる音が響く。

唐突にお兄様が半歩下がった。

「戦い方が単調すぎる」

今度は横へ半歩ズレる。

また剣を避けた。

そして横薙ぎに振られた剣をお兄様が受け止める。

ガキィインッと鈍い音が響く。

相手が弾かれた状態から体勢を立て直す。

そうしてお兄様へ鋭い突きを繰り出した。

お兄様も突きを出す。

木剣同士が擦れる音がし、続いてすぐにガラスの割れるような音がして、両者の剣がピタリと止まる。

お兄様の頬が僅かに切れ、血が滲む。

だが、お兄様の剣は相手の胸に当たっていた。

相手の生徒が軽く咳き込んで半歩下がった。

……お兄様の勝ち?

試合終了の笛が鳴り、教師達が治癒魔法を施しているのが見えた。

「アリスティードの勝ちだね」

ロイド様が嬉しそうに言う。

対戦相手とお兄様がそれぞれ騎士の礼を執り、下がっていく。

それを見ながら、わたしは考えていた。

……お兄様、利き手を使ってなかった。

そう、試合の最初から、お兄様はずっと左手に剣を持って試合を行なっていたのである。

「何でお兄様は利き手を使わないのかな?」

ルルに問うと、こう返された。

「恐らく利き手を使うまでもなかったのでしょう」

そうだとしたら、いつ利き手を使うのだろうか。

……女神様の祝福で身体能力上がってるんだっけ。

今年の優勝もお兄様な気がしてきた。

「今年のアリスティードは調子が良さそうだね」

ロイド様の言葉に乾いた笑いが漏れたのは仕方ないと思う。