軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帰還(2)

クリューガー公爵領を出て一日半。

王都に到着したのは予定通り夕方頃だった。

それでも大通りには人々がおり、視察から戻った王太子を迎え入れるために手を振っていた。

行きでわたしの存在を知ったのか、帰ってくるとお兄様の帰りを喜ぶ声に混じってわたしにも「おかえりなさい」とかけられる声があった。

わたしとお兄様は王城までの道のりをゆっくり進む馬車に乗り、人々へ手を振って応えたのだった。

王城に到着した時にはもう日が落ちていた。

だけど王城に到着すると、そこにはお父様がいて、わたし達の帰りを出迎えてくれた。

「アリスティード、リュシエンヌ、よく戻った。道中何事もなかったようで何よりだ」

そう言って、お兄様とわたしをそれぞれ抱擁する。

お兄様もわたしもそれを受け入れた。

「皆もよく王太子と王女を守り抜いてくれた。国王として、父として、礼を言う」

その言葉に騎士達が礼を執る。

一糸乱れぬ動きからは疲れなど微塵も感じられず、凄いなと内心で感心していると、お父様が振り向く。

「さあ、一度宮に戻って皆にも顔を見せて来なさい。夕食は三人で摂ろう。アリスティードの話も、リュシエンヌの話も聞きたいからな」

よしよしとお父様に頭を撫でられる。

それに頷き返し、わたしとお兄様は馬車に乗り込んだ。

お兄様は先にわたしを宮まで送ってくれて、宮の前では使用人達が並んで出迎えてくれた。

「おかえりなさいませ、リュシエンヌ様」

わたしの宮の執事が礼を執る。

それに合わせて全員が同じく礼を執った。

みんなの姿を見て、本当に帰ってきたのだと実感する。

「ただいま戻りました。わたしがいない間、宮はどうでしたか?」

「はい、恙無く」

「それは良かったです」

何事もないのが一番だ。

「湯の準備をしておりますので、まずは旅の汚れを落とされるのはいかがでしょう?」

リニアさんの代わりに侍女筆頭を務めていたメルティさんの言葉に頷き返す。

ほぼ馬車の中と言っても、やはり少し砂埃がついてしまっている。

ルルにエスコートしてもらいながら宮へ入る。

もう三年も暮らしている場所なのに、たった七、八日離れただけで懐かしい気持ちになった。

一度自室に戻り、装飾品の類を外してもらう。

それから浴場へ行けば、専属のメイド達に笑顔で「おかえりなさいませ」「お疲れ様でございます」と労われた。

ドレスを脱ぎ、髪を一度丁寧に梳られる。

それから浴場で全身ピカピカに磨きあげられる。

クリューガー公爵領でも浴場には専属のメイドがいたため、毎日綺麗に磨かれていたけれど、今日はいつも以上に磨かれるだろう。

隅々まで全身を磨かれ、湯船に浸かる。

その間にメイド達が髪を洗ってくれる。

丁寧に泡で洗い、絡んだ部分を解し、また洗ってを繰り返して洗い流す。

水分をタオルで拭い取ったら香油をしっかりと馴染ませ、艶が出るまで梳られる。

その後は湯船から上がり、木製の簡易の寝台に寝転がる。

メイド達が数名がかりで香油をわたしの体に塗り、マッサージをしていく。

久しぶりにかなり痛い。

でもそれだけこの数日間で体を動かして、浮腫んでいる証拠でもあった。

これでもかというくらいにマッサージを受けた後は隣室に戻って椅子に座る。

飲み物を飲んでいる間に爪を整えてもらう。

更に髪が丁寧に梳かれて、サラサラ艶々になる。

一息吐いたところでドレスに着替えて部屋へ戻る。

部屋には既にルルが来ていて、着替えてさっぱりしているところを見るに、ルルも汚れを落としてきたようだ。

「お疲れ様ぁ」

ソファーに座るとルルに飲み物を渡される。

一口飲めば、普段から愛飲している果実水だった。

これを飲むのも数日ぶりである。

見慣れた部屋に、飲み慣れたもの、座り慣れたソファー、侍女達の顔。

一気に体から力が抜けた。

「はあ……」

横に座ったルルの肩に寄りかかる。

この自分の場所に帰ってきた感じは上手く表現出来ないが、安心感というか安堵感というか、緊張が解ける。

「帰るのが残念に思っていたけど、帰ってくると、やっぱりここがいいなあってなるね」

「そうかもねぇ」

リニアさん達、今回旅に同行してくれていた侍女達にお土産を持ってきてもらう。

実は布の他にも髪飾りやブローチなどの小さなお土産も結構購入しており、それらは侍女達へのお土産だった。

「これはみんなへのお土産だから、好きなものを選んでね」

そう言えば、侍女達の表情が明るくなった。

「ありがとうございます」

「まさかお土産をいただけるなんて」

主人がいない数日間のお留守番をしてくれていたご褒美というわけだ。

侍女達がお土産に近付いていく。

みんなであれが良いこれが良いときゃあきゃあ話し合っていて、それを見ながらのんびり果実水を飲む。

……少し眠い……。

うとうととしていれば、ルルに頭を撫でられる。

夕食まで時間はある。

ルルの手に導かれてソファーの上で横になる。

そのままわたしはことりと眠りに落ちた。

* * * * *

ルフェーヴルの膝の上でリュシエンヌが眠っている。

そのダークブラウンの頭をそっと撫でながら、ルフェーヴルは思わず笑みこぼれていた。

リュシエンヌがルフェーヴルに膝枕をよくしてくれるようになった理由が分かった。

好きな人が自分の足の上で無防備に眠っている。

その頭の重みすら愛おしい。

リュシエンヌがしてくれるように、ルフェーヴルは優しい手つきで何度もダークブラウンの頭を撫で、髪を梳いてやる。

丁寧に整えられた髪はサラサラで艶があり、とても良い指通りである。

主人が眠ったことに気付いた侍女達の声量が小さくなり、土産を持って、控えの間へ下がっていく。

それでもファイエット邸からずっと仕えている二人だけは残っていた。

よほど疲れたのか、宮に戻ってきて安心したのか、リュシエンヌはぐっすりと眠っている。

夕食まで少し時間がある。

ルフェーヴルはふとリュシエンヌが膝枕をしてくれている時のことを思い出した。

……リュシーはよく歌ってくれたよねぇ。

子守唄というものをルフェーヴルは知らない。

だからリュシエンヌが歌ったように、ルフェーヴルも抑えた声で静かに賛美歌を歌う。

リュシエンヌが少しでも休めるように。

ルフェーヴルの低い歌声はしばらく続く。

それはリュシエンヌを起こすまで静かに響いたのだった。

* * * * *

夕食の前にルルに起こされて目を覚ます。

メルティさん達侍女が髪を梳き、整え、メイクを薄く施してくれる。装飾品も身につけた。

そしてリニアさん達がお父様とお兄様に贈るお土産を用意した。

そうしていると、お兄様が迎えに来た。

ルルがお土産を持ち、その馬車へ乗り込む。

「少しは休めたか?」

お兄様の言葉に頷いた。

「はい、大丈夫です」

軽く寝るつもりがうっかり熟睡してしまった。

でも多分、夜もしっかり眠れるだろう。

お兄様がルルの運び入れた箱をチラと見る。

「お父様とお兄様へのお土産です」と言えば「私も父上とリュシエンヌに土産を買ってある」と返ってきた。

思わず互いに笑ってしまった。

少し談笑している間に馬車は王城に到着し、ルルのエスコートで降りる。

荷物は王城の使用人が運んでくれるそうだ。

一度中身を確認してもらう必要があるので丁度良い。

いくらわたしが買ったと言っても、国王と王太子に贈る物なので、きちんと危険性がないか検められる。

王城に入り、国王の居住区へ向かう。

そして食堂へ辿り着いた。

使用人が扉を開ければ、お父様が先に来て、ゆっくりと食前酒を嗜んでいるところであった。

「遅くなりました」

「いや、私が早く来ただけだ。何せ数日ぶりだからな。とにかくまずは二人とも座ると良い」

「失礼いたします」

お兄様の言葉にお父様が苦笑し、椅子を示す。

わたしとお兄様がいつものように席につくと、飲み物が運ばれてくる。

……これ、もしかして。

グラスに注がれた赤い液体を見て、お兄様へ目を向けると、一つ頷き返された。

恐らくバウムンド伯爵領のブドウジュースだ。

一口飲めば、果物特有の甘みとほどよい酸味、ブドウの良い香りが口いっぱいに広がった。

「美味しい……」

「そうか、リュシエンヌへの土産としていくらか買って来たからな。後で宮の方に届けさせよう」

「ありがとうございます」

沢山飲むわけではないけれど嬉しい。

「父上にもバウムンド伯爵領の上質なワインを購入してきましたので、ごゆっくりお楽しみください」

「ああ、ありがとう」

お兄様が連れてきた従者がお父様の側近に目録を渡した。

あれに購入したワインが書かれているのだと思う。

こうして三人で顔を合わせるのも数日ぶりだ。

前回からそこまで時間は経っていないはずなのに、何だか随分と久しぶりのような気さえする。

「さあ、では食事をしながら話を聞かせてもらおうか。まずはリュシエンヌからだな」

お父様の言葉に給仕達が静かに動き出す。

「ああ、私もリュシエンヌの話を聞きたいな」

二人に言われてわたしは頷いた。

「クリューガー公爵領はとても素晴らしいところでした。街も可愛らしくて、街の人達も気の好い方が多かったです。それにウィルビレン湖もとても大きくて綺麗でした」

前菜が運ばれてくる。

「ウィリビリアに行ったなら、あの湖を見なければ行った意味がないと言うくらいだからな」

「やはりそうなのですね」

「あれだけ大きくて広い湖は我が国でも珍しい。しかも湧き水というのだから驚きだ」

うんうん、とわたしとお兄様も頷く。

あの大きな湖が全て湧き水というのは凄い。

「エカチェリーナ様のご案内で一日目にウィルビレン湖へ行きました。本当に宝石のように綺麗なサファイアブルーで、ルルと船遊びもしました」

「船遊びか。あれだけ広いと小船で景色を眺めるのもなかなかに良かっただろう」

「はい、船に乗っていたら遠くにいた観光客が手を振ってくれて、わたしも手を振り返したりして面白かったです。水も透き通っていて魚も沢山泳いでいたんです」

「あ」と思い出す。

「魚と言えば、今回の旅で初めて生きている魚を見ました。いつもお料理でしか見たことがなかったのですが、魚って鱗がとても綺麗なんですね」

お父様が目を丸くした。

「そうなのか? ……いや、そうだな、リュシエンヌの宮やその周辺には池を作らないようにしていたんだった」

「ええ、リュシエンヌが落ちたら大変ですから」

お兄様が頷き、お父様が「ああ」と同意する。

わたしはそれに苦笑してしまった。

池がないことに特に疑問は感じなかったけれど、後になって理由を教えてもらった時に、そうなのかと思ったものだ。

「公爵領に行く途中の小川でも見ましたが、ウィルビレン湖の魚の方が大きかったです。翌日には湖で獲れた魚もいただきました。とても美味しかったです」

「そうか」

何か想像したのかお父様がふっと笑った。

でも馬鹿にした感じではなく、優しいものだったので、わたしも微笑み返す。

「一日目はウィルビレン湖に、二日目は織物市に、三日目は武器や宝飾の工房に、四日目は旅芸人の道に、そして最終日はルルとウィルビリアの街をデートしました」

お兄様が小首を傾げた。

「旅先でもデートか?」

「はい、王都では身分を隠してもバレてしまいますが、ウィルビリアでは気兼ねなく出歩けましたので」

「なるほど、あちらの街ならば王族の顔を知る者もほとんどいないだろう」

「はい、デートもとっても楽しかったです」

食事をしながらお喋りをする。

「それで、二日目と三日目にお父様とお兄様へのお土産を買ってきました」

使用人達がお土産を持ってくる。

そしてそれぞれに差し出して見せる。

「お父様には鷲の刺繍がされた布とマントの留め具を、お兄様には若獅子の刺繍がされた布とマントの留め具です」

使用人達が布を広げてくれた。

お父様とお兄様が小さく感嘆の声を上げた。

「ほう」「へえ」と二人はまじまじと布を眺める。

そしてすぐにわたしの意図に気付いてくれた。

「この布でマントを作ったら美しいだろうな」

「留め具と色も合わせてあって丁度良さそうですね」

「ああ。だがリュシエンヌの誕生パーティーには少々間に合わないか」

二人の話にわたしは言う。

「出来れば卒業後、わたしの結婚式に着て欲しいんです。特別な日に使っていただけたら嬉しいです」

お父様とお兄様が顔を見合わせた。

そして面映そうな顔をする。

「もう残り半年か。早いものだな……」

「結婚自体もあと一月ほどですし、あっという間に十年が過ぎてしまいましたね」

「まだまだ子供だと思っていたんだがな」

「全くです」

二人だけではなく、使用人達も感慨深そうにしていて、わたしはちょっと落ち着かない気持ちになった。

……あと一ヶ月でルルの奥さんになるんだよね。

それですぐに関係性が変わるわけではないだろうけれど、夫婦という事実は大きい。

近年では珍しい学院在学中の結婚である。

「しかしリュシエンヌを任せられるのは確かにルフェーヴルしかいないのも事実だ」

王女という立場や旧王家の血筋を利用せず、わたしを幸せにしてくれる人物。

それは結局のところはルルだけだ。

どのような貴族もどうしたって立場や血筋に影響されてしまうし、その恩恵を授かりたいと思ってしまう。

かと言って政略結婚で他国に出すことなど出来ない。

それこそ旧王家の血筋を盾に、本来の王族が王となるべきだと、わたしとの間に出来た子供を使って戦争を仕掛けられる可能性もある。

だからわたしにとっても国にとっても、ルルのところに嫁ぐのが一番無難なのだ。

「……半年もあればマントも出来るだろう。結婚式にはこのマントと留め具を必ず着けて出席しよう」

「本当ですか?」

「ああ」

お父様が頷いた。

「私もそうしよう」

お兄様もそう言ってくれた。

……良かった、二人に残せるものがある。

「それと、お部屋にこれを飾って欲しいんです。三人お揃いのお土産なんです」

ウィルビレン湖の小さな模型のような小瓶も、二人はしっかりと受け取ってくれた。

物としては小さいけれども、お揃いの物を持っていれば、きっと離れていても大事に思う気持ちは消えないだろう。

わたしにとってはルルが一番で、愛していて。

でも、家族の絆も大事なものだから。