軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ウィルビレン湖(1)

翌日、朝食後にわたしは外出用のあまり華美でないドレスに着替えていた。

今日はウィルビレン湖に行く予定である。

昨日の夕食の後にエカチェリーナ様とお話しして、この五日間の予定を大まかにだが決めたのだ。

一日目はウィルビレン湖。

二日目は織物市。

三日目は宝飾市場。

四日目は旅芸人の道。

五日目はエカチェリーナ様お勧めの場所で、まだ秘密である。

どこも楽しみで、この五日間はあっという間に過ぎてしまいそうだ。

……お父様やお兄様に話せることも沢山ありそう。

歩きやすい踵のない靴を履いて、薄く化粧をして、髪を整え、装飾品のリボンをつける。

最後に日傘を持ったら完成だ。

今日はルルは従者ではなく、貴族の服装だ。

「リュシー、今日も綺麗だよぉ」

差し出された腕に手を添える。

「ありがとう、ルルも凄く格好良いよ。髪も編み込んであって、その髪型も好き」

いつもは後ろで纏めているだけの髪型のルルだが、今日は編み込んで高い位置で一つに纏め、普段より少し気合が入っていた。

こう言ってはあれだがルルの整った顔もあり、華やかさが増す。

「今日はリュシーと王都の外でのお出掛けだからねぇ。いつもよりは身綺麗にしないとって思ってぇ」

「嬉しい。編み込みでお揃いだね」

「そうだねぇ」

わたしも今日は髪を編み込んで上げてある。

外で動くので、髪を下ろしていたら邪魔になってしまうということで、編み込んで纏めたのだ。

そうすると普段よりもちょっとだけ大人っぽく見える。

……少しはルルと釣り合って見えるかな。

「それじゃあ行こうかぁ」

「うん」

ルルにエスコートされて部屋を出る。

案内役のメイドに導かれてお城の正面入り口へ向かえば、先に来ていたエカチェリーナ様が微笑んだ。

「リュシエンヌ様」

エカチェリーナ様も昼用の露出の少ないドレスを身に纏い、手に日傘を持っている。

「お待たせしました」

「いいえ、わたくしも今来たところですわ。さあ、馬車の用意も出来ております。今日はウィルビレン湖の視察に参りましょう」

エカチェリーナ様の侍女らしき女性が大きなバスケットを持っている。

それが何か訊くと「昼食ですわ」とエカチェリーナ様がいう。向こうでピクニックをするつもりらしい。

わたし、エカチェリーナ様、ルルが馬車に乗る。

もう一つの馬車にエカチェリーナ様の侍女とリニアさんとが乗っており、護衛の騎士達は馬に跨って馬車を囲んでいる。

少々目立つが警備上は仕方がない。

「ウィルビレン湖はとても大きいと聞きましたが、湧き水というのは本当ですか?」

エカチェリーナ様へ問うと頷き返された。

「ええ、ウィルビレン湖は周辺の山から流れ出る湧き水で出来上がっておりますの。それがいくつかの川となってウィルビリアの中を通っているのですわ」

「どれぐらいの大きさですか?」

「そうですわね、リュシエンヌ様がお泊りになられたわたくし達の城が三つ入ってもまだ余るくらいでしたかしら?」

「それはかなり大きいですね」

王城よりは小さいと言ってもお城である。

それが三つも入ってもまだ余るということは、相当な大きさの湖だ。

そこから川がいくつかあるならば、日々に流れる水の量がどれほどになるか。

こんこんと湧き出る水を想像して、それだけでも十分凄いなと感心した。

どこの領地でも水問題というのがあるけれど、クリューガー公爵領はそういった問題は少ないかもしれない。

どこでも井戸を掘れば大量の水が出るわけではないし、魔法で出る水も一応飲めるが美味しくない。

そのため、水の少ない領地と水の多い領地で戦争が起こったことも昔はあったそうだ。

今では色々と調べられて、魔法で生み出した水は飲料水としては美味しくないけれど、植物を育てることには問題なく使えると分かっている。

そのおかげで水の少ない領地では作物は魔法で生み出した水を使用し、飲み水だけに水を使用するようになって、多少は水問題が解消されているようだ。

「ウィルビレン湖は別名『ブルーサファイア』と呼ばれているほど美しいのですわ。水が本当に美しくて、浅い部分では淡く、濃い部分では宝石のブルーサファイアのような美しい青に見えるのです」

「そんなにハッキリと色が分かるんですね」

「ええ、話を聞いた画家達がよく訪れて、ウィルビレン湖の絵を描いて帰って行きますの。貴族の間では人気だそうですわ」

わたしの案内されたお城の部屋からも湖は見えるけれど、夜だったので、湖は見られなかった。

朝は朝で、公爵家の朝食に招かれていたので準備で忙しなく、見ている暇がなかったのだ。

それに遠目に見てしまったら楽しみが半減すると思って我慢していた。

だから余計に楽しみである。

湖について聞いているうちに時間は過ぎて、いつの間にか馬車はウィルビリアの外へ出ていた。

そして夏休み初日はどうだったかという話をエカチェリーナ様とお喋りしているうちに湖に到着した。

馬車が止まり、扉が開けられる。

ルル、エカチェリーナ様、わたしの順に降りる。

「……綺麗……」

ぶわっと風が吹き抜ける。

目の前にウィルビレン湖が広がった。

視界に収まりきらないほどに大きな湖には小さな小島が点在しており、澄んだ青い水がまるで空の青さを切り取ったように揺れている。

湖の周囲には転落防止の木製の柵が設置されており、そこには遊歩道のように道が続いていた。

新緑の緑が映える山に、快晴の空、本当に宝石のように青々とした湖には他の観光客だろう人が小船を浮かべて遊んでいる。

「本当に、絵画のようですね……」

反対側のずっと遠くの湖辺には建物が密集していた。

「あそこは何ですか?」

「あちらは一般の観光客向けの場所ですわ。こちら側は貴族などの富裕層が泊まる別荘などがあるので、警備の関係も兼ねて区分けしておりますの」

そういえば、そのようなことを聞いた気がする。

人気の観光地なのに人気がないなと思っていたが、わたし達は貴族向けの区域にいるから人がいないのだ。

警備上もこちらの方がいいのだろう。

「湖を初めて見ました。……大きくて、綺麗で、青くて、本で読んだ海みたいだね」

後半をルルに言えば、ルルが小首を傾げた。

「海はもっと大きいよぉ?」

「そうなんだ」

前世のわたしの住んでいた場所の海はあんまり綺麗じゃなかった気がする。

この世界の海はきっと綺麗なのだろう。

「わたくしも海は見たことがありませんわ」

「エカチェリーナ様も?」

「ええ、この国は内陸部にありますもの。海を見るには他国に出る必要がございますわ」

そうなると、わざわざ海を見るためだけに他国に行くというのも何だか面倒な話である。

……まあ、海の話はともかくとして。

この美しい青い湖は確かに一見の価値ありだ。

日傘を差して、しばらくの間そこで湖を眺めた。

貴族達が絵画を買い求める理由が分かる。

この景色を切り取って残しておきたい。

そう思わせるほど美しい。

「そうですわ、リュシエンヌ様も船遊びをされませんか? ニコルソン男爵が一緒ならば大丈夫でしょう」

湖に船を浮かべている人々をエカチェリーナ様が手で示す。

……船遊びかあ。わたし、泳げるかな?

前世では確か泳げたと思ったけれど、今生では泳いだことが一度もないため、泳げるとは断定出来ない。

……でも船には乗ってみたい。

「ルル、いい?」

ルルが頷いた。

「いいよぉ」

このクリューガー公爵領に滞在中はルルは普段通りに過ごすことに決めたらしく、言葉遣いも聞き慣れたものだ。

外面ルルはいつもと違ってそれはそれでドキッとするが、やはり、普段のルルの方が好きだ。

こうして緩い口調を聞いているとルルと旅行に来たという実感が湧いてくる。

「ではこちらへ。船遊びが出来るように準備をしてあります。船は二人乗りなのでリュシエンヌ様とニコルソン男爵とでお乗りください」

「エカチェリーナ様はどうされるのですか?」

「わたくしは一人で船を漕げますので」

エカチェリーナ様は得意げに微笑んだ。

……さすがエカチェリーナ様。

船着場に移動して、そこにいた管理人らしき人に船を出してもらう。

先にルルがひょいと船に乗ると手を差し出される。

ゆらゆら揺れる船とルルとを交互に見てしまう。

「ゆっくり乗ればひっくり返らないからぁ」

「うん……」

ルルの手を借りてゆっくり乗り移る。

ゆら、と船が揺れて体勢を崩しそうになった。

「おっと」

がしりと腰を抱き寄せられる。

船はすぐに揺れるのをやめた。

「リュシー、大丈夫だよぉ。顔を上げて〜」

促されて顔を上げれば、片手でわたしを抱き寄せ、ルルはもう片手を船着場の棒を掴んで船の揺れを抑えていた。

「そこのところに座れる〜?」

「う、うん」

「腰を低くしてぇ、そうそう〜、船の真ん中辺りを意識して座ってぇ」

言われた通り、船の座れそうな場所に腰を下ろす。

小さな船で、確かに三人乗るのは難しそうだ。

ルルがわたしと向かい合うように反対側に腰掛けると、小船の左右についていた棒を掴んだ。パドルだ。それをゆっくりと動かした。

スーッと流れるように船が動き出す。

「わ、動いた!」

思わずはしゃぐわたしにルルが「あんまり身を乗り出さないようにね」と目を細める。

船はゆっくりと岸を離れて湖の中を進んでいく。

湖を外から見るのと中から見るのとでは景色が違い、中からみると、山が一際大きく見える。

そして逆に湖が小さく感じた。

湖辺までが近いような気さえする。

周りのものが外で見ている時よりも、どことなく大きく見えるのだ。

これは面白い発見である。

「ルル、船を漕ぐのが上手だね」

船がスイーッと水面を滑るように進む。

「そ〜ぉ? まあ、船も何度か乗ったことがあるからねぇ。漕ぐのも沈めるのも出来るよぉ」

「ここで沈んだら泳げないよ」

「その時は風魔法で岸まで飛ばすからぁ、待機してる護衛騎士達に受け止めてもらうことになるけどねぇ」

そこでわたしを抱えて泳ぐと言わないところにルルの経験が感じられた。

……そうだよね、このドレスが水を吸ったらとんでもなく重くなるから、抱えていくのは難しい。

だから落ちそうになる、もしくは落ちたら、ルルが魔法で岸まで飛ばして、それを護衛騎士達にキャッチしてもらうのは一番早くて良い方法なのだろう。

「でも出来ればやりたくないなあ」

「あはは、そうだねぇ」

わたしの言葉にルルも同意する。

それに湖に落ちました、なんてなったら残りの四日間は安静にしていてくださいとか、予定はなしでとかなったら嫌だ。

「湖の真ん中近くまで来たよぉ」

いつの間にか大分岸が離れていた。

湖を見れば、魚が泳いでいる。

「……綺麗だね」

キラキラと光を反射させる水面はどこまでも青い。

新緑は鮮やかで、時折吹く風が心地好い。

離れた場所に見える観光客向けの区画が賑わっているのが見えた。

そこにいる、誰かも知らない人がこちらへ手を振った。

顔すら判別出来ないけれど、わたしも手を上へ伸ばしてゆっくりと大きく振り返す。

向こうにいた知らない誰かももう一度手を振った。

「うん、綺麗だねぇ」

そう言ったルルの目は私を見ていた。

その言葉の意味を瞬時に頭が理解して、頬が赤くなる。

「ルル、わたしが言ってるのは湖のことだよ?」

「オレは湖よりもリュシーの方が綺麗に見えるよぉ。綺麗な景色の中にいるリュシーも凄くいいねぇ」

伸ばされた手が頬に触れる。

わたしの頬を包み、親指が目元を優しく撫でる。

「うーん、キスしたいけどぉ、ここで立ったらちょ〜っと危ないから我慢かなぁ」

残念そうにそう言ったルルが頬から手を離し、わたしの手を握る。

それにわたしも握り返した。

「いいよ、しても。落ちたら魔法で飛ばしてくれるんでしょ?」

ルルの目が丸くなり、あはは、と笑う。

そして体勢を低くしたままわたしに近付くと、顔を寄せて囁いた。

「転覆なんてさせないよぉ」

ふわっと優しく、触れるだけのキスが唇にあった。

船は微かに揺れたけれど、それだけだ。

顔を離したルルがニコッと微笑む。

「ありがとぉ」

手の甲にも軽く唇を押し当てて、ルルが元の位置に戻る。

わたしの顔はきっと赤くなっているだろう。

……ただのキスなのに。

ルルとすると気恥ずかしくて、でもそれ以上に嬉しくて、舞い上がってしまいそうになる。

それでいて、終わると少し残念で。

……ずっと触れ合っていたいなんて、はしたない、かなあ?

手を伸ばせばルルが握ってくれる。

「もっとルルに触れていたい」

ルルが嬉しそうに笑った。

「オレもそうだよぉ。でも今はまだ、結婚するまでは、ね」

慰めるように手を握られる。

わたしはそれに頷き返した。

エカチェリーナ様の乗った船が近くに来た。

「ニコルソン男爵、漕ぐのが早過ぎですわ!」

遅れてやってきたエカチェリーナ様がルルに文句を言ったが、ルルは「そ〜ぉ?」とどこ吹く風である。

それがおかしくて、わたしは笑ってしまった。

「ウィルビレン湖はいかがですか?」

エカチェリーナ様の問いへの答えは決まっている。

「とても素敵な場所ですね」

ルルとの思い出がまた一つ増えた。

そっと唇に触れる。

まだそこに感触が残っているような気がして、わたしはまた顔をあかくしてしまい、エカチェリーナ様に熱があるのではないかと心配されてしまった。

事情を知るルルは愉快そうに笑っていた。

ルルに船を漕いでもらい、岸へ戻る。

それから昼食を摂ることになった。

エカチェリーナ様の提案で、湖畔に突き出た船着き場の一つに布を敷いて、そこで食べる事とした。

反対側の湖辺からは遠くて見えないし、周りに人気もなく、見晴らしの良い場所なので警備的にも問題なさそうだ。