軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

クリューガー公爵領到着(1)

「王太子殿下、王女殿下、短い時間でしたがとても楽しい時間を過ごさせていただきました! 道中お気を付けて! またいつでもお越しください! 我々はいつでもお待ちしております!!」

そんな、町長の大きな声と共にわたし達は町から出発した。

来た時と同じく、町の人々は朝早くから通りに出て、見送りをしてくれた。

お兄様とわたしはそれに手を振って応えた。

町長の言葉に「帰りも寄るって分かってるだろう」とお兄様が呆れた風に呟いて、吹き出さないようにするのが大変だ。

それくらい町長の見送りは熱烈だった。

お兄様との別れ際の握手では、泣きそうな顔をしていて、お兄様がちょっと困っていた。

あのまま町の外まで見送りについて来るのでは、と一瞬勘繰ってしまうほどで、でもあれだけ名残惜しげにしてくれると何だか嬉しい気持ちになる。

何故、町長があの男性なのか分かった気がした。

きっと町の人達からも慕われているのだろう。

わたし達の馬車はまた森の中の街道を進む。

半日ほど走り、昼過ぎ頃にクリューガー公爵領に到着する予定である。

「リュシエンヌをクリューガー公爵領へ送り届けて、少し休憩したら、私達は出発する」

「お兄様とも数日のお別れですね」

お兄様も公務で視察に出ることが何度かあったが、初めての場所でというのは少し不安もある。

でもルルもいるし、リニアさん達侍女もいて、護衛の騎士達もいて、エカチェリーナ様もいる。

だからきっと寂しくはないだろう。

わたしの言葉にお兄様が少し眉を下げた。

「ああ、そうだな」

多分、一緒にクリューガー公爵領を回れなくて残念だと思っているのだろう。

「お兄様、視察、頑張ってくださいね。美味しいワインやブドウジュースがどんな風に作られて、どんな人達が働いているか、戻ってきたら聞きたいです」

「分かった、リュシエンヌに教えられるようにしっかり視察してくるからな」

座席から少し腰をあげると手を伸ばして、お兄様がわたしの頭に触れる。

それにわたしは笑って頷き返した。

お兄様なら真面目に視察をするだろうから帰ってきた時、恐らく色々と教えてくれるはずだ。

そしてわたしもお兄様とお父様に色々とお話を出来るくらいには見て回りたい。

馬車がガタ、ゴト、と街道を進んでいく。

午前中の旅も、何事もなく過ぎていったのだった。

* * * * *

ガタ、ゴト、と小さく馬車が揺れる。

そろそろ体が固まってきたなと思い始めた頃、馬車の前方から車体を二度叩く音がした。

ミハイル先生が小窓を開ける。

御者と短く言葉を交わすと小窓を閉めた。

「ウィルビリアの外壁が見えてきたそうですよ」

お兄様が「予定より早いな」と懐から時計を取り出して言った。

試しに窓の外を眺めてみたが、わたしからはまだ木々しか見えない。

しかしもうすぐ到着するのだろう。

「エカチェリーナ様は一足先に来ていらっしゃるのですよね?」

「ああ、リュシエンヌが来るからと張り切っているようだ。手紙に書いてあった」

「お兄様にもお手紙が届きましたか」

「リュシエンヌのために領地に戻るから、視察の見送りはそちらでと連絡が来たんだ」

……お兄様はそれでいいの?

疑問が浮かんだが、お兄様は特に怒っている感じも不機嫌な様子もないので、気にしていないのだろう。

見送りをしないというわけではないからか。

「エカチェリーナ様にお会い出来るのが楽しみです」

「そうか、多分エカチェリーナも同じだと思うぞ」

お兄様が笑う。

「そうであったら嬉しいです」

馬車の揺れの間隔がゆっくりと広がっていく。

窓の外を見れば、石造りの堅牢そうな外壁が木々の上から覗いていた。

……もう着いちゃったんだ。

長いようで短い一日半の旅だった。

外壁はあっという間に大きくなり、わたし達を乗せた馬車は外壁の下に入り、一度停まった。

外から微かに話し声がして、また馬車が動き出す。

外壁を潜ると森ばかりだった景色が一転して、家々が建ち並ぶ街へと変わった。

そしてここでも街の住民達が通りに待っていて、わたし達を乗せた馬車に歓声を上げて手を振った。

ウィルビリアの街並みは王都とは違っていた。

無骨な石造りの外壁の内側には、白や柔らかなアイボリー、淡い水色などの寒色系に緑色の屋根が軒を連ねている。窓は茶色や白、濃い緑などだ。

王都は暖色系で纏まっているため、その色の違いが面白い。

建物の造りは変わりがないようだ。

でも寒色系の街中は夏のこの時期はとても涼しげで、頭上から見たら、緑の屋根は周りの森と混じって見えるかもしれない。

家の前や窓には植物が飾ってある。

その窓からも住民達が手を振っていた。

お兄様とわたしも手を振り返す。

街中なので馬車はゆっくりと進んでいった。

目指すは街の中心部にある、やや小高い場所にあるお城なのだろう。

外壁と同じく無骨なお城への道には、また壁があって、その壁は内壁と呼ばれているそうだ。

そしてお城には城壁もあった。

「堅牢な街ですね」

「随分と昔の話だが、ここまで他国に攻め入られたことがある。その時、この街が他国の兵を押し留め、王都を守ったそうだ」

「そんな古くから……」

そう聞くと無骨なお城や何故いくつも壁があるのか分かった。

もしもの時、また王都を守るために、最後の砦となることを考慮して造られているのだ。

「クリューガー公爵家は代々忠誠心の厚い家でな、前王家ですらクリューガー公爵家には平時より武力を持つことを許していたし、何度も王家の血を入れることで、王家は信頼を得ようとしていたようだ」

「まあ、前国王は違ったみたいだが」とお兄様が言う。

改めてエカチェリーナ様は名家のご令嬢なのだと感じていると馬車が停まった。

御者がまた車体を叩き、ミハイル先生が対応する。

「到着したようです」

お兄様が頷き、ミハイル先生が小窓を三度叩いた。

少しして馬車の扉が外側から開かれる。

ミハイル先生、ルル、お兄様、わたしの順に馬車を降りた。

無骨なお城の正面入り口に横付けされた馬車から降りると、お城の使用人達がズラリと並んでいた。

その一番先頭にエカチェリーナ様によく似た女性、エカチェリーナ様と男の子、そして数名の大人達がいる。

「王太子殿下と王女殿下にご挨拶申し上げます」

女性とエカチェリーナ様、男の子が礼を執ると、周りの大人や使用人達も揃って頭を下げた。

大変統率のとれた動きである。

「この度は我がクリューガー公爵領へお越しくださり、恐悦至極に存じます。夫である当主ユースウェルド=クリューガーに代わりまして、妻のエルネティア=クリューガーと娘エカチェリーナ、息子のルイジェルノが歓迎いたします」

「ようこそお越しくださいました、王太子殿下、王女殿下」

「ルイジェルノ=クリューガーと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」

エカチェリーナ様によく似た女性の言葉に続いてエカチェリーナ様と弟のルイジェルノ様が言った。

女性も弟君もエカチェリーナ様と同じ金髪に金眼で、女性の方は四十代くらいでエカチェリーナ様が成長したらこのようになるのではといった見た目だ。

弟は歳は十歳前後だろうか、まだ幼さの残る可愛らしい顔立ちをしている。ハキハキとした話し方は少し緊張しているからか。

それが少し微笑ましい。

「出迎えに感謝する。今回、私は泊まらぬが、妹のリュシエンヌをよろしく頼む」

「はい、かしこまりましてございます」

「王太子殿下、この命に代えましても王女殿下をお守りいたします」

「ああ、だが、婚約者であるそなたも私にとっては大事な人間だ。そこは忘れないでほしい」

エカチェリーナ様の言葉にお兄様が苦笑すれば、エカチェリーナ様が「まあ……」と僅かに頬を染めた。

お兄様とエカチェリーナ様が微笑み合い、それを見た周囲の者達が微笑ましそうな顔をして、空気が和やかなものへと変わる。

エルネティア様がこほんと咳払いをした。

「ここまでの道中でお疲れでしょう。王太子殿下もしばし休んでいかれてはいかがでしょうか?」

「そうだな、お言葉に甘えさせてもらおう」

それにお兄様が頷いた。

「ではエカチェリーナ、お二方の案内を頼みましたよ」

「はい、お母様。さあ、どうぞ中へ」

そしてエカチェリーナ様と目が合った。

数日ぶりですねと意味を込めて微笑むと、ニッコリと大輪のバラのような笑顔で微笑み返された。

……それをお兄様にも向けてあげてください。

でもそんなエカチェリーナ様をお兄様は目を細めて、穏やかな表情で見つめていた。

クリューガー公爵家はお城である。

中は思っていたよりも派手さはなく、置いてある調度品や家具はシンプルだが高価なのが見て取れる。

ただし必要以上の華美さは持たず、その実利を取る感じがファイエット邸を思い起こさせた。

広いホールの階段を上がり、廊下を抜け、右へ左へ曲がっていく。

……一人では迷子になってしまいそう。

初めて王城の中を歩いた時もそうだった。

ルルのおかげで迷子にはならないが、一人だったら確実に迷っていただろう。

ここでも恐らく使用人が案内してくれると思うが、うっかり逸れないように気を付けよう。

そして一つの扉の前に立つとエカチェリーナ様がそれを押し開けた。

「改めて、アリスティード、リュシエンヌ様、ようこそ我が家へお越しくださいました」

そこにはティータイムの準備が出来ていた。

予定より少々早く着いたのに、既に完璧に整えられている。

「軽食を多めにご用意しております」

「それは助かる。あまり食べ過ぎると午後の旅がキツくなるからな」

室内に入り、ルルに椅子を引いてもらって座る。

お兄様はミハイル先生に、エカチェリーナ様は弟のルイジェルノ様が椅子を引いて差し上げていた。

弟に椅子を引いてもらえてエカチェリーナ様は嬉しそうだった。

「数日ぶりですが、アリスティードもリュシエンヌ様もお元気そうで何よりですわ」

メイドが紅茶を淹れると、お兄様とわたしに複数あるティーカップの中から好きなものを選ばせてくれる。

それから残りを他の人間が取っていった。

「エカチェリーナ様もお元気で良かったです。お会いするのがとても楽しみでした」

「わたくしもリュシエンヌ様とお会い出来る日を心待ちにしておりましたの。色んな場所をご案内して差し上げたくて堪りませんわ」

「ふふ、今日からしばらくの間、よろしくお願いしますね」

二人でニコ、と笑い合う。

それからエカチェリーナ様が横に座るルイジェルノ様を手で示す。

「リュシエンヌ様は弟と会うのは初めてですわよね?」

「はい、そうですね」

紅茶に口をつけていたルイジェルノ様がティーカップを戻し、背筋を伸ばす。

「改めまして、クリューガー公爵家の嫡男ルイジェルノ=クリューガーと申します。歳は十歳です。お初にお目にかかります」

ピシッとした様子はどこかエカチェリーナ様と似た雰囲気を感じさせる。

「初めまして、リュシエンヌ=ラ・ファイエットです。エカチェリーナ様とは良き友人としてお付き合いさせていただいております」

「王女殿下は姉上ととても仲が良いとお聞きしました」

「はい、わたしは大切な友人だと思っています」

「そうなんですね。姉上をよろしくお願いします」

ぺこりとルイジェルノ様が頭を下げる。

……なかなか礼儀正しくて良い子だなあ。

エカチェリーナ様が横で嬉しそうにニコニコしてる。

こういう弟がいたら可愛いだろう。

「こちらはわたしの婚約者であり、護衛であり、侍従でもあるルフェーヴル=ニコルソン男爵です」

「ルフェーヴル=ニコルソンです。どうぞお見知り置きください」

ルルが座ったまま一礼する。

「はい、ニコルソン男爵もクリューガー公爵領を楽しんでいかれてくださいね」

ニコッとルイジェルノ様が微笑んだ。

「ルイ、妹は初めての旅で王都の外も初めてなんだ。分からないこともあるだろうから、気にかけてやってくれ」

「はい、アリスティード 義兄上(あにうえ) 」

お兄様に声をかけられるとルイジェルノ様の表情がパッと明るくなる。

……あ、なるほど?

ルイジェルノ様はどうやらお兄様を、もう既に兄として慕っているらしい。

まあ、学院を卒業したらお兄様とエカチェリーナ様はいずれ結婚するのだから、今からそう呼んでも不思議はない。

お兄様も満更でもなさそうだ。

お兄様とエカチェリーナ様が結婚したら、わたしとルイジェルノ様は親戚関係になる。

「では、わたしのことはリュシエンヌとお呼びください。わたしもルイジェルノ様とお呼びしても?」

「はい、もちろんです、リュシエンヌ様」

その後、お兄様とミハイル先生は一時間ほど滞在し、出発することとなった。

お兄様達は今夜はクリューガー公爵領内の別の村に泊まるらしい。

エカチェリーナ様とルイジェルノ様と共に見送りに出る。

エルネティア様や使用人達も出てきて、出迎えの時と同じような光景が広がった。

騎士達も少し休息を取れたようだ。

クリューガー公爵領にはわたしの護衛として二十人ほどが留まり、残りの騎士達はお兄様の護衛に赴くことになっている。

「短い時間だが世話になった。公爵夫人、妹のことをよろしく頼む」

お兄様の言葉にエルネティア様が頷いた。

「はい、心得てございます。王女殿下が穏やかにお過ごしになられるよう、全力を注がせていただきます」

「はは、夫人がそう言ってくれるなら安心だな。エカチェリーナとルイジェルノも、リュシエンヌに色々と教えてやってくれ」

「はい、もちろんですわ」

「はい、頑張りますっ」

お兄様がわたしを見る。

「数日の間だが羽を伸ばしてくると良い」

「お兄様も視察、頑張ってくださいね」

「ああ、リュシエンヌに話すために色々見て回ってくるよ。……それでは、行ってくる」

「はい、行ってらっしゃいませ、お兄様」

少し名残惜しそうにお兄様が馬車に乗る。

そしてミハイル先生も乗り込み、扉が閉められる。

お兄様は何度か視察に出ているし、お兄様と離れることには多少なりとも慣れているはずなのに、何故かいつもより寂しさが募る。

窓からお兄様が顔を覗かせる。

「そんな顔をするな。私が戻ってきた時に、どこを見て回ったか話してくれるんだろう?」

「……はい」

「楽しみにしてるからな」

お兄様が「出してくれ」と言う。

動き出した馬車にわたしは思わず声をかけた。

「お兄様、お気を付けて!」

お兄様は嬉しそうに笑って手を振った。

わたしは馬車が見えなくなるまで手を振り返す。

隣にきたルルがわたしの手をそっと握ってくれたので、それを握り返した。

……大丈夫、ルルがいるからね。

そんな気持ちを込めてルルに笑いかける。

ルルもニコ、と笑って大丈夫だとわたしを励ますように頷いたのだった。